間章
結局、一週間ほどしてボーフォート公爵家は折れた。
奇妙な影が昼夜を問わず館中を駆け回り、奇声を上げて睡眠を妨げたからである。
その叫びの悍ましさは魂を震わすと評された。
まず私兵団が解決に当たるも目視すら能わず、お抱えの魔術師、霊術師どもは自信満々に相対するも嘔吐を催して惑乱、昏倒して役に立たず、公爵を激怒させたが如何ともし難かった。
無論アルル伯爵ユーグも召喚されたものの「当主不例のため」と追い返され、会うことすらままならなかったのである。
「ご満足ですか」
ジェイリーは巨大な櫃の縁に腰掛けた主人に言った。
櫃の中身は全て骨と、埋葬にあたってそれがまとっていたであろう屍衣のなれの果てである。
ただの骨ではない。
全てボーフォート公爵家の縁者のものであり、公爵家の地下墳墓の入り口に近い方から、つまり新しい方よりユーグが手ずから三十体をかき集めて持ってきたものである。
公爵の威迫、命令、依頼、後には懇願によって公爵自身の父母と夭折した同腹の弟妹の分は除かざるを得なかった。
「お茶の伴の軽食に丁度いいと思ってね。いい茶葉が入ったそうだから」
ユーグは割れた大腿骨をつまんで言った。
その顔は真面目で、特に冗談を言っているふうでもない。
「黴が生えているものも多うございますが」
「僕は新鮮でないと食べたくないなんて贅沢は言わないよ。黴も味わいだ」
「さようでございますか」
ジェイリーは主人が本気だと判断してその場を引き下がった。
「丁寧に扱うように。根も折ってはならぬ」
ジェイリーは庭の草を抜いている者たちを見回りながら声をかけた。
無言で頷く彼らは全員、この屋敷の使用人ではない。
薬草師もしくは若い霊術師であり、依頼を受けて庭の手入れ兼薬草摘みを行っているのだ。
生えているのはニワトコ、ゲンノショウコ、ウイキョウ、様々なその他雑草などで通常ならさほどの薬効は期待できないが、この庭に生えているものには呪術的な力が宿っている。
作業料は安いが、ジェイリーらが多少の持ち帰りは目こぼしするのもあって募集日には裏門に行列が出来るほどの人気であった。
無論、ここは動く死体の住処。
相応の危険はある。
「待て」
ジェイリーはいかにもおぼつかない手つきでナスに似た葉の植物を掘り起こそうとしている少年を止めた。
「な、なんでしょうか」
少年は大急ぎで手を引っ込める。
当主ほどではないが、この家の使用人達も不吉な噂には事欠かないのだ。
「別に咎めてはおらん」
いくらか安心した少年の顔は、次の言葉でそれこそ死人のようになった。
「ただ、不用意に引き抜くと死ぬぞ。それはマンドラゴラだ」
ジェイリーは固まった少年の肩を軽く叩き、次の区画を見回るべく歩いて行く。
「"報酬"と"獲物"以外の死体もユーグ様の食事に供することが出来れば我らもだいぶ楽になるのだがな」
一人ごちる。
しかし、その先には死体の山と破滅しか見えないことだろう。
ユーグはひとり、彼に許された死者以外の唯一の食品、紅茶を楽しむ。
だが、その茶には多量の没薬を蒸留したオイルが混ぜられており、香りは木乃伊を思わせた。
黴びた骨を砂糖菓子のように囓りながら、安息のひとときは過ぎていく。