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スイカの星の進化論  作者: MUMU
第六章 鏡写しの砂漠と楽園
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第四十七話



「月がないって、どういう……」


その時、地揺れが。

体重を地面に吸われるような細かな揺れ、僕は膝を落とすような体勢になってよろめく。


「うわっ……」

「! いかんにゃー、哨戒竜(パトロドラゴン)だにゃー!」


僕は猫たちほど夜目が効かない。だがそれがあまりに巨大で、大雑把な形状だったために一目で機構を理解する。

ある一方から迫るきゅらきゅらという音。砂を噛んで進む無限軌道の音だ。

それは例えるなら生きているベルトコンベア。四角形のタイヤにも見えるキャタピラユニットが、かすがい(・・・・)のような機構で連結されている。その数はおよそ20。

全体の長さは鉄道なら三両ぶんほどもあり、砂地をものともせずに這いずり進む。


「こっちですにゅー!」


クーメルが僕の手を取り、暗がりのなかを走り出す。僕の目では星明かりの中で細かな地形までは見えず、転びそうになりながらなんとか走る。


「んにゃっ!」


がちゃり、と金具音がする。振り返ればトムが背中から剣を引き抜いている。黒一色のチタン刀だ。

だがそれで戦うわけではなかった。腰のポケットから取り出すのはネズミだ。金属でできたネズミ型の人形のどこかを操作すると、瞬時に赤熱して蒸気を上げる。


「入力、この位置から遠ざかるにゃ」


それを空中に放り投げ、ベースボールの要領で刀の横っ腹でひっぱたく。

金属のネズミは大きく吹っ飛び、着地した場所でさらに砂を蹴たてて走り出した。


そして背後のキャタピラ音が変化する。大きく制動をかけながら方向転換。数珠繋ぎの怪物がネズミを追って走り、そしてほどなく視界から消えてしまった。


「……あれは」

「にゃー、フレアマウスにゃー、用意しといて良かったにゃー」

「……どうやら、猫たちの世界は激変を遂げてるようだね。詳しく聞かせてくれ、僕は知らなくてはならない」

「はいだにゃー」


夜の砂漠を進むこと数時間。


辿り着いたのは地下の基地だった。穴を掘ってコンテナを埋めているらしい。深さは入り口まで五メートルほど。


電気をつければ中は雑然としていた。ワンルームほどの広さに低めのテーブルが一つだけ。あとは荷物で埋まっている。

バイク屋のような工具、登山家のようなリュックや装備、浪人生のような紙の資料の山。わずかな食器類。

そして武器である。ナイフや銃器、先ほど見たフレアマウス、クロスボウや手投げ弾もある。その手投げ弾の箱には大きな紙で「炸薬無し!」と貼られていたが。


「まあ座って欲しいにゃ、お茶でも入れるにゃ」


出てきたのはおっそろしく苦いお茶だった。悪いとは思いつつも顔をしかめてしまう。

二人ともよくこれを飲めるな、と思って見てみれば、二人ともすごい顔で飲んでいた。頭の耳がピンと立って、腕の体毛が逆立っている。


「うう、にがいにゃー……」

「苦いなら白湯でも飲めばいいのに……」

「仕方ないんですにゅう。水が汚染されてて、緑土(タンドン)で煮ださないと飲めないんですにゅう。緑土(タンドン)には解毒作用があるにゅう」


緑土(タンドン)、なんだか懐かしい響きだ。

それは確かスイカの部位名である。一番中心の部分が芯果(マキュル)、外側に向かうにつれ糖赤(グラーバ)良水(タンデント)白花(ココチチ)翡翠(エメロ)緑土(タンドン)となる。


例えば、雪国に住む民族は白を現す語彙を数多く持つという。

猫たちの文化とはスイカを中心に発展しており、その種にも果汁にも、葉にも蔓にも無数の名前がついていた。熟成の度合い、大きさ、温度、一部が割れているもの、あらゆる状態において名前が付けられていたのだ。学問とは名前である、とは誰の言葉だったか。


「水が汚染されている……」

「そうですにゅう。緑土(タンドン)の強い抗菌作用と解毒作用がなければこの緑土(タンドン)では生きられないにゅう」


ん?

いま、同じ語彙が違う意味内容で使われたような。

僕の混乱を感じ取ったのか、クーメルはテーブルの向かいに座り、僕の眼を静かに見つめて口を開く。


「順を追って、お話しするにゅう」


それから30分ほど。長話を苦手とする猫の気性のために、かなりかいつまんだ説明ではあったが、それは以下のようになる。


あの日。

地下空間にて僕は意識を失い、ティルたちが発掘していた冷凍睡眠カプセルに入れられた。

トムは何とか逃げ出し、すぐにでも僕の奪還を考えていたが、そこでカラバマルクの都に大きな変化が生じた。


岩の王が滅びた、というしらせである。

岩の王は長い戦いの果て、ある一瞬を境に完全な沈黙状態になったという。岩の王に直接的な打撃が加わっていたわけではなく、また沈黙に至る予兆も無かったらしい。

推測ではあるが、岩の王は自ら活動を止めたのではないか、と考えられている。同時に岩の王の兵士たちも動きを止めた。


猫たちに多少の混乱はあったが、ともかく戦争の勝利と言える事態であった。カラバ王国からも多くの猫たちが大陸へ向かい、不思議な金属の装備品、複雑な機械を産み出せる工作機械、さまざまな技術が記された書籍などを回収した。


