身上零話:墓地
鬼童 真珠は、近所の墓地が苦手である。
生憎、鬼童家の墓地は少し離れた所にあり、お盆などに墓参りに出向くのは違う方向で、真珠は心底そのことに安堵した。
しかし、偶に、その近くを通ることがある。
墓地そのものを目の前にした訳でもないのに、真珠の肉付きの薄い白い肌はふつふつと粟立ち、季節を問わず寒気立つ。
白銀の髪を揺らし、白衣の襟元を手繰り寄せた真珠は、細く長い息を吐き出した。
***
子供の頃の話である。
近所に新しく墓地が作られた。
まだ売れずに空いていた区画が沢山あり、丁度幼少期の真珠ならばすっぽりと入り込めてしまう程の大きさだ。
元より真珠は同じ年頃の子供達に比べて、成長に乏しいものがあった。
と言っても、酷く食が細い訳でもなく、単純に少しばかり病弱だったのだ。
後は、眠りが浅いのみだが、双子の兄である鬼童 玄乃がいれば、それはそれは、まるで安心したように何も怖いものも恐れるものもないと深い眠りを堪能した。
閑話休題。
そんな墓地は子供達にとっては格好の遊び場で、夏のある日には水鉄砲を持ち込み、戦争の塹壕に見立てて遊んだり、或いは隠れんぼをしたものだ。
その日も隠れんぼをしていた。
墓穴は無数にあるし、所々墓石が立っていたので、鬼の目を盗んで他の穴へ移動すれば、これがまたスリリングな遊びになる。
真珠も数度隠れ場所を移動し、鬼の目から逃げていたのだが、うっかり移動しようとして音を立ててしまう。
そして、慌てて墓穴に入ろうとして、頭から落ちてしまった。
痛みを覚悟して、真珠は目をぎゅっと瞑る。
ところがいつまで経っても痛みはやってこない。
それどころか、真珠が落ちた墓穴は、ふわりと真珠の痩身を受け止めた。
「おっと、危ないぞ」
目を開けると知らない大人を下敷きに、真珠は墓穴へと落ちていた。
慌てて、ごめんなさい、と謝ろうとする真珠の口を、その大人は塞ぐ。
「声を出したら見つかってしまうだろう?」
悪戯っぽい笑顔で笑ったその大人に、真珠は思わず大人しく黙り込んでしまう。
きゅっと薄く小さな唇を真一文字に結んだ真珠に対し、その大人は真珠の小さな体を抱え込むように腕を回し、バッと白い布で覆った。
真珠が、隠してくれたのだ、と思ったのと同時に友達の足音と「あれ?気のせいかなぁ」という声が聞こえ、やがて去っていく。
その大人は相変わらず真珠を抱いたまま「まだ隠れておくかい?此処なら絶対に見付から無いぞ」と小さな声で言う。
内緒話のようなそれに、大人だから隠れ方が上手いのだと思った真珠は、うん、とその大人にも負けない小さな声で頷いた。
自分の体にちょんと乗り上げている真珠の、肩口まで伸ばされた白銀の髪を撫でるその大人は非常に楽しそうに言葉を重ねていく。
「私も隠れ鬼をしたくてね。混ざってみたかったんだ」から始まり「墓穴に入るにはコツがいるんだ」まで続いた。
どれ位経ったのか、次第に真珠も飽きてきた。
なんせ子供であったから、ジッとしているのも長くは無理だったのだ。
それにそろそろ見付けられなくては、皆もやりごたえがないだろう。
もぞりと身動いだ真珠に、その大人は「出るのかい?」詰まらなさそうに言った。
布が「ずっと居て良いのに」バサリと取り除かれる。
――パッ、と眩しい光を浴びせられた。
眩しさに目を瞑る真珠に「おぉい!いたぞ!!」大きな声と懐中電灯と沢山の顔が向けられ、ワァワァ泣く母に真珠はポカンとした状態で抱き締められる。
その背後にいた玄乃が眉を寄せ、真珠を通り過ぎた墓穴をキツく睨み付けていた。
全てのことをぼんやりと眺めていた真珠は、その後、自身が遊びの最中急に消えたことを聞く。
自警団が見付けたのは夜中で――玄乃は自分も付いていくと言い、周りの反対を押し切って付いて来ていたらしい――墓穴の中でスヤスヤ眠っていた、と言う。
真珠は土塗れで、まるで埋まっていたみたいに汚れていた、と。
***
「真珠」
ハッと振り向いた真珠は、兄の姿を見た。
あの日のように眉根を寄せ、真珠を通り過ぎた場所を睨み付けている。
「帰るぞ」
差し出された手に、真珠は年甲斐もなく自身の手を重ね、握る。
玄乃も真珠の手を握った。
以来、真珠はあの墓地には近付いていない。