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スイカの星の進化論  作者: MUMU
第七章 赤青緑に黄色のスイカ
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第五十七話



「ともかく町を探索しよう、探すべきはタワーへの侵入方法、もしくは科学猫(サイバリアン)たちの居場所、あるいは月に乗って旅立った猫たちの技術だ」


果たして、今の地下都市にどれほど優秀な人材が残っているかは未知数だった。だがこの芯果(マキュル)の繁栄ぶりと料理の数々を見て、それなりの期待を抱いたのも事実だ。


夜は更けて、店内の客もさんざん飲み食いして退店した頃、店主の猫がやって来る。丸々と太った愛想のいい猫人(リカント)だ。


「お客さん、そろそろお店しめたいにゃ、都市退出(アウター)まで一時間にゃ」

都市退出(アウター)……?」

「アウターヘブンにゃ、家に帰らないと逮捕されるにゃ」

「?」


その言葉について質問したかったが、うかつに口を開くとよそ者とバレてしまう。

ばあん、と音がする。

それはトムがいきなり机に突っ伏して、テーブルに顔をしたたかに打ち付けた音だ。

顔をあげると全体が真っ赤になっていた。酔った赤ら顔にギリギリ見えなくもない。


「ういー、なーにボケたこと言ってるにゃー、それは、あの、時間の、帰宅の、ひっく」


ちょいちょい、と店主を指で招き、僕をゆらゆらとした指で示す。


「こいつに説明してやるにゃー」

「はいはい、夜の12時になったら猫は都市から出なきゃダメにゃ。道を歩いてると捕まるにゃ。みんな郊外にある村に帰るのにゃ」

「でもー! 例外もあーるにゃー! そら、その、説明してやるにゃ」

「例外かにゃ? ええと、都市に住み込みで働いてる猫は除外にゃ。12時過ぎまで残ってるのはまあ、工事業者とか街外れにあるサーカスの団員、あとは警察と一部の役人ぐらいにゃ、タワーにも猫がいるけど、それはよく知らんにゃ」

「どーだー、よくわかったかにゃー!」

「うんうん、そうだったね。さあトム、飲みすぎだぞ、少し酔いを覚ましたら帰ろう」

「閉店までゆっくりしてるといいにゃー」


店主は去っていき、その足音が厨房の方に消える頃、トムは奥歯を噛むような顔になって目を見開く。


「まずいにゃ、そんなルール、トムのいた頃にはなかったにゃ」

「なにがまずいんですにゅう?」

「今日の宿はどうするにゃ」


言われて、僕とクーメルは顔を見合わす。


「お金ならあるよ、宿をとればいい」

芯果(マキュル)にはホテルなんか無いにゃ、少なくとも10年前はなかったにゃ」


それもそうだ。芯果(マキュル)は上の階層と隔絶されており、糖赤(グラーバ)より上から旅人が来ることはない。ごく限られた役人や商人、もしくは職場が糖赤(グラーバ)にある一部の猫だけがゲートを出入りしている。


「じゃあ、このIDの本来の持ち主の家に行こうか」

「あまり賛成できないにゃ。家の近所には顔見知りがいるかもしれんにゃ、見られたくないにゃ。それに、できれば夜に街を探りたかったにゃ」

「ちょっと待って、今のIDが芯果(マキュル)へのゲートをくぐったことは記録されてるんじゃないの? 帰宅してなかったら騒ぎにならないかな」

「そもそもトムたちはお尋ね者じゃないし、個人の帰宅まで見張ってるとは思えないけど、でもそれも確認しなきゃいけないにゃ」


やはり何やらキナ臭い。

なぜ夜中に猫たちを排除する。何かやっていると言っているようなものだ。


「どうしようか、どこかに隠れて夜を待つとか……」

「都市から全ての猫が出ていくなら、泥棒はみんな警戒するはずにゃ、きっと屋内には防犯システムが完備されてるにゃ」

「うーん、僕たちが隠れられる場所を何とか探して……」

「にゅー、じゃあ住み込みで働きますにゅう」


えっと思ってクーメルを見れば、彼女は外を指差していた。その方向から拡声器の声が聞こえる。


――えー、我らダンピート・サーカスは芸人も募集しておりますにゃー、腕に覚えの皆さまはぜひとも街外れの特設テントにお越しいただきたく――





「ウチは由緒あるサーカス団だにゃ。それなりの腕は要求するにゃ」


団長だというダンピートは黒の山高帽に赤黒まだらのチョッキ、つま先が内側に反り返った長靴といういかにもな格好で僕らを出迎える。


「ウチで住み込みで働きたいにゃ?」

「そうだにゃ、ぜひ腕を見せたいにゃ」


猫人リカントにヒゲを生やしている個体は多くないが、その団長は見事なカイゼルひげを蓄えている。それを指で摘んで伸ばしつつ、不敵に笑う。


「それじゃ、それぞれ得意なものをやってみるにゃ」


まずトムが腰から抜き放つのは何本かの短剣。それをテントの柱に投げつけると、見事にWの文字を描く。


「ほー、なかなかだにゃ」

「クーメルもやるですにゅう」


クーメルは玉乗りを披露する。もともとバランス感覚も抜群なクーメルだけあって簡単に乗りこなした。とはいえしょせん素人芸の範囲を出ないけど、団長は妙に満足げにうなずく。


