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オトノハ  作者: 弥生秋良
5/13

葛藤


 その後京都を離れ、僕はまた一人になった。ゼロから関係を築き上げていくのは本当に大変で、特に僕は人見知りな性格だったから友達を作るのも苦労するだろう事は容易に想像がついた。アメリカにいた時は向こうの皆が皆オープンな性格だったからすぐに仲間の輪に入れて貰えた。京都にいる時も蓮がムードメーカー的存在だったから知らぬ間にクラスに馴染む事が出来た。

 でも今度はそうはいかない。もう高校生になったし、環境が違う。蓮のような親しみやすい人物がいるとも限らない。そう考えれば考える程憂鬱になり足が竦んだ。それはどれだけ歳を重ねても変わる事はなかった。



「これからこのメンバーで高校生活一年間送る事になるからなー。じゃあまず自己紹介していってくれるかー」

 高校生活初日、担任のまるで覇気の無い言葉を皮切りにして自己紹介が始まった。出席番号順で始まる恒例のこのイベントはほぼ僕から始まる事が多く、正直プレッシャーだった。

「……井川真琴です。……よろしくお願いします」

 疎らな拍手が飛び交う中、特に印象に残るような事も口に出来ずそのまま席に着く。すると隣の席に座っていた男子生徒が僕の肩をトントンと叩いてきた。

「俺、笹倉幹也。バスケ部入部するつもりなんだけど、お前バスケは好きか?」

 唐突にそんな事を訊いてくるものだから僕は唖然として目が点になる。そんな様子が可笑しかったのか彼は噴き出し笑い始めた。

「悪い、急にそんな事言われてもって感じだよな。あ、ならもし良ければ放課後一緒にバスケしないか?」

 勧誘、だろうか。断ろうかとも考えたが言葉にする前に教師に遮断された。

「こら笹倉。自己紹介中に井川をバスケ部に引き込もうとするな」

「あ、バレた。すみませーん」

 悪びれた様子も無く舌を出して謝る彼に教師は項垂れた。周りの生徒達はそのやり取りに声を抑えつつ笑いを噛み殺している。

 それが何だか見知った光景に思えて僕は知らぬ間に肩の力が抜けていた。



 結局その日の放課後、彼〈笹倉(ささくら) 幹也(みきや)〉の根気に負けて僕は躊躇いながらも体育館へと足を運んだ。するとそこには現バスケ部であろう人達が集まっていた。

