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オトノハ  作者: 弥生秋良
8/13

再起


 その後僕は無事に退院した。当分はリハビリも兼ねての通院を余儀無くされたが学校や仕事に影響が出る事はなかった。

 その一見以来、僕は再び一心不乱に仕事に打ち込んだ。まるで彼に懺悔するかのように。そして、今までの行いを無に帰すかのように。けれどそんな事をしても彼が赦してくれる訳がない。ましてや時が戻る訳でもなく。

 それから暫く経って蓮がバンドグループを結成して本格的にデビューするという情報が飛び込んできた。それを聞いた時は素直に喜ぶ半面、彼が自分以外の人達と共に歩んでいく選択をしたんだという事実に一抹の寂しさを感じたりもした。けれど自業自得だ。裏切ったのは自分なのだから。そう戒めながらも彼を想い出にしたくない自分の傲慢さと身勝手さに自嘲が溢れた。



「……あ」

 その見覚えのある後ろ姿を目にして無意識に声が洩れる。するとその声に反応した人物がいた。

「……あれ? ねぇねぇ蓮」

 蓮の隣に並ぶ金髪の青年が蓮の服の袖を引き足を止める。突然の彼の行動に体勢を崩した蓮は転びそうになりながらも怪訝な顔をして此方を振り返った。

()けよったやないかいっ‼ 急に何……」

 そこまで告げて不意に途切れる言葉。視線がかち合う。久方ぶりの眼差しに涙腺が緩み、表情が上手く繕えない。

「あ、やっぱり。彼が蓮の言ってた【真琴】って奴だろっ?」

 先程蓮の足を止めた青年が無邪気な笑顔で蓮以外の二人に声を掛ける。見た目活発そうではあるが浮かべた笑顔に多少の幼さが残って見え、カッコいいよりも可愛らしい印象を受けた。

「……、ちょっと空気を読もうね」

 そう答えたのは物腰柔らかそうな青年。金髪の天真爛漫そうな青年よりも年上なのか、彼と違い非常に落ち着いている。派手でない茶色がかった髪色もそうさせている要因だろう。

「……蓮、先に行ってる」

 低い声のトーンでそう告げたのは硬派な印象を受ける短髪黒髪の青年。先程の落ち着いた青年と並べばあまり気にはならないが長身で美形だ。金髪の青年の明朗快活でどちらかと言えば可愛らしいイメージとは打って変わり、この二人は明らかに女の子達の心を射止めるであろう格好良さがある。

