32話 クロ
心身はひどく疲弊しながらも、時折見せられるみんなの笑顔のお陰で僅かな希望を胸に抱くことができ、今日もなんとか命を、精神をつなぎとめる。
こうなる前。こんな奴隷生活なら悪くない、そんなことを思った罰が当たったのだろうか。そう考えれば少しだけマシな気持ちになれる。なにせ、自分がかつてイメージしていた奴隷とは、まさに今の自分のような境遇に置かれるものだったのだから。
最初の数日は、戸惑いと不安と不可解で頭の中がゴタゴタしていた。
なぜこんな所に連れて来られたのだろう。なぜこんな時に限って、思う様に力が使えないのだろう。これから自分はどうなるのだろう。こいつらの目的は一体なんだろう。
そんな事ばかり考えては答えの出ない葛藤にイライラし、それが部下の連中の気に触ればこっぴどく痛めつけられる。もちろん当人たちに聞いても見たが、答えは返ってこなかった。
それでも……それでも、もう一度みんなの顔を見たい。笑った顔が見たい。
今日受けた傷を回復され、束の間の休息を冷たい床の上で取りながら、レンはなんとか自分を奮い立たせる。回復役の老人も驚いていたが、絶望的だと思われた潰された足もなんとか元通りに近い形で治ったのがせめてもの救いでもあった。
「大丈夫……大丈夫。絶対に何かが変わる。このまんまなんてことは無い。大丈夫……」
そう自分に言い聞かせるように呟きながら、一人肩を抱いて眠りにつく。
そして翌日、いつもと同じことの繰り返しかと思われた日常に、変化が訪れる。
いつものようにスキンヘッドの男に蹴り起こされると、そこにはボスと呼ばれている男がいたのだ。
「意外と根性あんじゃねぇか。正直まだ壊れてないとは思わなかったぜ」
わざとらしくヒューと口笛を吹きながらそう言うボス。
回復役を用意し、幻覚を見せてまで正気を保てるよう配慮しているのだから、壊す気など無いのはレンにだって理解できているのに。
それすらも見透かしたようにボスは笑うと、まだ床に転がっているレンの髪をつかみ持ち上げた。
「お前に良い話を持って来てやった」
レンから手を離すと、後ろに立つ傷のある男から麻袋を受け取り中のものを取り出す。
それは人間の首だった。
「こいつに見覚えは無いか?」
「……」
レンは顔に出さないよう努めたが、内心ではビックリしていた。
モンスターが襲撃してきた際に会話をした、あの男。顔は傷だらけで眼鏡もないが、美しい緑色の髪も特徴的で、間違いなくあの男だと確信できる要素があったから。
「こいつの情報を持っていけば高値で買い取ってもらえる。だから、正直に話せば謝礼代わりにお前をここから解放して帰してやる。で、どうなんだ?」
レンは軽く首を横に振った。
あの男の事は良く知らないし、些細な情報を話したところで本当に解放してもらえるとも思えない。下手をすれば用済みだと消される可能性すらある。そう思ったから。
だがボスは納得出来ない様で、わざとらしく手の平を拳でポンっと叩く。
「そうか、お前は知らないのか……。じゃぁ仕方ねぇな、やっぱりあの女に聞くしかねぇか」
レンを見下ろしながらニヤニヤと笑うボスと、瞬間的にパプリを思い出したレン。
「本当にその男のことは知りませんっ!」
「ホッホッホ。ウソですな」
いつの間にか部屋にいた、回復役の老人がレンを見てそう言った。
「この小僧は首を見た瞬間から、鼓動が早くなりましたからな。首に驚いただけならすぐに落ち着くはず。だが今さらに鼓動が早くなった。ウソを見破られたからだろう? おや、さらに早くなったな?」
「チッ、喋る気がねぇなら仕方ねぇ。おい、こいつは始末しろ。これから女のところに行く」
図星をつかれて、一層ドクンと鼓動が早くなったのすら見破られては、知らないで通せる訳がない。だがここで殺される訳にもいかない。
悩んだレンは、苦渋の決断を下した。
「ま、待ってください! 本当に知らないんです! ただ見かけたことがあったので驚いただけで!」
「あぁ……? どこで見たんだ?」
レンは悩んだ。
ここに連れて来られる前に、レンが最後に一緒にいたのはマロルという騎士だ。ということは、おそらくボスとマロルは何かしらの関係があると考えられる。それはつまり、レンが奴隷だったと知っている可能性が高いことを示唆していた。
あとは信じてくれるかどうか……。
「こ、皇都の中です! モンスター襲撃のとき、迎撃の手伝いをしにいく途中で見かけた人と似ていて!」
戦場の真っ只中で会ったと言ったところで、そんなの周りにいたであろう騎士たちに聞かれればすぐにウソだとばれる。だから道中で会った、とレンはウソをついた。
「なるほどなぁ。オーケー、信じよう。少し待ってろ」
ニコリと微笑むと、踵を返し出口へと向かうボス。
部屋を出るときチラリとレンを見やり、「クロだな……」と呟いたのを、レンは知らなかった―――。
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