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スイカの星の進化論  作者: MUMU
第二章 猫の旅団とフルコース
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第十六話



「ドラム、無事でよかった」

「のなー、ダイス様、勝ちましたにゃー」


ドラムは両手を斜めに振り上げ、誇らしげに胸をそらして言う。


「ドラム、でも一人で戦っちゃダメだよ。この場所を見つけたなら、僕たちに知らせてくれないと」

「んなー? 独り占めはしないのなー、偵察なのなー」


ドラムは少し体をかしげて、何ともつかない声を出す。


「いや、危ないだろう? どんな怪物がいるか分からないんだ」

「大丈夫なのなー、やられても猫に戻るだけなー」

「……ドラム、そんなことを思ってはいけない。君はもう一個の人格なんだ。死んで生まれ変わっても、それは厳密には君とは違う個体だ。死は間違いなく訪れるんだ。だから恐れなくてはいけない」

「なー? そんなことないなー。ドラムは何度も生まれ変わったなー。戦士はそういう役目なのなー」

「……」


何だろう、どこか会話が食い違っている。

僕とドラムの間に認識の齟齬があるのだろうか。


「戦士として戦うのなー。一人で敵を倒さないとダメなのなー、それでみんなのリーダーになれるのなー」

「? それは……誰かがそんな事を言ったのか? もしくは、僕の語った童話とかに習ったのか? グリム童話の「忠義なるヨハネス」とか……」

「違うなー、猫はそういうものなのなー、だから戦うのなー」


一人で戦う。戦士、猫たちのリーダーになる……。

それはつまり、ドラム自身に目覚めた何かしらの宗教観だろうか。かつてのバイキングや東洋の侍、あるいはマサイの戦士にあったような戦士の誇り。一対一をとし、多くの勇気を示したものが王になれるという概念。

思えば、彼らはどんな怪物にも臆することなく戦う。死を恐れていたファミーのほうがむしろ異端なのだ。それはおそらく、彼女にずっと語りかけていた人物の影響だろう。猫たちは本来勇敢に戦い、そして死にゆく定めなのか。であればここはヴァルハラなのか? 戦士たちが無限に戦い、喰らい合う荒野なのか?

僕はティルを振り返って言う。


「ティル、君たちの間にそんな考え方があるのか?」

「ありますにゃ。でもみんなじゃないですにゃ。ドラムたちが極端なのですにゃー」

たち・・、というのは?」


ティルは少し考え、手袋のような腕を振り上げて言う。


「いろいろいますにゃ。一人が好きだったり、戦うのが好きだったり、ものを作るのが好きだったり。ドラムは戦うのが好きな猫ですにゃ。同じようなのが集まっていくのですにゃ」

「そうなのか……」


しかし、やはり蛮勇はいさめるべきだろうか。ドラムは名誉のために戦っていた。それが彼の寿命を縮めることになるかも。

そして思い至る。彼らは身体が小さいが、けして子供ではない。

僕と一緒に長く旅をして、多くの経験を積んだ猫なのだ。彼らには彼らの哲学があり人生観がある。それについて僕が保護者のように口を出すのは、正しいことではないのかも知れない。


「分かった。そのことはいい。それよりこの場所を探索しよう」


僕たちはスイカのランプを部屋に等間隔に置く。さしたる光量ではないが、だんだんと目が慣れてきて見渡せるようになってきた。


ドラムが大型の執務机を武器にしてたが、やはりここは執務室のようだった。部屋は広く、壁には大型の書架。部屋の四隅に角灯が吊り下げられ、中に蝋燭が見えたのでそこに火を移す。


「だいぶ古いな……数十年、いや数百年は経過していそうな……」


よく見れば部屋中に本が散らばっていた。僕が背表紙を持って拾い上げると妙に軽い。よく見れば存在するのは背表紙だけで、中紙は一枚もない。


「これは……そうか、あの蜘蛛みたいな怪物に食われたんだな」


背表紙はと言うと、劣化していて真っ黒になっている。わずかに見える言葉はСудовой журнал


「ロシア語……「航海日誌」だって? やっぱりそうか」


なかば予想していたことだ。この星に存在する猫たち、そしてスイカ。あれが完全なる偶然の産物とは思えない。

この星は、地球の文明圏の影響を受けている。

おそらくは惑星改造テラフォーミング。あの猫たち。奇妙な植生のスイカ。それは人間が生み出したものではないのか。


では、これを生み出した人間はどこへ消えてしまったのか?