「よっ、笹倉じゃん」

「御無沙汰です、先輩」

笹倉君と先輩と思しき人物が軽く言葉を交わし合う。どうやら面識があるようで、もしかしたら中学で同じようにバスケ部に所属していたのかもしれない。

「おっ、何ナニ? 入部希望者?」

 先輩――だと思われる彼――がニヤニヤと頬を緩めながらボール片手に此方へと歩み寄ってくる。僕は思わず後退った。

「あれ? 何故逃げる?」

 小首を傾げて足を止める彼に慌てて笹倉君が言葉を紡ぐ。

「すみません先輩。こいつ入部希望者じゃないんです。俺が『バスケに少しでも興味あったら一緒に観に行こうぜ』って誘っただけで……」

 最後は消え入りそうな声だった。僕はおずおずと頭を下げた。

「なぁんだ。あ、でもさ、まだ入らないって決めた訳じゃないんだよな? 楽しいぜバスケ! 一緒にやってみるか?」

 クルクルっと器用にボールを回しながら人懐っこそうな笑顔を向けてくる彼。隣に視線を移せば笹倉君も微笑を浮かべて頷いている。

「……じゃあ、少しだけ」

「おぅ! あ、俺は〈峰内(みねうち) 広貴(ひろき)〉。お前らの一個先輩です。けど気兼ねなく話してくれていいから」

 そう自己紹介された後ボールを手渡される。

「ボールはお前からでいいよ。転入祝いって事で」

「どんなお祝いですか」

 峰内先輩の言葉に間髪入れず笹倉君が突っ込んだ。絶妙なやり取りに思わず笑ってしまう。

「お、漸く笑ったな」

「え?」

「そんな緊張しなくてもいいから。って言っても色々と初めてな事ばっかだから無理もないか。でも少なくともここでは肩の力抜いてろよ。な?」

 思い遣りのある言葉にうっかり瞳が潤む。心細い思いをしていたから涙腺が弱っているのかもしれない。気を取り直す為に小さく首を振る。

「あ、そういや名前聞いてなかった。お前名前は?」

「井川真琴です」

「お、じゃあこれからよろしく真琴!」

「ちょっと先輩狡いですよっ! 俺だってまだ名前で呼んでないんですからっ」

「いやいや先手必勝だわ」

 他愛も無い会話のやり取りをする二人が羨ましく感じるのを胸の内に留め、僕は始まりの合図としてボールをバウンドさせた……



 いざバスケ部の練習試合に参加させて貰うと意外とすぐに打ち解ける事が出来た。誰もが気さくな人物で話し易かったのが一番の要因だろう。だけどやっぱり今の仕事との両立は無理だと判断しバスケ部への入部は丁重に断りを入れた。……のだが、

「そっかー。でもま、また気が向いたらおいで。いつでも大歓迎だから」

 一時は残念そうな顔をされたがそれも束の間峰内先輩はそう声を掛けてくれた。



「……どうだった?」

「え?」

「バスケ。楽しかったか?」

 帰る道すがら、笹倉君が明後日の方向を見つめながら訊ねてくる。何やら落ち着かない様子なのは何故だろう。

「あ、うん。楽しかったよ」

「ホントかっ?」

 それまで全然違う所を捉えていた視線が瞬時に此方に向けられる。僕は呆気に取られつつも頷いて見せた。

「そっかぁ……良かったぁ……」

 足を止め、安堵の息を吐く彼。どうやら僕の機嫌を窺っていたようだ。それを察してクスッと声が洩れた。

「誘ってくれてありがとう。あと、折角勧誘してくれたのに入部断ってごめん」

「いや、全然! 寧ろこっちこそゴメン! ちょっと強引だったかもって今になって急に不安が込み上げてきてさ……」

 恥ずかしそうに俯いて髪を掻く仕草に彼の純粋さが垣間見えた。

「ホントにバスケが好きなんだね」

「あぁ! 将来これを仕事にしたいってくらい好きだ!」

 そう語る彼に昔の自分を見た気がして少し懐かしくなる。

 だがそれも束の間彼の顔が曇った。

「まぁ実際好きな事を生業にするのは難しいと思うけどな……」

「でも不可能ではないよ」

 これは僕が今までずっと貫いてきた信念だ。自分の思い描く夢に於いて、不可能な事はない。

「そうか……そうだよな!」

 その笑顔があまりにも希望に満ちていて輝かしく映ったものだったから僕も一緒になって顔を綻ばせた。

「ところで笹倉君は「幹也でいいよ」……幹也は、何でそんなにバスケが好きなの?」

 途中で言われた通り名前で呼びつつ疑問を彼に投げ掛ける。

「うーん、そうだな……。きっかけは中学入学してすぐの部活勧誘の時かな。あの時……先刻の峰内先輩いただろ? 彼が当時同じバスケ部の人と二人だけで六人相手に立ち向かってシュートするとこ見せたんだよ。まぁパフォーマンスの一環としてだけどな。だからって相手の六人は手加減してたわけじゃなくて、勿論本気でさ。でも先輩達に全然敵わなかったんだ。そんでそれ見た瞬間鳥肌立ってさ、『すげぇっ‼』ってなって、迷わずバスケ部に入った。……因みにその時の峰内先輩の相方ってのが今のバスケ部部長なんだぜ」

 目を輝かせる彼はまるで昨日の事のように詳細に話し心躍らせている。

「実際入ってみたら練習とか尋常じゃないぐらいきついし大変で、正直止めよっかなって思う時もあったんだ。でも初めて試合に出させて貰ったらそんなの全部吹き飛んだ。楽し過ぎて。……それにさ、バスケしてる時だけは全部忘れられるんだよな」

