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キリシャ・ドゥエ・アラオ

 ――しん。


 ……という静寂が、村中に満ちていく。

 遠巻きに離れていた誰もが言葉を失い、首の無い屍と化した魔物とそれを見下ろすアルタイルの姿を眺めていた。

 ひとまず無事を確認するべきかと、外部スピーカーを操作しようとしたその時である。


 ――魔物の体が、崩れ去った。


 まるで燃焼の終わった炭に火かき棒を突き入れたかのごとく、はらはらと死体が崩れていき……ものの数秒で風化し消えてしまったのだ。

 後に残されたのは灰とも砂とも取れる分解され切った粉末だけで、それも風に流され吹き飛んでいってしまう。


「こいつは一体……?」


 戸惑う俺の耳に、アルタイルのセンサーが拾い上げたエルフらの話し声が届く。


「死体が、あっという間に消え去ってしまった……」


「やはり間違いない、あれは伝説で語られている魔物だ」


「滅びの時が、きたというのか……?」


 口々に言い合っているが、ただ一つ確かなのはこの場で俺だけが状況を理解できていないという事だろう。

 そして、村に住まうエルフらは恐る恐るといった様子でこちらに近づき、アルタイルの周囲を取り囲み始めたのだ。


「だが、武神像様がこの村を滅びから救ってくださった……!」


「そうだ! これまで俺達を見守るだけだった武神像様が、この危機に立ち上がって下さったのだ!」


「でも、あたしは見たよ! 立ち上がる前に胸のところが開いて、旅の方が入っていった!」


「一体、どうなっているんだ……!?」


 足元でこちらを見上げながら話すエルフ達に、どうする事も出来ない。

 唯一、この場で全ての事情を把握しているだろう少女は……そんな様子を少し離れた所から見守っていた。


「そうだ! あの子と一緒にやって来た変な耳の男が武神像様の中に入ったんだ!」


 やがて誰かが少女の存在に気づき、一同の視線がアルタイルからそちらへと移った。

 カメラアイ越しの俺も含めた全ての視線を一身に集めるのは――キリシャである。


 だが、これが先までと同じ少女だろうか……?

 装いの変化と言えば、かけていた大ぶりの眼鏡を外し後頭部で結わえていた髪を解いただけだ。

 ただそれだけで、彼女に抱く印象の全てが変わった。

 眼鏡の下に隠されていた眼差しは凛として気高く力強く、拘束を解かれ風になびく青みがかった銀髪は、どこか神秘的な印象を見る者に与える。


「皆の者、うろたえるな!」


 キリシャが発した言葉は、さしたる声量を伴っていたわけではない。

 しかし、その言葉は鋭く深く、聞く者の耳朶を震わせた。

 明らかに日頃から他者へ命令し慣れている者の声音であり、こればかりは資質がなければ士官学校で何年教育しようとも身につくことはないだろう。


 再び静寂がその場を支配する中、キリシャがこちらを――アルタイルのカメラアイを見やる。


「私を手の上へ!」


『あ、ああ……』


 言われるがまま、足元のエルフらを踏みつけないよう注意深くキリシャに接近し、膝を付く。

 そして差し出した手の平に彼女が乗ったことを確認すると、とりあえずその場に立ち上がった。

 堂々たる様子でアルタイルの手から一同を睥睨(へいげい)し、再びキリシャが口を開く。


「我が名はキリシャ・ドゥエ・アラオ!