それは主観時間と世界の時間とのズレだ。僕たちの旅はどれほどの長さだったのか。その間に宇宙の絶対的な時間というものはどのぐらい経過したのか。

僕たちの主観では数え上げることを放棄するほどの長い長い旅。外宇宙を慣性で航行するということのながさを想像できるだろうか。

過ぎ去った時間はおそらく、文明が興隆してから滅び去るまでには十分なほどの――。


「にゃー、無事な本もありますにゃー」


ティルが言う。彼は部屋の隅にあった木箱をこじ開け、中に詰まった本を見つけていた。


「これは……『二都物語』『月は無慈悲な夜の女王』『われはロボット』『長い別れ』『ユリシーズ』……ビニールに封じられたままじゃないか。たぶんインテリアとして購入されて、一度も読まれていない本ばかり……」


どれも豪華な装丁で、ずっしりと重い。この星では本が何よりも貴重なのは間違いないが。実のところ長旅のあいだはAIの朗読だけが慰みだったし、本はげっぷが出るほど読んでいた。ともあれ回収はするけど。


「地球で出版された本だな……紙の本を運搬するだなんて、この場所の主は随分な金持ちだったのか……」


20世紀末、宇宙へ出られるロケットが登場して以降。そのコストがグラム単位で計算される時代はずいぶんと長かった。打ち上げる質量はなるべく少なくされるべきであり、燃料はなるべく節約されるべきである。打ち上げには地球の遠心力までが動員され、加速には惑星の引力までを利用する。それは重水炉が実用化された後も続いたのだ。理性的に考えればおかしな話だ。人間は海を超えるために船を使わず、わずか数日の短縮のためにジェット旅客機を使っていたのに。


「鍵のかかってた部屋もすべて探索しないと……。でもあの怪物がいないとも限らないし、一度引き上げようか。みんなを連れてこよう」

「わかりましたにゃー」

「帰るのなー」


「ダイス様ー。こっち何かあるにゃー」


と、響くのはトムの声。

見れば執務室の一角にぽっかりと黒い穴が空いている。さらに小部屋があるようだ。


「トム、暗いとこに行くと危ないよ」


僕はスイカのランプを捧げ持ってそちらに行く。そういえば彼らは夜目が効くようだし、僕の感覚とは違うのだろうか。闇の中で彼らの目はうっすらと光って見える。正確には光っているわけではなく、網膜の裏に反射板を持つため光って見えるらしいが。


「これですにゃー」


それは会議室のような部屋だった。四角いテーブルが床に固定され、周囲には椅子が散乱している。壁際まで転がっているものもあるし、壊れているものもある。蜘蛛に似た異形の仕業だろうか。


机の上に光が走る。ランプの明かりで何かが反射を示したのだ。


「これは……」


それはガラスの板だった。机の面積いっぱいに敷き詰められ、切子細工のように表面をガラス切りで削って線が引いてある。


中央に大陸。東西南北に腕を伸ばしたような形状。北西の隅に島がある。どことなく南十字星を思わせる形状だ。海岸線など全く無視した直線的な造形であり、国旗のようにも見えた。だがそれが地図であることは感覚的にわかる。かなり抽象化されているのだ。


「……この星の表面積は地球とほぼ等しいはず、とすればこの北西の島が僕たちのいる場所、か……?」


右下に文字がある。トムが机の上に立って、僕の腕を揺すって言う。


「んにゃ、ダイス様、読んでほしいにゃー」

「ああ、これもロシア語だな、ええと」



西の果てに岩の王、万物を飲み込み峻厳たる。



南の果てに雨の王、空の七彩を喰らいて眠る。



東の果てに森の王、豊穣と悠久を噛み砕く神。



北の果てに骸の王、大地の奥にて万魂を貪る。



そして月には破壊の王。流転を妨げる死の支配者。




「……と書いてあるな、なんだか詩的な言い回しだし、ロシア語は専門じゃないから合ってるかどうか自信ないけど」

「どういうことですかにゃ?」


ティルもテーブルに上ってきて言う。そう聞かれても僕にも分かりようがなく、頭を振るだけだった。


「んにゃ……」


トムはじっとテーブルを見つめている。その地図を頭に刻み込もうとするように。彼の目が暗闇の中で、ランプの火を映して赤く光る。

この言葉は何だろう、地図には地名も記号もなく、ただその言葉だけが刻まれている。


「岩の王、雨の王、森の王、むくろの王、そして破壊の王……? しかも飲み込むとか貪るとか、なんだか同じような表現が……」



――すべてを食べろ(・・・・・・・)


「……っ」


――この星のすべてを(・・・・・・・・)食べ尽くせ(・・・・・


――そうすれば(・・・・・)この星で一番(・・・・・・)強くなれる(・・・・・)



この記憶は。

そうだ、ファミーの言っていた言葉。彼らにとって限りなく原初の記憶に近い言葉。


何もかもを食べろ、という言葉。

この星には、王と呼ばれる何か・・がいるのか?


それが世界を支配しているとでも……。


「ダイスさま!」


声を飛ばすのはドラムだ。前室の執務室の方で叫んでいる。


「ドラム、どうしたんだ?」

「大変ですにゃ! 沈んでますにゃ!」


ティルもなにかに気づいたように騒ぎだす。

沈む?

その時にようやく気づいた。包み込むような静かな音。僕たちを建物ごと飲み込もうとする怪魚の唸りにも似た、深く静かな鳴動を。


「まさか」


そうだ、この地下構造物、これは以前からここにあったのか?

違う。砂の深さはかるく数十メートルか、それ以上はある。しかもこの建物は木材で作られている。つまり砂漠ができる以前から・・・・・・・・・・あったのだ。

もしやスイカのように、この建物自体も地下水流に流されて移動しているのでは? それがたまたま地上付近に出てきたところをドラムが見つけた――


では、まさかこの音は!


「トム! ティル! 入口まで戻るぞ! 走るんだ!」

「はいにゃー」

「ですにゃー」




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