貴方の心を見透かして…!!
会場のシャンデリアの光を反射して光り輝く曇り一つない流れるような金髪に、深い森を想像させる神秘的な翠の瞳。貴族特有の白い陶器のような肌にはすらりと鼻筋が通り、薄い唇と引き締まった身体が精悍さを醸し出している。
その全てが美しく配置されている中で一際目をひくのは、そこだけ色を失ったかのような血の色をした左目。それすらも彼の妖艶な雰囲気に一役買っているのだから、素晴らしいやら憎たらしいやら。
代々王の側近を務めるベルマーン家の長男にして現侯爵当主。その彼の名はヴィジャネスト。ヴィジャネスト・ルータ・ベルマーン。
またの名を笑わない貴公子、氷の侯爵、森の番人、そして心読みの悪魔。
そして私の見合い相手、らしい
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
みなさんごきげんよう。
私はハトマン伯爵家長女カトリ―ナですわ。
この世に生を受けてはや17年。ついにこの度、お見合いすることになりましたのよ!
相手はかの有名なヴィジャネスト様。
ずっと影から見ておりましたので、今回のお見合い本当に嬉しく思いますわ。
・・・・・・まぁ、私が影から見ていた殿方は両手では数え切れないほどおりましたけど。だって、みなさま見目麗しいですから。
今回のお見合いはこちらから出した釣書があちらの目にとまり、このような運びとなったのですわ。
ベルマーン侯爵家にはたくさんの御令嬢から―――それこそ私よりも爵位が高く、教養もあり、美しい方から―――釣書が送られてきたと聞いております。
そのあまたいる中から私が選ばれたということは運命に違いありません!
なんて、有頂天になることは少し難しいのですわ。というのも、既にヴィジャネスト様は両の手では数え切れないほど見合いをされているのです。そのどれをも断りついに私のところまでやってきた、というのですから。
私よりも女性として素晴らしい方との見合いを断り続けたということは私に勝算はないでしょう。
もともとヴィジャネスト様が結婚相手を探していらっしゃるという話を聞いて、周りが送ると言うのでノリにのっただけですし。もちろん儚い夢は見ておりましたが。
どちらにしてもあんな素敵な方とお見合いできるなんて良い思い出になりますし、まだ希望は残っていますわ。
そう思っていたのですけど、私、大変なことを思い出してしまいましたのよ!!
私には昔から前世の記憶というものがございましたの。
この世界には生前の記憶を持つ“持ち人”と言われる方々がおりまして、彼らの伝える文化や技術、学問は発展をもたらすと重宝され、国に保護してもらえるのですわ。
“持ち人”の中には前世の縁に悩み悲しむ者も多いと聞きますが、私は幼いころから少しずつはっきりとしていく頭の中のモノに多少の違和感はあれど、今ではすっかりその記憶に馴染み、いたって普通の貴族令嬢になっておりますわ。
ついでに言いますと、私はこのことを隠したまま過ごしてきたのですが、その理由を1人ペラペラと話すのは無粋というものでしょうね。
それはさておき、私が思い出したのは、この世界が少女漫画と酷似しているということですわ。
それの漫画はよくあるような、とある男性と恋に落ちた優しい女の子のシンデレラストーリーでしたわ。
当時学生であったわたしは甘酸っぱい青春ものなどは僻みのあまり楽しむことができず、ファンタジーな中世西洋のような世界観のこの物語を読んでいましたの。全巻揃えてはおりましたが、愛読書でもなく、アニメ化も実写化もされていないこの本を覚えていたのは、ひとえにヒーローの奇抜な配色ゆえでしたわ。
金色の髪に、翠の左目はゆるせるとして、右の赤い瞳はなんですの? なぜ、そこでオッドアイにしてしまいましたの? しかも、なぜその二色をセレクトしましたの? 緑と赤は補色なので、ぱっと見奇妙に思えてならなかったのです。表紙のカラーなどをみてもどうしても違和感を拭い去ることはできず、中途半端に記憶に残っていたのでしょう。
さて、ここまで話せばお察しできると思いますが、私の見合い相手のヴィジャネスト・ルータ・ベルマーン侯爵子息様こそこの漫画のヒーローでございますわ。けれど残念ながら私はヒロインではございませんの。
あらすじは、人の心が読めるゆえに、他貴族から恐れられている侯爵の、何十番目かのお見合い相手が伯爵令嬢たるヒロインの彼女なのです。少女の心は清く、そこに気付いた(心を覗いた)侯爵様は彼女との結婚を決めるのです。少しずつ歩み寄っていく彼らにそれを邪魔する周囲に2人の身分差。そしてそれを愛の力で越えてゆく・・・・・・! と、いったものでしたわ。
タイトルはなんだったかしら?
