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スイカの星の進化論  作者: MUMU
第六章 鏡写しの砂漠と楽園
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第五十二話


ファミー。


それは僕たちの娘、そして僕たちが最初に見出した猫。


なぜその名前が。

いや、考えてみればありえない話ではない。

ファミーは無限の魂を持つ猫、いわゆる前世持ちハイランダーのはず。かつて僕が船を埋め、トムたち三人とともに旅立った後、やはり彼女も復活を遂げてあの地にいたのだ。

そしておそらくは今、月に乗っている。星々の彼方に向けて旅立っている――。


「……昔、妻が」

「うん?」

「妻が、僕と出会う前、山歩きをしていて道に迷ったことがあるらしい。携帯端末の電池も切れて孤立していたが、そのとき、彼女は麓の村に向けて懐中電灯を点滅させた、規則正しくモールスを刻んで、それで助かった聞いている。もし、その話をファミーにしていたならば……」

「モールスでの自分の名前ぐらい聞いていても不思議じゃない、ということか。なるほどね」


骸の王は何事でもないように言う。骸の王が何かに感慨を抱く、という時期はとっくに終わっているのだろう。


「ひとつだけなぐさみを言うならば、この信号を打った者も自分たちの状況は理解しているだろう。ピザ屋ではあるまいし、呼んだらすぐに誰か来てくれるわけではないと理解してるだろうさ。つまり数日のうちにどうこう、という状況ではないんじゃないかな」


僕はそこでふと気づく。


「……彼らの船が1Gで移動中だと言ったな、ならば1年ほどで光速に達してしまうはず」

「終末速度をどのぐらいに置くかという問題だな。何しろ長い旅だからね。光速に近づくだけならともかく、そこからウラシマ効果を実感できるほどの速度に達するにはかなり時間がかかるだろう。ちなみに、最初は猫の歩みより遅かった。出航してからもエンジンの改良を続けているのだろう」

「……」


つまり、猫たちの船は超光速ではないということだ。弦転跳躍は手に入れていない。

あれは人類の最後の誇りであり、営々と積み重ねられた数理の極致。アインシュタイン的物理世界を打ち破る別次元の理論だと聞いている。いくら猫たちでも、基礎理論から初めてたった数十年で作り上げられるものではない。しかもあれは完全にブラックボックス化されており、外部からの物理的干渉を受け付けない。見本があったとしても調べることもできないはずだ。


しかし、猫たちが装置を持っていかないはずがないし、仮にこの星に残されていたとしても、解体できないのは僕たちも同じ……。


「……追いついてみせる」

「ほう」

「追いついてみせるとも、月に、猫たちの船に!」


僕は外套を床に放り出し、大股で部屋を出ていく。


「私はもう眠るよ。次に起きるのはまあ、数百年後かな」


骸の王の声を後ろ手に聞き、僕は旧支配者たちと離別するように扉を閉ざした。





船内には本当に大したものは残っていなかった。いくらかの書籍とガラスの置物。風化した電子端末らしきもの。いくらかの毛布に椅子やキャビネット。こんなものまで持ち出すのはさすがに泥棒じみていたので、書籍を少しだけ貰っていく。


