第十話
「これは……」
その身体はやや手足が太くなり、身長も10センチほど伸びている。髪の毛はファミーは腰まで伸びていたが、トムはやや外ハネになって伸び、ティルはぼさぼさの蓬髪に、ドラムはツンツンとトゲのように見える短髪になった。どうも髪型で個人差が出てくるらしい。
「にゃー」「んなー」
小人たちは残りの種をすべて食べ尽くすと、もっと食べたいとばかりに鳴く。
どういうことだろう? ごく普通のスイカの種だったはずだが。
火を通したから? そういえばこれまで火を通したものを与えていないが。
「……料理?」
その可能性を考える。そういえば今までスイカはそのまま食べさせるだけ、せいぜい割ってやるぐらいで、猫たちは貪り喰らうだけだった。
しかし。料理すれば別のものとカウントされるだなんて、そんなことが。
「いや、違う。僕の認識のほうが間違っていると考えるべきだ。だから僕が無意識に抱いてるルールをまず否定するんだ」
僕は進化の法則をどのように考えていた?
そう、「食べたことがないもの」を食べると進化する。それはつまり、この砂漠の生物を倒して捕食するということ。他の生物の遺伝子を取り込んで進化を……。
違う。そうじゃないんだ。
ファミーにシリアルのミルクがけを与えた。あれは加工食品だが、遺伝子が残存していたとすれば数十種の生物が内包されていたはず。だが進化はわずかだった。
時間が止まるような感覚。これまで経験したこと、見てきたことが一度に整理されて、法則となって見いだされるような。
そうだ、ファミーはチーズを与えたときも進化した。ミルクで進化した後、チーズでも進化するんだ。
つまり、食品の遺伝子情報ではなく、猫たちが「初めて食べるもの」と認識したもので進化できる……。
「なぜそんなルールになっているんだ、この世界の造物主は、いったい何が目的で……」
だが、これはもしかしてブレイクスルーになるかもしれない。
料理をすれば猫たちは違う食べ物と認識する。料理を――。
「…………」
そして僕は途方に暮れた。砂漠にドアがあって、ドアを開けたらまた砂漠だった、というような心境。
「スイカって、どう料理するんだ……?」
※
なぜ料理を食べると成長するのか、そのルールについての仮説を考えてみる。
これまでの仮定で言えば、猫たちは「遺伝子判別機」のようなものを持っており、初めて食べる生物のDNAに反応し、それを取り込むことで成長する。そんなふうに漠然と思っていたが、考えてみればこれは極めて複雑なシステムが必要だ。
もっとシンプルな手段もある。この進化を、生物のルールとして最初から組み込んでおくことだ。
例えば人間は食事を摂取した場合、すぐに血糖値が上がる。それは食べたものが消化されて取り込まれたからではなく、食事をスイッチとして肝臓が糖分を血管内に放出したからだ。そのほうが生物として合理的なのだ。
猫たちの進化もそれと同じ、新しいものを食べたことに身体が反応し、肉体のスイッチが入ることで進化するのだ。
それは成人の儀式に似ている。ガケから飛び降りたり、獣を倒したり、そういう儀式が肉体のスイッチを入れ、一瞬で大人になる。そういうこともあるのかも知れない。
もっと言うならば料理とは文明あってのこと、料理とは科学である。
猫たちが進化の果てに知性を身に着け、新しい技術を身に着けた象徴として進化する。猫たちの肉体の成長とは、文化成熟度とイコールと言えるのではないか、そう漠然と思う。
となれば、僕のやるべきことは料理の開発だ。スイカという食材を解体し、四則演算を駆使して新たな食べ物を生み出すのだ。
僕はさらに赤鋼牛から素材を取り出す。これだけの鉄があるのは幸運の極みだ。ロビンソン・クルーソーが入手するには老衰で死ぬまで島にいても不可能だったろう。僕は何枚かの鉄板をちぎり取り、鉄板で鉄板を叩いて形を変えようと試みる。
これはあまりうまくいかなかった。丸一日鉄板を叩き続けて手を豆だらけにして、ようやくナイフの出来損ないと、中央が凹んだ鉄板一枚を入手する。後者をフライパンと言い張るのは心苦しい。
僕はなにかの本で読んだスイカ料理を試みる。スイカの果肉を白い部分まで含めて削ぎ落とし、フライパンに投入する。そして灰を加え、焚き火の上で熱しながらかき混ぜると、灰のアルカリの作用で果肉がドロドロに溶ける。上澄みのアクを取り除けば、スイカの煮込みの完成だ。
