第4話 斬られた右腕
伯爵の城を後にしたグレイブは片手にバケツを持ちながら次のアテを探した。
“月の青石”
これさえあれば、カエルはデラエア王女の姿に戻れる。
長い間探し尽くし、ようやく伯爵が持っていた石は純度が低かった。
だが、グレイブは嬉しかった。
「半信半疑でしたが、本当に石には力があるようですね。姫」
カエルはバケツの中でチャプチャプと気持ちよさそうに泳いでいた。
「大体にして、石はどこから掘り起こされたのでしょう? 鉱山でもあるのかな? もしもそうなら我々で掘り起こしてもいいことですしね」
カエルはプカリと顔を浮かべてグレイブを見て、微笑んでいるように見えた。
二人の旅は大森林を抜け人里離れた山に入った。その時だった。
ゾロリ。
ゾロリ。
山の一本道に前にも後ろにもガラの悪そうな男たちだ。
横には山壁だ。もしもこれが悪人だったらグレイブたちの逃げ道がない状態だ。
「オイ。オマエ。どこへ行く。死にたくなかったら通行料に身ぐるみ全部置いていけ」
……悪人だった。
グレイブは一笑した。
「通行料? ここは天下の往来であろう。お前たちは山賊だな? 賞金首もチラホラ見える」
「ほ、ほう。言いにくいことをはっきりと言ってくれる」
グレイブは腰に帯びた大剣の柄に右手を伸ばした。
「死にたくなければ引け。見逃してやろう」
ガラの悪そうな山賊たちは大笑した。
「はっはっはっは! 面白いアンちゃんだ」
「オレたちを見逃すってよ!」
みな下品に笑った。しかし、彼らの仲間の一人が声を上げた。
「お、おい。あのバケツ……。あれって“カエルの騎士”ってやつじゃねぇか?」
その時、バケツの淵にピョイとカエルが首を出した。
山賊たちは驚いてニ、三歩後ろに下がった。
その間にグレイブは大剣を抜いた。
抜くと言ってもまともに抜ける代物ではない。だが、革で出来た鞘には鉤型のロックがあり、それを左手の親指で“パチリ”と外すと7箇所にある留め金が連動して解除され下に落ちる形になる。
柄を持っていれば大剣を抜いた形になるのだ。
その長さは2メートルほど。片刃の剣だが刃の幅は30センチほどある。
柄が長い。つまり、両手持ちの剣だ。
だが、彼は片手でやすやすを構えている。なぜなら片手にはバケツを持っているからだ。
その姿は、ウワサに聞く“カエルの騎士”そのものだ。
「おいおい。やめとこうぜ」
「そうだな。命は一つだけだ」
その言葉を聞いてグレイブはニコリと笑い、剣の構えを解いた。
スッ。
ボトリ。
「あれ?」
グレイブが地面を見ると自分の右手が大剣を持ったままそこに転がっていた。
後ろにいた山賊だった。
前の連中が油断をさせている。
その間になんとかしろということだった。
カエルの騎士が剣の構えを解いた。その時に、俊敏にその右手を切り落としたのだった。
グレイブはマントを広げてバケツを覆うように抱えてそこに座り込んだ。
「おかしいと思ったんだ。両手持ちの剣を片手で握ってやがる。こいつド素人だ!」
「大方カエルの騎士の噂を聞いて真似をしてたんだろう」
「奪え奪え! 奪ったら殺してしまえ!」
じりじりと山賊たちが近づく。
グレイブに刃を向けた!
しかし、グレイブは身動き一つしない。
頭を低くしてバケツを守ったままだ。
山賊はグレイブに武器を振り下ろそうとした。その瞬間、後方から叫び声が上がり倒れる音。
ドサ。グチャ。バタリ。
何事と振り返って見ると、先ほど切り落としたグレイブの右手が大剣を縦横無尽に振り回して仲間を切り倒してゆく……。
何が起こった?
分からない。
通常ではありえないことが起こっている。
とにかく、仲間が次々と死んでゆく。
それに、あの右手の切り口はどういうことだ?
血の一滴もでていない。
逃げろ。
他のものはかまうな。
自分だけでも助かれ……。
そう山賊たち、一人一人が心の中で思った。
だが、右手の進行速度が速すぎる。
あっという間に目の前は真っ暗になり、何も考えられなくなってしまった。
全てが終わったと思い、グレイブは片手のままで立ち上がった。
「姫? お怪我は?」
と、バケツに向かって声をかける。
だが、バケツの中のカエル、デラエア王女はチャプチャプと平然と泳いでいた。
「良かった。つつがないようですね」
そう言って宙に浮かぶ右腕を見た。
右腕は何事もなかったように宙を浮いて元の場所に戻り、ピタリとくっついた。
そして、継ぎ目もまったく分からなくなってしまった。
グレイブは腰に大剣を戻し、フゥとため息をついて累々と並ぶ山賊の死骸を見た。
それを見て、もう一度大剣を抜く。
「ええと、こいつはたしか3千ケラマン。そしてこいつが8千ケラマン。5千ケラマン……」
そう言いながら首を刈り取り、山賊の一人が身につけていた大マントに首をしまい込んだ。
「さて、姫。賞金でも頂きに参りますか。次の街は水の美しいところのようですよ」
そう言って、次の街に向かって歩き出した。