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クニン伯コーヤ驚嘆ス

 ――伝説に謳われる魔物が、トネル村に襲来!


 ――同村に祀られる武神像が目覚め、これを撃退!


 伝令の言葉を聞いた時、クニン伯コーヤはこう言い放ったものである。


「まずは水でも飲むがいい。さすれば、酔いも覚めよう」


 百歩譲って、魔物が出現したというところまでは良しとしよう。

 いくつもの文明を滅ぼしてきたとされる天災を越えた脅威に関しては、全てのエルフが先祖達から申し送りされている。

 だが、本当にそうならば伝令を出す余地もなく全滅しているはずではないか?

 その上、武神像が目覚めたというのはこれは……。

 酔っ払いのたわごとにしても、度が過ぎているというものだ。


 コーヤとて伯爵。自らが治める領地に対する知見を深めるため、かの村に赴いたこともある。

 そこで武神像を見た時は、これほどの宗教的モニュメントを作り上げるニンゲンの技術力に感嘆したものだが……所詮、あれはそれ以上の存在ではないのだ。


 とはいえ、この一報を無視するわけにもゆかぬ。

 他に優先すべき案件があるならばともかく、領地に異常があったならば確認するのが己の責務であるし、何より伝令が携えた書状には正式な王家の押印がなされていたのだ。

 数日前、酔狂者で知られるキリシャ姫が挨拶に訪れているため、これが偽物ということはまずないだろう。


「まったく、姫様にも困ったものだ……」


 ニンゲンの英知を結集しているとはいえ、武神像はいかにも不安定な人型の建造物である。

 大方、地震か何かでそれが倒れでもして、現地に居合わせた姫君がこれは魔物の仕業だと騒ぎ立て、使いを出したに違いない。

 事によっては、それを理由に考古学への予算増を父王に要求する腹積もりなのだろう。

 言ってしまえば、コーヤは姫君の空言混じりな無心に付き合わされているというわけだ。


 ともあれ、王族が所領でダダをこねたなら振り回されるしかないのが伯爵位の悲しさである。

 すぐさまコーヤは支度を整え、配下の騎士を五騎ばかり引き連れトネル村へと向かったのだ。




--




 かつて神学へ傾倒した身であるコーヤに言わせれば、大概の神には農耕神としての側面が宿っている。

 身も蓋も信仰心もない言い方をしてしまえば、このヤパン列島に生きるエルフの大多数を占めるのは農民であるのだから、これもむべなるかな。といったところであろう。

 他者の前で口に出せる事ではないが、神がエルフを作るのではなく、エルフこそが神に性質を与えるのだ。

 だから若き日は立派な女神の彫像などを見ながら、それの野良仕事姿をつい想像したりしたものであった。

 それが今、現実のものとなって目の前に現れている。


「テツさん! 次はこっちに土を運んできてくれ!」


『はいよ』


 村の中央で膝を付くのみだった白き武神が歩き、のみならず言葉を話す……。

 しかも、馬車の荷台をカゴ代わりにして、いずこからか集めてきた肥沃な土を村民らの誘導に従い運搬しているのだ。

 何らの心構えもしていなかったコーヤが到着早々に落馬しかけたのも、致し方のない事であったろう。


「な……あ……あ……!?」


 思わず外れそうになったアゴを抑えながら瞠目するコーヤをよそに、武神は手際よく抱えていた荷台を下ろしていた。

 見渡せば豊作の兆し有りと報告を受けていた田畑が、台風にでも遭ったかのごとく荒れ果てた姿を見せている。

 が、これに身代を預ける村民らといえば明るい顔をしたもので、子供たちなどは武神の後に続いてキャッキャと走り回っていた。


「テツさん! 次の作業なんだが――」


『ああ、いや。その前にお客さんだ』


 どうやらこちらに気づいたか――あるいは最初から気づいていたのか、武神がこちらを見やりながらそう農民に返す。


「おお! 伯爵様が到着なされたか!?

 お前たち! 姫様達を呼んできてくれ!」


 はしゃぎ回っていた子供たちが、今度は伝令役として村中を走り回り……。

 コーヤ達は、たちまちトネル村のエルフ達に囲まれることとなったのである。




--




 ――その後。


 コーヤ達一行が見せつけられたものは、武神に秘められた圧倒的な権能の数々であった。

 まず特筆すべきは、その凄まじい怪力であろう。

 果たして、牛馬に換算したならばどれ程の数になるだろうか……。

 通常の手順を踏んだならばかなりの人手と時間がかかるだろう土や資材の運搬を、この武神は軽々とこなす。

 それでいて作業が雑なのかといえばそんな事はなく、流石に根が露出した野菜の盛り土や、倒れた作物の支柱立てには参加できないものの、村民らが指示した場所へ手際良く必要な品を運び込み、作業時間の大幅な短縮に貢献していた。


 あちこちが痛み、場合によっては屋根や壁材が吹き飛んでいる家屋の修繕作業に至っては、この武神こそが主役であると言っていい。

 大工たちが加工し仕上げた木材を屋根の上に運び上げたり、時にはその指で抑えて組み上げの手伝いをする……。

 何しろ、立ち上がれば王城の大正門とほぼ同等の全長を誇る巨人なのだ。

 かような家屋の建材など、子供の積み木にも等しかろう。

 だがその積み木遊びは、大工らにとって百万の味方を得たに等しい助力なのである。


 そして、最もコーヤらを驚かせたのは、いかな魔法でも再現できない武神の術であった。


 ――ぷろじぇくたーきのう。


 ……と、言っていたそれに覚えた衝撃は計り知れない。

 支柱を立てて広げた帆布へ、武神の頭部に備えられた小さな鏡が怪しき光を発する……。

 すると何の変哲もなき帆布の中に、三日前この村を襲ったという魔物の絵が忽然(こつぜん)と浮かび上がったではないか!

 しかも、いかなる画家でも描けぬほど詳細なその絵は、生きているかのごとく帆布の中で動き回るのである。

 のみならず、現場の状況と寸分違わず同じだという音声が巨人から発されるのだから、コーヤは三日遅れでありながら当時トネル村のエルフらが得た体験を正確に共有できたのであった。


 こうなってはもう、敬服する他にない。

 武神はもとよりとして、これを蘇らせるために尽力したというキリシャ姫に対してである。

 ひたすらに(こうべ)を垂れるコーヤらであったが、姫君が告げた事柄には本日何度目かの仰天をする羽目になった。


 一つは、婿を迎えるという事。

 ……そしてもう一つは、迎え入れる婿が『始まりの文明』を創始したニンゲンの生き残りであるという事である。


 突然の宣言に慌てるコーヤらであったが、武神の胸部が開きそこからニンゲンが降り立ったとあらば、是非もない。

 テツスケと呼ばれる三十男の耳は、一見すればネズミが何かにかじられたようにも見えるが、よくよく間近で検分すればなるほどごく自然にその形で生まれたのだと分かるものだったのだ。


 とにかく、全ての事実がコーヤに差配できる範疇を越えていた。

 伯爵としてこの地を治めて二十余年……このような時、コーヤ・クニンが下す判断は実に素早い。

 そう……。


 ――一通の書状をしたため、早馬を王都に走らせたのである。

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