 ラウカ・ウノ・アラオが第二子である!」


 その言葉に、村のエルフらが一気にざわついた。

 そういえば、キリシャのフルネームを聞いたのはこれが初めてであるが……。

 果たしてそれが何の意味を持つのかまでは、皆目見当もつかない。

 いやまあ、すごく偉い人の娘だという事はひしひし伝わってくるのだけども……。

 そしてその予想は、的中していた。


「ラウカ王の……?」


「ということは、姫様なのか……?」


「俺は、初めてお顔を拝見したぞ」


「そんなもの、この村の者は誰だって同じだ」


 ざわめく村民達の言葉を、アルタイルのセンサーが余さず拾い上げる。


「お姫様ときたか……本当にファンタジーなんだな」


 それを知った俺はといえば、驚きよりも脱力の念が強く、ビニールが張られたままのシートへ深く背を預けるのみだ。

 この世界……かどうかはともかく、少なくとも彼らはアラオさんちの王政社会にどっぷり組み込まれているわけである。

 一応、俺は民主主義に忠誠を誓った兵士なんだけどな……。

 あらためて、よって立つものが崩壊した気分だ。


 キリシャはあえて皆を鎮めるような事はせず、ただ黙って彼らを見下ろしていた。

 そうする内にようやくざわめきは収まり、一同を代表して一人の男が前へ進み出てきたのである。


「キリシャ様! 無礼を承知でお願い申し上げます!」


 それがエルフ全体の特徴なんだろうか……異様に若々しく、だけれど何となく雰囲気から年長者である事をうかがえる男が(こうべ)を垂れた。


「どうか! あなた様が本物の姫様である事を証明できる品をお見せ下され!」


 これはまあ、至極もっともな話だ。

 村を構成する建物や田畑。それに彼らの様子を見れば、報道機関どころか写真すら存在しないのだろう事は容易に想像がつく。

 となれば、名乗るだけなら誰でも今日から王族である。

 ましてその連れが村の御神体を勝手に動かすという異常事態まで起こしているのだから、身分証明を要求するのは当たり前の話だった。


「テツスケ、少し手を下げてください」


『分かった』


 アルタイルの顔に向け振り返ったキリシャの言葉に従い、彼女を保持したまま膝立ちとなる。

 そうすると、彼女は何やらごそごそと胸元をあさり始めた。


「これを見るがいい!」


 そうして取り出したのは……金属製のペンダントである。

 何かの紋章を模しているのか複雑な形をしてはいるが、宝石などが使われているわけでもなく、俺の目には大した品のようには見えなかった。

 だが、これの効力たるや絶大だ。


「は、はは……!」


 この時、エルフらが見せた反応といったら……。

 驚愕に目を見開き、わなわなと震えながら汗を流したかと思うと、一同が一斉に平伏してみせたのである。


「まるで時代劇の印籠だな……」


 マニアでさえ全話は把握しきれていないと言われる、超長寿作品の光景を思い起こしながら呟く。

 いつの世においても、権力の象徴とは大差がないものであるらしい。


「楽にせよ! 断りもなく押しかけたのはこちらである!」


 言葉の内容とは裏腹に、たっぷりと間を置いてからキリシャがそう語りかけた。


「皆も承知している通り、今日、我らが王国と文明は繁栄の時を迎えている……」


 そして、真綿へ水を染み込ませるかのようなおごそかさで語り出す。

 間の取り方といい、声の抑揚といい、やはり他者へそうする事に慣れ親しんだ者の手際と言っていいだろう。


「故に、魔物が目覚めた!

 ……伝承で聞いているだろう。我らが先人たちは、いずれも繁栄の絶頂を極めた時点で、魔物に滅ぼされてきた」


「……何!?」


 これは、俺にとっても聞き捨てならない言葉だ。

 今の今まで、滅んだのは人類だけであると思っていた。

 だが、キリシャの言葉が確かならば、その後を継いだいくつかの文明も同様に滅んでいる事になる。


「だが、恐れる事はない!

 皆も見ての通り、此度の滅びに対し、『始まりの文明』を築き上げしニンゲンの遺した武神がついに立ち上がった!」


 ――おおっ!


 先までとは違う、力強い同意の意思を込めたどよめきが響き渡った。


「そして眠りから目覚めたのは武神だけではない!

 (いにしえ)の時代……これを操ったニンゲンもまた、永き時を経て目覚めたのだ!

 ここに来るまでの間、その姿を見た者もいよう!

 彼こそが、武神を駆りし勇者!」


「勇者て……」


 大真面目に言っているのは分かるのだが、これには苦笑を禁じ得ない。

 だが、よくよく考えてみればかつての時代にも似たような事はあった。

 一定以上の撃墜数を稼いだパイロットに対する、マスメディアの取材……。

 命令に従い渋々と承知したが、いざ出来上がった記事や動画を見ればまるで別人の事を語っているかのようで驚愕したもんである。

 他に取材を受けた連中も同じ感想を抱いていたようで、下手な事はできないと笑い合ったっけ……。

 人類とは色々と違うところも多い彼らエルフであるが、根っこの精神性は何も変わらぬのかも知れない。


 などと、コクピットで一人納得している俺であったが続くキリシャの言葉には瞠目するしかなかった。


「そして、我が夫となりて世を救わんとする者である!」


 ――うおおっ!


 歓喜の声が、村中に響き渡る。


 ――アラオ王国万歳!


 ――キリシャ姫万歳!


 喝采の声がキリシャとそれを手に乗せたアルタイルへ向けられる中、俺はコクピットでこう独りごちるしかなかった。


「――その設定、まだ続けんの?」

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