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スイカの星の進化論  作者: MUMU
第三章 トムティルドラムと破壊の王
19/83

第十九話






なぜ「彼ら」は、私達を訪ねてくれないのか。

この矮小なる我々に会いに来て、広い知識を授けてはくれないのか。


誰もが一度ぐらいは考え、子供っぽい空想、幼稚な疑問と笑われる。

大人たちは漠然と宇宙を見上げ、ロケットに興じ、いつか自分達が宇宙からの来訪者になろうとしているのに。


しかし、仮に技術的問題が次々と解決され、人が大いなる宇宙に手を伸ばすことができたとしたら、何が起こるのか?

植民星を見つけるたびに人口は加速度的に増え、ホウセンカの種子がはじけるように、さらに遠くへ、彼方へと飛び出していく。そのような狂おしい宇宙開拓時代。


その果てには何があるのか?


やがて光の速度すら越える船が生まれ、膨張の速度は無限に近づき、ほんの数千年、宇宙にとっては瞬きの一時の間にあらゆる大地を人が埋めるのか。あらゆる恒星のエネルギーを貪欲に喰らい、質量のすべてを人工地殻に変えて、刹那に等しい繁栄の後に銀河を、宇宙すらも食い尽くすのか。


星を眺めて、誰かがふと思う。

この宇宙に無数に存在するやも知れぬ知性体は、なぜ、そのように爆発的に増えていないのか。なぜ、宇宙に溢れていない・・・・・・のか、と。


それは考えてみれば簡単な理屈。すれ違っている・・・・・・・だけのこと。

人間がどれほどに増え、銀河のすべてを埋め尽くし、そして永い時間の果てに文明そのものの滅びを迎えたとしても。

その数千年の歴史の興亡すら、宇宙という巨大な視座ではほんの一瞬に過ぎないのだから――。







「うにゃー、ダイスさま、お食事ですにゃー」


盆をささげ持った小人(マンチカン)が言う。寝転がってた僕は読んでた本を置き、ゆっくりと体を起こす。


「ありがとう、今日はなんだか美味しそうだね」

「にゃっ、牛ヒレのサラダとスイカのシチュー、デザートは青スイカのスイカの酒(ドルミー)漬けですにゃ」


盆も器も磨き抜かれてきらきら光っている。僕がベッドから起きて卓につくと、別の猫たちがテーブルに群がってきてナプキンをセットしてくれた。その中にいた若い猫が、僕の読んでた本を見て言う。


「にゃー、ダイスさま、変わった本ですにゃ、ものすごく分厚いですにゃ」

「いや、本来の本はこのぐらい厚いものもあるんだよ。スイカのパルプで作ってる本はまだ紙質が悪くて、30ページ程度にしか製本できないからね」

「見たことない文字ですにゃー」

「ロシア語というものだよ、これは「白鯨」と読むんだ。もう30回ぐらい読んだ本だけどね……」


猫たちは自分の仕事を終えると去っていき、僕も食事に取りかかる。

シチューが絶品だった。何か、僕にも分からない新しい調味料が使われてるようだ。発酵食品はいくつかの地下工房にて研究されてるが、作る場所によって同じ仕込みでも味が変わってくる。発酵にまつわる菌類の妙だろうか。


食事が終われば見回りに移る。

そこかしこに緑色のテントが並び、ひときわ巨大な物見やぐらが村の中心だ。

それらのテントには芯材として鉄が使われている。まず骨組みを作り、それをスイカの蔓で覆っていく。スイカの葉が生い茂る壁は涼しげで、たまにはスイカも実った。


緑の小屋は祭りの屋台街のようでもあるし、大きなオープンキャンプ場のような野趣もある。中には残像狼キネマトウルフ砂絨毯ガベッジフィッシュの皮を使った絨毯が敷かれ、昼夜の温度差を抑えている。


砂絨毯ガベッジフィッシュとは全長20メートルに達するエイだ。彼らは砂漠に擬態し、一瞬で多くの猫を食らって砂に潜ってしまう。しかもその皮はゴムのように分厚く、刃や炎を受け付けない。


だが長い間の戦力の増強により、今ではこの怪物も捕獲されている。先端にかぎ針のついたロープを皮に引っ掛け、鎧象アームファントから引き剥がした岩などの重量物に接続する。鍛えた猫たちが三十人がかりで捕獲するのだ。広い砂漠で砂絨毯ガベッジフィッシュを追い求め、砂に擬態した状態を見つけ出すのは専門技能であり、経験豊かな猫人リカントがそれに当たっている。


