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スイカの星の進化論  作者: MUMU
第五章 すべての猫を越えし猫
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第四十六話



「あれは……!」


ドラムの体が一回りは大きくなった。長柄のハンマーが引き抜かれ、今までのそれを遥かに超えた速度で振るわれる。


「ぬにゃっ……!」


トムの回避は間に合っている、だが全身を打つような風圧に体がよろめく。


「なあああああ!!」


ドラムが木組みの一部を掴む。それはあろうことか、ドラゴンの巨体をまたぐ歩道橋に似たやぐら。ドラムが満身の力を込めて腕を振るうと、やぐらがぎりぎりと音をあげて動き出す。


「なっ……信じられんぞにゃ!?」


そして力任せにそれを倒壊させる。

民家が数棟まとめて倒れるような眺め。様々な機材が、木組みのクレーンが、作業台やキャビネットがまとめてなぎ倒され粉砕される。


もうもうたる埃が舞い上がって、あらゆるものが地面に散乱する。大量のガラスが割れる音、数十の工具が投げ出される音。


「これは……いかんぞにゃ!」


呟くのはトムだ。

トムの回避は周囲の状況を完全に把握した上で行われている。ガラス程度は靴で防げるだろうが、倒れた椅子に足を引っ掻けるだけでも致命的な事態になりかねない、そしてドラムは何もかもお構いなしにハンマーを振るう。


「トム! 逃げろ! あのハンマーはかすめただけで体がちぎれ飛ぶぞ!」


僕はティルに向き直り、その顔に己の顔を近づけて言う。


「ドラムを止めろ! トムを死なせる気か!」

「ドラムを止めろ、と言われますかにゃ? ならば、巨大な音と衝撃で気絶させる、という手がありますにゃ」


ティルは小型のピストルのような照明弾を構えたままだ、僕はティルの手ごとそれを握り、指をトリガーから剥がす。黒い体毛に覆われた猫人(リカント)の手、こんな時であっても、その体毛の感触には不思議な安らぎを覚える。


「これは使わせない。ガスが爆発すれば天井は崩れずとも、僕たちまで失神しかねない」

「ダイス様……」


ふいに、ティルの体から力が抜け落ち、ぐたりと作業机に背中を預けて弛緩する。


「ダイス様。我々はようやく見つけたのですにゃ。真円(サークルズ)はただ戦意を煽るための手段だった。世界の根元を水だの数だのと唱えた連中はただの哲学者。酒蔵の猫たちが信じている「赤の器」はただスイカ酒(ドルミー)が腐らぬための祈り。岩の王たちを崇める「四王教会」は、そもそも最果ての四王が何なのかを知りもしない」

「……何を言っている?」


ティルの目はふらふらと宙を彷徨(さまよ)い、声は舌の根が震えるかのように不安定だった。だがその頬には赤みがさし、熱にうなされるように語る。


「神とは無限の愛であり、我々に無限の(ゆる)しを与えてくれる存在ですにゃ。我々は猫を越えるのですにゃ、あなたたち人間がそうしたように、あなたたち人間の想像すら超えて」


そこで気づく。ティルの目は僕を見ていない。その視線は背後に抜けて、トムとドラムの方へ、いや、この地下空間の中央にあるものへ。

ドラゴンの方向に。


「何をするつもりだ!」

「ダイス様、どうかティルの話をお聞きくださいにゃ、我々は……」


ティルという猫について思い出す。誰よりも頭がよく、無駄なことなど何一つやらない。ならば行動の全てに意味があるのか。僕に話しかけているのはその必要があるから。ではその目は何を見ている。あの解体されたドラゴンに何を見いだそうとしている。


――解体?


本当にそうか(・・・・・・)


「しまっ――」

「コード050981! 火砲、撃て!!」


首だけのドラゴンがその口腔を赤熱させる。とっさに耳を塞ぐことを考えるが、照明弾を押さえていた僕の手をさらにティルが上から押さえる。


一瞬が数十秒に感じるほどの間延びした感覚。ティルの耳に意識が向く、耳に流血があるのが分かる。まさか、さっき一瞬だけ振り向いた瞬間に鼓膜を破ったのか。四つの耳すべてを。


甘かった。ドラゴンは機械仕掛けの兵器、頭部が独立していると考える方が自然だ。しかもドラムが暴れた為にワイヤーと鉄杭が抜け、口腔が真上を向いた瞬間を狙われた。

人間の生み出した兵器、その操作コードまで解析していたとは。

ドラゴンの炎が打ち上がり、上空でガスに引火。球体を描いて広がる衝撃波、巨人の手で押し潰されるような感覚に肺から息が吐き出され、体は小石のように転がり、そして脳から意識が吹き飛ぶかに思えて。


「ティ……ル」


なぜ、


なぜ、こうなったのか。


すべて人間のエゴなのに。

君と敵対したくないのに。


倒れた僕は指一本動かせない。重力の方向すら分からない。

薄れゆく意識の中で、最後に一言だけを言葉にする。もはや君には、届かない言葉かも知れないけれど。




ティル、すまない(・・・・)




――うなー、なぜ邪魔したのなー


――トムもいつのまにか逃げて……ティル、聞こえてないのなー?