外に出ると、周囲で見張っていた猫たちが集まってくる。


「んにゃー、何があったにゃー、クーメルが泣いてたにゃー」

「頭突き対決でもあったにゃー?」

「違うよ。彼女は少しショッキングなことがあって……後で君たちにも話さないといけないな。ともかく、今はそっとしておいてあげてくれ」

「分かったにゃー」


トムは少し離れた場所にいた。小高くなった砂丘の上で遠くを眺めている。


「トム」


僕は彼の方に歩き、そして数歩前で足を止める。

何だか、雰囲気が――。


「トム、どうしたんだ」

「うにゃ」


振り返ったトムの顔は、なんだかぼうっとしている、という印象だった。

僕の顔を見て誰かを理解しただけ、という風情。別のことを考えているような、まったくの空白のような、そしてまた向こうを向いてしまう。


「……トム、ショックな話だったのは分かるよ。僕もこの星の事情については薄々気づいていたが、君たちに言い出せなくて……」

「うにゃ? 何の話にゃ?」


振り返ったトムは、またぽかんとした顔をしている。


「そんなことより、ちょっと今日遅くなるにゃ。ご飯いらないにゃ」

「?」


何だろう、この弛緩した感じ。まるでゲームセンターにでも出かけてくるよという雰囲気だ。


「トム、どうしたんだ一体、様子がおかしいぞ」

「うにゃ、さっきの話にゃ。あれについて考えたいのにゃ」

「この星のことか? それならまたみんなの前で話すつもりだけど」

「そうじゃなくて、進化のことにゃ」


進化?


「トムはずっと考えてたにゃ。どうしてものを食べると進化するのか。どうして体が大きくなるのか。何年も何代も、ずっと考えてたのにゃ。剣の練習をして、瞑想をして、それを日記で伝えて、ずっとずっと」

「? 何の話だ?」

「だからドラム・・・王の話・・・にゃ」


ドラム?

なぜ急にそんな名前が出てくる?


トムが上の空なことは明白だった。僕と会話をしているのに、脳の過半数で別のことを考えている。不真面目というわけではなく、その事を考えずにはいられないという印象だ。ならば邪魔をするべきでは無いのかも知れない。

トムは自分でも脈絡のない話をしてることに気づいたのか、頭を抱えてしまう。


「うにゃー、とにかく行かせてほしいのにゃー」

「……分かった。野良ドラゴンにだけは気をつけて」

「にゃ」


そして駆け出す。バネで弾かれるような勢いで西の彼方へと。


ごごごと地鳴りの音がして、振り返れば方舟が沈み始めていた。微細振動によって砂を液状化させているのだろう。おそらくもう二度と、あの方舟が僕らの前に現れることはあるまい、そんな気がする。


猫たちはにゃにゃあとしばらく騒いでいたが、やがて僕の方へと集まってくる。


「うにゃー、木材が沈んじゃったのにゃー、もったいないのにゃー」

「仕方ないよ、あれは住居なんだ、削って持っていくわけにはいかないさ」

「にゃー、トムが向こうに走っていったけど、どうしたのにゃー?」

「頭突き対決の準備にゃー?」

「きみ頭突き対決に何か思い入れあるの? いやまあ理由はよく分からないけど、少し一人になりたいんじゃないかな……?」


そして48時間。

トムは戻ってこなかった。


いちおう携帯食料は持っていたし、周囲に徘徊竜パトロドラゴンなどが現れた気配もないが、それでも心配になってきた頃だ。

だが僕は、それとは別にやらねばならぬ事があった。


商人がキャンプを訪れる日。僕は彼に問うてみた、商人は装甲車に閉じこもったまま答える。


「下層へ行くためのIDなら一人20万ウォルメにゃ」

「なっ……」


月に追いつく手段、それがあるとすれば芯果マキュルだ。あそこには優秀な科学猫サイバリアンも、最果ての王たちとの戦争で生まれた技術もあるはず。

だが商人の言う額は文字通り桁が違っていた。キャンプの仲間たちも飛び跳ねて憤慨する。


「うにゃー!! 足元見すぎにゃー!! そんな高いわけないにゃー!」

緑土タンドンは本当は出ていくだけで犯罪にゃ。そこから猫を入れるならこっちも危ない橋を渡る事になるにゃ」


その答えに、松葉杖をついた小人マンチカンが口を開く。


「そもそも本当にIDを仕入れられるにゃ? 軍の横流しIDなら良水タンデントまでしか行けないはずにゃ」

「れっきとした市民IDの本物を売るにゃ。ただし糖赤グラーバまでにゃ。そこと芯果マキュルは完全に切り離されてるにゃ。一度出たら市民でも通れない。役人のIDでも奪わない限り入る手段はないにゃ」


この商人はけっして褒められた存在ではないらしいが、裏の道には深く通じている。そして商売人としての信義に背いたことは一度もない。彼が手に入ると言うのなら本当なのだろう。そして値段も、無茶な額を吹っかけているわけでもない。背負うリスクを天秤に載せた正当な対価、というわけだ。


