②
ユーグは丁度茶話室で書類を見ている時間だった。
彼も貴族家の当主であるのでいくらか書類仕事はせねばならぬ。
だが、ほぼサインをしたり、決まり切った決済をするだけのことであるのでそうした仕事にはしばしば茶話室が使われた。
窓が大きく、採光に配慮された部屋はユーグの好みに合っている。
彼は闇を遠ざけないが、光を疎んずる訳でもなかった。
天窓から差し込む光を受けたユーグはごく当たり前の貴族の若者のように見えた。
「ご当主様。さきほどエメリックに言伝させました通り、この娘が"依頼"をいたしたいと申しております。僭越ながらご判断いただきたく、連れて参りました」
「ああ、いいよ」
書類から顔をあげたユーグが軽く言った。
「報酬を出してもらえるならお客様だ。お茶を持ってきて。もちろん混ぜ物のない方を」
「あの、ありがとうございます」
「気にしなくていいよ。さ、座って」
恐縮する少女を手招きして対面の椅子を示す。
「お茶を飲んだら話を聞かせてもらうね」
少女はレミリーと言う名だった。
祖父の名はエイガス。
それなりに下町では名の通った霊術師であるらしい。
らしい、というのはユーグは勿論、ジェイリーも聞き覚えがないからだ。
セルニアでは他の地域とは違い、霊術師はありふれた職業であるので少々名が通っていたくらいでは彼らの知るところにならないのは当然である。
ただ、ジェイリーは名前とは別にレミリーに興味を覚えていた。
あまりにも泰然としている。
ユーグはたしかに貴族らしくはないが、別に優しい訳ではない。
人間離れしすぎているだけなのだ。
弱い立場の人間ほど危険には敏感で、だからこそアルル伯爵家は周囲の民衆から全く好かれていない。
『ことによるとこの娘……』
ジェイリーはレミリーのひ弱げな仕草にかえって胡散臭さを感じ始めていた。
「亡くなったのはおじいさんなんだね?」
「はい。そうですの。七日前に」
涙を拭いながらレミリーは言う。
そら涙かどうかはわからない。
「で、?その墓が呪われてるんじゃないかって?」
「そうなんですの。お葬式に来てくださった方や、近所の人や、そのうち近くを通っただけの人からも苦情を言われて……」
「苦情というのをもう少し詳しく教えてくれないか。そういうところからも手がかりが掴めるからね」
レミリーは目を見開き、よくぞ聞いてくれたと言わぬばかりに数々の"霊障"を述べ始めた。
頭痛、腹痛、何もないところで転ぶと言った普通にありそうなことから、近所の妊婦が流産した、悪ガキが振り回した棒に当たって老婆が失明したなど、本人にとっては重大なことまで多岐に渡る。
これが一週間の間に市井の片隅で起こったとは少々信じにくいほどだ。
「それは大変だったね」
ユーグは何故か上機嫌に言った。
「しかし、何故君がわざわざ僕のところに来たのかという疑問は残るな。依頼ならおばあさんか、それこそ君の両親はどうしたの?」
「ああ。そういえば忘れてましたわ」
レミリーは驚いたように口を開いた。
「おばあさんは寝床から起きてきませんの。お葬式の次の日から」
「へえ、ご両親は?」
「父も母もですわ。一度も起きてきませんの」
「面白いね」
いたって真面目なレミリーの顔。
こらえきれないようにユーグは笑い出した。