 嫌な事も、辛い事も、苦しい事も。

「しかもそれだけじゃなくて、ほら、バスケってチームプレイだろ? 誰かと喜びを分かち合えたりすると不思議とその気持ちも倍になるんだよな。それが嬉しくてさ……だからお前にもその感覚を味わって貰えたらと思って誘ってみたんだ」

 はにかみながら鼻を掻く幹也。

「そっか……」

 誰かを喜ばせたい僕と、誰かと喜びを分かち合いたい彼。似て非なるもののようにも思えるが実際は同じなのかもしれない。

 根底には、誰かの喜びを望む気持ちがあるのだから。

「……幹也の夢、叶うといいね」

「あぁ‼ ありがとな」

 その時の笑顔が、唯一無二の親友と重なって見えた気がした。



 それから数週間後、僕はある歌番組の収録でテレビ局のスタジオへと入った。

 その番組のリハーサル中、僕は厄介な事に揉め事を起こしてしまった。とは言っても一方的に責められた、というのが妥当かもしれない。そもそも反論出来るような度胸を僕は持ち合わせていなかったから。



「……お前さぁ、マジでやる気あんの?」

「え……?」

「歌うのが好きだけじゃこの業界やっていけないんだけど。嘗めてんのか?」

 何故か妙に突っ掛かってくる相手に苛立ちはもとより嫌悪しか感じない。その感情が伝わってしまったのか相手がいきなり掴み掛かってきた。

「何だよその目っ‼」

「きゃあっ」

 女性共演者の甲高い悲鳴が上がるのを遠くに聞きながら僕は彼から目を離せない。

「……知ってるか? お前の今回のシングル曲のオリコン順位」

「……はい」

「あれ、実は事務所が幾らか買ってんだよな? それでトップ3にギリギリ入ったってんだろ? 実力で伸し上がれないってどうなんだよ、なぁ?」

 どこからそんな根も葉もない噂話を聞き付けたんだろう。きっと昔の僕なら動揺して目を真っ赤にしていただろうが今はそれぐらいでは僕の心は揺さぶられない。

 荒んでしまったんだろうか、なんて思えてふっと自嘲が洩れた。

「いい加減にしろって‼」

「おい! 何してるんだ‼」

 周りで様子を窺っていた出演者の方やスタッフの方が徒ならぬ雰囲気に声を上げる。だが僕はといえば相手にされるがまま反論も反撃もしなかった。……何だかとても滑稽に思えてしまって。

「……‼ 真琴っ⁈」

 騒ぎに気付いたマネージャーが驚愕の表情を浮かべて此方へとやってくると有無を言わせず僕と相手の間に割って入ってくる。

「すみません、真琴が何か粗相をしてしまったんでしょうかっ?」

 至って冷静に事の顛末を問うマネージャー。だが相手は小さく舌打ちだけするとその場を離れた。

「……何があったんだ?」

 今度は僕へと質問を投げてくる。けれど僕はそれに対する答えを持ち合わせておらず、ただ緩々と首を横に振った。

「真琴君は何もしてませんよ。一方的にあの人が喧嘩を売ってきただけです」

 何も言わない僕の代わりにスタッフの方がやや憤慨しながらそう返してくれる。

けれど、その時の僕に罪悪感しか残らなかったのはどうしてだろう。



 結局あの人は僕の何が気に喰わなかったのか最後まで解らなかった。けど、一つだけ心に刺さった言葉がある。

『好きなだけじゃやっていけない』

 当然の事だ。なのに僕は甘えていたのかもしれない。このぬるま湯みたいな環境に慣れ過ぎて、それが当たり前のように思えてしまって、いつの間にか本気で向き合う事を、真剣に取り組む姿勢を失っていたのかも。あの人にはそれが見えていたのだろうか。そんな風に思えば思う程自己嫌悪に陥ってしまい、その日の唄のコンディションは最悪だった。



「今日何かあった?」

 歌番組収録後、事務所のレコーディングスタジオに入った僕は次に発売されるアルバム曲の歌入れをしていたのだが、案の定プロの目は誤魔化せずエンジニア兼ディレクターの輝螺良(きらら)さんに指摘を受けた。

