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①
暗い、星のない空から冷たい雨が降り出していた。
既に夜半を過ぎ、暗緑色の玄武岩が敷き詰められた街路を歩くものとてない。
暗緑色は古都セルニアを象徴する色である。
それは雨に濡れると更に色を失ってしまう。
北方随一の富裕を誇るセルニア。
だがその見かけは沈鬱なものである。
暮らす人々も同じく、何気ない鬱屈を額に貼り付けて日々を送っている。
おおむね平穏な日々を。
だが、そうはいかない者もいる。
理由は様々あるが、最も卑しきも、王のごとく尊きも、その別はない。
後者の例を挙げるなら、セルニア有数の旧家の当主であり貴族、アルル伯爵ユーグはその最たる人であろう。
彼は貴族として極めて大きな名誉と富を持つ羨むべき境遇であるが、下々のものには殆ど知られず、社交界ではなんとはなしに忌避されており、最も近しいものたちからは恐怖されている。
この理不尽のわけはただ一つ。
彼が動く死体だったからである。