8話 こじらせたがゆえに
今回も、あとがきに少しだけおまけがあります。
あくまで本編とは関係のない、作者の勝手な自己満足のネタです。
スルーしても全然問題ありません!
フェルミが座り込んでしばらく。
我慢の限界が来たフェルミは胸を隠したまま立ち上がると、レンの元へ歩み寄り胸ぐらを掴んだ。
「き、貴様!見たな?!」
「・・・」
「黙っていないで返事をしたらどうなんだ!おい!」
「・・・」
「なんだ!そんなにおかしかったか!笑いたければ笑うがいいさ!どうせ私の胸はおかしいよ!」
「・・・」
返事をしないレンに苛立ちを隠せないフェルミは、胸ぐらを掴んだまま腕を前後に動かしレンを揺する。
それでも反応が無いレン。
様子を見ていたパプリは、恐る恐る手をあげながら声をかけた。
「あの~・・・」
「なんだ!!」
獣のような鋭い眼光で睨まれたパプリは、怯えながら声を振り絞る。
「ひっ!そ、そのですね!レンは返事をしないんじゃなくて、できないんだと思います・・・」
「なに・・・?」
パプリの言葉で少し落ち着きを取り戻したフェルミは、ガクガクと揺らしていた腕を止めてレンの顔を覗き込んだ。
するとパプリの指摘通り、レンは返事を出来る状況ではなかった事が判明。
白目を向いて気絶していたのだ。
「・・・なんでこいつは気絶しているんだ?」
「たぶん、フェルミさんの胸を見てしまったからだと・・・」
「・・・さっぱりわからん。なぜ胸を見ると気絶するんだ」
呆れた顔を浮かべるフェルミに、パプリは思わず苦笑い。
調子を取り戻したパプリが説明を始める。
「レンはすっごい純情な子でね。胸が少し当たっただけでも顔を真っ赤にするような子なんだ。実物を見ちまえば、驚きを通り越して気絶したっておかしくないと思うよ」
「はぁ・・・。私を赤子同然にひねるほどの強者かと思えば、女にめっぽう弱いだと・・・。こんな面白いヤツ見た事が無いぞ」
フェルミは掴んでいた胸ぐらを離すと、テーブルへ向かいクロスを取る。
それを丁寧に胸に巻きつけ、さらし代わりに。
装飾で飾ってあった布を外套の様に羽織ると、椅子に座った。
「約束通り今回の事は全て忘れ、事故で処理しよう。だから知っている事を全て教えてくれないか?」
真剣な目でそう尋ねるフェルミに根負けし、パプリは先日起きた事を全て話した。
レンが自分を助けようとして手傷を負ったこと。
自分が犠牲になり助けようとしたが、レンを笑いものにされてカッとなってしまったこと。
お頭にはたかれた自分を見て、レンが怒ったこと。
さも簡単に部下達を捕縛し、お頭もまったく手が出せずにレンに敗れたこと。
「なるほど、な。にわかには信じられん話だが、先ほどの強さを見せ付けられた後ではな・・・。私の予想は当たったわけか」
「予想?」
「ああ。頭目はうわ言のように、もう女に手はあげませんと呟いていたと言ったろ?だからもしかしたら、レンはお前が傷つけられるとその実力を見せてくれるんじゃないかと思ったんだ」
「あたいが傷つくと・・・」
「まるでお前を守る騎士のようだな」
「なっ?!」
顔を真っ赤にして俯くパプリを見て、フェルミは声をあげて笑った。
「やれやれ、純情なことだ。だが私は嫌いじゃないぞ。それくらいピュアなほうが見ていて面白い」
「人をおもちゃみたいに言うんじゃねぇ!」
キーッと怒るパプリを見て、フェルミは再び顔を綻ばせる。
「さて、疑問は解消できたし私はそろそろ戻らねば」
「それは良かったよ。こっちは大層疲れたけどね」
「まぁそう言わないでくれ。あ、そうそう。そいつが起きたら言っておいてくれ。"約束は守るが、お前も今日の事は忘れろ。もし他言するようなことがあれば、そのときはわかっているな?"と」
「あいよ。あたいからもきつく言っておくから大丈夫さ」
「そうか、すまないな。では宜しく頼んだ」
フェルミはにこりと笑いかけると、扉をあけて部屋を出た。
扉が閉まる直前、外で見張りをしていた部下が驚いて何かを言っていたが、すぐに閉まったためパプリには良く聞き取れなかった。
応接室はその特性上、外部に聞かれたくない会話をする事もあるため、防音は完璧にしてあるのだ。
レンが目覚めたのは、それからおよそ2時間後。
あたりはすっかり闇に包まれていた。
「ん・・・。ここは・・・」
「やっと目覚めたね。大丈夫かい?」
「確かフェルミと戦ってそれから・・・どうしたんだっけ?」
「覚えていないのかい?」
首を傾げるパプリに、レンは頷いた。
剣を奪って、実力差を見せ付けるために鎧を斬ったことまでは覚えている。
しかしそこからの記憶がぽっかり無い。
「まったく思い出せない・・・。ただ、なんだろう。何かとても忘れてはいけないものを忘れている、そんな気がする。こう、本能が思い出せって全力で叫んでるような感じ」
「あはは・・・。覚えてないのも無理はないよ。あんた突然倒れたんだ」
「そうなのか?」
「ああ。だから忘れたんじゃなくて、初めから記憶なんてないのさ」
「そうだったのか・・・」
パプリはレンが本当に忘れている様子なので、これ幸いと嘘をついた。
レンは器用に嘘をつける子じゃない。
せっかく忘れているんだ、思い出す必要はないだろう。
それがレンにとっても、フェルミにとっても最善。
パプリはそう判断した。
「さ、明日も早いよ。今日はもう、このまま寝ちまいな」
「そうすっか・・・。おやすみ、姉ちゃん」
「ああ、お休み」
レンが胸を見て気絶した理由。
それは純情だからなどでは決して無い。
この世界に転生してもうじき15年。
生前の記憶を持ったままということはつまり、0歳のときから性についての知識があったのだ。
そんな状態で、およそ15年も禁欲生活を続けていたらどうだろうか。
レンは奴隷がゆえに、一人の時間はほとんどと言っていいほどない。
当然情事にふけるなどもってのほか。
そんな所へ、前世でも拝んだことが無いほどの至宝が視界に飛び込んで来た。
溜まりに溜まった性への渇望という多大な情報を脳が処理しきれず、結果として思考停止。
脳は再起動後に再び負荷がかかる事を避けるため、記憶の削除を決定。
それが先ほどのレンの状態だったのだ---。
レンの脳「くっそこいつどんだけだよ! いっそのこと鼻血噴出させて失血死させたろか!」
レンの理性「記憶消していいのでやめてください、お願いします」
レンの脳「と言われてものう・・・。ほんとにええのか? あのお宝を忘れても?」
レンの理性「・・・ほんとは嫌に決まってるじゃないですか! でも! でも!! あんな刺激的な光景、忘れないと動けなくなりますよ・・・」
レンの脳と理性は、あるはずのない腕でがっちりと握手をかわし、涙を流していた―――。