第3話 月の青石
伯爵の城は森に囲まれた山の上にあった。
グレイブの姿が城から見えると、中から荷車を引いた召使たちが10数名出てきて、この勇士を歓待した。
召し使いたちはヒポグリフを指して
「おお! これが先代様の仇ですな」
そう言って荷車にヒポグリフを乗せた。グレイブのほうも自分の負担が軽くなり、にこやかに礼を言った。
その召使たちに案内され、グレイブは城の中の応接室に案内された。
そこに伯爵の跡を継いだ、息子がやってきた。
彼はヒポグリフよりも、倒したものに興味津々だった。
……カエルの騎士!
世間では名高い剛の者だ。
今まで稼いだ賞金はものすごい金額に及ぶと聞いた。
それが当家にやって来た。
できれば用心棒として雇い入れたいものだ。
……カエルが好きだという、ちょっとくらい変なところがあってもいいではないか。
そう思って、応接室のドアを開けた。
伯爵は思わず笑いそうになった。
ウワサ通りだ。
カエルを敷物の上に据え、彼のために用意されたイスの上に置いている。
自分は召し使いのようにイスにも座らず立っていた。
「これはこれは、伯爵様でございますか? 私はグレイブと申す旅人でございます。この地に入りますと伯爵様のお触れに不届きな魔物を討ち取った者にはご褒美が頂けるとか。運良くその魔物を討ち取りました。どうか額面のご褒美を給われますようお願い申し上げます。」
そう言って片膝をついて礼をした。
伯爵が鈴を鳴らすと、金貨袋を携えた召使いが入ってきた。
グレイブは中を改めもせず、受け取って伯爵に礼をした。
「ありがとうございます。これで姫に極上の宿で休息して頂くことが出来ます」
伯爵は笑いそうになった。
(……姫! あのカエルが!)
伯爵は平静を装ってグレイブに切り出した。
「君は明日への食事も事欠く主無しの賞金稼ぎ生活は嫌ではないのか? 誰かに仕官する気は?」
と聞くとグレイブはカエルに手のひらを向けてこう返した。
「手前の主はこの姫です故」
伯爵は呆れてしまった。
こいつは凄腕かも知れないが、少々病気かも知れない。
カエルを指して主人の姫だと言う。
体に傷はないが、頭でも強く打ってそう思い込んでいるだけだ。
「……では、その姫と共に吾輩に仕えよ。なぁ、グレイブ。吾輩には君のような優秀な武を持った部下がおらんのだ。どうか吾輩の部下になってくれ」
とグレイブに頭を下げて頼んだ。しかし、グレイブはその申し出を断った。
「どうしてもダメか? そんなものただのカエルなのだぞ?」
とうとう、伯爵も頭に来て言ってしまった。
自分はこの地の領主だ。それが一介の風来坊に頭を下げているにもかかわらずカエルの姫の方が大事だと言う。あまりにも無礼な男だと思った。
グレイブは冷静にこう言った。
「伯爵さまの家には“月の青石”があるとか? よろしければそれを見せていただけませんか?」
伯爵は見当違いの返答に、またもやムッとしたがこの男を口説けるならば小さいきっかけでもよいと思い、召し使いにその石を運ばせた。
それは木箱に綿を敷き詰められ中央に入れられており、親指の頭大で海のような青い色をした石だった。
涙型にカットされ、上辺には穴があけられ、革紐が通されていた。
「これは手に取らせていただいてもよろしいですか?」
「うむ。構わんが」
返答を聞くとグレイブはそれを丁寧に手に取り、躊躇せずにイスに鎮座しているカエルの首にかけた。
ふわり……
石から少しだけ風が吹いたような気がした。
するとみるみるカエルが女性の姿になってゆく。
薄絹を纏った金髪で青い目の女性の姿に……。
その女性はイスに上品に腰かけた姿になった。
そして伯爵に向かい
「クレソン卿。このような姿で申し訳なく思います。私はマスカト王国のキャンベラ国王陛下が公女、デラエアにございます」
当然のことながら伯爵は驚いた。
「は、はひ……」
伯爵は声を絞り出して返事をしたがマヌケなものだった。
「あっ……」
グレイブが残念そうに小さく声を上げた。それもそのはず、デラエア王女の姿はそれきりですぐにカエルの姿に戻ってしまったのだ。だがその姿のままでデラエア王女は話続けた。
「クレソン伯爵家はもともと我がマスカト王国が出自。縁が薄いわけではありません。我が国は滅び、私は呪いによってこのような姿になっておりますが、満月の光を浴びた時のみ元の姿に戻ることができます。この石は満月の力と同じ魔力を持っていると聞いていたのですが……。どうやら純度が低いようですね。ですが一瞬だけでも人間の姿に戻れ、このように言葉を発することができるようです」
デラエア王女の話は国が滅び、自分は呪いにかけられカエルの姿になったというものだった。
伯爵は昔話ではるか昔にマスカト王国があったということを思い出した。
しかし、遥か300年も昔の話だ。その土地にはすでに新しい国が建国されている。
「卿はこのものが欲しいようですが、お申し出お断りいたします。この者は私に遠慮して身を低くしてはおりますが私の夫。どうか別口を当たってください」
と言い終わると、言葉も発せなくなった。石の魔力が費えたのだ。
伯爵は現実離れしたことに驚いて床に両ひざをつけてしまった。
グレイブはカエルの王女より石を外して箱にしまい、伯爵に返却した。
「申し訳ありません。姫がおっしゃる通りです。それにこの石がもしも力を持っているならばどんなことをしてでも石を頂戴したかったのですが……。石の力を使い切ってしまったようです。スイマセン」
しかし、伯爵は呆けたようになっていた。グレイブはバケツにカエルの王女をしまいこみ一礼して伯爵の城を後にした。