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スイカの星の進化論  作者: MUMU
第二章 猫の旅団とフルコース
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第十三話






「くさいにゃー」

「うんこにゃー」


猫たちは長い骨を削った釘抜きのような農機具を使い、葉をかき回していく。ざくざくとスイカの葉と蔓を刻み、砂の中に混ぜ込み、そこに別の場所から運んできた悪臭を放つ砂をかぶせていく。


作っているのは「土」だ。


まず砂地に大きな穴を掘る。自動車がまるごと収まりそうなほどの穴だ。

スイカの園から葉と蔓を集め、細かく砕いて穴に埋めていく。それに堆肥。平たく言えば猫たちの糞尿を少々混ぜて、砂と一緒に練り合わせる。


猫たちはめいめい勝手な場所で排泄して、後ろ足で砂をかけて埋めていたが、これを機にトイレの場所を限定した。その場所の砂はだんだんとすえた匂いを放つようになり、定期的にその砂を掘り起こして「土」を作る穴へと運ぶ。


我ながら子供の考えるような拙い手法だ。畑の一角に古いカーペットとか、落ち葉の山を置いておけば堆肥になるのは知っているが、そこにどんな腐敗と発酵が絡むのかはさっぱり分からない。こんなことでスイカ作りに結び付くのだろうか。


最初の1ヶ月は無為に過ぎた。


どれほど種を巻いても、堆肥を加えても育つ気配がない。いくつか芽を出したものもあったが、一週間と持たずに枯れてしまった。

水がないのだ。そもそもスイカの育成には大量の水が必要なはずだ。

では、そもそもの疑問として水がないこの星でどのようにスイカが育つか、僕は仮説を考えてみた。

おそらくは、地下水脈。


サハラ砂漠などでも雨として降った水は砂中に染み込み、ときに地下水脈となって走行する。それが低い地形などで表出するのがすなわちオアシスだ。

スイカは種の状態で砂中にあり、砂の流動により地下水脈の近くに来たときに発芽する。その水脈より栄養分を得て成長し、やがて丸々と太ったスイカとなったとき、その果実内に空洞を生み、浮力を得る。そして砂中をゆっくりと上昇し、やがて地表に出たとき、一気に葉と蔓を繁茂させて光合成を行う。という理屈ではなかろうか。


ではスイカの果汁を撒いて育てる? 馬鹿な、それではあまりにも泥縄と言うか、本末転倒だ。試しに作っている畑は1アールほど。これに一度水をまくのに20個近いスイカが必要になる。そして成長し切るまでにそれを何度繰り返せというのか。


「水が必要なんだ。大量の水が……」


この星に降り立ってから、まだ一度も雨は降っていない。

まれに綿雲、すじ雲のような雲の欠片が見えることはあるが、雨雲は一度もない。


「雨が降らない星……そもそも、海が干上がって塩田になるような星なんだから、湿気はごく少なくて当たり前か」


やはり地下水脈だろうか。と思う。

証拠はあるのだ、この星の気温だ。


昼間にさほど温度が上がらないのは主星からの光量で説明できる。しかし熱を蓄えることができないはずの砂地で、なぜ夜間に気温が下がらないのか、それこそが地下水脈の作用に違いない。表皮の下を走る血管のように、一定の温度を保った水が縦横無尽に走行することで気温の揺れが小さい、それは成立しそうな想像に思えた。


「井戸を掘るか……意外と浜辺みたいに、掘ったらじわじわと水が染み出してきたりして」


そして時は矢の速さで流れ、あっという間に10日ほど。


できあがったのは深さ5メートルのすり鉢状の穴。

猫たちに三交代制で手伝ってもらったとは言え、これだけの穴を鉄の板と骨のスコップ、そして猫たちの後ろ足だけで掘ったのだ、称賛されて然るべきだと思う。


しかしまるで変化がない。砂は多少がっしりと締まって固くなってきたが、やはり砂は砂だ。


若い頃にグランドキャニオンを旅したことがあるが、あそこに堆積している砂岩の層が100メートルほどだったか。つまり往時のコロラド砂漠には深さ100メートル以上の砂の海があったわけだ。


「少し砂が固くなってきている、もっと掘れば粘土層ぐらいは見つかるかも……」

「だめですにゃー」


と、発言するのはティルである。穴の縁に座って、小骨で砂に何か書いている。彼は猫たちの中でも落ち着いており、言葉遣いもどこか丁寧なものだった。

しかし他の猫のように顔を洗う仕草が少なく、服となっているスイカの蔓もあまり巻き直さないため、体がいつも汚れている。髪も無精さを象徴するようにぼさぼさである。


「4メートルまで掘るのに6日ですにゃー。そこから1メートル穴を深くするのに2日かかったですにゃ、穴の真ん中を掘ってみたけどまだまだ砂にゃ。さらに掘るのはすんごく大変ですにゃー」


