10話 何年経とうとも
「うおおおおおおお!!!!」
変装のために訪れた、フェルミ御用達の衣服店。
その店内を見て、テンションが上がったレンが思わず声をあげた。
「どうだ、良い店だろ? ここなら他にバレる心配もない。好きなものを選んで、思うままに変装してくれ」
「まじかよ! これは腕がなるぜっ!」
颯爽と店内を駆け回り、どれにするかを悩み始めるレンを他所に、パプリは遠慮がちに尋ねる。
「気持ちは嬉しいんだけどよ、ここってその……結構良いお店だろ? なんだか悪いよ」
「ああ、気にしないでくれ。この店はうちの弟が経営する店でな。家族割りが効くんだ!」
「そ、そうかい……?」
フェルミの言葉に甘える事にしたパプリは、目を輝かせながら店内を見て回る。
久しく着ていないお洒落な服を前に、いつもの姉御肌はなりを潜め、その顔は年頃の女の子そのものだった。
そんな様子を、フェルミも嬉しそうに見つめている。
10分ほどで服を決め終えたパプリは、試着室で着替え終わると恥ずかしそうに姿を現す。
「ど、どうだい……? 変じゃないかい?」
「おぉ……! すごいなパプリ! 良く似合っているぞ!」
フェルミの歓声に気付き、チラリとパプリを見たレンは目を疑った。
だぼっとした白いジャージを完璧に着こなし、口元にはマスク。
僅かに下ろされた上着のチャックの隙間からは、胸元にかけられた金色のネックレスが淡い輝きを放つ。
地毛が金髪な事もあり、どこからどう見ても不良少女のソレなのだ。
「この店の品揃えはどうなってんだ……」
思わず呟いたレンに、店内にいた男が声をかけた。
「どうだい? 奇抜なデザインだろ? 我ながら、改心の出来だと自負しているよ!」
レンが声のした背後に振り向くと、思わず二度見してしまう。
フェルミの身長を大きくし、顔をやや男よりに寄せたような、その程度の差しかない程そっくりな男。
この店が弟のお店だという発言など、てんで聞いていなかったレンが驚きのあまり口をパクパクとさせていると、フェルミがやって来た。
「おぉ。こんな所にいたのか、ヘムゼ」
「やぁ、姉さん。いや、この子の選ぶものがどれも僕の好みとあまりにも似ていたものだから、ついね」
「……なに?」
フェルミが怪訝な目で見つめた先、そこにはまるで記憶の中にいる昔のヘムゼを彷彿とさせる格好をした、レンの姿があった。
真っ黒なズボンには赤いベルトが何本も巻かれ、赤いシャツの上から羽織った黒いジャケット。
襟は口元を隠すほど立っていて、首元に付けられた赤いベルトがそれを支えている。
手にはなぜか黒い包帯が巻かれており、全身黒と赤で統一されたような服装。
その上からさらに黒いロングコートを羽織っていて、怪しいことこの上ない。
「姉さん、この子は素晴らしいよ! 僕と……いや、僕よりもセンスがある!」
我が弟ながら、昔からこのセンスはいただけなかった。
そう思っていたのに、まさかレンまで似た感性の持ち主だったとは。
思わず眉間を押さえるフェルミに、レンとヘムゼは首を傾げる。
「この店やばいな! 常連になりたいくらいだぜ! でも、ちょっと惜しい」
「……詳しく聞かせてくれるかい?」
レンの言葉に仕事人の顔になったヘムゼ、そのやり取りを見てさらに頭痛がしてきたフェルミ。
「せっかくここまでの品揃えなら、仮面とかもあると最高だったなと思ってさ」
「仮面……?! そうか! 何か足りないと思っていた最後の1ピースは、ソレだったのか!」
ヘムゼは笑い声をあげながら慌てて店の奥へ走っていくと、5分もせずに戻ってきた。
「どうだい! ひとまずこれは試作品なんだけど、君の意見を聞きたくてね!」
その手には、真っ白な仮面が握られている。
どうやら、急遽店の奥にある工房で製作してきたようだ。
「そうだな、模様なんかが入ってると尚良いよ! あと、わざと口元は開けずに顔を隠すとか!」
「なるほど……! あぁ、君と話しているとインスピレーションが止まらないよ!!」
興奮した様子で会話を続ける二人に、フェルミは諦めてパプリの元へ戻った。
「ん? どうしたんだい? なんだか疲れてる様子だけど」
フェルミは無言でレンたちのほうを指差すと、店の外へ出て行ってしまう。
頭上に疑問符を浮かべながら、教えてくれた方向へと歩を進めたパプリの目に飛び込んで来たのは、狂気とも言える惨状だった。
「ここはこうだと、さらに良いね! こっちは色を青くすると、より深みが増すよ!」
「うん、うん! あぁ、この仕事を始めてこれほど充実した日は初めてだ! ありがとう!」
凄い勢いでヘムゼがイラストをかき、それをチェックしたレンがアドバイス。
そうして何十枚と描かれたデザイン画は、そのどれもが常人には理解し難いと言わざるを得ないほどに、個性が尖っていた。
思わず後ずさりしたパプリに気付いたレンが、手招きする。
「パプリ、見てくれよ! この人凄いんだよ!」
初めて見たと言っていいほどの満面の笑みを浮かべたレンに、つい足を踏み出してしまったパプリ。
その魔境に踏み込んだ事を後悔するのは、すぐの事だった―――。
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