 彼らが、新しい蓮の仲間。

「……すまんな」

「えーっ⁈ 俺も彼と喋りたいーっ‼」

「こら新っ!」

「駄々捏ねるな。ガキかよ」

 そんな会話を繰り広げた後、金髪の青年は後の二人に引き摺られるようにしてその場を去っていった。

「……久しぶりやな」

「……うん」

 何を口にしていいか解らず視線が泳いでしまう。そんな俺を見るに見兼ねてか蓮から話を振ってくれた。

「怪我、してたんやってな。……もう大丈夫なん?」

「あ、うん。お陰様で……」

 僅かにでも気に掛けてくれていた事に内心歓喜する。けれどなかなか目を合わせられない。

「そんなら良かった。……ほんじゃ、あいつら待たせとるからそろそろ行くわ」

 そう言って踵を返される。そこで漸く蓮を直視した。

 見えるのは、いつかの時と同じ後ろ姿。

「……っ、蓮っ‼」

「……? 何や?」

 今回は、振り返ってくれた。緊張から少し汗ばんでいる両手を握り締める。

「……あの約束、まだ有効……?」

 絞り出して出た言葉は余りにも未練がましいもので。口にしてから酷く後悔する。

「……何でや」

 途端に厳しい表情になる蓮。視線を落としそうになる。が、寸でのところで堪え蓮を見据える。

「今更だけど……やっぱり僕、また蓮と二人で歌いたいんだ……」

 言い切ると、大きな溜息が耳に届く。

「ホンマ今更やで」

 呆れたような物言いに胸が痛くなる。けれど自らが蒔いた種だ。仕方ないと言い聞かせ次の言葉を待つ。

「……無理や」

 辛辣な言葉。覚悟していた筈の、回答。

「……そう、だよね……」

 俯く顔が上げられず、握ったままの手に爪が食い込む程力を込める。だが蓮は思わぬ言葉を続けた。

「お前勘違いしとるやろ。『二人で』っていうのは無理やっていう意味や。今の俺には一緒に音を紡いでくれる仲間が居るからな。でもあいつらが許してくれるんやったら、考えたってもええで」

「……! 本当にっ?」

 希望を見出せた気がしてふと顔を上げると、困惑しながら髪を掻く姿が映る。

「けどちゃーんとメンバーに自分の口から言えよ。あいつらが首を縦に振らんかったら俺はお前とは歌わんからな」

「うん……解った」

 強く頷いた僕に、蓮は一瞬だけ微笑ってくれた気がした。



「あれ? もう話終わったの?」

 蓮に連れられ向かった先は、歌入れのスタジオ。そこで一番最初に声を掛けたのは、ギターを抱えた物腰柔らかい茶髪の青年だった。

「俺ら二人の話はな」

「え、どゆ事?」

 続いて金髪の青年がドラムの前に身を乗り出すように尋ねてくる。

「今度はお前らに話があるらしいで」

 そう切り出してくれた蓮の言葉を無碍にする事は出来ずその言葉に甘えてこのまま口を切ろうとした時、ベースを持った黒髪の青年が目を細めて先に口を開いた。

「俺達に?」

 訝し気な視線が痛く突き刺さり、意気込んでいた気力が一気に抜け落ち言葉を失くす。

「あ、その前に自己紹介しないとね」

 そう言って救いの言葉を掛けてくれたのは茶髪の青年。

「初めまして。俺は〈有城(ゆうき) (しずか)〉。蓮がボーカルを務める【シューティング・スターズ】のギター担当です」

 軽く頭を下げ、惜しまず手を差し出してくれる。僕はおずおずとその手を握り返した。

「じゃあ次俺ね! 俺は〈麻井(あさい) (あらた)〉! 同じく【シューティング・スターズ】のドラム担当です! よろしくっ‼」

 溌剌とした声と笑顔に安心感を覚え、幾許か表情が緩む。だが彼に「次、湊ねっ!」と促された黒髪の青年に視線を遣ると、その表情は何も映さず、徒ならぬ雰囲気を纏わせていた。

「…………」

 無言で僕の方を一瞥する彼に萎縮してしまう。

「ほら湊もちゃんと挨拶して」

 有城さんが彼を小突いて促すと嫌そうに顔を歪めつつも渋々といった様子で口を開いた。

「……〈(たまき) (みなと)〉。ベース担当」

「よろしくお願いします、でしょ?」

 ニコッと笑顔を見せる有城さんだが、目が笑っていないように映った。

「……よろしく」

 口ではそう言っているものの、ふいっと明後日の方向を向いてしまった環さん。余程僕は嫌われているみたいに思えて視線を落とす。それに気付いてか否か、有城さんが苦笑いを浮かべた。