心からの愛?悪魔との恋?心読みとの結婚?
あぁ、「心読みの悪魔と清き花嫁」でしたわ。・・・・・・題名からして微妙ですわね。
物語の中のように、ベルマーン侯爵家の赤い眼をした者は他人の心が読めると噂されております。
確かにこの世界に魔法というものはありますが、何もないところから魔力を源とした火や水と言った簡単なコトを起こせるだけで、大したことはできません。戦に使われるといっても野営の時の飲み水や食糧を焼くための火、あとはせいぜい火を矢につけて放つことぐらいです。みなさんが想像するような火の球や濁流、転移に治癒などそんなファンタジーなことをするには魔力が足りないうえ、そのような魔法は編み出されておりません。
最近では人の持つ魔力の量も減少傾向にあるといいます。現に私は魔力など持っておりません。ムキーーッ。
そのような魔法環境の中で、心が読めるだなんて摩訶不思議な噂が流れるのには訳があるのです。
彼の名に入っている「ルータ」という単語。これは古代語で「心」を表し、代々赤い眼を持つ者だけが名乗り、受け継がれているのです。そして、赤い眼を持つ者は一代の中で必ず1人だけ現れ、その者が必ず侯爵家当主となるのです。たとえ次男であろうと、女であろうと。
そして、ベルマーン家は侯爵であるにも関わらず王の側で権力をもち、王に絶対の忠誠を誓っております。それゆえ重要な会議などの際には必ず立ち会っているのですが、邪な考えを持った者はすぐに判明してしまうのです。相手の表情が動かずとも、何も言わずとも、侯爵が見抜いてしまうのです。
あまりに人間離れをした技に人々が心読みなど言っているのでしょうと私も最初は思いました。ただ単に読心術に長けているだけなのだろう、と。けれど、そのような噂を何度も聞くうちに私も不思議に思いました。
だって、何回も何回も私よりも尊い血筋の方までもが噂しておりますのよ?
火の無い所に煙は立たぬと言いますし・・・・・・
まぁ、貴族達の噂することはただしかったというわけですわ。
ちなみに漫画の中での私のポジションは・・・・・・
わかりませんの。
あまりはっきりとは全容を覚えていませんが、ライバルとなるのはツンデレな赤髪の令嬢で悪役令嬢となるのは黒髪のグラマラスな女性だったはずですもの。
たぶん、私が登場するのは「何十回もお見合いに失敗し、」の文のみですわ。もしかしたら背景に映ることはあったかもしれませんが、私はお見合いして失敗に終わるのですね。
まぁ、侯爵様が心を読めると言うのが本当ならば、結婚だなんて御免蒙りますけどね。
そんな気持ち悪いことをする方と共に過すだなんて、考えただけでもおぞましいですもの。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
――見合い当日
さぁ、ついにやってきましたわ、この日が!
