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1話 その時は来た!



 夜も更けた深夜2時。

 暗く静かな室内で、儀式は行われていた。

 床に描かれた、大きな魔法陣。

 その中央に立つのは、真っ黒なローブを羽織った若年の男。


「ククク……。今宵こそ我が真の力を開放せし時! 出でよ、忠実なる僕にして魔界四天王が一人、氷姫コキュートス!!」


 男の呼び声に応える様に、突如魔法陣が光り輝く。

 一際光が強くなった後、役目を果たしたのかその輝きは徐々に失われ、周囲には静けさが戻ったかに見えた。

 だがすぐに、部屋の中にはドンドンと何かを叩く音が響き渡る。


「ふっ、召還は成功したか……」


 しかし一向に音は鳴り止まない。

 それもそのはずで、音は外部からのものだった。

 最初は儀式の邪魔をされないために無視をしていた男も、しつこく叩かれた事に諦めたのか、観念して音の出所に歩み寄る。

 ドンドンという音の先、そこには窓が割れない絶妙な力加減で叩く者の姿があった。

 その顔は怒りで目が釣りあがり、今にも襲い掛かって来そうな程の迫力。


 男は一瞬怯んだものの、なんとか窓越しに相手の顔を見る事が出来た。

 相手は目が合うと、ニッコリと笑顔で窓を開けろとジェスチャーするが、目が完全に笑っていない。

 カーテンを閉めようとすると、再び窓が叩かれる。

 再び視線を向けた男に、窓の外ではさっさと開けろと圧力をかける相手。

 男が恐る恐る窓を開くと、無言で室内に押し入り、そっと窓を閉めた。

 そして開口一番。


「るっさいわねこの中二病! 今何時だと思ってんのよ、ほんといい加減にしてよね!!」


「う、うるせぇな! ほっとけよ!」


「ったく、またこんなもの用意して! で、今回こそあんたの言う……なんだっけ? してんのー? は召還できた訳?」


 男の部屋に入り込んだ女は、床の魔法陣。もとい魔法陣の描かれた布の端を少し持ち上げながら、呆れたようにそう尋ねる。

 布の下には照明器具と、それを保護しつつ上に乗るための足の短い透明な机。

 つまり、先ほど光り輝いていたのは魔法陣ではなく、その下に設置された照明器具という事だ。

 全てを見透かされた男は、苦し紛れの言い訳を並べる。


「はん、ばかめ! コキュートスはな、この世界のどこかに召還されたんだよ! ここに呼び出したら、騒ぎになって俺の正体がバレちまうからな!」


「はぁ……。我が幼馴染ながら、本当に頭が痛いわ。とりあえず、真夜中に騒ぐのはやめてよね。私の部屋にまであんたの声が響いて来るのよ。何度言ったらわかるわけ?」


 そう、この騒ぎは今回に始まった事じゃなかった。

 男が召還の儀式と称する、中二病全開の恒例行事。

 窓から窓へ行き来出来るほど近い事もあり、隣に住む幼馴染の女は毎度毎度、儀式の度に安眠を妨害されているのだ。


「だったらお前も耳栓するなりしてくれればいいだろ。うちの家族はみんなしてくれてるぞ」


「なんで私が、あんたのために耳栓して寝なきゃいけないのよ! あんたが夜中に騒がなきゃ済む話でしょ!!」


「魔界の住民が、日が出ている間に呼びかけに応じてくれる訳ねーだろ! そんな事もわかんねーのかよ!」


「わかるわけないでしょ、ばかっ!」


 女は男の腹目掛けてパンチをすると、窓を開けて自室に戻る。

 そして窓を閉める間際、ソッと冷たい声で呟いた。


「次騒いだら、沈めるから」


「は、はい……。ごめんなさい……」


 腹部を押さえながら、かすれた声で答える男。

 毎度のことながら、あのパンチは効くのだ。

 しばらくして痛みが引いた男は、儀式セットをちゃちゃっと片付けるとベッドに横になり、屋根の隙間から僅かに覗く夜空を見上げる。


「あーあ、またダメだったかぁ。異世界いくとか、英雄になるとか。やっぱ夢物語なのかなー」


 そんな事を考えながら、月明かりの中今日も眠りにつく。

 そして翌朝。


「いい加減起きろっつってんでしょーーー!!」


 再び腹部へのパンチで、強制的に覚醒させられた男。


「いってぇな! もっと優しくおこせねーのかよ!!」


「何回も声かけたけど、起きないあんたが悪いのよ。時雨ちゃんも起こしてくれてたんだからね?」


 寝起きが悪い事を自覚していた男は、これ以上の反論は分が悪い事を承知していた。

 ぶすーとした顔で準備を始めると、さっさとしてよねと言い残して女が立ち去る。

 姿が見えなくなったのを良い事に、思わず口から本音が零れる男。


「ったく、それなら起こしに来なけりゃいいのに」


「……なんか言った?」


 冷たい笑みを浮かべる女に、男は必死に首を横に振った。

 くそ、まだいたのかよ。

 心の中で悪態をつくが、口には出さない。

 これ以上どやされたくない一心で、足早に支度を済ませて階段を降りると、リビングには朝食が用意されていた。


「ほら、さっさと食べなさい。朝ごはん食べないと力が出ないわよ」


「へいへい。いただきます」


 今日の朝ごはんは和風か、珍しいな。

 そんな事を思いながら、お椀を手に味噌汁に口をつける男。


「ん……。なんかいつもと味が違う」


「当たり前でしょ、私が作ったんだから。今日は時雨ちゃん、早めに登校しなきゃいけなかったのに、あんたが中々起きないから料理する時間なくなっちゃったって悲しそうな顔してたわよ」