「ごめんね不愛想な奴で。本当は優しいんだけどね」

「おい」

 余計な事を言うな、と目が訴えている。その威圧感が尋常ではない。だが有城さんは怯える様子を微塵も感じさせず苦笑しながら態と恐縮したように身を縮こまらせた。

「あ、えっと……僕は井川真琴です。蓮とは小学生の頃から一緒で」

「知ってる」

 すかさず環さんが言葉を被せる。僕は目を丸くした。

「蓮が話してくれたんだよ」

「そうそう! 蓮てば君の話する時すっげぇ嬉しそうな顔するんだよねー‼」

 麻井さんが楽しそうに身振り手振りを加えて話し出す。その時それまでただ黙って聞いていただけだった蓮が焦ったように言葉を挟んできた。

「ちょい待て新っ! 何言うてんねんっ‼ そんな顔してへんわっ‼」

「あは、照れてる照れてる」

 悪戯な笑みを溢して揶揄う麻井さん。蓮は僅かばかり頬を赤く染めているようにも思えた。

「お前なぁーっ‼」

 そのやり取りで有城さんは微笑を浮かべ、環さんも心なしか口角が上がっている。その様子を客観的に観察すれば何だか蓮が違う人に見えて少しもの哀しい気持ちになった。けれど気持ちに蓋をする。これはただのエゴだから。これ以上を望んだらそれこそ本当に天罰が下るだろう。

「……それで、俺達に話って?」

「……あの……」

 言い出しにくい空気の中、僕は次こそと意を決して口を開いた。

「……子供の頃、蓮と約束していた事があったんです……」

「あ、それってもしかして『一緒に大きなステージで歌う‼』って話?」

「…………‼」

 麻井さんの言葉に絶句する。一体どこまで話したんだろう。そう思うと彼らの信頼関係が深いものだと窺い知れて苦しくなる。実感させられる。彼の隣に僕の居場所はもうないのだと。

「そう、です……」

 何とか吐き出すように声にすれば、今度は有城さんが戸惑いを隠せない様子で蓮の方に視線を向けた。

「え……っと、それは蓮が決める事なんじゃ……?」

「俺はもう一人やない。【シューティング・スターズ】のメンバーの一員や。それを勝手に俺の一存で真琴と一緒に歌うなんて出来へんよ」

「相変わらず義理堅いよねー」

 麻井さんが声を上げて笑い出す。そんな彼とは打って変わり感情を表に出さず壁に背を預けている環さんがそっと呟いた。

「そこが蓮の良いところだろ」

 その一言に有城さんが目を丸くして口元に手を当てる。

「湊がデレた」

「お前……」

 環さんが鋭い視線で有城さんを睨み付けているが件の彼は飄々としていた。

「それで、返事はどうなんや?」

 僕より先に痺れを切らしたのであろう蓮が腕組みをして彼らに問う。

「……俺は別にいいと思うよ。だって二人で歌ってるテレビを昔観た事あるけど凄く輝いてるように見えた。二人は勿論そうだけど、周りも楽しそうに笑ってたし、俺も思わず笑顔になったから」

「はいはーい! 俺もさんせーい‼ だって蓮の顔見てたら解るよ‼ また真琴君と一緒に歌いたいんだなーって‼」

 有城さんの穏やかな表情と麻井さんの朗らかな笑顔を目にすれば自然と心に安らぎが生まれる。だがそんな彼らの傍らで目を閉じたまま何も発しない人物がいた。

「…………」

「湊は?」

 有城さんが問い掛けると彼の瞳が開かれる。と同時に唇が動いた。

「俺は反対」

「「え?」」

 唖然としたのは僕よりも蓮を除いた二人の方だった。彼はそのまま言葉を続ける。

「また同じような事しないとも限らないだろ。その都度蓮をぬか喜びさせるのかと思うと気に入らない」

 彼の言葉が容赦なく胸を抉る。けれどそれが当たり前の返答でもあるのは自分が一番承知の内で。

「お前さ、今更どんな気持ちでそんな事言い出してんの?」

「ちょっと湊っ」

「それは言い過ぎだって!」

 二人が間に入ってくれるが、蓮だけは何も言わずじっと様子を窺っているだけだった。

 その時、不意に蓮と目が合う。その意志の強い瞳を見れば口にしなくても何が言いたいのか伝わってくる。

『一人で逃げんなやっ‼』

 蓮のその言葉に何度も背中を押されてきたのだ。僕はグッと両手を握り締めた。

「僕は……何を言われても仕方無いと思っています。それだけの深い傷を蓮に付けてしまったから。……都合の良い事を言ってる自覚もあります。でも! でも……もう一度、蓮と歌いたい。交わした約束を……二人で話したを、もう一度一緒に追い掛けたい。その為なら何だってします。……たとえどれだけ時間を費やしたとしても、それでも構わない。一生を懸けてでも、蓮と共にいる未来を僕は描いていきたいと思ったんです。自分から手放しておいて本当に自分勝手だと思います……でももう一度だけ、僕にチャンスを下さい。お願いします……‼」