今日もしも侯爵様に気に入ってもらえば、輝かしい未来が約束されたのでしょう。
私が侯爵夫人になれるのなら、美しいドレスを身にまとい、大きく光る宝石をつけて、毎日のようにお出掛けできたのですわ。
あぁ、愛人もほしいですわ。どうせ侯爵様のことですから私1人では満足できず、外に愛人をつくるに決まっております。そうすれば家の事は全て私が仕切ることができますわぁ。
あぁ、侯爵夫人になりたかったものです。人の心を読めるような悪魔でなかったら、今日という日も心の底から楽しむことができましたのに。
そんな甘い未来を思い描いていたら、侯爵家の方に着いてしまいました。
御者に手を置き、ゆっくりと意識しながら馬車から降りていきます。
この日のために、家庭教師の方をお呼びしてマナーも復習したので何も問題はございませんわ。
初老の執事に案内されて入った屋敷の中は吹き抜けになっており、天井には絵ではなく、何かが彫ってあります。ここからでは良く見えませんけれど、きっと繊細な細工なのでしょうね。
一直線に進んでいく廊下には、品の良い調度品に先代たちだと思われる肖像画が並んでおります。
しばらく歩いて行くと先導していた執事がある扉の前で立ち止まりました。
なるほど、この中に侯爵様がいらっしゃるわけですね。
執事が軽く扉を叩くと中から、入れと落ち着いた声が聞こえ、扉を開けると侯爵様がいらっしゃいました。
あぁ、やはり、赤と緑は補色だから、変な感じがするわね。
目が合ってふとそんなことを思っていましたが、こちらから挨拶をしなければなりません。
もとから整えていた姿勢をさらに伸ばして、綺麗に淑女の礼をとりました。
「ハトマン伯爵家の長女、カトリ―ナでございます。ヴィジャネスト様、今日はお日柄もよく・・・」
ここからさらに、うんたらかんたらとつづき
「本日はこのような席を設けてくださり心より感謝申し上げます。短い時間ではございますがよろしくお願いいたします」
きまった!
途中で噛むことも、言葉を忘れることもなく、無事やり遂げましたわ!
「ご丁寧にありがとう。私がヴィジャネスト・ルータ・ベルマーンだ。カトリ―ナ嬢、今日は遠路はるばるご苦労だった。どうぞ、そこに」
そう言って、侯爵様とテーブルを挟んで向かいのソファーを勧めらましたわ。
私はあんなに長く挨拶を述べましたのに、侯爵様はこれだけなんて、良いご身分ですこと。確かにハトマン伯爵家よりは格式の高い侯爵家ではありますけど。キーーーッ
「カトリ―ナ嬢は紅茶はお好きかな?他にも珈琲などもあるが」
「まぁ、それでは紅茶をお願いしますわ。お心遣いありがとうございます」
コーヒーなんて飲んでしまっては、成長するところも成長しないわ。実際にこれから成長するかは別として。望みを捨ててしまってはだめですもの。
運ばれてきた紅茶は香り高く、味もまろやかでとても飲みやすいものでしたわ
うちの紅茶もこんな良いものだったら、お茶会ももっと楽しいものになったでしょうに。
目の前の侯爵様――ヴィジャネスト様はコーヒーをそれは優雅にお飲みになっていた。やはり、髪は外からの光をうけて綺麗なキューティクルを見せつけ、瞳を縁取る長いまつげがふせられ、絶妙な色気がございます。
私も髪色こそ金ではありますが、あそこまで光を反射していませんし、色にもばらつきがあります。まつげは侯爵様と同じく長いけれど、瞳はただの緑で侯爵様のように覗きこむ向きによって色が変わるなどもありませんし、グラデーションもないのです。
侯爵様は男性なのになぜこんなに負けた気がするのかしら。悔しいわぁ!
一息ついて部屋の中を少し見渡すと、家具は重厚な色合いで統一され、なかなかに迫力がありました。交渉事の際にはこの部屋の雰囲気も一役買ってくれそうでありますが、今回はお見合いでしょう。もう少し色合いの明るい、穏やかな部屋はございませんでしたの?
