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スイカの星の進化論  作者: MUMU
第二章 猫の旅団とフルコース
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第十七話



足ならば猫たちのほうが遥かに早い。四足獣の歩法で暗い廊下を駆けて行く。

僕も走ろうとして身体がよろめいて気づく、すでに廊下がかなり傾斜している。悪いことには入口側が上に来る塩梅で。


「くそっ」


廊下に手すりがあったのは幸運だった。それを持って全力で登る。足元を砂が河となって流れていく。この建物に砂が入れば、もはや二度と地上まで浮いては来るまいと予想できる。


音は激しさを増している。傾斜に加えて揺れもひどい。流れてくる砂の量は足をすくわれそうなほどだ。


ようやく出口に辿り着く。天井に開いた窓から膨大な砂が投入されている。もはや建物全体が砂の底にあるのだ。


「んにゃっ」


猫たちは天窓のヘリに捕まり、臆せず顔を突っ込んで尻を振りながら潜っていく。日常的に砂に潜っている彼らが羨ましい。


「くそっ……一度でも落ちたらそのまま生き埋めだな」


天窓のヘリに手をかける。猛烈な砂の滝が体中を打って手を引き剥がそうとする。あるいはこの構造物全体を地の底に引き込もうとするかのように。


どうにか手すりに足をかけつつ、流動性のある砂の中に頭を突っ込んで身体を上に。流砂に巻き込まれぬようにもがく。最後に構造物の屋根を蹴って体を伸ばす。それが契機になったかのように足の下から建物の気配が消え、下に流れていく勢いが止まり、そして体全体を緩やかながらも重厚な流れが包み込み。無数の腕に体を掴まれるような感覚があって。その中で僕は必死にもがき――。


ようやく砂の上に這い出した時、そこはクレーターのような眺めになっていた。


直径はおよそ500メートル。深さ20数メートルの大穴。この規模の地盤沈下で我ながらよく助かったものだ。建物の中に閉じ込められるなり、地下水流に捕らわれるなりしていたら、余生を土竜もぐらとして過ごすしかなかったところだ。


「んにゃー、ダイスさまー」

「無事だったですにゃー」


トム、ティル、ドラムたちが集まってくる。

みんなは安堵の表情だったが、僕は口惜しさで一杯だった。


「くそっ、あの建物が手に入れば……」


中には何があったのか、どれほど想像しても足りない。猫たちの生活に役立つはずの貴重な資材、道具に書籍、建物それ自体も極めて有用だったのに。猫たちを進化させられる食料があったかも知れない、さらに言えば植物の種子でもあれば……。


もはや戻らない。あれは砂の虜になってしまったのだ。この星では不滅と不死が支配する。しかし失われたものは、遠のいてしまったものは二度とは戻らないのだ。あの宇宙船のように。


「んにゃー、残念ですにゃー」


どさどさ、と眼の前に本が置かれる。


「!?」

「五つしか持って帰れなかったですにゃー」

「えらいぞティル!! 最高だ!!」

「んにゃっ!? そ、そうですかにゃー」

「にゃー、トムも一つ持ってきたにゃー」

「おお! それは『白鯨』じゃないか! よくやった!!」

「んにゃっ……」


それを見てドラムが砂に潜り始めたので、僕は慌てて捕まえた。





多くの太陽と月が天を走り、多くのスイカが実って枯れた悠久の後。


僕たちのテリトリーには変化が生まれていた。


まずは土である。砂は段々と土に近づいていた。

この場所で食べられたスイカは数万個。猫たちの糞尿と汗と、言っておかねばならないが亡骸なきがらも。すべて砂に封じられて大地の糧となっている。


ミミズや羽虫のような小さな虫も見かけるようになった。ゴミムシのような胴長の虫、蟻のように群れをなす虫。この虫たちがどこから来たのかよく分からない。もしかすると砂漠だった頃から存在していたものを、僕が見つけられなかっただけだろうか?

ともあれ土壌の改良にミミズが必須なことは語るべくもない。彼らのような地虫はあらゆる物を食べて排泄し、土を土たらしめていく。踏み足はしっかりと土の硬さを備え、スイカ畑は安定した実りを見せ始めた。


群れにとって大きな変化は他にもある。まず鉄の量産化である。


この砂漠で驚異的な生物である赤鋼牛カーゴブル。まだ猫たちのかなう相手ではないが、牛にとってはさまよう泉ワンダリングジェリーが天敵。これが突破口となった。


特に脚の早い猫たちが協力し合い、複数人でリレーしたり穴に隠れたりして赤鋼牛カーゴブルを誘導する。そして炎で囲って捕獲していたさまよう泉ワンダリングジェリーを解き放つ。これによって赤鋼牛カーゴブルはその熱気を吸い取られ、包み込まれて内部まで消化される。直接的ではないが、猫たちの勝利と言えるだろう。

この狩りで得られるものは多かった。猫たちは青銅や鉛よりも先に鉄を手に入れ、あらゆる道具を生み出していった。


そして教育である。これはおもにティルとドラムが担当した。

レベル15までの若い小人マンチカンたちを集めて学問を教える。スイカの食べ方、見つけ方、怪物たちとの戦い方。そして僕が彼らに語った数々の童話や昔話。猫たちはいずれも数週間で言語を身に着け、暇さえあればお喋りに興じていた。


ドラムは多くの猫を引き連れて狩りをしていた。まだまだ勝てない獣……例えば砂絨毯ガベッジフィッシュ鎧象アームファントなどからは身を隠し、勝てる獣は確実に仕留めるすべを身に着けていく。テリトリーのあちこちには戦うためのやぐらや穴が作られ、猫たちが蜘蛛の糸のように警戒網を張っていた。


