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スイカの星の進化論  作者: MUMU
第五章 すべての猫を越えし猫
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第四十二話





「にゃー、スイカのムースうまいにゃー」

「にゃー、昨日のスイカパイほどじゃないけどうまいにゃー」


「三人の成長はどう?」


過日。

反戦団体のアジトに顔を出した時、三人の剣士たちは食事にてレベルアップに勤しんでいた。

スイカの酒(ドルミー)を炭酸水やミルクと合わせ、カクテルをこしらえていたコジーが答える。


「順調にゃにゃ。決行日までにはレベル180まで行けるにゃ、そこらへんの猫では太刀打ちできんはずにゃ」


料理によっては仕込みに時間と費用がかかる。コジーたちの組織力あっての賜物だ。


「あの三人も生粋の剣士タイプにゃ。毎日の訓練も身が入ってるし、心配いらんにゃ」

「うん……」


この日はその確認だけではなかった。

僕は用意していた質問の包みを解き、おもむろに訊ねる。


「破壊の王、って知ってる?」

「にゃ、もちろん知ってるにゃ。英雄トムとドラム王の手で倒された怪物にゃにゃ」

「そう、昨日ふとその名前を思い出して、そして気になったんだ。シオンの「古き夢」で信仰されていた託宣」

「うにゃ?」

「あれに、こうあったんだ。「そして月には夢の王、世界を平らぐ夢を見る」」

「ああ、私はあんまり熱心じゃなかったけど、確かにシオンがそんなこと言ってたにゃ」

「その違和感に気付いたんだ。確か、古い伝承では最後の部分は「そして月には破壊の王、流転を妨げる死の支配者」となってたはずじゃ……」

「ドラム王が……つまりドラム一世が見たって碑文のことにゃ? あれは正確な文面が伝わってなくて分からんにゃ。その文面はどこで見たのにゃ?」


それは前世の記憶だろう。

霊薬の臭いを嗅いだだけでは鮮明には思い出せない。言葉だけを、海底から浮かぶ亀のように何の前触れもなく思い出しただけだ。


「仮に……その文面が、最後の一節が変化した(・・・・)としたら、どう思う?」

「うにゃ?」


コジーはよく分からないという顔をする。仕方のないことだ。僕だって上手く言い表せないのだから。


「破壊の王が、この世から失われて、その空白の御座に座ったのが、夢の王……」


言葉だけが先走りしている、と思う。

何かしら示唆的な表現だけが思考の表層を上滑りして、何かを言い当てているようで、実は何も分かっていない。

しかし考えずにはいられない、そんな不安に取りつかれている。


「にゃー、ダイスー、話があるのにゃー」


袖を引かれる。

思考を霧散させつつ振り向けば、三人の剣士がいた。三人とももう立派な猫人(リカント)だが、剣士タイプはあまり体が大きくならないこともあり、身長は僕と大差ない。


「どうしたの?」

「うにゃっ、三人のコードネームが欲しいのにゃ」

「コードネーム?」


僕とコジーの声がハモる


「にゃー、みんな名前が似てて呼びづらいのにゃー」

「覚えにくいのにゃー」

「お前たち、たった三人じゃないかにゃ、ちゃんと覚えるにゃにゃ」

「にゃー、とっさに呼ばれたとき、誰を呼んだか分からなかったら困るのにゃー」


なるほど、一理あるかも知れない。

僕は記憶の箱をがさごそと探る。前世の記憶が混ざっているため、由来不明の名前がいくつか掘り出されてくる。


「えーと、じゃあラフェール、ポルトス、アラミス」


三剣士は互いに顔を見合わせ。ややあって僕へと向き直る。


「ださいにゃ」

「センスないにゃ」

「うわ何だろう、すごく恐れ多いことになってる気がする」


僕は少し焦りを覚え、そして頭をひねって第二案を出す。


「それじゃガイア、タルタロス、テュポーン」


テュポーンで爆笑が起きた。

響きがツボにはまったらしい。


「……君たち自身は何かアイデアないの?」


剣士たちはそろって目を点にして、それから少し間をおいて答える。


「スイカ、スイカスイカ、スイカスイカスイカってのどうにゃ」

「にゃー、面白いにゃー」

「センス抜群だにゃー」

「でもちょっと待つにゃ、スイカとスイカスイカが一緒に呼ばれたらスイカスイカスイカと間違えるにゃ」

「確かにそうにゃ!」

「お前天才だにゃー!」

「あああああっお前たちややこしいにゃにゃーー!」


コジーが三人を張り倒していき。

けっきょく1号、2号、3号で合意が得られたのは三日後のことだった。





「にゃっ、ダイス、どうするにゃ」


様子をうかがっていた1号が口を開く。


「ざっと見たら100人はいるにゃ、でも兵士はいないにゃ」

科学猫(サイバリアン)だけなら何とかなるにゃ」


2号と3号もそのように主張する。


「……破壊しよう」


僕は色々な過程をすっ飛ばすかのように言う。頭のハンチング帽を握りしめ、その下にある頭を、猫の耳を持たない頭部を意識する。


「あれは分析してはいけない。触れてはいけないものだ。科学猫(サイバリアン)たちが何のつもりであれを調べてるのか知らないが、理由など関係ない。あのドラゴンは砕き、機材はすべて破壊して、この地下空間そのものを封鎖しなければいけない」