「……すみません……」

 どんな事があったにせよそれを唄に表してしまうなどプロのすべき事ではない。もうこの仕事を何年も続けてきて、成人になりつつある僕はそろそろ甘えを無くしていかないといけない。そう自分を叱咤させ瞳を強く閉じる。

「真琴君、大丈夫? いけそう?」

 マイクを通じて輝螺良さんの気遣わし気な声が耳に届く。僕は閉じていた瞼を開け大きく頷いてみせた。

「大丈夫です」



 結局、輝螺良さんの清々しいオッケーサインは最後まで貰えずに一日が終わってしまい、僕は首を(もた)げて帰路に着いた。

「……まぁ、毎日上手くいくわけじゃないし、ドンマイだよ真琴」

 過剰な慰めの言葉が反って消沈させる事を長い付き合いから汲み取ったマネージャーは僕へ掛ける気遣いも今となっては程度の良いものへと変わっていて、それが今は少しでも僕の気を楽にさせてくれていた。

「すみませんでした……明日は気を取り直して頑張ります。輝螺良さんにも改めてちゃんと謝らないと……」

 折角の時間を無駄にさせてしまった。歌入れが先延ばしになる度に彼には迷惑を掛けてしまっている。非常に気の毒だと思う。のにどうしてこう情緒の安定を保てないのだろうか。