凶悪な獣により群れが半壊したことも一度や二度ではないが、優秀な猫たちは生まれたばかりの黒猫ジュブナイルたちを逃し、他の猫たちが逃げるまでの時間を稼いだ。そしてトム、ティル、ドラムの三匹は必ず生き残り、わずかな時間で新たなテリトリーを作り上げた。


そして。最大の進化はスイカだった。


一つ判明したことがある。獣の肉はどれほど加工しても、猫たちを何度も進化させることはできない。それはおそらく味の印象が強いからではないかと思う。脂身と赤身なら違う肉としてカウントされるが、焼いた肉と蒸した肉では別のものとカウントされない。理不尽なようだがそれもこの星のルールだ。

結局はスイカである。まだ熟していない小さな実から、熟しすぎて割れている実、蔓に葉に根っこ。塩漬けにしたり、天日干しで発酵(サイレージのような乳酸菌発酵)させたり、水分を抜いて押し固めたり、焼いてみたり揚げてみたり、ジュースにしてみたり。そうやって無数の料理が生み出され、猫たちは進化を遂げていった。もはや僕よりも料理のうまい小人マンチカンはたくさんいて、新しいレシピはすぐに共有されていった。


そして、50番目のレシピが見いだされた頃――。


それは盛大な宴だった。夜空をあかあかと照らす篝火。周囲にはスイカをくり抜いたランプが大量にあり、祭りの賑わいとなっている。


料理番の猫たちが大鍋をかき回し、高らかに歌う。


「にーこむーにゃー」

「かきまぜーにゃー」

「ぶちまけーにゃー」

「だめだぞ」


いちおう突っ込んでおく。猫たちの煮込んでいるのはスイカの鍋だ。灰汁でどろどろに溶かした白い果肉。そして狼の肉。


ぐるりと三重の輪を描くのは150人の小人マンチカンたち。それぞれスイカの器を持ち、獣の角で作ったスプーンを持っている。配給係が次々とシチューを渡していく。


「んまいにゃー」

「しんからあったまるにゃー」

「おふくろのあじにゃー」

「君たち意味分かって言ってるか?」


騒ぐ猫たちとは別に、輪の真ん中にいるのはトム、ティル、ドラムの三人だ。狼の皮で作った腰蓑と、鉄器の剣は地位の証。砂に刺した剣を背もたれに、鍋に舌鼓を打つ。


「さあ、次はスイカのステーキだぞ」


スイカの葉を果汁で作った酢に入れて柔らかくし、何十枚も重ねて押し固める。それを小玉スイカの煮出し汁、干した根。スイカの酒、狼の脂肪などを合わせた煮汁に漬け込み、味が染み通ったところでさらに焼く。きわめて手間のかかる料理だ。


「うんまいにゃー」

「うーん、まったりとしてコクがあるですにゃ」

「のなー」


果糖を加えて糖度を高めた果汁は酒になり、さらに酢にもなる。ただの葉っぱも、何十段階もの手間を加えればステーキにもなるのだ。


「次は小玉スイカのファルシーサラダだ。酢で柔らかくした果肉に穴を開け、乳酸菌発酵させた葉と蔓のサラダを詰めてある。ドレッシングはお好みで」


「にゃー、すっぱくてうまいですにゃー」


ティルが感嘆の声を上げる。

ここまでで食前酒アペリティフ、前菜、スープ、メインディッシュ、サラダまで完了、最後を飾るのはデザートだ。


「さあ、最後はとっておきだぞ。料理係の猫たちが一日がかりで仕上げた一品だ」


三人の前に出されるのは、丸く切った鉄板にスイカの葉を敷いた皿。

その上に盛られたのは、ひんやりと冷気を放つ赤い半球である。


「んにゃっ? これ何にゃー?」

「スイカのシャーベットだ。君たちも初めて見るだろうな。氷、というものだよ」


鉄の容器に煮詰めた果汁を詰め、外側をスイカのワラで包む。そこに果汁を吹きかけひたすら風を送る。すると気化熱が奪われ、何時間も続けることによって内部が氷点下まで冷やされる。原始的だが、かつて時の権力者たちはこの方法で氷菓を作っていたという。


「にゃにゃーーー! ひえひえにゃー!」

「うーむ、これが水の三態というものですにゃ、初めて見ましたにゃ」

「舌が冷たいのなー」


三人の小人マンチカンは三者三様のリアクションでそれを食べ、そして体を震わせる。

もはや身体が目立って大きくなることもないが、また彼らは進化できた。それは実感としてわかる。


「おめでとう、これで君たちは50回目の進化を遂げた。黒猫ジュブナイルの時期をレベル0とすれば、君たちはレベル50に到達したんだ」


僕は彼らの前に膝をつき、それぞれの目を覗き込んで言う。


「今日の料理は貴重なものばかり、君たちのような個体を新たに生み出すことは簡単じゃない。君たちは選ばれた猫として、群れを率いていかなければならない。もはや小人マンチカンとは言えないね。だから新しい名を与えよう。猫人リカントと――」


「うにゃ、リーダーですにゃ。がんばって努めますにゃ」

「戦うのなー」

「にゃー」


猫人リカントたちはめいめいに腕を伸ばして応答する。それを囲むように猫たちも喝采の鳴き声を上げた。

宴はいよいよ盛り上がり、猫たちの勝手な節回しが統制され、一つの歌に高まろうというとき。




なぜだろう。ただ一人。

トムだけが、どこか沈んでいるように見えたのは。



昨日、諸事情により投稿できなかったので今日は二本上げました。

もうすぐ二章も終了です。

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