「にゃっ……ダイス、怖い目してるにゃ」


コジーが言う。他の猫たちの反応も似たようなものだろう。僕は冷静にならねばと思い、目頭を指でつまんで強く押さえる。


「……どうせ、そのうちスロープに放置してる兵たちも見つかるだろう。それまでが勝負だ。下に降りよう」





下に降りてみれば、やぐらや作業用の高架通路などは実に巨大なものだった。それは車輪のついた歩道橋という形容がピタリと当てはまり、ドラゴンの巨体をまたいでいる。


「にゃー、出力が上がらんにゃー」

「にゃー、推進剤ぶちこむにゃー」


小型のロケットらしきものをいじっている猫たちがいた。彼らの中央では錐体型の金属が台座に固定され、そこにパイプが繋がっている。ロケットの燃焼実験だろうか。

あれこれ話していた猫の一人が僕たちに気づく。


「うにゃ? そんな大勢でどうしたにゃ?」


それには僕が答える。兵士の鎧を着ている1号2号を左右に従え、きわめて冷静に。


「どうも、来週からここで手伝いをさせていただく者です。仕事の前に見学しておくようにと言われて」

「うにゃ、最近どっと人手が増えるにゃー、しっかり見ていくにゃー」

「立派な実験装置ですね、推力はどのぐらいあるんですか?」

「にゃー、この装置でざっと25キロあるにゃー、本番では総推力60トンを目指すにゃー」

「60トン……小型ロケットなみ……ということは大気圏飛行機ではない……」

「なにブツブツ言ってるにゃ?」

「いえ……」


この猫からもっと話を聞きたかったが、ふと意識が右方に引き付けられる。ホームジー先生がふらふらと歩いて、猫たちの集団の方へ向かっている。


「また詳しく聞かせてください。それじゃ」

「はいだにゃー」


ホームジー先生に追い付くと、他の仲間たちも遅れて集まってくる。

そこは地下空間の外縁部、おそらくは科学猫(サイバリアン)の休憩スペースなのだろう。長椅子や、大きめのガラス容器に注がれたスイカジュースなどがある。


「先生、危ないですから動かないで、どこで誰に見咎められるか」

「見るぞにゃダイス、すごいぞにゃ」


ホームジー先生が示す方向には、白衣を着た20人ほどの猫の集団。

みなこちらに背を向けており、その前には箱形の大きな機械がある。前面はガラス張りになっており、そこに大きめな帽子と楽器を手にした人物が映っていた、ルートーンだ。


『それはおかしい、スイカを食べないことはただの差異であり、岩の王を討ち滅ぼす理由にはなりません。お目にかけましょう、私の琴と、あちらの打楽器、異なる音でも一つに溶け合えることを』


そして演奏が始まる。音声に若干ノイズが混ざっているが、白衣を着た猫たちは跳び跳ねて盛り上がり、勝手な節回しで歌い始める。


「にゃー、この音楽すごいにゃー」

「うにゃー、こいつに投票したいにゃー」

「だめだにゃー、真円(サークルズ)に投票しないと怒られるにゃー」


興奮してるのはホームジー先生も同様だった。鼻息も荒く僕の袖を掴んで言う。


「ルートーンは地上にいるはずぞにゃ、なんでここにいるぞにゃ」

「落ち着いて先生、あれはテレビというものです。箱形だからブラウン管テレビでしょう。映像を電気信号に変換して、遠くに届けるものです。ここは地下ですから、おそらく有線放送でしょう」


三剣士はもちろん、シオンまでもが口を開けて見入っている。好奇心旺盛な猫たちに、始めて見るテレビを無視しろと言うのも無理な話か。


「にゃるほど、ツーツーという音を送れる電信機なら研究しておる猫がいたぞにゃ。それを同時に何千本も並列で送って、あの箱で映像を組み直しとるぞにゃ?」

「そうです。でも今はそれどころじゃありません。ここにいると目立つから、向こうに行きましょう」

「うーむ、仕方ないぞにゃ」


他の仲間たちも引き連れてその場を離れる。

しかしルートーンの姿が確認できたのは幸運だった。どうやら立派に渡り合っているようだ。


作戦として、彼に与えたことは一つだけ。

とにかく何かにつけて演奏しまくれ、というものだ。

真円(サークルズ)の単純な理屈には単純な戦法。とにかく歌と音楽で猫たちを魅了してしまえばいい。それが最も効果的に作用するはずだ。

だが、何故だろう。

テレビという存在を地下の猫たちが産み出していた。ここに集められた科学猫(サイバリアン)たちは地上より文明レベルが進んでいる、それはいい。

だが、テレビという存在に、何かしら不安を覚える。テレビがあるということ、は……?


僕たちは地下空間の外周部から、中央へと進みつつあった。巨大な荷物や何かの機械。やぐらやクレーンの立ち並ぶ空間の中央に、ドラゴンの巨体が見え隠れしている。その頭部にある赤い眼球が意識される。


まるで、物陰に潜む子猫たちに、気付かぬふりでもしているかのような……。


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