 誠心誠意を込めて頭を下げた。次に浴びせられるかもしれない罵倒を身構えて強く目を瞑る。

 けれど、悪い方に思い描いていた結末には至らなかった。

「どうする? 湊」

 そんな声が耳に届く。僕は顔を上げる事の無いまま耳を澄まして会話を聞いた。

「……蓮はどうなんだよ」

 それまで頑なに口を開こうとしなかった蓮に質問が投げ掛けられる。そこでやっと蓮が声を発した。

「俺? 俺は自分らがええんやったら、と思っとるよ」

 真琴にもそう言うたし、と蓮が返せば環さんの不満気な声が飛んだ。

「そうじゃねぇよ。俺が言ってんのは『俺達が』じゃなくて『お前が』どうしたいのかって事だ。話を逸らすな」

 何の迷いも躊躇いも無い口調と言葉に自分が言われた訳でもないのに胸が震えた。彼は実直で芯がしっかりしている。だからこそガツンと殴られたみたいに言葉が重く響くのだろう。

「……相変わらず厳しいなぁ湊は。まぁお前のそういうとこ嫌いちゃうけど。……俺は歌いたいよ。真琴とまた、一緒に」

 呟かれた言葉に僕の涙腺が崩壊した。

「本当、に……?」

「この状況で嘘なんか言わへん」

 下げていた頭をバッと上げれば、伏し目がちに佇む蓮の姿が瞳に映る。視線を彷徨わせていたがやがてその瞳が此方に向いた。すると……

「……何泣いてんねん、アホ」

 苦笑交じりの微笑み。呆れた風に洩れる溜息。そのどれもがあの時と変わらなくて、増々僕の心を揺さぶる。

「……っ、蓮……ご、めん、ね……っ」

 嗚咽で上手く言葉が紡げず俯く僕に、誰かの手が背中に添えられた。

「ホンマに泣き虫やなぁ真琴は」

 そう言いながらも優しく擦ってくれる掌。こうして再び体温を分け与えて貰える日が来るのをどれだけ望んでいただろう。

「……言っておくが、今度裏切ったら承知しないからな」

 幸せの余韻から目覚めさせたのは環さんの鋭い言葉だった。すると麻井さんが声を上げて笑い始める。

「なーんか湊ってさー、蓮のお父さんみたいだよねーっ」

「あ、言われてみればそうかも」

 有城さんがポンッと手を叩いて同意すれば蓮がそれに乗せて言葉を紡ぐ。

「え、ほんなら……『パパー、専用マイク買うてー』‼」

「……お前ら……」

 わなわなと震える環さん。それを目にした他の三人が楽し気に笑う。僕はほんの一握りの切なさを胸に押し留めつつも、一緒になって微笑った。



 こうして僕は再び蓮と歌える事になった。とは言っても昔みたいに僕達だけの一存で成立する約束ではない事も承知していたから、僕はまず事務所の社長に無理を承知で直談判した。……マネージャーには内緒で。