「そうだね。でも今日のところはゆっくり休息を取るんだよ」

「はい。ありがとうございます」

 ヒラヒラと手を振り車を見送る。

「……はぁ」

 誰も居ない道端で、一際大きく吐き出された溜息。



 上手くいかないときは何をやっても上手くいかなくて。

 精一杯やってるつもりなのに、結果が出ないと認めては貰えないこの世界で必死に踠いて。

 まるで自分を削って生きてるみたいだなんて思えた。

 もしかしたらあの人の言う通り裏で画策があったのかもしれない、なんて考えがふと過ぎる。もしそれが本当なら僕はなんて愚かなんだろう。

――――これじゃ誰一人笑顔になんて出来るわけがない。






『お前何で一人で抱え込んでんねんっ‼ 俺が居るやろーがっ‼』






 突然頭の中に友の声が降ってきて、いつかの時を思い出す。

「…………」

 ポケットに収められたままの携帯を徐に取り出し、彼の番号を呼び出してみる。

 ……出て、くれるだろうか。

「……もう遅いしな……」

 そう溢しつつも意を決して通話ボタンをタップした。

 トゥルルルル…………

 無機質なコール音が何度か鳴らされる。けれど一向にその電話が繋がる事は無く、六コールした辺りで自ら電話を切った。

「……寝てるのかな……」

 ポツリと呟いた言葉が存外寂し気に響いてしまい孤独を感じてしまう。離れてしまえば連絡が行き違う事など解り切っていただろうに。

 結局僕はそのまま家に帰る気にもなれなくて宛ても無く夜道を彷徨い歩いた。そうしている内に通い慣れた学校へと行き着く。

 何故か不思議と誘われるみたいに足が向いた。

 夜の校舎は閑散としていて想像していたよりもずっと不気味に映る。けれど逆にそんな雰囲気に惹かれた。

 校門の横の塀をよじ登り中へと入る。警備の人がいるかもしれないので慎重に辺りを見回した。そこで不意に目に付いた体育館。

『バスケしてる時だけは、全部忘れられるんだよな』

いつだったか耳にした幹也の台詞が反芻される。

「…………」

 全部忘れたいと思った。このもどかしく遣り切れない気持ちも、行き場のない憫然たる感情も。

だから彼の言葉に便乗してみようと無意識に足が赴いたのかもしれない。

「……あれ?」

 体育館前まで来ると施錠されている筈の扉が僅かに開いている。誘われるように中を覗き見た。

「……こんな感じなんだ」

 二階の窓から洩れる仄かな光が館内を幻想的に魅せる。その光に埃の舞う様子が微かに見受けられたが全く不快には感じない。寧ろそれさえも美しく映るのだ。

「……全然違う……」

 同じ場所なのに昼と夜とではこんなに違って見えるんだ、なんてぼんやりと思考を巡らせつつ、足元に転がっていたボールがふと目に付きそれを手にした。

何気無くそのボールをバスケットゴールへと投げる。

 ……タンタンタンッ

 程無くしてボールが床を跳ねた。

 上手くゴール出来ずに転がったそれをもう一度手にし、今度は息を整え集中してゴールを見据える。

 ……ポスッ

「やった……っ」

 綺麗に決まったシュートに思わずガッツポーズする。だがそれを共有する者はいない。ただボールの跳ねる音と自分の声だけが反響しただけ。

『ほら、バスケってチームプレイだろ? 誰かと喜びを分かち合えたりすると不思議とその気持ちも倍になるんだよな。それが嬉しくてさ……だからお前にもその感覚を味わって貰えたらと思って誘ってみたんだ』

 照れ臭そうに彼がそう溢していたのを思い返しながら拾い上げたボールをじっと見つめる。

「……真逆だ」

 今の僕と。

 彼らはチームプレイで乗り越えていくけれど、僕は個人プレイだ。

 幼少期からチームプレイは向いていないと思っていた。それは成長した今でも変わらない。一人になりたい時の方が断然多いし、そもそも引っ込み思案の人見知りだし。……けれど、今は少し羨ましく感じている。

「……寂しい……」

 まるで今のこの状況が僕の心境を彷彿とさせる。

 ――――その時だった。

「こらぁっ‼ そこで何やってるっ‼」

「……っ⁈ ご、ごめんなさいっ‼」

 突如轟いた声に心臓を鷲掴みにされた思いで反射的に謝った。すると……

「……なぁんてな」

「……へ……?」

 訳が解らず下げていた頭を上げて相手を見遣る。足音が近付きその姿が光が照らされた時、やっとそれが誰なのかを理解した。

「せ、先輩……?」

 唖然としてその場で固まる。思考が追い付かず滑稽な程立ち尽くした。

「何でって顔してんな? 実は俺、先刻まで此処で練習してたんだよ。そんでトイレ行って鍵閉めに戻ってきたら真琴が居て、俺はもうビックリだわ」

 まるでそうは思っていないだろう抑揚の無い口ぶりで淡々と告げて笑う先輩。

「……こんな時間まで練習なんて、よく許して貰えましたね……」

 流石に学生が許可して貰えるような時間帯ではない。やっと動き出した僕の脳がフル回転で疑問を紡ぐ。

「あー……だって俺の父親、この学校の理事長だから」

『あ、これ秘密ね』と人差し指を立てて内緒のポーズをする彼。追い打ちを掛けるような爆弾発言に全然考えが纏らない。終いにはこれ実は夢なんじゃないかと現実逃避してしまいそうになる自分がいて。それならどこからが夢なんだろう。出来れば揉め事がある前からがいいな、なんて都合の良い妄想を繰り広げていく。

「……おーい、真琴ー、戻ってこーい」

 ヒラヒラと目の前で手を振られハッとして意識を戻すと途端に彼は声を上げて笑い始めた。

「あー、やっぱお前面白いわ。なぁ、やっぱバスケ部入らね? 絶対楽しいって!」

 肩を数回叩かれ苦笑いするしかない。上手く躱せないだろうかと思案していた直後、思い掛けない言葉が飛んできた。

「……だってお前、『寂しい』んだろ?」

「……っ⁈」

 意表を突かれ鼓動が跳ねる。今度は先輩が苦笑する番だった。

「悪りぃ。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、聞こえちまってさ……」

 髪に手を遣る仕草で態と視線を逸らし僕の顔を見ないようにして言葉を続けた。

「実はさ、真琴が歌手だって事も知ってた。だから部活に入らないだろう事も本当は予想してたし。でもなんか、テレビで観るよりずっと……独りな感じがした」

 それは正に図星で。何か言い返さなければ、と思い口を開くも言葉が出て来ない。その間にも彼は話す事を止めない。

「正直初めはミーハー心があったんだけど、真琴の目を見たら考えが変わった。『あぁ、こいつ独りぼっちなんだ』って気付いて、そしたら『俺達の仲間に入れてやりたい』って思ってさ」