「……キャンプの貯蓄はいくらある?」


眼帯をした小人マンチカンが答える。


「うにゃ。売れるものを全部かき集めても1万もないにゃ」

「……そうか」

「まあ気長に溜めるにゃ。あんたたちは腕はいいし、そのうち野良ドラゴンを倒せるようになれば買えるかもしれんにゃ」


装甲車がエンジンをふかし、走り出そうとする時。


「ちょっと待つにゃ」


ぎん、という音がする。

それは投擲された黒剣が、装甲車の窓枠、鋼鉄板の隙間に突き立った音だ。


「ほにゃっ!?」


商人が短い叫びを上げ、僕が振り向けば、そこにトムがいた。

なんだかまた雰囲気が違う。どことなくすっきりとした顔をして、寝起きのような清々しさがある。彼は大股で装甲車のそばまで来て、窓越しに商人にがぶりよる。


「第八造兵廠ぞうへいしょうを落とすにゃ。そして施設を丸ごとくれてやるにゃ」

「なっ!?」


驚愕するのは僕だけではない、キャンプの全員だ。


第八造兵廠。それはここから北に180キロ。入り口だけは分かっているものの、その広大な地下施設はかつての猫の軍勢ですら落とせなかった堅牢無比の要塞である。

それは無数の部屋を備える地下施設であり、内部には徘徊竜パトロドラゴンをはじめ、八脚竜オクタドラゴン列砲竜チェイルドラゴン万鱗竜スケイルドラゴンらがうごめく魔窟と化している。


造兵機構が生きている最後の基地と言われ、かつて猫たちは数百トン規模の爆撃を行ったが、分厚い岩盤に覆われた地下施設は微動だにしなかった。

現在では周囲数十キロが完全封鎖区域とされており、緑土タンドンでの居住が禁止されている理由の一つでもある。


商人は目を丸くして言う。


「何言ってるか分かってるにゃ!? あそこは戦乱期の重武装兵一個大隊でも落とせなかったにゃ!」

「いいや、造兵装置がどこか分からなかっただけにゃ。ドラゴンだけなら猫たちでも倒せてたにゃ」

「それはレベル200以上の猫人リカントたちにゃ! お前たちはレベル50も行ってないにゃ!」

「別にドラゴンを全滅させるとは言ってないにゃ。造兵装置とメンテナンス機構さえ壊せばドラゴンはやがてエネルギーが切れるにゃ。それからゆっくり内部を探索すればいいにゃ」


確かに理屈はそうだが、しかし内部は紛れもない竜の巣だ。

かつての森の王、雨の王との戦争のときも、王たちが継戦をあきらめて活動を止めたから終戦となったが、もし第八造兵廠が籠城を続けていたら戦争がどれほど長引いたことか。


「できるにゃ」


だが、トムは目に力を込めて言う。そこには不思議な自信が感じられた。


「その代わり、できたならIDと言わず、食料も、武器も、薬品も物資も、自由にできるすべてを支払うにゃ。そのぐらいの価値はあるはずにゃ」

「……も、もし本当にできるなら、いくらでも払ってやるにゃ。猫に二言はないにゃ」


トムはこちらを見て、びしりと指を立ててみせる。

――確かに、世界に残された最大の造兵廠、そこを落とせるのなら緑土タンドンだけではない、全世界にとって朗報となる出来事のはず。


本当に、できるのか。そしてトムは一体、骸の王との会話の中で何を思ったというのか。


「……分かった。トムがそこまで言うなら、やってみよう」


僕が下層に行くためのIDを欲している、それだけではない。

どうせこの世界は崖っぷちなのだ。誰かがどこかで体を張らねばならない。それが今、ということかも知れない。

キャンプの猫の一人が、松葉杖を振り上げて叫ぶ。


「よ、よっしゃ、やったるにゃー!」

「にゃおらー!」

「猫は度胸にゃーー!!」


トムは満足そうに頷いて。そして振り向いて、猫の一人の肩をポンと叩く。







「じゃ、がんばってにゃ、クーメル」

「えっ」


全員の声が見事にハモった。



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