第五十三話
それから二日あまり。
キャンプの仲間たちは武器の手入れをしたり、他のハンターを回って第八造兵厰の情報を聞き集めたり、ドラゴンについての対処を検討したりした。
緑土に住むハンターたちは全部で百人もいない。それらはいくつかのグループに分かれて広い範囲に散らばっていたが、基本的には気のいい連中だった。
彼らは僕たちが第八造兵厰に挑むらしい、と聞くと余った武器や爆薬を分けてくれた。香典代わりだ、という冗談は笑えなかったけど。
「中にはトムとクーメルが入るにゃ。クーメルの武装は最小限、C4爆薬を300グラム単位でいくつか持っておくにゃ」
トムは判明している限りの内部図を貼り出して言う。
「軍の侵攻で、地下三階まではおおよそ分かってるにゃ。一番早いのはここ、第一射出路から入るルートにゃ、その後はメンテナンスロボットを排除しつつ、大型ドラゴンの通りにくい道を選んで下方に向かうにゃ」
第八造兵厰は地下資源の採掘、製鋼と加工、新兵器の開発までを一括でこなす生きた基地だ。内部には人型のロボットなどもいる。ロボットも多少は戦闘能力があるが、ドラゴンよりはマシだろう。
「僕も行くよ」と手を上げる。
「うにゃー、ダイスは動きが遅いから心配にゃ」
「大丈夫、この六年でドラゴンたちの動きの特性は分かってる、逃げ回るだけなら出来ていたんだ」
僕らはドラゴンを仕留めたことはないが、その体から装甲板や武装を奪うぐらいは出来ていた。ドラゴンたちは身の危険を察すると救難信号を出すため、討伐するには一瞬で息の根を止めるしかない。それが困難だったのだ。
今回の地下施設においてはその心配はない、討伐は目的としないのだから。
「それにクーメルだけに危ないことはさせられない。僕も体を張るべきだと思う」
「うにゃー、大丈夫にゃ? 基地にはトイレないにゃ」
「どーゆー意味だそれは」
さて、そのクーメルはというと、どうも作戦には積極的なように見えた。僕にとっては意外なことだ。
商人と話をしたあと。トムはクーメルを連れ出して物影へいき、そこでしばらく話をしていた。戻ってきたとき、クーメルはまだ戸惑いを残しながらも作戦に同意したのだ。
二人はそれからも夜な夜なキャンプを抜け出し、僕はこっそり後を追った。二人は月の消えた砂漠にあって何か話をしていたり、砂漠をずっと駆け回ったりを繰り返していた。
骸の王との話にショックを受けていたはずだが、いつしかその目は前だけを向き、汗だくになってトレーニングに勤しんでいた。
レベルアップしているわけではないから身体能力は大して変わらないはずだが、クーメルの初速は目に見えて上がっている。構えてから最高速に達するまでの時間、方向転換の鋭さ、駆けながら障害物を回避する動作、どれも数日で格段に上達している。もはやクーメルは走ることしか考えていないように見えた。それが生きる全てであるように。
「二人とも、これだけは言っておく」
作戦決行の前夜、僕はショットガンダッシュの練習をしていたトムとクーメルに告げた。
「これは緑土に住む猫たちがいつかはやらねばならないミッションだ。だが、やはりそれ以前に僕がIDを手に入れるための手段でしかないんだ。君たちを巻き込んでしまって申し訳なく思っている。
だから、もし一言でも止めようと言ったなら、そこで全作戦を打ち切って切り上げる。優先すべきは君たちの命だ。無限の魂など関係なく、今生きている君たちが最優先なんだ、それだけは忘れないでくれ」
「うにゅう……」
だが何というべきか、クーメルの反応は曖昧だった。
僕を見ているのに、僕にわずかに焦点が合っていない。その目は夢うつつのようにうるみ、頬は上気して、緩やかな彼女の気配の中で、言語化に至らぬ激情が息づくかに見える。
「大丈夫ですにゅう、クーメルは死んでも黒猫になって」
「クーメル、そんなことを言わないでくれ。それは記憶のバックアップを取って、新たな個体に移植してるだけだ。死は確実に訪れるんだ」
「……分かりますにゅう」
クーメルが身を屈めていた僕の体をそっと抱き締め、互いの額をそっと重ねる。
「ダイスの言うことは正しいですにゅう。死んだらそこまで、次に生まれてくるクーメルは、ここにいるクーメルとは違う猫。でもクーメルは走りますにゅう。この挑戦が私たちの進化に繋がると思えるんですにゅう。それは信仰なんですにゅう」
「……信仰?」
「そうですにゅう。世界の果てまで駆け巡った伝令猫たち。私たちにとっては食べることは走破することですにゅう。あらゆる場所を走破することが一族の生き甲斐。ここでクーメルが走るのを止めたら、きっと次のクーメルは走れなくなってしまいますにゅう」
「クーメルは強い猫だにゃ、きっと役目を果たしてくれるにゃ、トムが保証するにゃ」
「……」
そう、この感じだ。
頭では死を理解しているのに、何かもっと遠いものを見ているような感覚。それはトムもだ。骸の王との会合から何かおかしい。
この作戦も、僕の事情も理解していて、それすらも切っ掛けに過ぎない。己の目的を果たす手段でしかない。猫たちには猫たちの、生死をも越えた至上なる命題がある、とでも言うような……。
それは、僕たちが忘れてしまったことだろうか?
