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スイカの星の進化論  作者: MUMU
第二章 猫の旅団とフルコース
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第十四話



それは火だ。料理のために維持していた焚き火から、蔓のロープに火を移して持ってこさせたらしい。さっき、僕がロープを取りに行ってる間に指示していたのか。


「うにゃーーーっ!!」


気合いと共にティルが火種を投げる。被さっていたロープは乾燥しきっており、砂の雨を浴びながら一気に炎の網となる。そしてさらに二枚三枚と投網が。


声が。

それは何らかの発声器官か、あるいは怪物が生み出す大気の震えか、砂に半分埋まったクラゲは、出していた触手をすべて引っ込めて身震いをしている。その表面が油で濡れたようにてらてらと光る。穴の周囲で砂がぐらぐらと揺れるかに思える。


「もっと燃やすものだにゃー」

「よ、よし、砂かけは一時やめ、みんなでスイカの蔓を集めるんだ」


食料の一種として保存していたもの、投網を作るための備蓄、子供の遊び道具にしていたものまで、テリトリーにある燃え草をすべて投げ込んで、空を焦がす盛大なかがり火を作る。


そして燃え盛ることしばし。

後に残ったのは、溶け崩れた組織がぶよぶよと穴の壁に張り付き、底には汚れた繭のような塊が残る眺めだった。クラゲは半分以下にまで縮み、穴はたっぷりと水を吸って黒く湿っている。


「勝ったにゃーーーーっ!!」

「うにゃーーーっ!!」

「にゃおらーー!!」


あらゆる備蓄も、井戸掘りも振り出しに戻ったが、何のことはない。

猫たちはまた一つ、強敵を倒した。

この穴の底にあるのは、もはや彷徨ほうこうすることのない泉。

猫たちの進化を促す、かけがえのない生命の泉だった。







それからしばし、僕たちは料理に取りかかる

結局のところ、さまよう泉ワンダリングジェリーが生物としてどのようなカテゴリに属するのかは分からない。とりあえずはクラゲの化け物なのだと認識して、その体を解体する。


四角く切り出すとそれはゼラチン質というより、「手でつかめる泥水」のようなものだった。熱で縮んで透明度を減じているが、それは水を包んでいるのではなく、あくまで組織の保水力によると分かる。どのような分子構造ならば、透明に見えるほどの保水が可能なのだろう。


まあともかくも塩をまぶして食べてみる。ぐにぐにと歯を押し返す弾力の中に酸味が潜んでいる。クラゲを食べたことはないが、別に不味くはない。旨くもないけど。


「まずいですにゃ……」

「テンション下がるにゃー」

「お金払わんにゃー」

「もらってないからね?」


思わず突っ込んでしまう。しかしティルたちの感想はともかく、猫たちは身震いをして、また少し成長した。


「しかし、この質感……独特だなあ。こんな素材は地球にもあったかどうか」

「生臭いですにゃ。葉っぱを刻んで入れるといいかもですにゃ」


僕は頷く。素材は山ほどあるのだ、試行錯誤のし甲斐がある。

僕は小型車ほどもあるクラゲの死骸を眺めて。


「……待てよ、これは使えるかも知れない」


と、どこかの国のニュースを思い出す。クラゲを乾燥してチップ状にし、砂漠に撒くという実験だ。クラゲはその身体の97%が水分であり、親水性のコラーゲンやペプチドなどを多量に含んでいる。それは保水力を生かして雨を蓄えようという計画だったが、このクラゲならば畑に直接撒いてもいいだろう。


「いい考えですにゃー。さっそくやるですにゃー」





そして効果は劇的だった。


「これは……!?」

「すごいにゃー」

「スイカまみれにゃー」


それは野球場ほどの広さがあるスイカの園。広範囲に葉と蔦が生い茂り。中央付近にごろごろと大玉のスイカが転がっている。

猫たちがすでに食べ始めていたが、ざっと数えたところその数は150個。数日分の食料をまかなえる数だ。


僕は砂を掘り返してみる。

乾燥したクラゲの破片が見つかった。水分を絞り尽くされて、乾いた雑巾のようになっている。


「……あのクラゲの重量がおおよそ1トン。スイカが5キロだとして、見事に水を吸い上げている……。それに、どうも野生のスイカより大きいような……この土壌のせいかな?」


このテリトリーで猫たちがスイカを食べ散らかす、果汁と唾液と糞尿を流す、砂を踏み固め、スイカの葉と蔓を砂に練り込んでいく。

それによって、砂が段々と土に近づいている、そんな気がする。


「……あのクラゲは動きが遅い。足の早い猫なら、このテリトリーまで誘い込むこともできるはず……」

「倒すための穴を掘るですにゃ。砂山も横に用意して、砂を流しやすくするですにゃー」


ティルは骨のペンで砂地に絵を書く。何らかの構想を抱いたようだ。


「よし、ティルはあいつを安定して倒すための穴を考案してくれ。小人マンチカンを20人預けるから、チームでどんな行動をするかを考えて、訓練するんだ」

「はいですにゃー」

「あいつを安定して倒せるようになれば、食糧事情もだいぶ……」


僕はふと思う。あのクラゲも、死ねば猫たちのように復活するのだろうか。

残像狼キネマトグラフの狩りは数日おきに行われている。僕はこれに関して、数日おきに見つかっている・・・・・・・のではなく、数日おきに復活している・・・・・・のでは、と思うことがあった。倒しているのはすべて同じ個体であり、砂の奥から生まれているのではないか、と。


では、さまよう泉ワンダリングジェリーが何度も何度も復活したならどうなるのか?