確かに。穴が深くなるごとに作業効率が悪くなっている。小人(マンチカン)が出入りするごとに踏み足で砂が投入されているのだ。穴の角度だけ広くなって、深さが伴っていかない。

穴の底に立てば、ぐるりと取り囲んだバンクがそびえている。猫たちが掘ったと考えれば誇っていい立派な穴だ。周りでは穴を出るときに転んだ猫がずるるると下まで落ちてくる。中には楽しそうに笑いながら滑り落ちてる子もいたので、穴の外につまみ出した。


上まで上がってきて振り返る。上から見ると、角度が浅すぎるせいで穴というより枯れた沼のような印象だ。かきだした砂は小山となっている。


「別の方法を考えるですにゃ」

「そうだな、この穴は堆肥用の穴にするか……」


空気が震える。

周囲にいた猫たちが頭頂の耳を立て、伸びをして一斉に同じ方向を見る。

響くのは口笛。長く一度で警告の意味。そして短く六回。僕は叫ぶ。


「敵襲だ!」


短く六回はさまよう泉ワンダリングジェリーか。あれは動きが遅い。成長した小人マンチカンたちで黒猫ジュブナイルを守らせつつ逃げよう。またキャンプを移すことになるが――。


「ちょっと待つですにゃー」

「どうした?」


ティルは穴の縁に四足で立って、お尻を大きく突き上げて穴の中を見ている。

そして叫ぶ。周囲の猫たちに向けて。


「みんにゃ! ロープだにゃ!! ロープ持ってくるですにゃー」

「! ティル、おまえ……」


そこには知性の目があった。

何か作戦を閃いたという目。


僕はすぐにとって返し、蔓を編み直した頑丈なロープを持ってくる。ティルはそれを自分の腰に巻き付ける。


「この穴に入りますにゃ。ダイスさま、クラゲが入ってきたらロープを引いてほしいですにゃ」

「お前! 囮になるつもりか!? ダメだそんなこと!!」

「頼んだですにゃー」


ティルは穴の底へと滑り落ちていく。そしてクラゲから逃げまどう叫びがすぐ近くまで。ずるずると引かれていくロープを慌てて捕まえる。


「くそっ!」

「うっにゃあああああああっ!!」


天に向かって吠えるようなティルの雄叫び。それに反応したのか、穴の向こうに軟体質の物体が見える。

それはまさに動く泉。向こうの景色がはっきり見えるほど好き通ったゼラチン質の物体が、軟体に似合わぬ速さでずるずると砂面を這いずる。その体の下からロープのような触手が伸び、先端の針状の機関がひゅんひゅんと空を切って跳ね回る。


僕は内部に猫が囚われていないことにほっとする。あれに飲み込まれれば、強酸性の体液によって猫たちは骨まで溶かされてしまうのだ。

その特大のクラゲ、あるいは全身が透明のヒルかアメフラシか、ともかく軟性の怪物は何らかの手段でものを見聞きするのか、穴の底にいるティルを狙っていた。勢いづいて一度大きく前面を持ち上げ、のし掛かるように穴を駆け下る。


「今だ!!」


僕の持つロープに、さらに数人の小人(マンチカン)たちが手を添えている。それらが猫足立ちで踏ん張り、ティルの体を一気に砂から引き上げる。


「うにゃー、砂かけるですにゃー」


周囲から数十人の小人(マンチカン)が立ち上がる。彼らは四つ足立ちになって尻を穴に向け。そして無茶苦茶な蹴り足で砂をかけ始めた。

人数は多い、だが毎秒30リットルほどの砂、さまよう泉(ワンダリングジェリー)の巨体を考えれば十分ではない。僕はやっきになって重そうな骨を放り投げ、スイカの皮で砂をすくってかけまくる。


クラゲはもがいて抜け出そうとしたが、その体が砂に埋もれていくほうが早かった。猫たちが暴れたことにより斜面の端が崩れているのだ。


しかし。


「だめだティル、たとえ砂の下に生き埋めにしても、あの巨体を押さえるには重量が足りない! 抜け出して来るぞ!」


砂中から蛇の這い出すように、白濁した触手が伸突き出す。

それはあてどもなく宙を暴れまわり、しかしその速度は殺意を宿していた。何かに触れたならば絡み付いて砂に引き込むか、その体を支えに本体を引き上げてやろうと狙うかに見える。


影が。


空を覆うのは黒い幕。幕に見えたそれは網だった。残像狼(キネマトウルフ)を捕らえるためだった網が投擲され、穴の上にかぶさる。ティルが投擲したのか? 

そしてティルのほうを見れば、また別の小人(マンチカン)が。


彼らの持っていたものは――。


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