――いま聞こえんですにゃ、これに書くですにゃ


――そうか、あの団体もすべて逃げたですにゃ


――まあ良いですにゃ、これ以上に岩の王と戦うつもりも……




――丁重に運ぶですにゃ、あの機械へ


――どうか辛抱して下さいにゃ、我々の準備が整うまで……
























――



――



――目に。


目に赤い光が当たっている。


目蓋の向こうから照らされている。


耳にはごく小さな警報(アラート)の音。


それによって、「緊急」という言葉を意識する。


「にゃっ、今度こそ確かなのにゃ」

「そう言って何度ガセネタ掴まされたにゅう。もう明日の食料もないにゅう」


がき、ごん、という、固いもので何かを叩く音。


「んにゃ、汚れてて中身見えんにゃ。しかも固いにゃー、爆薬使うにゃ?」

「もし本物だったら中身コナゴナになるにゅう、こないだのこと忘れたにゅう?」

「軍糧クッキーだったやつにゃ? あれは食べられたからセーフにゃ」


意識が。浮上していくような感覚。

体温が手足の先から高まっていき、筋肉を電気刺激によって弛緩させる。同時に脊髄にもパルス刺激が加えられ、副交感神経が活性化して全身にゆっくりとスイッチが入る。

この感覚には覚えがある、冷凍睡眠装置の覚醒作用だ。外部からカプセルをこじ開けようとしているので、急速モードで覚醒に入っているのだろう。

どうやら助けが来たのだろうか。思えば長い漂流だった。

奇妙な夢も見たし――。


いや。


そうではない、そのぐらいはすでに自覚できている。


何もかも、夢ではないのだ。


「にゃっ! まさか当たりにゃ!?」

「この顔……聞いていた通りにゅう、間違いないにゅ、ダイスですにゅうー!!」


カプセルは横倒しになっており、その小人(マンチカン)は僕を起こして抱きしめてくる。


「つめたああああっ!!」


反射的に手を放されて、後頭部をしたたかに打ち付けた。


「ああああ、ごめんなさいにゅう、怪我なかったにゅう?」

「……クーメル?」


その声の感じ、独特な声調、まさか母が。

いや、外見がだいぶ幼い。幼いというのはつまりレベルがまだ低いということだが、せいぜい15というところか。まだ性分化も起きてないため、少年のようにも見える。


カプセルの内側はじんわりと暖かくなってきた。体温も徐々に戻ってくる。


「そうですにゅう、ウェスト・クーメルですにゅう。ダイスの顔については詳しく聞いてますにゅう。ちょっとぼんやりしてる感じで、眉に締まりがなくて、顔色もちょっと悪くて、頭の耳が無いって」

「最後のだけ聞いとけばよくない?」


「んにゃー、ダイス様だにゃー、お初にお目にかかるにゃ」


えいと手を上げて見せるその猫も小人(マンチカン)だ。だがその顔立ちには見覚えがある。あるというより、僕の主観ではつい今の今まで会っていたのだが。


「まさか、トムか?」

「そうだにゃー、バル・トム、トムでいいにゃー」


こちらはさらに小さい、まだレベル10にも達してないように見える。


「さあ、あっちが出口にゃ、歩けるかにゃ」


僕は記憶を思い浮かべる。確か、地下空間で意識を失って、おそらくはティルの手によって睡眠カプセルに運ばれたわけか。かれらは彼女(・・)を確保したと言っていた。つまり僕たちの船を掘り起こしていたわけだ。まさか、またこのカプセルに入る羽目になるとは。


「ん?」


ちょっと待て。

トムとクーメルが僕を助けに来てくれた……それはいいとして。


「ここは王城ヨルムンガルドじゃないのか? だとしたら危険だ、気をつけて脱出しないと」

「……あー、いや、大丈夫にゃ」

「……?」


そこは実際、城などではなかった。

地上に露出した倉庫のような建物。ほぼ全体が砂に埋もれていたのか、入り口まで人力で掘り起こされたような形跡がある。

外は夜になっていた。僕は砂をはたき落としつつ、首を回して周囲を見る。


「砂漠が……」


カラバ王国では砂漠はほとんどなかったはずだ。ではここは大陸だろうか。最果ての四王が住む世界なのか?

それはさておき、僕はトムに問いかける。


「トム、僕はティルに会わねばならないんだ。居場所は分かるかな」

「うにゃっ……」


それは困った質問だったのか、トムは目に見えて狼狽する。


「……何でも言ってくれ。どんなショッキングな報告でも受け止めるよ。ティルとドラムはどうしているんだ? 真円(サークルズ)は? そもそも、僕は何年ぐらい眠っていたんだ?」

「にゃっ、眠っていたのはたぶん、60年ぐらいにゃ」

「そうか……」


そこで気づく。夜が妙に暗い。


「星はあるのに……今日は月が出ていないのか、暗いな」

「ダイス、そうじゃないにゅう」


クーメルが……彼女は母とは別の個体だし、どうも一貫した記憶も持っていないようだが、それでも何かしら感じ入るものがあるのだろうか、その目は優しげだった。

彼女はそっと僕の手を取り、母親が枕元で語るように、静かな声で言う。




「月は、もう、無いにゅう……」




ここまでが五章になります。10月中の完結を目標として頑張ります。

いつも読んでいただきありがとうございます。よければもうしばらくお付き合いください。

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