第十二話
※
そこから一気に数ヶ月。
猫たちは通常通りのスイカの採集に加え、残像狼を探し、狩りをするようになった。狼が見つかれば指笛によって合図を送り、投網と武器を持って40匹ほどの兵士が駆り出される。多くの場合、狩りは犠牲を出さずに成功した。
それによって手に入るものは多い。
まずは肉である。肉は焼いたり、骨ごと叩いてつみれにしたり、これによって猫たちは数段階成長する。内臓も重要だ。肝臓は干してから食料にする。臭みが強くて猫たちが食べないものも多かったが。塩漬けにしたり、血抜きをしたりと色々やってみて、猫たちの進化の糧となった。しかし解体の手際は未熟そのもので、まだ肉をだいぶ無駄にしている。
次に皮。これはなめして衣服にできる。というか衣服しか使い方が思いつかない。
なめす方法は原始的な口噛み式だ。しかし、これはさほど大量に生産できるものではなかった。猫たちの口は小さいし、水にさらしてなめすにも大量の水がいる。結局、まだまだスイカの蔓を巻きつけた服のほうが合理的であり、皮はわずかにトムなどの肩を飾るにとどまった。トム、ティル、ドラムはリーダー格として、猫たちをよくまとめていた。
そして脛だ。スイカの果汁を煮詰めて濃厚になったものを、さらに脛を投入して煮込む。すると脛からゼラチン質が溶け出して煮こごりのような状態になり、夜風の中で冷ますとゼリーになる。猫たちは月の下で進化する。そういうロマンチックな情景に供するには、あまりに生臭くてどろどろしたゼリーであったけど。
スイカにプラスして、肉という素材。これをかけ合わせたとき、数列的に組み合わせ数が膨大になり、猫たちが何百段回もの進化を……。
とはいかなかった。ここへ来て、僕の技術的限界というものが頭をもたげてきたのだ。
例えば果汁を煮詰めて糖液を作ることはできる。これを精製すれば果糖になるのだろう。砂糖からはカラメルも作れるし、綿菓子や飴も作れる。
しかし精製とはどうするのか? この糖液では何も作れないのか? そもそも綿菓子とはどうやって作るのか? お祭りで見かけたあの低い駆動音を放つ機械はどのように動いているのか? ここから先が何もわからない。
獣もそうだ。かつてのモンゴル人たちが作ったような接着剤や強力な弓、それは情報として脳の片隅にはあるが、何をどうすれば獣が接着剤になるのかが分からない。
船のデータベースなら数万のレシピ、それにサバイバル知識なども収蔵しているはずだ。あれはまだ猫たちを相手に歌い続けているだろうか。小人たちはもう60人はいる。歌を頼りに探せば見つけられないこともないだろう。
取りに行こうかという強い衝動があったが、結局は見送った。ゆっくりとだが新しいレシピは開発されていたし、当面は残像狼を狩って、猫たちをまんべんなく進化させるだけでも十分に兵力の増強と言えたからだ。
「ええと、43、44、45……そこ、数えてる時はぐるぐるしない」
僕は群れの中を歩き回り、猫たちの数を数える。生まれたばかりの黒猫に、どこからか群れに加わってきた新顔もいる。だいぶ成長した個体には名前をつける。ジェリクルキャッツのメンバーは使い切ったから、次は円卓の騎士にしようか、それともアベンジャーズか。
猫たちは追いかけっこに興じたり、砂と唾液で団子を作ってひたすら並べてたりする。肩車タワーで七段目に挑戦しようとしてる子たちがいたので慌ててやめさせる。
そして猫たちの中を三度歩き回って。
「やっぱり数が少ない……あまり増えなくなったな」
と結論した。
彼らのうち、二匹が12個のスイカを食べると繁殖し、3匹から5匹の子供を生む。つまり群れが50匹いた場合、確率的には毎日二組のペアが発生し、6匹から10匹ほどの黒猫が生まれる計算になる。
しかしこのところ、一日にせいぜい2匹しか増えない。
原因はおおよそ分かっている。スイカの不足だ。
群れの中で十分にスイカを食べられていない個体がいる場合、繁殖衝動が抑えられる傾向がある。これは虫などにも見られる現象で、群れ全体に食料が行き渡っていない場合、十分に餌を食べている個体も卵を産まなくなると聞く。人間にだって起こらない現象ではない。かつて世界有数の豊かさを誇ったシンガポールの富裕層は、出生率が極端に低かった。先進国で出生率が低い傾向があったのは、それは人口過密に反応する生物の本能だから、という説もあったのだ。