こういうところもいまだに結婚話がまとまらない一因なのではないかしら。
もっとも、たとえそこらのセンスが良くても悪魔に嫁ぎたい御令嬢などいらっしゃらないでしょうけど。
「カトリ―ナ嬢は何か好んでいることはあるのだろうか?」
物思いにふけっていると、侯爵様から質問がございました。
なかなかに答えに困る難しい質問ですわね。これは何を聞いていらっしゃるのかしら。趣味? 好物? それとも男性?
ちなみに男性でいうのならば、タイプはお金持ちで地位と権力のあるイケメンですわ。やはり、結婚するにあったって、今の自分よりも劣っている家柄の方とはできれば御遠慮したいですわ。まぁ、家が豊かだというのなら、考えないこともございませんが。やはり、生活の質は落としたくございませんからね。そして、権力もなければ、妻である私の意見が通りませんもの。そして、何より顔ですわね。顔が美麗であれば、夫婦生活も苦にはならないでしょうし、傍らに立つことも考えるととても誇らしく感じますものね。そのような意味では侯爵様は理想的なのですが、いささか顔面偏差値に差がありすぎるように思いますの。もちろん私が不細工というわけではないですのよ。私は十分に可愛いの域に入るのですが、貴族の中ではどうしても普通になってしまうのです。貴族というものは美しい方と婚姻を結ぶことが多いので、尊い血筋であればあるほど顔立ちが整っているというあからさまなヒエラルキーがあるのです。あぁ私も普通の街で生まれておりましたらチヤホヤされていたでしょうに。私の顔は王都でもナンパされるぐらいには可愛いはずなのです、たぶん。といっても、貴族でない生活なんて考えられませんので今の暮らしが一番なのですが、欲をいうなればもっと良い家柄に生まれもっと美しい顔になりたかったですわ。そうすれば、侯爵様にだって選ばれたたでしょうし、隣にも何も臆することなく立てたでしょうに。あ、けれど、もし私が公爵家の娘でしたら、王族すらも狙えたのではないでしょうか。王族の一員には憧れますものね。あぁ、私がもっと良い生まれだったら。けれど、これって今の私を否定していますわね。そうよ、こんな不毛なことを考えるのはやめましょう。
私ったら、煩悩まみれね。まぁ、貴族には何も珍しいことではないから気にする必要はないわ。
ちなみにこの思考にかかった時間は1秒ほど。無駄なところで頭の回転が速いのだから。
そういえば、侯爵様は人の心が読めるのでしたわ。まさか今の、ばれてはおりませんわよね?
けれど、人の心を読むのは時として疲れることもあると描いてあったから、わざわざ伯爵家の小娘相手に使うなどしないでしょうね。侯爵様の表情もあまり変化がないように見られますし、たかが見合いですもの。あぁ、そんな力を持った化け物と同じ空間にいることがすっかり頭から抜けておりましたわ。
それで、質問はどうしましょう。
好みのもの、もの、もの?
