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スイカの星の進化論  作者: MUMU
第一章 旅人ふたりとスイカの星
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第三話



【十五日目】


夜の砂漠を歩いていると、夜風が宇宙服の襟元から入り込む。


気温は昼間は30度、夜間は5度から10度ほどになる。率直に言って、この振れ幅はあまり大きいとは言えない。この星の気候特性のためか、砂漠気候の割に気温が安定しているようだ。ともかく昼は灼熱、夜は酷寒という環境が避けられたことは喜ばしい。


漆黒の空には星が散っている。地球とはまるで違う星図。それは当然だろう、航行機が現在位置を特定できないのならば、この場所は形状が知られているどの銀河も見えない場所。おそらくは地球から見て光の地平線の果て、観測限界の宇宙のさらに外側なのだろう。


星はまばらである。銀河に星が少ないのか。

この星にも月があり、明るさは満月のときにマイナス10等級。地球の月より少し暗いが、黄金の砂で満ちた砂漠ならば、月明かりだけでかろうじて歩ける程度には明るい。


船に戻ると、シオウが外に出ていた。砂漠に寝そべって空を見つめている。その腹部にファミーが頭を乗せている。


「シオウ、体に(さわ)るよ」

「ごめんなさい、星を見ていたの」


シオウはゆっくりと上体を起こし、黄金の髪についた砂を払う。この砂漠の砂は石英質が多く、月影を受けてきらきらと輝きながら落ちる。


「ねえダイス、ここは地球なんじゃないかしら」

「……」

「きっとそうよ、だってスイカと猫があるなんて、そうとしか思えないわ」


確かに。

僕もそのような妄想を抱かないわけではなかった。


そもそもこの星は地球によく似ている。この星の大きさ、自転と公転の速度、大気組成に重力、恒星系の主星からの光量、それらは地球と10%も違わない。砂漠であることを考慮しても、開拓星として莫大な値が付きそうな見事な地球型惑星だ。


弦転跳躍からの長い長い旅、その間に地球は砂の星となり、僕たちは偶然にそこへ帰ってきた。やがて星を探索する中で、朽ち果てた自由の女神を見つける。そんな古い映画のような想像には不思議な説得力があった。


だが違う。

どれだけ年月が経っていようと、天の川銀河の恒星がここまで減少するはずがない。もしそんなことが起きるほど年月が経っているなら、地球は赤色巨星と化した太陽に飲み込まれている頃だ。


あのスイカと猫については何も分からない、だがここが地球ではないことだけは分かる。よりによって一番必要ない情報だけが確定しているとは、我ながら不甲斐ない話だ。


「あれはオリオン座かしら。あっちの四角いのはペガサス座ね」


夜空に一等星はほとんどない。月明かりの中ではさらに見える星は少なくなり、二等星以下の星と、いくらかの星雲が散在するに過ぎない。シオウの手は夜空の表面を撫で、夜闇を払いのけて宝石を探すような仕草をする。


「シオウ、もう休もう。体が冷えるよ」

「もう少しだけ、星を探したいの」


僕は一度宇宙船に戻り、アルミブランケットを取ってきてシオウの下半身にかぶせる。ファミーはぐっすりと眠っていたので、そっと抱き上げて船へと運ぶ。


「シオウ、ここで眠っちゃダメだよ。あとでまた様子を見に来るからね」

「ええ」


ここ数日、シオウはよく夜空を見ていた。船の中で飽きるほど見続けていたのに、それでも彼女はまだ空に憧れている。その行為の意味を言語化することが恐ろしかった。言葉にしてしまえば、この夜空は鋼の塊となってシオウにのしかかってくるように思えた。


ファミーを抱いて船へと戻る直前、僕はシオウを振り返る。

彼女は暗い夜空の底で一人だった。


それは祈りにも似た無垢な姿。

白い衣服を着て、アルミブランケットをゆったりと広げ、黄金の髪を砂地に流す彼女は美しかった。


それは深い深い涸れ井戸の底に落ちた、誰にも届かない恋文のような美しさだった。





【十八日目】



ようやく本腰を入れて船の修理に取り掛かる。

しかしそれは、どこまで修理するのかというより、どこまでを諦めるべきかを知るための作業だった。

砂漠に横たわる巨大なコンパスのような船、その日陰に脚立を設置し、エンジンの周辺を解体していく。


「んにゃっ、手伝うにゃー」


舌足らずな話し方をするのはファミーだ。また新しい服をこしらえてもらったらしく、淡い紫色のワンピースを軽快に着こなしている。驚いたことに足にはサンダルを履いている。スイカの蔓で編んだものらしい、おそらくシオウの手作りだろう。


「ファミー、じゃあ部品をどんどん外して渡すから、向こうのシートの上に集めておいて」

「わかったにゃ」


格安の船とは言え恒星間航行船だ。部品点数は膨大なものになる。僕は完全に炭化しているエンジン周辺を溶断していく。同時に劣化した耐熱パネル、朽ち果てたスラスターノズル。溶融している観測機器なども外していく。