彼ら同士で何らかのフェロモンをやり取りしているのか、あるいは会話を交わしているのか。それとも自然界の人口抑制機構というやつだろうか。しかしマンパワーがまだまだ不足している現状においては、解決したい課題である。
「そういえば、君たちは砂の中でどうやって繁殖してるんだ?」
僕は何匹かの小人を集めて聞いてみた。いずれも繁殖を経験した個体だ。
小人たちは顔を見合わせてから答える。
「んっと、砂の中であったかくなるにゃー」「眠くなるにゃー」「腹がへるにゃー」「ぐるぐる回るにゃー」
「バラッバラだな君たち」
猫たちは頭を抱えたり、首をぐわんぐわんと左右に揺らしたり、ばたんと倒れてまた起き上がったりを繰り返す。思い出そうとしてるのだろうか。
「ええとええと、なんだか下の方が明るくなるのにゃー」
「それにゃ!」「なるなるにゃ!」
「明るく……?」
「それでにゃ、下の方から何匹か来て、一緒にざぱーんと外に出てくのにゃ」
「……うーん。やはり下の方、地中の奥の方からやってくる、ということなのか」
トム、ティル、ドラムなどの元からいた個体は、死ぬと魂となって砂に潜り、新たな肉体を得て復活する。
イメージとしては猫の身体だけが砂の中に眠っているような感じか。繁殖とはスイカを食べることで力を得て、地の奥から新たな個体を呼び寄せるような……。
「じゃあやっぱり、出産してるわけじゃないんだな」
「しゅっさん? それ何にゃ?」
「赤ちゃんを生むことだよ」
「うむって何にゃ?」
「あかちゃん知らないにゃ」
わいのわいの、一つ語ると三つ四つの問いかけが返る。子供はどこまでも問い続ける生き物だ。興味津々という様子で他の小人たちも集まってきた。
僕はどう説明したものかと考える。かなり根源的なと言うか、左右を知らない宇宙人に左右の概念を伝える、というような話に思える。悩んだ末にこういう表現を試みた。
「ええとね、自分にそっくりな小さな猫をお腹の中で育てて、お尻からぽんと出すことだよ」
一番前にいた個体が。それをイメージするように宙を見上げてから、言った。
「ぐろいにゃ」
「世界中の妊婦さんにあやまれ」
※
「にゃー、ダイスさま、スイカ見つけてきたにゃー」
小人の一人がそう言って、スイカを頭の上に掲げる。まだレベル2か3の若い個体だ。目がきらきらと輝いていた。
「ありがとう、食料置き場のほうへ……いや、まだ食べてない子が向こうにいたな、持っていってあげてくれ」
「はいにゃー」
とてとて、とスイカを持って走る。
索敵範囲はおおよそ半径8キロ。面積にして200平方キロ、香港島の五分の一ぐらいだろうか。この範囲で一日に手に入るスイカは60個前後だ。発生するだけならもっと発生しているのだが、別の猫が食べていることも多くてあまり集まらない。スイカは道具を作ったり、料理にも使うため、食料に向けられるのは55個ほど。僕が一つ食べて54個。事実上、これが養える猫の数とイコールになる。
猫たちの歩ける距離を考えると索敵範囲を広げられないし、料理に塩が必要なので、塩の大地からもあまり離れたくない。集められる数は頭打ちになりつつあった。
「群れを二つに分けるか? いやでも、それで繁殖しても合流した後どうする。彼らは食事ができないとすぐに餓死してしまうし……」
それに、索敵や狩りで失われてしまう猫たちも少なくはない。大型獣の襲撃があれば群れごと大きく移動せざるを得ず、スイカの探索の用意をするのに日数を要する。残像狼は立派な食料になるが、せいぜい10日に一頭しか見つからない。それに大食らいの猫たちにとっては、あの狼ですら12、3人の腹を満たす程度だ。一匹を狩るのにかかる時間や労力、準備などを考えるとあまり黒字とも言えない。
つまりはホモサピエンスと同じ壁に突き当たったわけだ。採集狩猟生活の限界という壁に。
「やるしかないのか、農業を……」