「お願いしますっ‼ 蓮と……シューティング・スターズの皆さんと一緒に歌わせて下さいっ‼」

「…………」

 突然の来訪と申し出に困惑されるかと思ったが流石は社長で、臨機応変に面会にもあっさり応じてくれて話を聞く時間も取ってくれた。

「……何で彼らと一緒に歌いたいと思ったのかな?」

 温和な声が問い掛けてくる。僕は包み隠さず正直に答えた。

「子供の頃、蓮と約束したんです。大人になったら一緒に大きなステージで歌おうって。そして、そこに集まってくれた沢山の人達を笑顔でいっぱいにしよう、って……」

 何も知らない他人からしてみれば子供染みた夢物語のように聞こえてしまうだろう。けれど僕にとってはそれが全てだったのだ。そうしてずっと音楽に携わってきた。音を奏でるこの声は、蓮と歌う為にある。

「……あの頃が懐かしいね」

「え?」

「君達二人がテレビの前で歌ったあの日、私は確信したんだ。君達なら多くの人々に感動を与えられるだろうと。だから藤木君に言って君達をスカウトして貰った」

 とんだ告白に息が詰まった。まさかそんな風に思ってくれていたなんて。そして僕が今此処でこうして歌っていられるのが、彼のおかげだなんて。

「……っ、あの……、今まで知らなくてっ、えと……社長っ、僕をデビューさせて下さって、あり、ありがとうございます……っ」

 深々と頭を下げたら謙遜の声と共に肩を押され顔を上げさせられる。

「いいんだよ。私が君達の魅力に惹き付けられたんだからそれは君達の実力だ。……あの時蓮だけがデビュー出来ずに残念だと思っていたが……こうして月日を重ねてから念願叶うなんてね……長生きはするものだな」

 邂逅しながら微笑む社長の眼差しはいつにも増して優しさを帯びていて。

「やってみなさい」

「……え?」

「私も君達が揃って歌っている姿をまた見てみたい」

 理解が追い付かずただ呆然とした。が、その言葉を脳内で何度も復唱している内に段々と実感が込み上げ、言い表せない程の歓喜が胸を一杯にした。

「……っ、ありがとうございますっ‼」

 二度目のお辞儀もまた深く腰を追って感謝の意を唱える。と、今度は肩を叩かれた。

「楽しみに待ってるよ」

 その期待に満ちた瞳と肩に乗せられた励ましのエールは僕の決心を殊更強くした。

「はいっ‼」



「で?」

「え?」

 事務所に数ある中の会議室の一室。そこで僕と蓮は顔を突き合わせ社長に了承して貰えたという話をしていたのだが、話し終えても猶続きを促す蓮の言葉の意味が推し量れず首を傾げる。と、思い切り呆れた顔をされてしまった。

「それは報告やろ? 社長を上手く口説き落とせましたーって話。それはよぉ解った。良く出来ました。ほんで次は?」

「次?」

「……~っ、あるやろ⁈ どんな曲にするとか何処で歌うとかっ‼」

「あ‼ そっか‼」

 納得してポンッと手を打つ。それを目にした蓮は盛大な溜息を吐いた。

「お前ホンマ天然というか何というか……」

 頭を抱えてぼやく蓮はそのままに僕は色々と思い悩ませる。場所は、マネージャーに相談するとして。

「ねぇ、蓮はどうしたい?」

「は? そうやなぁ……やっぱでっかいステージがええなぁ」

「あ、そうじやなくて‼ いや勿論それもあるんだけど‼」

 身振り手振りを伴い僕の意向を伝えれば蓮はまるで初めから解っていたような顔をして言葉を続けた。

「既存の曲のカバーより自作でやってみたい気もすんねんよなぁ……」

「曲創るのっ⁈」

「待て待て、俺だけやのうてお前もやで?」

「僕も⁈」

 どうにも感情が昂ってしまい大袈裟な程の相槌を打っていたらついに顔を顰められてしまう。

「いちいちリアクションでかいねんっ‼」

「だって僕、曲なんて創った事ないのに……」

 不安気に視線を落とした僕を見兼ねた蓮は腕組みをして思い巡らせた後、ある提案を持ち出した。

「ほんなら歌詞書いてや」

「歌詞?」

「そう。ほんで俺が曲創るわ」

「蓮て曲創れるのっ⁈」

「おぅ。まぁ湊の受け売りやねんけどな」

 蓮がいつもより輝いて見えた。僕と離れている間にきっと蓮は凄く努力して僕よりも多くの知識や技術を学んできたんだろう。そう思ったら何だか自分がちっぽけに思えてきて自信を失くす。そんな風に考えていたら件の環さん達が揃って姿を現した。

