①
銀の仮面をあつらえ、ジェイリーに渡したのはボーフォート公爵だった。
「そなたが悪いわけではないのだがな」
彼は仮面を付けたユーグを見て冷淡な口調で言った。
「奴めの顔は見とうない」
鷹揚でものにこだわらぬとされる公爵だが、今は歪んだ口元を隠そうともしていない。
その嫌悪の一部はもちろんユーグそのものにも向かっていることだろう。
動く死体と知ってあえて好む者などいない。
いるとすれば黒魔術の徒くらいのものであろう。
公爵は随分抑制が効く方である。
ユーグは特に何を言うでもなく、伯爵が公爵に対してするにふさわしい礼をするに留めた。
二人がいるのは公爵の執務室だ。
人払いがされているので外の廊下を歩く者の音さえない。
護衛はいる。
完璧に気配を消しているが、隣室との間に設けられた監視室に潜んでいるはずだ。
しかし、公爵を害する気のないユーグにとってはどうでもよいことである。
コツコツと公爵がペンの尻で机を叩く音だけが響く。
どちらも声を発せず、しばらく間が空く。
「……すまぬが、また仕事を頼みたい」
言いにくい仕事のようだ。
ユーグの仕事というのは全てが憚りある事柄に直結しているので、今更ではある。
そんなに言いにくければ手紙か、いっそジェイリーに言伝したところでユーグは全く気にならないが公爵にとっては違うのであろう。
苦々しい口調で続ける。
「殿下にお使いいただいておる屋敷に亡霊が現れるのだ」
この場合の殿下とはボーフォート公爵が後ろ盾となっている第三王子のことである。
名前は覚えていない。
「それを祓えばよろしいのですか」
簡単そうな仕事である。
別に呼び出さなくてもよさそうなものだ。
セルニアには幽霊屋敷が多い。
霊などが怖いならセルニアに来させなければよいのではないか。
そうした疑問はあるもののユーグは公爵には何も言わない。
あとでジェイリーに聞けばよいとしか思っていないからだ。
「言うまでもないが他言無用だ」
これもわからない。
王子が滞在する屋敷に亡霊が出る、ということ。それが何のスキャンダルになるだろう。
「場所などは追って知らせる。報酬も検討しておる」
はかばかしい返事をしないユーグに焦れたのか。
公爵は彼が最も聞きたいことを言った。
報酬を貰えれば何の問題も無い。
「承りました」
ユーグは音もなく退出した。