この怪物の捕獲により、僕たちはゴムに近い高分子物質、尾に含まれる神経毒、油やニカワ、強靭な張力を示す腱などを手に入れた。

いくつかの怪物の体内では硫黄や臭素などの希少元素も見つかっており、それらは工房で分離されて研究に役立てられている。


「ダイスさまー。ティルさまがお呼びですにゃー」


猫の一人がそう教えてくれて、僕は工房に向かう。

それは二階建ての立派な建物である。建材にはまだ試作段階ながらも漆喰が用いられ、緑のテントの中でそこだけ白無垢の建物となっている。


「お待ちしてましたですにゃ」


ティルは豊かな胸をそらし、赤い縁取りの眼鏡を持ち上げて言う。最近になってガラスの製造に成功し、ティルは長年の悩みだったという近視を少しだけ克服した。

工房にいた小人マンチカンが叫ぶ。


「うにゃー、ティルさま、ニカワを煮込んでたら固くなってきましたにゃー」

「水を加えて溶かすですにゃ。何度もやると接着力が落ちるから、一回だけですにゃ」

「はいにゃー、でもこのニカワ、うんこくさいにゃー」

「ニカワはそういうもので……いやめっちゃ臭いにゃそれ、外のカマドで煮込むにゃ」

「はいにゃー」


「忙しそうだね」

「やることが多すぎて大変ですにゃー。工房をあと二つぐらい作りたいですにゃ。ガラスの研究と、製鉄所が」

「割り当てた人材と資材は自由に使ってくれ」

「はいですにゃ。反射炉ももうすぐ完成ですにゃー」


何しろ砂漠の世界での話だ、粘土層を見つけるだけで大変な苦労があったらしい。複数箇所で深さ50メートルまで砂を掘り返し、あるいは塩の大地の地下まで掘り起こして粘土を探し求めた。かなり深く掘らなければ有用な土や鉱物は集まらないが、ティルは数多くの機材を発明し、猫たちの数も利用して地質調査に取り組んでいた。


「何か用があると聞いたんだけど」

「そうですにゃ、裏の実験畑を見てほしいですにゃー」


白衣の裾を翻してティルが歩きだす。スイカの蔓を加工した繊維はなかなかの精度に達しており、ティルは特に白衣を好んだ。僕がホワイトカラーというものを教えたわけではないから、研究者としての帰結なのだろうか。仕立ての良い白衣は女性らしい体つきによく似合っていたが、まだ身長が足りないので、どことなくジュニアスクールの科学部部長のような初々しさが漂っている。


そう、ティルたちのような猫人リカント。レベル50を超えた個体には性差が生じていた。

ドラムなどは無骨な武人となり、骨は太くなって声はより低く、体型はさらにずんぐりとして、昔話に出てくるドワーフのような貫禄である。

そしてティルはしなやかな体つきに豊かな胸、くびれた腰つきに大きなお尻という、女性らしさをこれでもかと強調したような姿に成長した。

今はレベル85ぐらい。身長はやはり130センチぐらいで頭打ちのようだ。胸などはやたらに大きくなるのでややアンバランスな体つきになるが、ティルの放つ大人びた雰囲気のためにさほど不自然さはなかった。


「にゃは。あれですにゃ」


八重歯を見せる笑いとともに、指差すのは実験畑の片隅である。

そこには茶色く変色した蔓が噴水のように突き出しており、そこに吊り下げられるように小玉のスイカが実っている。高さは50センチほどだ。


「これは……」

「スイカを密集して植える実験をしていたところ、突然変異的に発生しましたにゃ。小玉のスイカしか実らにゃいですけど。蔓が硬化して高い位置に出てきてますにゃ。これはダイス様のお話にあった、「木」というものではないですかにゃ?」

「いや、木というのはもっと数十メートルの高さにまで伸びるんだ。幹ももっと直線的でヒダができていて……いや、でもやはり、これは木かも知れない。他のスイカよりも日光を浴びようとして進化したんだ」

「にゃはは、やはりそうですかにゃ。この蔓は重量に耐えるために固くなる性質があるようですにゃ。このスイカから種をとって、より高い実をつけるように品種改良していきますにゃ」

「そうだな、ぜひ進めてくれ、これで僕たちも木材を得られるかも知れない」


この星のスイカは、予想できていたことではあるが生育が非常に早い。種から育てればおよそ七日から十日で成長し、立派な実をつける。つまり世代を重ねる速度は地球のスイカの数十倍ということになる。突然変異や進化を成し遂げる可能性は十分にある。


「畑ももう少し広げたいですにゃ。ただもっと水が供給されないと難しいですにゃあ」

「そうだな……猫の数はスイカの数、スイカの数はつまり、水の量だからね……」


この村の人口は、およそ2000人あまり。

多くの小人マンチカン猫人リカントへと変わり、ある者は戦士になり、あるいは研究者となり、あるいは主婦に、農夫に、鍛冶屋に、道具屋に、狩人に、地図製作者に、仕立て屋に、料理人に、掃除夫に、天文学者に、大工になった。






そして旅人になった猫も、一人だけ。

トムはまだ戻らない。




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― 新着の感想 ―
[一言] 2章まで読んだ。少し不思議な話だ。 傾向的には技術、公理を遡ってくのだろうか
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