「おはようございますっ‼」

 僕は立ち上がり彼らに失礼の無いよう思い切り頭を下げて挨拶をする。と、朗らかな声で返してくれたのは有城さんだ。

「おはよう真琴君。今日はよろしくね」

「よろしくお願いしますっ‼」

「あははっ‼ 真琴すっげぇ固い! そこまで緊張しなくても……まぁ追々打ち解ければいっか‼ よろしくなっ‼」

 そう笑って僕の肩を叩くのは麻井さん。その無邪気な笑顔に強張っていた表情も幾分か和らぐ。

「で、でも……」

 言葉を濁してチラリと環さんの方を一瞥する。彼は相変わらず僕の事が嫌いみたいで何も言わずに蓮の隣に腰掛けた。

「こら湊、ちゃんと挨拶しなよ」

 有城さんが見咎め眉を顰めて環さんに声を掛けるが彼は有城さんには目もくれず腕を組んで顔を伏せ、挙句目を瞑ってしまう。するとそんな彼の傍に歩み寄った麻井さんが……なんと、環さんの頭を両手で鷲掴みにしたのだ。

「…………っ⁉」

 僕は目を見開き愕然としてしまった。声もなくただただ行く末を見守る事に徹する。

「こらー湊ー、そんな態度良くないよー?」

「……テメェ、年下の癖に何しやがる……」

「そういう湊の方が大人気無い態度取ってんじゃんかー」

「新、上手い事言うね」

 二人のやり取りを傍観していた有城さんが空気も読まずに麻井さんを褒める。すると麻井さんは物凄く嬉しそうな顔をして照れ始めた。

「えへへー、俺もそう思った」

「自分で思ったんかいっ‼」

 関西魂に火がついたのか、突然蓮がツッコミを入れたので緊迫していた筈の空気がガラリと変貌する。笑いで満たされた空間に安堵し息を吐いたがやはり一人だけ場に馴染まず不機嫌そうな様子を醸し出す環さん。

「放ってていいよ。蓮が君ばっかり構うんで拗ねてるだけだから」

「お前……」

 有城さんが僕に向けて言った言葉を聞き逃さなかった環さんは鋭い目付きで有城さんを睨む。が、睨まれた当の本人は相変わらず飄々とした態度のまま素知らぬ顔でそれを躱して席に着いた。

 全員座ったのを見越した蓮が仕切り直して曲創りの話を進めていく。僕もそれを聞きながら自分の案を出したり他の人の案に耳を傾けたりして、次第に具体的な構想が進んでいった……



 それから数日後。俺達は相変わらず顔を突き合わせ会議室であーでもないこーでもないと意見を交わし合っていた。そんな中マネージャーの藤木さんと蓮達のマネージャーである〈木津(きづ) 累加(るいか)〉さんの協力でライブ会場が決まったと報告を受けた。

「会場はドームだよ‼」

「え? 何処の?」

「各地域の」

 各地域……?

