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スイカの星の進化論  作者: MUMU
第五章 すべての猫を越えし猫
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第四十話




「ダイスー、今日は付き合うにゃ、あの「真円(サークルズ)」の出てくる討論会があるにゃあ」

「ごめん、今日も用事があるんだ」

「うにゃー、この半年ぐらいずっと付き合い悪いにゃー」


半年ずっと誘ってくれる彼は聖人だと思う。


クラスとは社会の縮図だというが、今日も今日とて学問所の猫たちは賭けに夢中である。おそらく街の猫も大半はそうだろう。


真円(サークルズ)が勝つに決まってるにゃ。手堅く30ウォルメ賭けるにゃ」

「なんの、「音楽と美麗」はパフォーマンスがすごいって聞くにゃ。大穴で50ウォルメにゃ」

「にゃー、お金ないからスイカの種393216個賭けるにゃー」


三人目の彼はずっと連勝している。


そんなクラスの喧騒をあとにして。

きっちり一時間後、僕は王城ヨルムンガルドの地下にいた。


王城の地下とはどこまでも深い縦長の塔のような構造であり、その内部はカラバマルクの大地と隔絶された、もう一つの地下世界である。


狭い階段や通路が複雑に入り組み、隣接する部屋同士が必ずしも通じておらず、そこに出入りする者も全体の構造は誰も知らない。通路や階段は有機物のように絡み合い、内部の猫たちを惑わせる。


石造りの通路にて、地下牢の入り口を守るのは軽装鎧を着た二人の兵士。ずんぐりとした体を丸胴の鎧で包み、短い槍を持った戦士タイプの猫である。


「にゃー、討論会行きたかったにゃー、屋台もいっぱい出るのにゃー」

「気を抜くんじゃないにゃ、仕事中にゃ」

「うにゃー、ここは空気がこもって暑いにゃー、スイカ食べたいにゃー」

「さっき弁当のスイカ食べたばかりにゃ」

「うにゃー、冷えてないやつ食べても腹ふくれないにゃー」

「ふたつも食べたのに何言ってるにゃ」


そこへ、巨大な籠をかついだ猫たちがやって来る。その数は三人。籠は内貼りがしてあり中身は見えないが、上からは山盛りのスイカがのぞいている。


「スイカだにゃー、スイカの配給だにゃー」


擦りきれたズボンに厚手の服。農夫ふうの猫たちがスイカを満載した籠を背負う。それは小玉であり、全体が黄色がかったスイカである。その果肉も黄色く、ミルクのような甘さがある。限られたスイカ村でしか育たない稀少な黄色スイカだ。

小玉とはいえその籠ならざっと三十個は入りそうに見える。スイカ村の農夫ならではの怪力である。


槍を持った兵士がその猫たちを止める。


「止まるにゃ、何にゃそのスイカは」

「スイカの支給でございますにゃ。今日は暑いので、地下牢の囚人たちに配るようにと。兵士さまには二つずつ配りますにゃ」

「ふたつ!? ありがたいにゃー」

「ちょっと待つにゃ」


二人組の兵士のうち、用心深い性格らしき一人が前に出る。


「支給なんて聞いてないにゃ。ここから先の地下は市民は立ち入り禁止にゃ、誰の許可を受けているにゃ」

「はあ、こういうものを頂いてますにゃ」


取り出す紙。それはある大臣の名前で発行された公文書の偽造品(・・・)である。手先が器用な猫たちが三週間がかりで作った自信作であり、偽物だと看破できる要素はないはずだ。


スイカを満載した籠の中で、僕はじっと息を殺す。

籠を担いでいるのは本物のスイカ村の猫である。ルートーンの「音楽と美麗」を強く支持する猫たちであり、この作戦にも快く応じてくれた。スイカ村の猫たちの怪力がなければ、小人(マンチカン)猫人(リカント)が隠れられるほどの籠を担ぐことは出来なかっただろう。


「わかったにゃ」


ややあって、兵士は紙を突き返す。


「囚人にスイカを配ったらすぐに戻ってくるにゃ」

「分かりましたにゃ」


農夫たちが籠をよいしょと背負い直し、その場を去ろうとした瞬間。


「うにゃっ!」


兵士の一人が、やおら槍を突きだして籠を貫く。小玉スイカのいくつかが砕け、果汁が槍を伝って床に流れる。


やはりそう来たか。仕方ない。

兵士はそのまま槍を横凪ぎにして、籠を切り裂かんとしたが。


「にゃっ、あれ、動かんにゃ」


動かないはずだ。僕が押さえているから。腕をゴムのようなアームカバーでガードしているので、槍との摩擦力が強まって押さえ込めている。

では槍が動かない状態で、農夫がくるりと回転すればどうなるか。


「んにゃっ!?」


答えは、槍ごとぶおんと振り回されて壁に叩きつけられる。槍を放さなかったのは兵士として称賛されるべきだと思う。その猫は槍を握ったまま昏倒した。


「な、何にゃっ!?」


もう一人の兵士が何か言いかけた瞬間。二つの籠が猛烈な勢いで迫ってきてぶち当たる。


「ぎゅにゃっ」


妙な声を上げて、挟まれた兵士はあっさりと気絶した。


「やっぱり疑われてたにゃ」

「この作戦は無理だと思ったにゃー」


農夫は背負った籠を下ろすと横倒しにする、大量のスイカが出てきて、それと一緒に僕も這い出してくる。

僕は胴部や首、腕などを厚手のゴムでガードしていた。検討段階では槍が体をすり抜けるのが三割、ガードした部分に当たるのが三割というところか。籠を出た以上は邪魔になるので、ゴムはその場で外す。