だが真の変化はその直後だった。

それまでどこにいるかも分からなかった雨の王、森の王が突如として現れ、猫たちを滅ぼさんと襲ってきたのだ。


王たちは単体の生物として見ても怪物であったらしいが、その真の驚異は岩の王と同じく、兵士の創造にあった。地面から這いずるドラゴンを、雲から空を翔けるドラゴンを数千体も生み出し、猫たちを喰らわせ、街を焼き滅ぼし、森や山脈すらも砂漠に変えていった。


この戦いの中で僕を封じたカプセルも所在が失われ、砂漠のどこかで埋もれたままになったらしい。運よくトムたちが見つけなければ、さらに何百年もそのままだった可能性もあるわけだ、ぞっとする話である。


猫たちと王との戦いは、およそ20年も続いたという。

最果ての王にとって計算外だったのは猫たちのしぶとさだろう。猫たちはカラバマルクの都を捨て、大陸じゅうに、あるいは地下に潜って数を保ち、王たちから奪った技術で強力な兵器を開発していた。


やがて猫たちは攻勢に転じる。

重武装と進化を極めた体によりドラゴンたちを屠り、その死骸からさらに技術を得て成長した。そしてある夜、大規模な戦いが猫たちの勝利で終わったとき、森の王と雨の王は完全に沈黙した姿で見つかったという。


「…………」


そこまで聞いて、僕は最果ての四王に対する哀惜あいせきを禁じえなかった。


長い長い時間の果て、肉体を無機物と有機物の中間に変化させていたという四王。だがそれが超常存在ではないことは既に分かっている。

彼らはただのロシア人。僕達よりも遥か以前にこの星に降り立ち、猫とスイカの楽園を築いた先駆者たちだ。


思うままに生命を創造し、その栄枯盛衰を(たの)しみ、手に余るほど成長したなら滅ぼさんとする。そして敗れてしまえば、逃げるように現世を去る。

それは人間のエゴなのかも知れない。だが、悪とまでは言えないように思う。

それはタンポポの綿毛ですら持っている本能。誰もいない場所へ行き、生命の楽園を築きたいと願う本能だ。


猫たちが際限なく成長すれば、やがて星のすべてを喰らい尽くして自滅するかも知れない。ならば適切な範囲に抑えようと考えることも不自然ではない。


このちっぽけな星だけの神様。あなたたちは猫たちとの戦いを、どのような感情で戦ったのか。怒っていたのか、それとも泣いていたのか。その無機物に近くなった思考で……。


「その戦争は猫たちの勝利で終わったけれど、その後が問題だったにゅう」


20年におよぶ戦争の間、戦いに関わらなかった猫たちがいる。それが造山猫(ドンスコイ)たちである。


もっとも彼らは彼らで猫たちの社会に貢献していた。広大な地下空間を作り、そこを猫たちの隠れ家としたのだ。地下空間がなければ猫たちは数を保てず、兵器の研究をすることも出来なかっただろう。


だが、今からおよそ40年前、戦争が終わった頃には明らかに元の環境とは違っていた。

まず、スイカが実らなくなった。

大地に突如として生まれるスイカの園、その頻度も規模も目に見えて減少し、さらに畑に実るスイカも少なくなっていった。


ここで、地下空間の拡張を続けていた造山猫(ドンスコイ)たちがある発見をする。


地下にもスイカの園が出現することはあったが、その頻度が増えている、と。


陽光も水気も関係なく、いきなり現れるスイカ。植物の常識とはかけ離れているが、それが何らかのシステムの産物であることも分かっている。


それはおそらく断線(・・)のようなものと考えられた。

この星には中心付近に巨大なシステムがあり、それがスイカや、無限の魂を持つ生物を産み出している。それを地表まで伝えるシステムが断線し、影響が地下にのみ現れるようになったのだ、と。


仕方なく、多くの猫たちは地下に住むようになった。それは階層を成し、最も外側、スイカで言うなら緑の表皮にあたるこの大地は緑土(タンドン)と呼ばれ、何も実らず、戦乱紀のドラゴンが徘徊する土地になったのだと言う。


「でも一部の優秀な猫たちは、もう一つの住みかを手に入れたにゅう」


クーメルはコンテナの中で天井を指さす。僕はぽつねんと、その言葉の先をつぶやく。


「それが、月……」

「そうですにゅう。そして数年前、突然、月が小さくなって、翌日にはもう、見えなくなっていたにゅう」


僕は深く息をつく。

よくもまあ、地球とここまでよく似た星を見つけたものだ。

猫たちが見つけたものも人類と同じだろう。宇宙開発史の講義を思い出すならその発見は2006年、月面上にある放射化されたヘリウム、ヘリウム3だ。それは核融合炉の燃料である。つまり猫たちは月面のヘリウム3を用いて、月そのものをロケットに変えて旅立ったわけだ。


僕はごろんと体を横たえ、鉄板でできた天井を眺める。


「それはもう、お手上げだな……」


かつて観測したことがある。

この星の月は地球のルナよりも少し小さく、直径2500キロほど。かの帝国軍の人工星に比べれば15倍の大きさだ。それだけの船に乗って、旅立ったのか、君たちは。


さすがに、僕の想像できるスケールを超えていた。おそらくは最果ての王たちの味わった感覚と同じものを僕も味わっていただろう。猫たちはもう僕の手には負えない。星の彼方の存在になってしまったのだと。


ティル、ドラム。

もう二度と、君たちに会えないのか。



その時はただ、その事だけが悲しかった。



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