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アルル伯爵ユーグは領地を持っていない。

爵位が個人ではなく領地につくことを考えるとこれは異例なことだ。

そして、アルルという名の地について具体的に知るものはこの街には存在しない。


ユーグの雑多極まる財産の殆どは複数の貴族からの遺贈にかかるものである。

彼はその一つ、城壁の内にある小さな館でほぼ籠りきりになって起居している。

小なりといえど、貴族の館であるから本来多数の使用人を擁するべきだが、ユーグの生活は虚飾を排した簡素なものであり、数人の熟練した召使いをもって足りる。


「湯浴みの用意がととのいましてございます」

恭しく告げるのはその召使いを束ねる執事である。

名をジェイリーという。

実は彼自身低いながらも爵位があり、尊称と領地を持つのだが、それを窺わせることはない。

ただのジェイリーである。

ユーグが名を覚えている唯一の使用人であり、ついでこの王国で名を覚えているわずかな人々のうちの一人でもある。

白面の四十がらみの男で、いかなる動揺も顔に表さない。


「うん。聞いているよ」

ユーグは召使いに対するに、いくらか違和感のある返事をする。

ざっくばらんというには隔意がある。

そもそも湯浴みをしたいとはユーグは命じていない。

日課でもない。

つまり、これは遠回しに外出の準備をしてほしいと言う要請、もしくは命令なのである。

そこに行きたくないユーグは硬い口調になっている。

だが、だからといってジェイリーの行動に何の支障もあるものではない。

「ラベンダーの香りがよろしいかと」

湯の種類によって行き先はほぼ推測できる。

ラベンダーはユーグの祖父ということになっているボーフォート公爵の好みである。

無論、良い匂いをさせたからといって公爵の動く死体リビングデッドユーグへの嫌悪がなくなる訳でもないが、ジェイリーは油断なく自らの職務を遂行する男であった。


ユーグに湯浴みをさせ、伯爵が公爵家に訪問するに相応しい威儀を整えるのにはジェイリーとその手下をもってしてもかなりの時間がかかった。

無論これは想定内である。

ボーフォート公爵は古都セルニアを共同統治する三家の一にして王家の連枝であり、直接の面談は非常に困難とされている。

それが公爵本人からの呼び出しであっても。

であるから召使い達は荘重に準備を整え、その間に夜中にもかかわらず何度か使者を公爵家との間に走らせた。

「よろしいかと」

このように短くジェイリーが述べ、ユーグ側、公爵側の全ての準備が終わったのは夜も開け始めた頃であった。

当然、来客云々をするような時間ではないが、ユーグにとってはよくあることである。

「こちらをお付けになりますよう」

手渡されたのは見覚えの無い銀の仮面。

のっぺりした面の目の部分だけが空き、そこに薄青の水晶がはめこまれている。

ほかには鼻や口を思わせる一切の造作はない。

ボーフォート公爵はユーグの祖父ということになっているが、通常いうところの血縁ではない。

ユーグの首は王家に対する反逆者として若くして斬首された先々代ボーフォート公爵のものなのである。

今代の公爵は自らに反逆者の子孫の汚名を残した祖父を憎悪していた。


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