第十五話
※
翌日、僕はトムとティルを連れて捜索に出た。
僕たちがテリトリーとするのは、半径8キロほどの円形の領域。ところどころにスイカを探すための骨の三脚が立ち、時々はスイカを抱えて群れに向かう小人も見かける。
北側には塩の大地を背負っているため、テリトリーを抜けたとしても北側に向かうはずはない、探すならば南だ。
「世話やけるにゃー」
「はやく探すですにゃー」
トムとティルは僕の回りを走り回り、背伸びを繰り返しながら周囲を見回す。どれだけ背伸びをしても僕の視界の方が広いと思うが、それは言わなかった。
「とにかく物見台のところまで行ってみよう」
二時間ほど歩いて、ようやく辿り着くのはテリトリーの外周近く。
そこに鎮座するのは骨のアーチである。高さは大人が立ってくぐれるほど。おそらくはゾウよりも三周りほど大きな生物の骨だろう。砂漠に座して数十年は経過しているのか、表面は劣化して剥がれてきており、いくつかの肋骨は倒れている。
ここは僕たちのテリトリーを守る物見台の一つ。小人たちが二人派遣されている。彼らは器用に骨に登り、可能な限りこの周囲のスイカで自給自足し、物見台に駐屯し続けるのだ。群れの中でも使命感に溢れた子が選ばれる、名誉ある役目である。
骨の上で小人二人が爆睡していた。
「おーい!」
「はっ!? これはダイス様! 何も異常ありませんにゃ!」
見張りについてた猫は飛び起きて、なぜか軍人調に敬礼しつつ答える。もう一人はまだ寝ていた。
「ドラム見なかったにゃー?」
「ドラム様ですか! 見ましたでありますにゃ!」
「! 見たのか、どこへ向かったんだ?」
見張りの小人はハキハキと答える。
「はっ、昨日の夜にそっちのほうでゴロゴロしてましたにゃ!」
「スイカは持ってた?」
「2つほど持ってましたにゃ、われわれがまだスイカを食べてなかったので2つとも下さいましたにゃ」
「そうか……あっちだね?」
方角で言えば南東か。
一キロほど歩くと、また別の猫がいた。背中に骨とスイカの蔓で組んだ背負子を担いでおり、6つか7つのスイカを背負っている。
「……その背負子は」
間違いなく、ドラムに作ってあげたものだ。
「ダイス様! 見回りご苦労さまですにゃ!」
「その敬礼流行ってるの? まあいいか、その背負子を持ってたのはドラムだね? 彼はどこに?」
「はいっ、自分がスイカを探して向こうの方を歩いてると、地面でゴロゴロしてるドラム様がいましたにゃ。ドラム様は自分にこれを持たせて、どっかに行ってしまいましたにゃ」
「ゴロゴロしてた……?」
「やっぱりサボってたにゃー」
「そのうち戻ってくるですにゃー」
「いや、そんなはずはない」
確かに猫たちは移り気だし、よく昼寝してるし、集中力はあまり長続きしない。それはドラムであっても例外ではない。
しかし、他の猫よりも実直で真面目だった印象のドラムがスイカ集めを投げ出すとは、しかも昨日与えられたばかりの背負子をあっさりと放り出すとはとても思えない。
「……」
ゴロゴロしてた、ということは日向ぼっこだろうか。
いや違う、それは猫の表現だ。彼らにそう見えたというだけだ。
「ねえ、そのドラムのしてた格好をできるだけ忠実にやってみて」
「ええと……こんな感じですにゃー」
その猫は地面に両手両足をつき、その勢いで背負子からスイカが投げ出される。猫は腕立てのような具合で砂に両手を置き、顔を寝かせて砂にくっつける。そしてお尻を高く上げて膝と脛を砂につけた。
「……顔の横っ腹を砂につけてた?」
「はいですにゃー」
「……」
それは、音を聞いてる姿勢ではないのか?
彼らは人間の耳と猫の耳を両方持っている。聴覚についての話をするなら、猫の方が聞き取れる周波数は広く、人間の方が音源を特定する精度に優れている。だが、僕の知る猫の知識を小人たちに当てはめることには慎重であらねばならない。彼らに耳が4つあることの意味は、そしてその性能については推測に留めておくべきだ。
ともかくもドラムはここで地面に耳をつけていた。ならば。
僕も大地に五体を投げ、目を閉じて神経を耳に集中する。左右で気配がした、たぶんトムとティルも真似しているのだろう。
音が。
「何か聞こえる……戦車の地響きみたいな、あるいは二階で誰かがいびきをかくような……」
「向こうにゃ!」
「聞こえたですにゃー」
トムたちもぴょんと跳び跳ねて、ここからさらに南東の方角を示す。
「よし、行ってみよう、そこの君。ありがとう」
「どういたしましてにゃー、それじゃ戻りますにゃー」
背負子を担いだ小人はびしりと礼をして、そして振り返った瞬間に大声で叫ぶ!
