基本よりも必殺技に目がいってしまう
現在、自分は「特別支援学級」を担任しています。
今年で2年目なのですが、通常学級とは違う難しさを感じております。
それでは突然ですが、昨年、中学校で卒業生の様子を見に行った際の生徒とのやりとりをご覧ください。
「あ! 朝永先生!」
「久しぶりだなー」
「どこの担任になったんですか?」
「特別支援だよー」
「え!? 特支っすか!? 降ろされちゃったんですか?」
「ん? どういうこと?」
「通常じゃないんですねー」
ざっとこんな感じです。つまりですね、通常学級のほうが特別支援学級よりも「上の立場である」といった意識があるんです。(本人がそう思っていなくても)
教員の中には、「人数が少なくて楽でいいよな」みたいな考えをお持ちの方もいらっしゃいます。
ただ、教育理念の一つにこういう考えがあります。
「特別支援が教育の基本」
特別支援学級には「情緒」と「知的」の2種類があります。
「情緒」はメンタル部分において難しさが見られる児童が、「知的」は学習面において難しさが見られる児童が在籍しています。
自分が昨年担任した学級には、通常学級の学習ペースについていけない子がいるだけではなく、3年生なのに知能レベルが5歳児みたいな子がいました。
ゆえに、一人ひとりの課題は違います。まず、在籍している学年が違うのですから、そりゃそうなりますよね。
だから、一斉授業はほとんどできません。通常学級でやっているような授業をしていないのです。
一人ひとりにあった課題を見つけ、手立てを考え、児童が興味をもって楽しくできるように授業を進める。
これって、通常学級で授業をするときに大切にしなければいけないことと同じなんです。
だから思うわけですよ。通常も特支も同じなんだと。
実際、自分にもやりとりした児童と同じ感覚、偏見を持ち合わせていました。
だから、特別支援学級を担任してみて、それまでの自分の感覚、偏見は間違っていると気づきました。
「日本人なら日本語で歌えよ!」みたいな自分は変なこだわりもつことがあります。そんなときも、本物を知る事で、その感覚を変化させてきました。
だから、事あるごとに自分の常識を疑いながらやっていきたいですね。