 彼の視線が此方に向き、自然と目が合う。すると彼はふっと笑みを溢した。

「あいつら、良い奴らだろ? 初対面でも構わず馴れ馴れしいし、おまけに図々しい。けどそれが反って気兼ね無く付き合えるきっかけになったりするんだよな」

 そう口にしながら徐に僕が持っていたボールを手の内にして難なくシュートを決める。

「……俺もさ、独りだったんだよ」

「……え?」

「有り得ない、って思っただろ? けど実は俺、バスケ始める前はすっげぇ根暗でさ。小学校までは分厚い眼鏡して勉強ばっかしてるガリ勉君だったんだぜ? ……でもそれは自らの意思じゃなくて、親の理想を映した虚像の姿で……正直かなりしんどかった」

 落ちたボールを拾おうとする彼。必然的に視線が床へと落とされる。それがまるで彼の心に比例しているかように見えた。

「で、中学に上がったら俺の学校部活必須でさ、絶対どれかの部に所属しないといけなくて……偶々その時隣の席に座ってた奴が俺に声掛けてくれたんだよ。『一緒にバスケ部入らないか』って」

 タンタンッと軽快に響くドリブルの音。ボールに向けられていた視線が此方へと戻される。

「それでバスケ部に入ったら、こうなれた。その時声掛けてくれたのが、今のバスケ部の部長。で、俺の一番の親友。……あの時あの言葉がなかったら俺、間違いなく潰れてたと思うんだよね」

 ボールが此方目掛けて飛んでくる。僕は咄嗟にそれを受け止めた。

「バスケ部の連中が所構わず勧誘してるのって、実は部長の教えなんだよ。それは部員を増やしたいって名目じゃなくて、『独りぼっちの奴を放っておくな』っていう部長の考えからきてるものでさ。部に入るにしろ入らないにしろ、『バスケ一緒にやらないか』っていう声掛けがそいつと話せるきっかけの言葉になれば……って事らしいんだよな」

ま、他の部員がそれを知ってるかどうかは定かじゃないけど。

 そう付け足しニッと口角を上げて僕の方へ歩みを進めると目線の高さを合わせて僕の肩に手を置いた。

「寂しいと思うなら、もっと周りに解るよう声に出せよ。幹也も俺も、なんならバスケ部の連中全員いるだろ」

 僕は唇を噛み締めた。

 だって、ただ一回試合をしただけで……

「たった一回試合しただけって思うか? たった一回でも、俺達【チーム】になったじゃん。だからもうお前は俺達の【仲間】だよ」

 胸の内がスッと軽くなる。途端に双方の瞳に膜が張る。目の前がぼやけてよく見えない。

「……馬鹿だなお前。そんな泣くまで我慢すんなって」

 僕は弱い。結局一人じゃ何も出来ない。誰かに支えて貰わないと、ただ立っている事すら困難で。

「……っ、すみませ……っ」

「それ、言葉が違うぞ。そこは『ありがとうございます』だろ?」

 ぐしゃりと髪を乱されるが、悪い気は全くしなかった。寧ろそれが心地良くさえ思えた。「……『たった一回』で人生変わる事もあるんだって、よーく覚えとけよ」

 そう言われ、ふと蓮との出逢いが頭に浮かぶ。あの日のたった一回の唄がなければ、僕達は繋がらなかった。

「……さて、もう大分遅いしそろそろ帰ろうかねー」

 僕の頭から手を離すと今度は僕の手にあったボールを倉庫へと直し、入口へと向かう。

「ほら、行くぞー」

「あ、はいっ」

 我に返った僕は慌てて先輩の後を追った。施錠する前にもう一度だけ館内を見る。

 不思議な事に、昼間其処に立つ自分を想像している僕がいた。

 ……音を消した携帯が震えていた事にも気付かずに。






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