12話 レン総長
「この辺なら見つからないかな。姉ちゃん、大丈夫か? 立てる?」
今だ身体を震わせて怯えている背中をゆっくりとさすりながら、優しく声をかける。
まだ動転しているのか、座り込んだまま上手く声を出すことが出来ず、自分の肩を抱いて嗚咽をもらすパプリをレンはそっと抱きしめた。
「もう大丈夫だよ。怖いやつはもういない。だから安心して」
レンの力強く鼓動する心臓の音を聞いて、ようやく我に返ったパプリは声をあげながら、胸の中でひとしきり泣いた。
しばらくして落ち着きを取り戻した後、恥ずかしそうに頬を染めながら離れると、ソッと涙を拭いていつもの勝気な表情へ戻る。
「情けないところを見せちまったね。その……ありがとう」
「あんなアホみたいな殺気を当てられれば仕方ないよ。あの女がまた姉ちゃんを泣かせることがあれば、そのときはフェルミには悪いけどお灸を据えなきゃな」
「あんた、さも当然の様に言ってるけどね……。相手はこの国最強と名高い、近衛騎士団の団長。つまり騎士の頂点だよ?」
「それが何か関係あるのか? 悪いことをしたら怒られるのは当然だろ?」
「そ、そうだねぇ……」
自分のために言ってくれていることは重々承知していながらも、最強をも恐れぬ物言いに半ば呆れ顔を浮かべてしまったことに気付き、慌てて自分の頬を軽く叩く。
それに気付いてか気付かずか、レンは微笑を浮かべていた。
「さて、どうしよっか。このまま避難所に戻るか、俺たちも出来ることをするか」
「うーん……。ていうか、ここはどこだい? あたいはそんなに長いこと呆けていた覚えは無いんだけど……」
辺りを見渡しながら、先ほどまでとはまったく違う景色である事にやっと気付いたパプリが、不思議そうに尋ねる。
周囲にはテントはおろか人影もなく、先ほど案内された場所でないことは明白。
だが皇都が見えることから、そこまで遠い場所ではないと推測できた。
「騎士団の本部は南の平野。俺たちが今いるのは、東の平野だよ」
「どうしてこんな所に……?」
「あそこにあれ以上いるのは悪影響だと思ったから、転移を試してみたら出来た」
「……あんたは本当に何者なんだろうね。団長の殺気にも動じていなかったし、案外大物なのかもよ?」
真顔でそう言われては、少し気恥ずかしさを覚えてしまう。
さすがに神様から力を授けてもらったと言えば笑われるだろうから、そんなことは絶対に言えないけど。
それでも嘘をつきたくもないレンは、頬を軽くかく仕草をして誤魔化した。
「急にそんな事を言われても困っちまうよね。んーと、あたいたちの今後の方針だったね。レンに迷惑をかけちまうだろうけど、あたいはここで少しでもモンスターの数を減らしたい。中には守りたい人たちもたくさんいるから」
遠い目で防護壁に囲まれた皇都を見つめる瞳には、確かな決意が宿っていた。
守りたいもののために、自分に出来ることを少しでも、たとえ微力だとしても行動したい。
そう願い、命をかけて実行しようとしているパプリ。
男ならばそんな彼女を守るのが務めだろう。
それがレンの判断。
「姉ちゃんらしいよ。俺たちに何ができるのかはわからないけど、精一杯がんばろうぜ」
微笑みながら、いつかの神がしてくれたように、自身の拳を突き出すレン。
パプリは僅かに涙ぐむと、強く握った拳を当てるのだった。
しばし見詰め合い、急に気恥ずかしくなった二人は自分の顔を手で仰ぐ。
「そ、そしたら、とりあえず今のうちにやれるだけの準備をしておくかなっと」
少しでも雰囲気を変えようとしたのだろう。
レンは強く地面を踏み込むと一気に飛び上がり、上空で停止しながら周囲の様子を観察。
小さな丘を挟んだ先には騎士団のテントが並び、その遥か先からは大量の砂煙が上がっているのが確認できた。
おそらくアレがモンスターの大群だろうと目星をつけた所で、テントのほうへ左の掌を向けると白い棒状の物体を20本ほど生成。
今度は右の掌をかざすと、見る見る間に棒が消えて行く。
実際にはレンが透明化の魔法をかけただけなので、目には見えないがきちんと存在はしている。
さらに認識疎外魔法と遠隔操作魔法をかけ、仕上げに直結回路魔法をかける念の入れよう。
全ての魔法をかけ終えたところで、手首をスナップさせ前方へ飛べと命令を下し、地上へ降りた。
「えーと、あんたは何をやってたんだい……?」
「ん?ああ、アレはね――」
一通り説明を終える頃には、パプリは乾いた笑い声をあげていた。
それはまるで、現実を直視したくないと心が悲鳴をあげているような、そんな声。
心が受け入れるまでにそれなりの時間を要した後、ようやく虚ろな目に光が点る。
「……ふぅ。あたいはさ、それなりに人を見る目があったつもりだったんだけどね。この戦いが終わったら、もう一度磨きなおすことにするよ。それとこれからは、レンさんかレン様って呼びたいんだけど、どっちがいいかな?」
「アホなこと言ってないで準備しろよ。それとどうしても何かつけたいなら、レン総長にしてくれ」
「……総長?」
「ああ、姉ちゃんはヤンキーっぽいからそっちのほうが似合うと思うんだ。それに俺が面白い」
元の世界の言葉なんてわかるはずのないパプリを一方的にからかいながら、彼女が嵐の前の静けさに飲まれないよう話を盛り上げたレンだった―――。
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