その死骸はこの星に残る。やがて蒸発して拡散するとしても、それは水蒸気となって地上に残り続けるのか、あの獣の骨のように。

それは、この星にとっては何を意味するのか。


このスイカの星にとって、僕たちは、猫は、そして怪物たちの意味とは――。


足元に何かが動く。

僕ははっと目を見開き、その影を追ってスイカの蔓に手を突っ込む。

ぷるぷると揺れるのは赤黒い皮膚、蛇腹状の模様のついた長い身体。


僕の記憶にあるよりやや透明がかったもの。


それはミミズだった。







ドラムは寡黙な猫だった。


猫たちは戦いになれば誰もが勇敢で、けして逃げたり怖気づいたりしなかったけれど、それ以外の場面ではかなり個体差が出てきたように思う。歌が好きな者、黒猫ジュブナイルの世話が好きな者。ひたすらロープを編み続ける者。でんぐり返りを無限に繰り返す者。


そしてドラムはというと、どこか一途で実直な猫だったように思う。朝から晩まで砂漠を歩き回り、たくさんのスイカを持ち帰った。

トム、ティル、ドラムはいずれもレベル25を越えていた。その中でドラムだけは目に見えて身体が太く、背も伸びずに重心が低くなっていた。短い足でのしのしと歩き、走ることはあまりない。


ドラムの武器は巨大な大腿骨。僕でも振り回せないほど重く大きな骨だった。ドラムは夜中にこれを振っていることが多かった。


「ドラム、もう寝ないとダメだよ」


テリトリーを見回ってた僕は、汗だくになっているドラムを見つけて言う。


「んなー、大丈夫なー」


他の猫より低い声で、ドラムは言った。いつも眠たげな目をして、頬はでっぷりと下ぶくれに見える。


「……ドラム、実は仕事を頼みたいんだ」

「仕事なー?」

「ああ、そろそろ本格的に畑を作ってみたいんだ。それを任せたい」

「畑なー?」


僕の語った数百もの童話によって、畑仕事だとか農夫だとかの概念は猫たちにも共有されている。ドラムは骨を下ろし、まるっこい顔で僕を見て言う。


「でもスイカ拾いにいかないとなー?」

「いや、畑がうまく行けばスイカを作らなくてもよくなるんだ。クラゲを集めて水場も作れたし……」


水場というのはつまり、さまよう泉ワンダリングジェリーそのものだ。炎で仕留めたその巨体にスイカの葉をかけ、蒸発を抑える。必要に応じてクラゲを切り出し、料理に使ったり砂に埋めてスイカのかてとする。小さなものでも500キロはあるクラゲだ。運搬にせよ切り出しにせよ重労働になるのは想像に難くない。


最初にクラゲを仕留めてから数ヶ月。今では倒すための手順も効率化され、ほぼ犠牲なく、安定した数が得られるようになった。おおよそ10日に1匹というペースがスイカの供給を安定させ、群れの小人マンチカンの数は80匹ほどに増えている。僕たちのテリトリーには何度も広大なスイカの園が生まれ、そのたびに土壌が土に近づくように思えた。どこから湧いたかミミズが出るようになったのも、土地が肥えてきた証拠だろう。


「でも、スイカ探しに行きたいのなー」

「どうしてだい? ドラム、君は誰よりも力が強いけど、歩くのはそんなに得意じゃないだろう? 一度に持ち帰れるスイカも5個が限度だし、それなら他の子に任せてもいいんじゃないか?」


ドラムの力は人間の大人よりも強い。昆虫のように、自分の体重の何倍もの荷物を持ち上げることができるのだ。

しかしスイカは彼らの体に対して大きすぎる。大量に運ぶのは……。


「ダイス様。スイカ運びたいのなー。お役に立ちたいのなー」


ドラムはまた同じ言葉を繰り返す。

僕は彼の目を見る。そこには何かしら切実なものがある。彼なりに理由があるのだろうか。だが口下手なドラムには説明が難しいようだった。手を空中で動かし、何か感情を表現しようとするが、うまくいかない。


「……分かったよ。じゃあ背負子しょいこを作ってみよう。もっとたくさんのスイカを持ち帰れるように」

「ありがとうなのなー」





そして翌日。


ドラムは、帰ってこなかった。




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