「うーむ見事だにゃ。美人だし足も長いし、落ち着いた雰囲気が母性を感じさせるにゃ。これは客も沸き立つにゃ」


なんだか気になる言い方だが、まあ合格のようだ。


「それじゃ次はお前にゃ。車椅子はいいとして、いったい何ができるのにゃ」

「え、ああ僕か」

「? おまえなんだか座り方が不自然だにゃ」


それはそうだろう。毛布のような厚手のひざ掛けでごまかしているが、僕は車椅子に体をNの字に折りたたんで座ってるのだから。

するとトムとクーメルが慌ててやってきて、僕をかばうように前に立つ。


「あ、ち、違うにゃ。彼はトムたちの付き添いにゃ、マネージャーにゃ」

「そうなんですにゅう、足が悪くて、クーメルたちが面倒見てるんですにゅう」

「……お前たち、失礼だろ」


僕はえいしょと車輪をこぎ、少し離れたテーブルから空の酒瓶三本を持ってくる。


「まずカスケード」


いわゆる普通のジャグリング。クラブに見立てた酒瓶の軌道が空中で交差する。


「次にビハインド・ザ・バック」


通常のカスケードに加え、脇の下から背中を通して肩のところまで投げ上げ受け取る。


「次にチンロール」


酒瓶の注ぎ口部分をアゴに立てつつ送る。見た目がコミカルだが高難度の技だ。


「他にも色々あるけど……」


だがまあ合格だろう。団長を含めて三人とも口をあんぐりと開けていたから。





「すごいにゃダイス、いつあんなの練習してたにゃ」

「船にいた頃にね……何しろ暇だったから。車椅子だとできる技が限られるけど」


とはいえ、僕の身長をごまかしつつサーカス団の団員をやるなど土台無理のある話だ。このテントに泊まれるのは今日明日のことだと思わねばならない。そもそも、のんびりできる旅ではないのだ。


「とりあえず今夜さっそく探索に出よう。12時に門が閉じるんだったね」

「そうだにゃ、その後に街を調べるにゃ。クーメルは門が閉まるまでに街を出て、ひとっぱしりIDの持ち主の住居まで行ってきてほしいにゃ。帰ってないか調べられてるかもしれんにゃ」

「わかったですにゅう」


そして僕らは真夜中の街に出る。

時刻は深夜二時。夜の刻限のために街の照明は落とされ、街灯もすべて消えて街は沈黙している。僕はようやく車椅子を降りられたために大きく伸びをし、トムは万一の用心のために覆面をかぶる。耳のとこだけ切られているので、耳がぴょんとはみ出してなかなか可愛らしい。


しかし、僕は早々にギブアップせざるを得なかった。あまりにも暗すぎるのだ。


「だめだ……ほとんど見えない。ライトを使うと中央のコントロールタワーから丸見えになるし……」

「仕方ないにゃ。ダイスはテントで留守番だにゃ。誰かが部屋を訪ねてきたらごまかしてほしいにゃ」

「分かった、トム、無理だけはしないで」

「はいだにゃー」


トムは駆け出し、その姿がコーヒーに落とした指輪のようにあっという間に見えなくなる。


僕はかすかな視界で町を見る。暗闇の中にはさまざまな商店が並んでいる。それらは四色に塗り分けられているはずだが、僕の視界では扉の縁取りだけがうっすらと浮かび上がり、一様に洞窟の入り口に見えた。

あるいは闇のなかで立ったまま身構え、獲物が通るのを待ち構える怪物のようにも。





芯果(マキュル)の猫たちは日給制である。


いちおう、すべての階層都市はカラバ王国を名乗ってはいるが、もはや王もなく、コントロールタワーが政府機能を果たしている。それが国営銀行も運営しているのだ。

それぞれの猫は国営銀行に口座を持ち、そこに毎日500ウォルメほどの給料が振り込まれる。かつては肉体労働者の日給が100ウォルメほどだったから、かなりインフレを感じる数字だ。

口座はIDカードと紐付けされており、クレジットカードのように買い物にも使える。


そして、口座には8000ウォルメまでしか入れられない。法律でそのように決まっているのだ。数年前に政府によって現金通貨の効力を停止されており、買い物はIDカードでしか行えない。それ以上の買い物がしたければローンを組み、日々口座から天引きされる仕組みとなる。


「そんな妙な法律を作ったらハイパーインフレになったり、闇市場が林立するんじゃないの」


翌日の早朝。

サーカスの団員にそのような主旨の質問をしてみる。もちろん素性がばれないように迂遠な言い方で。


「よく分かんないけどタワーが考えて決めたらしいにゃー」

「にゃー、でも8000ウォルメなんて全然たまんないにゃー、みんなすぐ使っちゃうにゃー」

「にゃー、自分なんかローン40個ぐらい組んでるから、毎日2ウォルメしか振り込まれないにゃー」

「よく生きてるね君」


そう、猫たちは実に購買力旺盛である。そして街で最大の産業は娯楽だ。

音楽に演劇、映画にゲーム、そして酒と食事。猫たちは日に八時間ほど働き、稼いだお金と余暇のすべてを娯楽につぎ込む。猫たちの社会はなんと週休四日制である。


「にゃー、今日の興行終わったら双六カフェ行くにゃー」

「にゃー、今日は大迷路に行くからダメにゃー、あそこタダで遊べるのにゃー」


なんだかアナログな遊びも盛んらしい。


「……」


団員の猫たちはまだメンズエステがどうの、シガーバーがどうのと騒いでいる。僕はそっと車輪を引いてそこを離れる。


十分な余暇に、優れた食文化と娯楽。誰もが豊かで、笑い合っている。


「では、なぜそんな街を塗り分ける必要がある……?」


このダンピート・サーカス団のテントは青く、街の北の外れにある。

街の東西南北に、それぞれ赤、緑、黄色のテントがあるのだ。


それに何の意味があるのか? 

このモザイクのように切り分けられた街はどのような舵取りの結果なのか?


トムとクーメルが戻ってきたのはそれからほどなく。地下都市が朝の電光に包まれた頃だった。

六章の終わりに作中年表と簡単な用語解説を投稿しました。

https://ncode.syosetu.com/n7952fr/56/

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