 僕と蓮は顔を見合わせ首を傾げる。

「あ、そうそう。ツアーになったんだ」

 マネージャーの爆弾発言に俺達は二人揃って目が点になる。

……次の瞬間。

「「ツアーッ⁈」」

 絶叫が木霊した。

「へぇ、ツアーか」

「楽しくなりそうだね‼」

 有城さんと麻井さんが笑顔で言葉を交わしながら意気揚々と声を弾ませる。相反して環さんは相変わらず顔色を変えずに両手を組んでただ黙っているだけだった。

「それに伴いアルバムをリリースすることも決定しました」

 蓮のマネージャーである木津さんが眼鏡を押し上げスケジュール帳を確認しながらそう告げてくる。次から次へと繰り出される情報が想像以上で目が眩んだ。

「るーちゃん凄いやんかっ‼」

 蓮が木津さんの双肩を掴み軽く揺さぶると彼女はされるがままに「恐縮です」とはにかんだ。

「ということで、ツアー発表とアルバム発売が決まったからには大急ぎで曲創りとレコーディングとツアーの段取りと唄の練習と体力作りもしないといけないね……これから凄く大変になるよ‼」

 両手で拳を握り「ファイト!」と言葉を添えて励ましてくるマネージャー。それを横目に木津さんは「貴方の言葉はまるで気持ちが込められていないですね」と額に手を当て嘆息している。

 ……その時、一際重みのある声が僕の耳に届いた。

「おい累加。そんなに詰め込んで大丈夫なんだろうな」

 その声はそれまで一言も発していなかった環さんのもので。僕はその言葉の意味が上手く呑み込めず蓮に視線を向けた。が、蓮は僕の方を向いたまま何も言わずただ苦笑を浮かべるだけ。

「大丈夫です。ちゃんと調整します」

 それは普通とは違う、決意にも似た響きだった。それが酷く恐ろしく聞こえてしまい僕は知らず身震いしてしまう。それを目にした蓮が張り詰めた空気を断ち切るようにパンッと手を鳴らした。

「ほなやろか‼ ここでぐだぐだ言うてても始まらへんし、ちゃっちゃとやるでっ‼」

 その一言で僕も、そして有城さんや麻井さんも意気込み新たに声を上げ立ち上がる。マネージャー二人は嬉しそうに笑顔を浮かべて見守ってくれていたが件の環さんの顔は浮かないままで眉間に皺を寄せていた。

「ほら湊! お前がおらな俺の曲創り進まへんねんから頼むでっ‼」

「……あぁ」

 渋々といった様子で返事をし息を吐く環さん。それを横目に木津さんが何やら蓮にそっと耳打ちをしている。

「…………?」

 少し気になって耳を(そばだ)てた。

『くれぐれも無理はしないで下さいね』

 確かに彼女は蓮に向かってそう告げていた。僕は訊いていいものかどうか逡巡したもののいざ言葉には出来ずに口を噤んだ。

 その臆病さが、後に悲劇を生むとも知らずに。



 衝撃の発表から約一か月後。学校に行っている時間と食事を摂る時間以外の殆どをアルバム制作に充てて努力を重ねた結果、漸くアルバムに収録する曲が出来上がってきた。

「……っはぁー。ようやっと形になってきたわ……ってこれで何曲目やっけ……」

 今日も今日とてスタジオに篭り曲創りに勤しんでいた蓮は、詰めていたのであろう息を吐いて椅子の背凭れへと身体を預け、疲労困憊といった様子で目頭を押さえた。

「……大丈夫?」

 見るに堪えない親友の苦悶の表情を前にしてありきたりな気遣いの言葉しか掛けられず気が沈む。けれど蓮は僕のそんな憂鬱な気持ちを察してか先程の疲労感を一切見せず快活に振る舞った。

「大丈夫に決まっとるやろっ? って自分の方がめっちゃしんどそうな顔しとるやん。作詞、上手いこといってへんのか?」

「あ、ううん。大丈夫、順調だよ」

 何の衒いもなく言ってのけた。が、実際は真逆だ。全く進んでいない。それこそ、藤木さんに追い立てられる程には切羽詰まっている。

「そうかぁ……俺はもう全っ然浮かばん。今日は湊達もおらへんし、お手上げや」

 言葉通り両手を掲げて天を仰ぐ。僕と同じ心境に知らず零れた溜息。ふと視線を感じて蓮の方を見遣ればじっと此方を凝視した後、フッと苦笑を洩らした。

「相変わらず嘘が下手やなぁ」

 結局見抜かれてしまい居た堪れなさから俯いていたらポンポンッと肩を叩かれ、顔を上げれば八重歯を覗かせた蓮はまるで面白いことを思い付いた子供のような表情でこう告げた。

