①
アルル伯爵家を訪れる者は多い。
しかしその半数は後ろ暗いところのある貴族、商家などの使者、もう半数は仕事や貴重な薬草を求める者たちで、ほぼ男性ばかりである。
故に、この朝に限ってどう見てもこの館に似合わぬ少女が裏門前で待っていると近在の者どもや巡回する衛兵などに頻繁に声をかけられることになる。
年齢は十ほどであろうか。
賢そうではあるが平凡な容姿で、服装も整ってはいるが平民のものだ。
皆、貴族であるアルル伯爵をあしざまに言うことはできないため、奥歯にものがはさまったような言い方で退去を勧めた。
だが、その少女はその全てに感謝しつつ、退去については頑として受け入れない。
「あんた、何の用があるか知らんが、本当にやめたほうがいいよ」
「伯爵様にお願いがあるのです」
「伯爵様がお前のようなものの願いを聞いてくださるわけはないのだ。いいから帰れ、な?」
「ご心配くださってありがとう。でも、帰れません」
少女は時に微笑み、時に真剣に応えたので、皆かける言葉を失ってしまった。
悪いことに今日は薬草摘みの日でもないので一緒に入る者に言い含めてやることもできない。
そのうち、裏門が開いて権高な顔をした召使いが出てきてしまった。
「お前は何か。今日は仕事は募集していないぞ」
「……伯爵様にご依頼を申し上げに参りました。報酬は知っています。ご用意できます!」
精一杯声を張り上げ、少女が言うと、召使いは驚いた様子で改めて彼女の顔を見た。
「"依頼"はわたしの一存では判断できぬ」
「ここでお待ちします。何日でも」
「うむ。あ、いや、"依頼"者を待たせてはお怒りを買う。中に入れ」
「はい!」
少女は顔を輝かせ、周囲の人々に礼をして屋敷に招き入れられた。
そして、門の前にはぽかんとした顔の親切な人々が残された。
「"依頼"だと?」
「そう申しております。報酬についても承知だと」
「子供の悪戯ではないのか」
「よりにもよってこの館に悪戯を仕掛けるような子供はおりませぬ。それになにやら異様な娘。普通ではありませぬ」
このような遣り取りの後、腹心の召使いから少女を引き取ったジェイリーは考え込んだ。
依頼は身分の上下にこだわらない。
以前、スラムに暮らす貧民の男の依頼でその息子を殺そうとする前妻の霊を破壊したこともあった。
報酬はその前妻自身の遺体である。
ただ、わざわざ評判の悪い貴族に気味の悪い報酬を払って願わなくとも、セルニアには安い値で請け負う霊術師、または霊術師もどきはいくらもいる。
そのスラムの男の場合は以前その男が正業についていた時にユーグの実力を見る機会があり、なおかつ伝手もあってのことであって、普通はそのような極端な選択はしない。
霊とひとくくりに言っても、その引き起こす問題の解決にユーグのような規格外を要することはこの不吉なセルニアでも多くはないのだ。
ジェイリーは面会させてみる価値はあると判断した。
会って見ると、なるほど幼い顔ではあるがどこか老成した雰囲気がある。
「そなた、報酬と言ったが」
「はい……死体ですよね?」
「知っているか」
「おじいちゃんが霊術師をやってて、話をしてくれました。そういう変わった霊術師がいるって。でも、ものすごく強い、多分この街で一番の霊術師だって」
霊術師というわけではない、といいかけてジェイリーは口をつぐんだ。
"依頼"と"報酬"を持ち合わせているならばその諾否は執事が云々すべき事柄ではないだろう。
「よかろう。お呼びするゆえ、詳細については自分で申し上げるのだ。よいな?」
「はい。お願いいたします」
少女は丁寧に頭を下げた。