「そうか……。時雨には悪い事しちゃったな。後で謝らないと」


「それが良いわね。で、私には何か言うこと無いわけ?」


「お前料理できたんだな」


「ぶっころすわよ」


 一瞬でしかめっ面になった幼馴染から視線を外しつつ、料理に舌鼓を打つ男。

 恥ずかしくて本音は言えなかったが、とても美味しいと感じていた。

 それは傍目からもわかるほどに表情や食べる様子に出ていて、女もどことなく嬉しそうにしている。

 そんなこんなで、あっという間に朝食を平らげた。


「ごちそうさまでした」


「お粗末さまでした。時間もないしさっさと行くわよ」


「へいへい」


 食べ終えた食器を流しに置き、憂鬱な気持ちで玄関へ向かう。

 はぁ、今日もまたつまらない学校へ行かなきゃならない。

 本当にニートになりたい。

 口に出すと怒られるので、絶対に言わないが。


 歩きなれた通学路、見慣れた風景。

 変わり映えの無い景色を眺めながら、内心ため息をつく男。

 だが今日はいつもと違う光景が飛び込んで来た。


「ねぇ、あの人手に包丁持ってない……?」


 少し震えた声で女が指差す先には、夏だと言うのにフードをすっぽり被った男が包丁を構えていた。

 フード男の視線の先には一人の女の子。

 背後に近づく凶刃には気がついていないようだ。


「これだ! これだよ、俺が待ち望んでいたのは!」


 男は持っていたカバンを放り出し、嬉々として走り出す。


「ちょ、あんた何言ってんの?!」


 女はなぜか喜ぶ男をなんとか止めようと、後を追った。

 だが、普段やる気のない男とは思えないほど速い。

 いつもならあっさりと捕まえられるのに、今日だけは間に合わなかった。

 男が先に、女の子とフード男の間に立ちふさがってしまったのだ。


「まてーい! こんないたいけな少女をどうするつもりだ!」


 突然の事に驚き振り返る少女は、そこで初めて背後に近づいていたフード男の存在に気付いた。

 その手に持つ凶器が視界に入ると、思わずひっと恐怖に顔を歪める。

 そんな様子を、なぜかうんうんと頷きながら確認する男。

 女がやっと男の元へ追い着くと、男はさも当たり前の様に女に告げた。


「おい、梨紅。その子を連れて早く逃げろ、ここは俺が食い止める!」


「はぁ?! あんた何言ってんの?!」


「良いから早く! お前らがいると足手まといなんだよ!」


「いけるわけないでしょ!」


 突然割り込んできた二人に呆気に取られていたフード男も、自分が成すべき事を思い出したのか慌てて走り出す。


「ごちゃごちゃうるせぇ! 俺はそいつを連れて帰らなきゃいけねーんだよ、邪魔すんな!」


 フード男が突き出した包丁を、男はギリギリの所でかわしてその腕にしがみつく。


「早く行け! その子を守れるのは俺たちだけだろ! 言う事聞け!!!!」


 普段怒鳴る事などない男、目の前に迫る刃。

 度重なる不測の事態に、梨紅は気付けば少女の手を引いてフード男とは反対方向に駆け出していた。

 頭の中は、誰か助けを呼ばないと。その事だけでいっぱいになってしまう。

 男がてんで弱く、今の回避がただの偶然である事など思考の隅にも無かった。


 フード男が無理やり腕を引き剥がし、男に蹴りを見舞う。

 避けられずに転がった男は、すぐに何でもないと立ち上がり再びフード男と対峙した。


「お前みたいなやつは、俺がヒーローになるための布石になると相場が決まってるんだよっ!」


「何を……何をわけのわからねぇこと言ってやがる! 今日が、()()()()()()()()()()()があいつを攫えるチャンスだったんだ!! それを台無しにしてくれやがって!!! くそがあああああ!!!!」


 フード男は男の首元を掴むと、勢いよく地面に叩きつけた。

 そのまま馬乗りになり、何度も何度も顔面を殴打。

 薄れていく意識の中で、男は疑問に思っていた。


 あれ? これって俺の隠された力が目覚めて、圧倒するところだろ?

 なのになんで俺はこんなにボコボコにされてんだ?

 これじゃぁまるで、俺はただの……。


 そこで意識は無理やり覚醒させられた。

 フード男が、包丁を男の腕に突き立てた事による激痛で。


「ああああああああああああ!!!!!」


「くそっ! くそっ!! くそおっ!!! どうしてくれるんだ!!!! 計画は失敗した!!!!!」


 フード男は一心不乱に腕に包丁を突き立て続け、男は意識も失えないままただひたすらに激痛を味わっていた。

 永遠とも思える時間と激しい痛み。

 夥しいほどの血の量。


 人間はその身体に流れる血液の、30%を失うと生命に危険が及ぶとされている。

 当然男に隠された力などある訳も無く、再び意識が薄れ掛けていた。

 それは失神ではなく、死が近づく足音。


 だが同時に、その場へ別の足音も近づいていた。

 梨紅が警官を連れて、助けに戻ってきていたのだ。

 それに気付いたフード男は、視線を男に戻す。


 梨紅と警官が駆けつけるまで、あと僅か。

 しかしフード男の怒りは収まっていなかった。


「はぁ……はぁ……。お前だけは絶対に許さない。死んで詫びろ!!!!!」


 怒りの形相でそう叫ぶと、男の心臓に包丁を突き立てる。

 誰が見ても致命傷――。


「いやああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」


 辺りに梨紅の悲痛な叫びが木霊した―――。

初めまして。

この度新作の連載を開始しました!


といっても、どうなるかまだわかりませんが・・・。

少しでも楽しんでいただければ幸いです。

宜しくお願いします!

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