シートの上に部品が山盛りになった頃。僕はどうにか現状を把握する。


「AI、音声記録を」

『録音を開始します』

「エンジンはメインと予備が大破。重水消滅エンジンの修理は不可能のため破棄する。パルススラスターは三基健在、出力は約120キロ。外装は慣性系を含めてほぼ大破。再突入はきわめて危険と思われる。弦転跳躍システムは健在だが、電力が不足している」


いわゆるワープマシンは無事のようだ。科学者たちは絶対にワープという言葉を使わず、かたくなに弦転跳躍機と呼んでいるが、どういうこだわりがあるのかよく知らない。この機械については旅の間も数え切れないほど修理を試みた。操作系からのアクセス、あるいは船外活動での接触、その結果として判明したことは、電力の喪失である。


おそらくは跳躍の暴走が起きたとき、跳躍ユニットに据え付けられている重水消滅炉はその燃料を全て使い果たしたらしい。それは21世紀初頭ならば地球全体の年間消費量に相当するほどの電力。暴走の際に船外にいたなら人間など蒸発しただろう。

しかし弦転跳躍機とはアインシュタイン的物理世界を超越した事象に耐えうるシステムだ。その素材は特別に堅固な物質であり、少なくとも外見上は変化がない。


「予備の電源システムを使えば起動は可能かもしれない、弦転跳躍機はブラックボックスのため内部の確認は不可能……。燃料はなんだっけ、圧縮アイスを作るのは不可能だから、ウラン238になるのかな」


量はおそらくドラム缶に千杯ほど。

僕は想像する、この砂漠の星で天然ウランを集めて燃料とする作業、その過程と工程、作らねばならない施設。注意せねばならない事故。それは百代続く家系図にも似た膨大な工程だ。そもそもそれを作れるほどの技術マニュアルがデータベースに入っているだろうか。


「うんにゃっ、うんにゃっ」


剥がした耐熱パネルを運んでいるファミーを見て、僕は静かに息をつく。ウラン燃料を確保するのはあまりに非現実的だ。いくら遺伝子処理により長大な寿命を持つといっても、そんな気の遠くなるような作業をやれる自信はない。

だが仕方ない、判明したことをまとめておこう。


「スラスターでは宇宙に出るほどの出力は得られない。弦転跳躍機の励起に必要な電力も確保できない。そもそも地球の方向もわからないのに、跳躍で帰ろうとするのが無茶な話ではある……。現状、地球帰還を目指すための修理は困難と判断する」


僕はなるべく悲観的な空気にならぬよう、AIとの会話を締めくくる。


「記録は以上、明るい音楽でもかけてくれ」

『了解しました』


AIとは10センチ四方のキューブ型の端末だ。その表面で光が踊り、軽快なリズムが流れ出す。どうでもいいことだが、キューブが船体に取り付けられているときは航行機と呼ぶこともあり、こうして取り外されて独立しているときはAIと呼ばれる。頭脳だとかアシスタントと呼ぶ人もいるらしい。名前を付ける人もいるとか。


「んにゃっ!?」


と、僕のそばにファミーが走り寄ってくる。


「これっ、これ何にゃっ?!」

「え、ああ、音楽だよ、そういえば聞かせたことなかったな」


収録曲数が膨大とはいえ、旅の間ずっと聞いていれば飽きてくる。音楽そのものに飽きるというのはなかなか希少な体験だと思うが、ともかく僕とシオウはAIを音楽プレイヤーとしては利用していなかった。


「にゃあー」


ファミーは10代の少女のような顔……少しほっぺたが下ぶくれだけど、それをだらしなく崩して僕の膝に乗っかる。


「にゃっ、にあ、のんにあー」


妙な節回しで、リズムにワンテンポ遅れて歌う。


「すごいにゃあ、気持ちいいにゃあ」

「そう? じゃあAI、このカテゴリーの曲をいくつか連続で」


キューブの表面で丸の形にランプが灯る。曲をかけている最中なので光で応答しているのだ。


「おや……」


気がつくと、周辺に何匹かの黒猫が来ている。小人もいる。

みな弛緩した様子でキューブの周りに集まり、音楽に合わせて体を揺らしている。


「10匹ぐらいいるな……。音楽が好きなのかな」


夏の光の中、僕たちは船の生み出す日陰の中で座り込む。

音楽は広大な砂漠をワイキキの砂浜に変えるし、宇宙の果ての星を賑やかなパーティ会場にも変える。

そんな感覚も久しく忘れていたけれど、僕たちはしばし、音楽に酔った。


「本格的にこの星に腰を据えるか……。もともと、そういう旅だしな」


まあ悪くはない。スイカもあるし、愛すべき妻も、そしてファミーもいるのだから。





【二十一日目】


シオウが倒れた。一日看病する。




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