ともかく運が良かったと言うべきだろう。正門と地下入り口の兵士は同じ手口で通過できたのだから、作戦としては上々である。


籠はあと二つ、そこからは護衛の剣士が一人ずつ出てくる。


「にゃー、スイカまみれ作戦は失敗ですにゃー、兵士なぎ倒し作戦に切り替えにゃー」

「望むところにゃー、腕が鳴るにゃー」


僕は三人の農夫に向き直る。作戦変更になった以上、まず優先すべきは彼らを逃がすことだ。


「ありがとう、君たちは上に戻ってくれ。すぐにカラバマルクを出て、当分は街に戻らないように」

「はいですにゃー、ルートーンによろしくにゃー」

「あいつはいいやつだにゃー、今度来たら村のスイカ食わせるにゃー」


手を振りつつ、農夫たちは籠を担いで上に戻っていく。


「よし、僕たちも行こう。別ルートで潜入したコジーたちと合流しないと」


僕たちは気絶させた兵士を縛り上げ、口を封じてから鎧を剥ぎ取る。脱出ルートもいくつか検討しており、この鎧はその準備の一つとして、護衛の剣士たちが着込む。


駆け出す。

地下空間は思ったより広い。僕たち三人が並んで走れるほどもあり、石の上を走る足音が地下全体に反響して聞こえる。道は緩やかなスロープになって下っており、この階層の外縁部を取り巻いてるように思える。


「見事な石組みだ……ほとんどモルタルも使わずに、巨大な石をパズルのように組み合わせて……」


この地下空間は、ある天才的な猫の家系……家系というのはつまり、無限の魂を持つ猫がという意味だが、その猫によって百年をかけて築かれているらしい。接着剤となるモルタルは極端に少なく、石同士を完璧に組み合わせている。外側からの土の圧力すら頑健さに変えるような組み方らしいが、それはその猫以外の誰も真似できなかったらしい。


その猫が現在どこにいるのか、見たものは誰もいない。

城の建造を終えてどこかの地下を掘っているとか、引退して田舎でのんびり暮らしているとか言うが、その猫はまだこの城の地下にいる、という噂もある。


この城の地下は想像されるよりも遥かに深く。その猫は光も届かぬ大地下にて、いまだに穴を掘り、石組みで固め、スイカが根を伸ばすように大地の深みへ潜り続けているのだ、と。


そのような想像が脳裏に浮かぶが、それに浸っている余裕はなかった。壁の獣脂ランプの明かりは猫にとっては十分だが、生まれつき暗いところに弱い僕には頼りない明るさだった。目が慣れるまでは慎重に走る。


地下牢を進めば、鉄格子の奥には猫たちの影が見える。猫の街にも重犯罪というのは多少は起こるらしいが、今は主に宗教関係の猫で賑わっていた。


「だらだらするにゃー」

「はー、床が気持ちいいにゃー」


あれは「だらだら床の会」だろうか。


「いいですかにゃ。猫たるもの、黒猫(ジュブナイル)だった頃を忘れてはなりませんにゃ。食事の皿はちゃんと床に置いて、口のほうを大地に近づけるのですにゃ」

「はいにゃー」

「くそうまいにゃー」


あの集団は道具と武器を否定する「手と爪の彼岸」だろう。他にもなんだか大勢いる。僕たち三人がいることに関心も示さない。猫たちは牢内でもマイペースである。


「ダイス、こっちにゃにゃ」


コジーの声がした。振り向けば通路の奥。コジーと剣士の一人、そしてホームジー先生がいる。


「ダイス、例の栽培所も見つけたぞにゃ。すでにアルコールに溶かしてあるぞにゃ」


近づくや否やホームジー先生に渡されるのは茶色の小瓶。これに薬を仕込んであると言うことか。どうやらコジーたちの方が潜入はスムーズだったらしい。

……これが、前世の記憶を取り戻す霊薬か。


「――コジー、その方たちは?」


声がする。


牢の奥には、薄紫のローブと、柔らかな印象の黒髪。闇の中にささやかに存在を主張する猫の耳。


紛れもない。シオンがそこにいた。


「助けに来たにゃにゃ。今出してやるにゃ」


コジーは牢番から手に入れたのか、丸い金輪にはまった数十本の鍵を取り出す。


僕にとっては三度目の邂逅。だが何故か、彼女に深い懐かしさを感じている。この感覚の意味が自分でも分からない。なぜ彼女の近くにいると安らぐのだろう。母親のような故郷のような、ずっと昔から知っていたような気が……。


やがて牢が開き、シオンが頭を打たぬように気を付けながら出てくる。


「シオン、よく無事で……」


それは、今までに数えるほどしか言葉を交わしていない僕たちの間では不自然な切り出し方だったが、僕は心からの安堵とともにそう言う。


「あなたは……たしか、ダイスさん」

「覚えててくれたの?」

「はい」


シオンがふいに僕に近づき。僕の両手を取ってそれを自らの両手で包み込む。手に伝わるのは暖かな感触。

だが、何故だろう。彼女の下腕部に体毛があることに、不思議な寂しさを覚えるのは。


「お願いです、どうか」




「どうか私を、ここよりさらに地下に、地の果てに連れていってください」



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