三本の青い麦(童話11)
その娘はハルといいました。
ハルは幼くして両親と死に別れたあと、こころない身内の者に引き取られました。
この身内の者はハルを馬小屋に住まわせ、朝早くから夜遅くまで働かせました。
それでもハルは、泣きごとひとつこぼすことはありませんでした。
十歳になったばかりのころ。
ハルは重い病にかかります。すると無情にも、身内の者はハルを追い出したのでした。
その日は雪が降っていました。
ハルは歩くこともままならず、見知らぬ土地で行き倒れてしまいました。冷たい風が、命のともし火を今にも吹き消さんとしていました。
そんなハルを……。
天界の神様はたいそう哀れに思い、
――このまま死なせるのはあまりにふびんだ。生きているうちにせめてひとつでも、あの子の望むことを叶えてやろう。
ハルのもとへ降り立ったのでした。
「ハルや、目をさますがいい」
神様の声に、ハルが顔を上げて首をかしげます。
「ワシは天界の者だ。オマエの望みをひとつだけ叶えてやろう」
神様の言ったことがわからないのか、
「……」
ハルはじっと神様を見ていました。
「夢ではないんだぞ」
神様がほほ笑みかけます。
「……」
ハルはやっと小さくうなずきました。
「どうだ、腹いっぱいのごちそうが食べたいか?」
「……」
返事のかわりに首を横にふります。
「美しい着物が着たいのか?」
「……」
やはり首を横にふります。
「では、病を治したいのか。命がなくなれば、なにもできぬからな」
それでも……。
ハルは首を横にふりました。
「うーん、命より大事なものとはな。ハルよ、オマエの望みとはなんなのだな?」
神様がこまったようすでたずねました。
「死んだ、おとうとおかあに会いたい。もう一度いっしょに暮らしたい」
ハルは、はっきりと答えました。
「そうであったか」
うなずいたものの、それは神様にもできないことでした。
「ハルよ、すまぬ。それだけは叶えてやれん。なぜなら生ける者と死せる者は、この世で会うことがかなわぬのだ」
神様がすまなさそうな顔をしますと、
「……」
ハルは涙をポロポロとこぼしました。
「そんなにも会いたいのか?」
「うん」
顔を上げて深くうなずきます。
「もしあたしが死んだら、あの世でおとうとおかあといっしょに暮らせるの?」
「死んで魂となれば親も子もない。魂は次に生まれ変われる日を、じっと待つのみだ」
「じゃあ、あたしが生まれ変わるとき、もう一度、おとうとおかあの子にしてください」
「人となって生まれるとはかぎらんぞ」
「おとう、おかあといっしょにいられるんなら、あたし、なんに生まれ変わってもかまわない」
「そこまで願うなら、なんとかしてやらねばな。しばし待っておれ」
ハルがほほえんでうなずきます。
それはハルが初めて見せた笑顔でした。
次の日の朝。
神様は天界から、ふたたびハルのもとへと降り立ちました。
手には二粒の麦の実があります。
それは一晩中かかって、あの世で探してきたハルの両親の魂でした。
「今度こそ幸せになるんだぞ」
神様はハルの体から魂が抜けるのを待って、その魂を麦の実に変えてやりました。
季節は冬から春へと流れました。
神様は天界から降りると、村はずれの小さな野原に立ちました。
そこには三本の青い麦があります。
暖かな日ざしのもと。
春風にゆれるたびに、麦の穂はよりそい話をしているようでした。