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新世界に立つ

 重苦しい静寂が支配する軍事法廷の中で、ただ木槌を打ち付ける音だけが高らかに響いた。


「テツスケ・トーゴー大尉! 何か釈明はありませんか!?

 沈黙は、心証を損ねるだけですよ!?」


 裁判長の釈明要求と共に再び木槌の音が鳴り響くが、俺は表情一つ変えず沈黙を貫くのみだった。

 大体、この裁判に心証もへったくれもないのだ。

 全ては、傍聴席でニヤニヤとこちらを眺めるクソッタレ野郎……メレディス大佐の手で仕組まれているのだから。


「…………………………」


 釈明要求にも飽きたのか、裁判長が重々しく溜め息を吐く。


「判決! 永久冷凍刑!」


 ――永久冷凍刑。


 死ぬ事すら許されずコールドスリープ装置で悠久の時を過ごすこの判決は、民間人虐殺事件の犯人には相応しいものだろう。

 地球中が泥沼の戦乱状態にあるとはいえ、戦争にはルールが存在するのだ。

 本当に、俺がそのルールを破ったならの話だがな!


 係官に連行される傍ら、傍聴席のメレディス大佐と目が合った。


「地獄で会おうぜ」


「貴官は地獄にすら行けんのだよ。大尉」


 虐殺事件の真犯人は、薄ら笑いを浮かべたままそう俺に言い放つ。

 これが俺の、最後の記憶。


 俺の名はテツスケ・トーゴー。

 統合軍人型機動兵器部隊で名を馳せたエースパイロットで、階級は大尉だ。

 そんで今日からは、冷凍囚。




--




 狭苦しい装置の中で意識を取り戻した瞬間に感じたのは、莫大な時間が過ぎ去った喪失感だ。

 さすがは最新式のコールドスリープ装置といったところだろう。眠っている間、夢の一つも見なかった事は何となく認識することができた。

 だからといって、俺がコンビニエンスストアの清涼飲料水がごとく屹立していた時間が一瞬に濃縮されるという事はない。

 時間はあくまで時間。

 人間は流れ行ったそれに無形の重みを感じることができるのだと、生まれて初めて知ることができた。


 装置の中に充満していたガスが外部へ噴き出す音と共に、棺桶の蓋がごときそれが自動的に開く。

 果たして、どれだけの年月が経ったものか……。

 久方ぶりに俺の肉眼が捉えた光景は、ひどく……そう、ひどく意外な代物だった。

 刑務所と言うよりは病院か研究施設のそれを連想させる白一色の内壁はところどころがひび割れ破損しており、のみならず苔むしている始末だ。

 当然ながら照明もろくについておらず、非常灯ともう一つの光源が室内を淡く照らすのみである。


 さて、問題はそのもう一つの光源を手にした人物だ。

 おそらくは十代前半だろう。ひどく華奢な体つきの少女である。

 その年代に特有なやわらかさを備えた顔つきは、美しいというより可愛らしいという言葉こそが相応しい。

 大きめの丸眼鏡を付けているのも、そういった印象を加速させていた。

 と、ここまではいい。ここまでは常識の範疇だ。


 ではどこが常識の範疇を逸しているかと言えば……まずはその服装だろう。

 少女の装いを一言で表すならば、コスプレというのが妥当なところだ。

 軍隊の中でも俺が所属する人型機動兵器部隊は特にそういう趣味を持った奴が多いんだが、同僚の一人が好きだったゲームにこういう格好したキャラがいたと思う。

 どういうゲームかというと、ほら、剣と魔法で悪者をやっつけるやつ。ファンタジーってやつだ。

 ファンタジーといえば、三つ編みのポニーテールに結わえた髪の色も大概におファンタジーしていらっしゃる。

 青みがかった銀色の髪は、様々な人種が所属する統合軍でもお目にかかった事がないね。

 そして何より……女の子の容姿に使うべき言葉じゃないが、これはもういっそ異常な特徴と言うべきだろう。

 彼女の耳は長く、ナイフのように鋭く尖っていた。


 油式のランプを手にした異常な少女が、俺ににっこりと微笑みかけてくる。

 一つだけ確かなのは、どうやら俺の冤罪が晴れたわけではないという事だ。

 何をどうしたものか……反応に困る俺をよそに、少女が口を開く。


「はじめまして、あなたはニンゲンですか?」


「……そんな事を聞かれたのは、生まれて初めてだよ」


「ふふ、そうですか? きっとそうなんでしょうね。

 自己紹介をしたいところですけど、まずは服を用意してあげなきゃいけないかしら?