「ダイス様!! あんなとこにスイカが落ちてますにゃー!」
「いま君が落としたからね」
※
低い砂丘をいくつか越えたとき、それは唐突に見つかった。
「これは……」
地面がすりばち状になっており、その底にぽっかりと穴が開いている。一辺1メートルほどの四角い穴だ。砂がその穴にさらさらと流れ込んでいる。
「うにゃー、おっきな口にゃー」
「いや違う。何かが埋まってるんだ。これはおそらく建物の一部、前にこの辺りを通ったときにはこんなものは……」
穴を覗きこめば、割れたガラスと積もった砂である。おそらくはガラスがつい最近割れて、砂が流れ込んでいるという形。
僕は推測する。これは何らかの建物が丸ごと砂に埋まっている状態ではないか?
そして地面に耳を当てて聞こえたのは地下水脈の音だ。おそらくドラムは音の気配からこちらに何かがあると推測し、そしてこの建物を見つけた。砂に完全に埋まっていたはずだが、よく見つけたものだと思う。
トムが穴の淵に立って言う。
「降りてみるにゃー」
「中は真っ暗だよ、何も見えない……」
「明かりありますにゃー」
ティルの発言に僕は少し驚く。彼が取り出したのはロープを巻き付けた三本の骨。それぞれ穴を開けて紐で連結されており、組み立て直すとあっという間に弓切り式の火おこし機になる。
そして燃料、それは狼の脂肪と枯れ草を練り合わせたものだ。ティルはあっさりと火種をおこすと燃料に点火、それをスイカの皮でできた半球に入れる。水気が多い白い果肉の中で、小さな火がちろちろ燃えるだけの明かりだが、これはまさに彼らの発明だった。紛れもない獣脂ランプ、文明の灯と言えるものだった。
「よし、行ってみよう、二人とも気を付けるんだよ」
「はいにゃー」
穴の底はどうやら廊下のようだ。壁には金属製の手すりやパイプが見えた。出ていくときに足がかりになるものがあることを確認しつつ降りる。
「これは……もしかして木材じゃないのか」
明かりの光が弱いために分かりにくいが、壁も床も木目が見える。スイカの船で燃える明かりが、大きくなった僕らの影を不気味に踊らせる。
「この星にもかつて木があって、それを加工する知性体がいた……? あるいは大昔の猫たちがこれを……?」
廊下はまっすぐに続き、時おりドアが見えた。しかし鍵が掛かっているのか、どのドアも開かない。
「にゃー、ざらざらにゃー」
壁を撫でてトムが言う。やはり木材だ。これは木造の建築物らしい。
「これは住居だったのかな、とにかくこの施設は資源の塊だ。ドラムを見つけたら今度は大勢で来よう。この壁も、さっき床に散らばってたガラスも貴重な物資に……」
そして気付く、廊下の奥から焦げ臭い匂いがする。これは本拠地でさんざん嗅いだ臭い、スイカの蔓が燃える臭いだ。
「こっちだ! 行こう!」
そこは廊下の突き当たり、ぽっかりとドアが開いており、その向こうに点となった明かりが見えた。
だが、何かおかしい。
それはスイカだ。僕らのと同じく、半分に切られたスイカの船でぼうぼうと火が燃えている。燃料は丸めて固めたスイカの蔓、黒煙を盛大に吐き出している。狼の脂を使っているこちらの方が少し煙は少ない。
しかし、それがなぜ床に置かれているのか?
「危ないにゃ!」
闇の奥から声。トムがさっと僕の前に出て、何かを切りつける。巨大な気配が音もなく跳ねてどこかへ消える。
僕は見た、今のは五本足の蜘蛛。
それは例えるなら円卓のように、胴体を中心として放射状に脚を生やした異形だ。ほとんど音を立てずに跳躍し、部屋の中央へと着地する。
僕は声の聞こえた方に向かって叫ぶ。
「ドラム! 無事か!?」
「大丈夫なー、動かないで欲しいのなー」
一点、やや気の抜けた声となる。
この闇の中で、ドラムはどこにいるのか。
それはすぐに分かった。闇の奥から何かが走り出してくる。
机だ。がっしりとした執務机。重量にして100キロはありそうな机が、脚を水牛の角のように突き出して動いている。
「うななななーーー!!」
それは蜘蛛と衝突。蜘蛛は一瞬、机を抱え込もうとしたが叶わない。あっさりとその体を浮かせて、抵抗する間もなく一気に壁に叩きつけられる。組織の潰れる湿った音と、風切りのような蜘蛛の断末魔が轟いた。
「うなー! 勝ったにゃーーーっっ!!」
勝ちどきを上げるのはドラムだった。その体は傷だらけで、泥と返り血に塗れていたけれど、突き上げる腕は誇らしげだった。闇の中で猫の目が緑に光り、天に向かって勝ちどきを叫んでいた――。