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シェフのオムレツ

作者: 南清璽

「どうですこの景色!」

 彼女はそう云って窓を開けてくれた。何とも言えない重厚な装いだった。それというのも木製の扉を開けてのこの光景だから、演出としてはかなりの効果がある。なるほど白樺の木立と湖のそれは神秘的だ。ただ、それ故に恍惚と眺めてしまう。だが、晩秋ともなれば風は冷たく「閉めてもいいでしょうか?」と尋ねてきた。ついもの想いにふけてしまった。「失礼」と云いつつ、キッチンを見せて貰った折の、彼女の「料理はお手のものでしょう」との言葉が妙にもたげだしたのだ。もちろん、料理人であるからそう云われるのも当然といえば当然なのだが。

「初めて見ました。」

 もちろん、これは営業としての語り。愛車のフェラーリを褒めそやすのだった。でも今や愛着があるにもかかわらずこれを手放さなければならない。無論、そういった外観で期待を寄せるのは分からないでもなかった。思えば陳腐な話だ。定休日の今日、この車に乗れるのもいくばくもないと思う余り、ドライブに出掛けたのだ。だが、行く宛などなかった。そんな折、ダイレクトメールが届いていたのを思い出した。しかもこんな自分にもという感慨を伴いつつ。それはシェア別荘の案内だった。数区画にヴィラが建てられているというもので買える訳がないにもかかわらず、ただ単に休憩に利用しようとするケチな領分から訪れただけだった。

 だが、はなから買う気がないから畢竟私の態度は煮えきらないものとなっていた。だから彼女は辟易とし、突如備え付けのベッドに腰をかけた。ただ、そのスカートの丈が余りに短かったため下着が見えそうになりすぐにその視線をそらした。しかし、一方で不埒な考えを浮かばせもした。

「ここで女性と過ごせたら最高でしょうね。」

「何だったら試してみます?」

 不用意だった。そんな私の言葉に彼女はこんな風に応えた。これは俗にいう枕営業なるものか。だとすれば契約をするという含みがある。だが、できるはずなどない。ここのアンケートに年商〇億と記したが、実体は全てといっていいほど固定費と借り入れの返済にあてられた。ミシュランの星をもらい、銀行の勧めに応じ、融資を受け、店舗を増やしたまではよかった。だが、至らないばかりに、多くのスタッフが私の元を離れ同業他社に引き抜かれた結果、立ち行かなくなった。それは全てオーナーシェフとして人徳のなさから起因したものだった。そんな状況を察してか、食材の取引は掛けではなく、現金でとなった。もう資金繰りはつかない。弁護士は会社共々、私に破産を勧めた。そんな折に届いたダイレクトメール。羽振りのいい頃の自分を甦らせてくれた。

 それから数日して、私の破産の記事が経済面の片隅に掲載された。弁護士にはシェア別荘の顛末を話した。だがその動機が女と寝たかったとはとても言える訳もなく、ただ魔が差したと適当に言い繕いはしたが。まだ手付金を支払っていない段階は単に契約の申し込みに過ぎず、幾らでも撤回できるとの説明だった。弁護士は代理人として掛け合おうかと言ってくれたが、彼女のことも気になるものだから、自ら赴き弁明し、詫びようと考えた。それというのもまるで図った様に自分に都合のいい感じとなっていたからだ。

 だが、社長から彼女は既に退職したと聴かされた。少なからず事の次第が所以になっているのではと苛まれた。しかも、私と何があったかは感づいているようだった。確かにあの日、彼女と関係をもった。もっとも彼女は特段の感想を述べたりはしなかったのも事実だ。私がミシュランの星付きシェフであることを以って何かを期待したのだろうが、当の自分は料理以外にこれというものはなかった。終わってから彼女はダイニングでワインを飲むというのだ。何分、明日の午前、見学の客が来るから此処に泊まるのだと。これもつまりは経費削減とやらで、これから自炊するとも。じゃあここは一つ腕をふるってしんぜようかと冷蔵庫を見せてもらった。幸い卵があったもので、ありあわせのものをトッピングし、オムレツを供した。彼女は悦びそれを食してくれた。その屈託のなさが目に焼き付いているばかりに苛まれるのだ。


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