 手持ちとサイズが合えばいいのだけど……」


 興味津々といった様子で俺の姿をまじまじと見つめながら、少女が笑う。

 余談だがコールドスリープ装置に入る際、俺は一糸まとわぬ姿になっている。

 この装置にかけられたのは冤罪が原因だが、今の状況はまごうことなき犯罪なのかも分からんね。


「……小さい」


「放っといてくれない?」


 ぼそりと呟いた少女の言葉を、統合軍エースパイロットの聴覚は聞き逃さなかった。




--




 少女が手荷物から差し出したこれもファンタジーな衣服を身にまとい、先導されるまま後ろを歩く。

 それで分かったのだが、俺が眠っている間にこの刑務所は地面の中にその大部分が埋もれてしまったらしい。

 どうやら動力部は生きているらしいが、俺が居た部屋以外は土に埋もれて入ることができないのだ。

 ナノマシンが機能していたとはいえ、コールドスリープ装置が停止しなかったのは奇跡と言って良いだろう。

 その部屋も、完全にひしゃげ動かなくなった自動ドアをくぐり抜ければ別世界だ。

 剥き出しの地面によって構成される、洞窟……。

 こんな所を歩いていると、自分が同僚の遊んでいたゲームに入り込んだかのような錯覚に陥る。

 ただ、徐々に徐々に感覚を取り戻していく俺の体だけが、この状況はリアルであると訴えていた。


「なあ、どこまで歩くんだ?」


「もう少しですよ~」


 結局、自己紹介もしないままな少女に問いかけるが、彼女は手にした紙片やあちこちに刻み込んだ目印を見るのに忙しいらしく、まるで相手をしてくれない。

 まあ、こんな場所で迷わないようにするのは大変なんだろうが、少しくらいは口を開いてくれてもいいんじゃないだろうか?

 こちとら、自分の置かれた状況がまるで理解できず頭がパンクしそうなのだから……。


 外気を感じられるようになってきたのは、それから二十分程歩いてからの事だった。

 人型(ファイター)乗りとはいえ俺とて軍人。野外行軍の訓練をした回数は十や二十ではきかないが、ろくな照明もなくぬかるみ足を取られる洞窟内の行脚はなかなかに堪える。

 だからその予兆に、自然と足が早まったのだ。


「この先が、外につながってるんだな?」


「そうですよ。気をつけて歩いてくださいね」


 それまで後ろを歩いていた少女の横に並び、一心不乱に外を目指す。

 まだ俺は……希望を抱いていた。

 もしかしたら、大規模な地震か何かで施設が埋まり風変わりな救助隊員が来ただけなのかもしれない。

 あるいは何か、ドッキリ系の企画か何かなのかもしれない。

 だからきっとここを出れば……見慣れたとまではいかなくても、自分の過ごした時代に連なる光景が広がっているはずなんだ!

 そんなはずがないと、薄々感じていたのに。


 洞窟の出口は、どこかの山頂だった。

 山の名前なんて分かるわけがない。俺が収容された時、この施設が建っていたのは平地だったんだから。

 見上げれば……満天の星空。

 こんな美しい夜空を見たのは、統合軍数多しといえど俺くらいなものだろう。

 だって、俺の知る地球は大気汚染が進んでいて……星空を見れる場所なんて残ってなかったはずなんだから。

 人口の照明も、あるいは暗視ゴーグルすらなくとも、夜というのはこんなにも明るいのだと生まれて初めて知った。


 だから、よく見通せてしまったんだ。

 コンクリートの一片すらなく、写真や映画でしか見た事がないような森林や草原が地平の果てまで続く光景を……。


「ここは、地球か……?」


 呆然とする俺の横に控えていた少女へ、そう問いかける。


「はい、この世界は地球という名前だと伝わっています」


「そうか……」


 あまりに無情な答えに、乾いた笑みを浮かべるしかなかった。


「でも、俺が知ってるそれより……ずっと地球だ」


 俺の心情を察したのかどうか、前へ回り込んできた少女が上目遣いに微笑む。


「私の名前は、キリシャ。

 ニンゲンさん。あなたのお名前は何ていうんですか?」


「……テツスケ。

 テツスケ・トーゴーだ」


「ようこそテツスケ!」


 少女――キリシャが、両手を広げながら俺に宣言する。


「新しい世界へ!」


 こうして俺は、旧世界からのまれびととなった。

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