かつては人間にもあったのだろうか。己の生死よりも優先すべき目的が、あるいは挑戦が。
魂の輪廻。血族の系譜。
それこそが生命よりも上位にある。魂の在処であると……。
「……クーメル、君は君なんだ。たとえ走らなくても、走れなくても、大事な一人の猫なんだよ」
「分かりますにゅう。それも正しい。どんな価値観も、どんな信仰もきっとみんな正しいんですにゅう。自分が正しいと思うことを、最後まで信じることが幸せなんですにゅう」
「クーメル……」
我知らず、僕も彼女を抱き締めていた。まだ性分化が起こる直前の、少年と女性の中間のようなしなやかな身体。しかしそこには深いぬくもりがあった。
それは僕の記憶のせいだろうか。
彼女の祖先に10年の間、育てられた記憶が彼女を特別なものと感じさせるのか。
「ダイス、大きくなりましたにゅう」
その言葉に、僕は驚いて彼女を見る。
彼女は霊薬を飲んでいないはず。実際、それは彼女の中でも瞬間的に明滅するだけの記憶だったのだろう。だがその目は深い慈しみを湛えており、僕との10年の日々を懐かしく思い出すかに見える。
それはきっと、星の記憶。
この星の根幹を成すシステムに刻まれた、もはや失われることのない歴史。この星では記憶が歴史となるのか。形をもって雪のように積み重なっていくのか。
あまりにも地球とは違う世界。価値観も、神の姿も、生きて死にゆく形すら違う世界で、僕はせめて、彼らと誠実に向き合いたいと思って……。
「母さん……」
※
太陽は中天にありき。
光学双眼鏡が捉えるのは焼け焦げた強化コンクリートの大地だ。かつての重爆撃にも耐えたその灰色の大地。穴だらけになったものの、基地の自己修復機構によって空港並みに整備されている。
そこに白煙が打ち上がる。運動会でも始まるのかと思わせる、ひゅるひゅると音を鳴らして飛ぶ飛翔体。
大地の一角から塔がうち上がる。あれは微細制御のついた対空機銃。薬莢を撒き散らしながら25発の一連射を行う。
「今にゃ!」
「おうにゃ!」
応じるのは松葉杖を傍らに置いて寝そべり、三メートルの銃身を持つ対装甲ライフルを構えた猫。T字型の先端からマズルフラッシュとともに打ち出されるのはタングステン弾頭。初速1200m毎秒で飛んで機銃塔の横っ腹をえぐる。
同時に飛翔体も空中で破裂。瞬間、破裂した周囲が陽光を受けて白い綿のように見える。そこから生まれるのは大量のアルミ箔、つまり電子撹乱紙である。相手のレーダー波を効率よく反射し、電波の目を一時的に封じる。
「機銃塔新たに出現、右方に4ポイントにゃ」
「了解にゃ」
観測手を勤めるのは眼帯をした猫である。彼らは地平線の果てに陣取り、電磁波迷彩を施したマントで姿を隠しつつ砲塔を潰していく。
そして灰色の大地の一角がスライドし、その奥にある斜路から影が飛び出す。
それは逆立ちしたサソリのような怪物。一本足の先に車輪を持ち、八本腕のそれぞれが重火器を備えた銃装竜だ。その体は複合装甲の塊であり、タングステン弾頭ですら簡単には止められない。
「いきなりやばいのが出てきたにゃ、狙撃地点を割り出されたら面的破壊されるにゃ」
「うにゃ、一撃でアイカメラを潰すから、外したら覚悟してくれにゃ」
「一度視線を外すにゃ、有線デコイ起動にゃ」
斜路からは続いて百足の化け物のような徘徊竜。それは五体ほどもいた。キャタピラがうなりをあげて走りだし、おおよその目当てをつけた方向を中心として、扇型に散っていく。
そして東南の方角に二キロ。急に立ち上がって銃を構える猫たちがあり、銃装竜の放つ無数の銃弾がその姿を撃ち抜く。猫を構成していたバルーンは五ミリ角以上のものを残さず粉砕された。
そしてドラゴンたちの電子の目、光学の目が逸らされた一瞬をつき、
僕たち三人の影が、斜路の奥へと飛び込んでいった。