手づかみで食べねばならないため、30分ほど冷ましてから猫たちに与える。
そして猫たちは身を震わせ、少しだけ成長する。
「んまー」「にゃうー」「あうなーっ」
少しだが人間の言葉が混ざってきている。まだ人の真似をしている段階だが、彼らの言語習得能力を考えればすぐに言葉を覚えるだろう。僕はなるべくずっと話しかけ続ける。
話すことがなくなれば歌を、喉が枯れれば童話を、覚えている限りの言葉を。
※
もう一つ料理が浮かんだ、塩だ。
僕はまた赤鋼牛へと戻る。手作業で鉄板をちぎり取るのは大変な作業だったが、なんとか右前足を付け根のあたりから切断した。ちょうど縦長の壺のような形状になっているそれを砂に突き立て、細かく切ったスイカの皮を詰め込んでいく。そして塩の大地からすくい取った塩を集め、容器の口に一杯になるまでぎゅうぎゅうに詰める。牛の右前足だけでも大玉3つ分の皮が入った。
そして待つこと半日。出来上がったのは見事なピクルスである。お世辞でなく、スイカばかり食べていた僕にとっても新鮮な味だった。強い塩味を包み込むようなスイカの香り。そして僅かな酸味。
そして葉っぱと蔓のサラダも作った。
しかしこれは失敗だった。鉄板に盛り合わせて出してみたが、ドラムが興味を出して一口かじっただけで、すぐに吐き出した。もちろんそれで進化もしなかった。
「……食べ物と認識しないとダメなんだな。スイカの葉は青臭いしアクが強いから、まずそれを何とか……」
すべてが試行錯誤の中である。まずスイカから果汁を絞り、水分を確保する。容器はくり抜いたスイカだ。
その水分にスイカを焼いた灰を溶かし、アルカリ性の液を作る。葉っぱと蔓をもみほぐしてから塩につけて水分を奪い、さらに灰汁に浸けてアクを抜く。蔓の方は硬さがあるため、短く切りそろえて鉄板の上に並べ、塩をまぶしながら手の平でゴロゴロと転がす。
料理としてはかなり不細工で、まさに思いつくままに、という感じである。実際、出来上がった料理の中にはスイカの面目丸つぶれになるものも多かったし、小人たちが脱兎のごとく逃げ出すものもあった。
しかし試行錯誤は深まっていった。材料はあるのだ。スイカ、塩、灰、そして水分。スイカは一度さまざまな要素に解体され、また組み合わされて新たなものを生み出す。
ようやくトムたちが食べられるサラダが生まれたのは四日後だった。そしてトム、ティル、ドラムはまた少し成長した。
※
スイカの種を炒めてから二週間ほど、三匹の猫はかなり成長していた。
「じゃあトム、ドラム、今日もスイカを探してきてくれ。ティルは僕と一緒に料理の用意を」
「まかすにゃー」
「さがすにゃー」
猫たちは二足歩行で走っていく。まだ時々四足歩行も見られるが、身体が大きくなるにつれて人間らしい走りになってきていた。成長すると一日に走れる距離も増え、単独での索敵も行えるようになるため、スイカを探す効率も目に見えて上がっている。何より小人もスイカを持ち運べるのが大きい。
ライターのオイルはとうに尽きていたため、火起こしも毎日の日課となっていた。僕は枯れた葉と蔓を一箇所に集めて焚き火の用意をする。
固い木がないため獣の骨を使う。細くて長い直線的な骨を探し、台座となる平たい骨を用意する。接点に乾燥したスイカの葉や蔓を挟んで錐揉みにするのだ。
これについてはティルが名人だった。15分ほどで火種を作り、焚き火を成功させる。乾燥しきった砂漠ならではということもあるだろうが、ティルの集中力と動作の正確さは大したものだと思う。
景気よく燃える焚き火と、まな板代わりの鉄板を前にティルが問うてくる。
「なに作るにゃー?」
「うーん、料理のアイデアと言われてもあんまり無いんだけど……僕たちの船ではAIがなんでも作ってくれたからね……」
とりあえず作ってみる。
まずスイカの蔓から薄皮を剥ぎ、中の白い部分が見えたら灰汁に晒し、柔らかくなってきたら塩水で茹でて、葉を細切れにしたものをふりかける。
「これを皮に盛れば……スイカの蔓のパスタだ!」
「やったにゃー」
ティルがまだ湯気を上げるそれをつまみ、つるりと飲み込む。
そしてこれ以上ないぐらいテンションを下げる。
「これ、うんこにゃ」
「違う」