「ちょっと外出ぇへん?」



 蓮の思わぬ誘いにより僕達はコソッと事務所を後にした。僕も蓮も特に行く宛ては無かったけれど、何となくブラブラと歩きながら他愛もない話に花を咲かせた。すると思い掛けず河川敷沿いまで足を延ばしていたようで不意に川べりの方に視線を遣ると夕陽に染まった空が朱色に河川を照らしていて、その光景に思わず足と息を止めた。

 それはいつかの、二人で肩を並べて帰った日々を彷彿とさせ、(たちま)ち心が揺さぶられる。

「……気が付いたらなんや遠くまで来てしもたなぁ」

 それは物理的な話ではなく、まるで今置かれている僕達の現状を(たと)えているように聞こえた。

「……そうだね」

 本当に、随分遠くまで来た。回り道も沢山してしまったけれど。

「今が一番幸せかもしれん」

「え?」

「いや、別に今までが不幸やったとかそんなんちゃうで? そうやなくて……そうやな」

 ――――またお前の隣に立っていられるからかな。

 そう言った蓮の言葉に嘘偽りは感じられなくて。

 夕陽に照らされ影を身に纏いながらも、其処に映る表情は陰っていても容易に想像がつく。

 何故だか無性に泣きたくなった。

「……きーらきーらひーかーるー、おーそーらーのーほーしーよー」

 僕から視線を外した蓮はゆっくりと歩を進めながら懐かしい唄を口遊む。あの頃のような無邪気さは(なり)を潜めているが、代わりに酸いも甘いも嚙み分けたような憂いを帯びた声音が深みのある旋律を奏でる。そんな蓮に倣い僕も唄を乗せた。

 日本語の歌詞と英語の歌詞が見事に重なり麗らかな音を紡ぐ。その心地良さはあの頃と何ら変わりはない。

 まるであの頃に還ったみたいで自然と胸が弾んだ。

「…………あっ‼」

「へっ⁈」

 気持ちよく歌っていたのも束の間、蓮が突然その音を消して地声を上げたものだから吃驚して気の無い声が出てしまった。そんな僕の感情とは裏腹に蓮は瞳を煌かせて此方へと視線を向けた。

「なんや今ビビビッと曲が閃いたでっ‼」

「え、ホントにっ?」

 今度は良い意味で驚嘆し蓮の方へと歩み寄る。すると勢いよく腕を掴まれ駆け出した。

「蓮っ⁈」

「こうなったら善は急げやっ‼ 忘れてまう前に早よ帰るでっ‼」

 早口で捲し立てると有無を言わせず蓮は僕を引っ張っていく。それに逆らう事など出来る筈もなく、僕は為すが儘にその背を追い掛けた。

「……真琴っ‼」

「えっ?」

「……最高の曲、創ろうな」

 振り返りそう一言添えた蓮の笑顔は最高に輝いていて、僕も同じように満面の笑みを浮かべ二つ返事で頷いた。



 その後蓮の予想通り、僕達は案の定お互いのマネージャーにこってり絞られた。何せ誰にも何も言わずに抜け出したものだからそれはそれは大変な騒ぎになっていたらしく、しかも二人共何も持たずに出てしまったものだから連絡も取れなくてマネージャーや事務所の人達も途方に暮れていたらしい。「二人共もう良い年齢なんだし人に迷惑掛けるような事しないっ‼」と揃って叱咤された。

 けれど後悔はしていない。だってそのおかげで蓮は行き詰まっていた曲創りに再び取り掛かる事が出来たし、僕も彼の意気込みを前に闘志が湧いたのだから。



 順調だと、思っていたのだ。

 この日までは。









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