ドレスや宝石など美しいもの、なんてありきたりすぎるかしら。
「侯爵様こそ、どのようなものを好みますの」
返答に困った私はそう返すことにしましたの。少々無礼ではあるけれど、しょうがないわ。
「そうだな、私は・・・・・・乗馬などをすることが多いかな。仕事柄部屋に籠ることがおおくてね。外で身体を動かすと疲れが取れる気がするからね」
はぁ。運動なんてしては、むしろ疲れがたまりそうですけれど。殿方ってそういうものなのかしら。
「それは健康的ですわね。私は刺繍などを嗜んでおりますわ。時間をかけてつくりあげたものが完成する時の気持ちは何物にも代え難いものですから」
少し話は盛りましたわ。達成感はとてもありますし、自分のことは褒め称えますけれど、何物にも代えがたいというほどではないですから。憧れの方と話した時や、新しい流行りのものを贈られた時の気持ちもまた良いですからね。
そうやって、ときどき自分1人でツッコミをいれながらも会話は進み、少し侯爵様のことが分かった気がしましたわ。この方想像していたよりも捻くれておりませんが、世間一般で言うのなら少し神経質というか面倒くさそうですわ。
これではおぞましい能力がなくとも、結婚相手に進んで立候補しようとは思わなかったでしょう。いえ、お金と地位と権力と顔はいいのですから、性格は多少難があってもいいのですけど。そうは言っても化け物なのは変わりないので結ばれるのは嫌ですし、つくづく可哀想な人ですこと。
なにはともあれ、お見合いは無事に終わりを迎えました。
「本日はそろそろお暇させていただきますわ。誠にありがとうございました」
「あぁ、そうだな。有意義な時間を過ごさせてもらった。こちらこそ感謝するよ」
有意義? 何かそんなことあったかしら? どうせ社交辞令でしょうから、関係ないわね。
そういってきれいに淑女の礼をし、退室しようとして思い出した。
「それでは、ごきげんよう。良い縁に巡り合えますように」
これも社交辞令というもので、家庭教師に言うように言い含められていたのでしたわ。
この言葉は良い縁とは言っているものの、ようは私を選べということらしいですの。悪魔に選んでなんてほしくはありませんがこれも社交辞令の一環ですのでしかたありません。
さぁ、これで晴れてあのおぞましい化け物から解放されますわ。
侯爵夫人という肩書きは魅力的ですし、煌びやかなドレスや宝石が遠ざかって行くのは惜しい気もしますが、早く家に帰ってゆっくりしたいわ。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
あのお見合いから数日、何も変わったことはございません。私の方にお父様から何も話がなかったので、きっとお断りの手紙でも届いているのでしょう。まぁ、予想通りではありましたけれど、少し呆気なかったですわね。
あら? そういえば最近お父様を屋敷内で見かけることがないですわ。一体どこにいらっしゃるのでしょうか。まさかこんな真昼間から愛人のところに行くなんて考えられませんし、お父様は宮内でも大した役職にはついてなかったと思うのですけれど。いかにも貴族のお飾り用の仕事だったはずですわ。
そんなことを考えていたからでしょうか。ノックの後に、伯爵さまが応接間にお呼びでございます、と侍女が告げに来ました。すぐに身だしなみ整えさせてから侍女を連れて応接間へと向かいますが、はて、応接間に来いとは何のことでしょうか?
見合いの失敗の慰めに商人でも呼んできてくれたのでしょうか。それなら、新作のジュエリーでもおねだりしようかしら。
応接間の前に立っていた従者が私を見て扉を開けたところで友人の話を思い出しましたの。そうだわ、友人がすすめていたトルマリンの髪飾りを買ってもらいましょう。あれはいろいろな色があるから、自分の髪に合ったものを見つけられるわ、って言っておりましたもの。
そうと決まればさっそくお父様に・・・・・・って、えっ!?
なぜヴィジャネスト侯爵様がここにいらっしゃいますの!?
はっ、もしや直々にお断りを言いにきたのですか! まぁ、屈辱的ですこと!
「カトリ―ナ、急にすまないね。お前がこの間お会いしたベルマーン侯爵様がわざわざうちに来て下さってね。なんとカトリ―ナを娶りたいとおっしゃるのだよ。もちろん正妻でね」
は!?
え、ちょっと待ってくださいな! な、なんですの、それは!
だって、え? 私を娶る? いったいなんで!?
この間のどこが気に入ったの!?
ゴホン、少し落ち着きましょう。口調の乱れは心の乱れ、気をつけなければなりませんね。
「カトリ―ナ嬢、先日はとても楽しく過ごさせていただいた。君が侯爵家に迎え入れれることをとてもうれしく思うよ。急な話だが、これからよろしく頼む」
えっ、もう決定事項!?
「カトリ―ナよかったな。こんな素晴らしい方と結ばれることができて。わが伯爵家をお前の門出を盛大に祝おう」
お父様からしたら、名門の侯爵家と繋がりをもてるのですから万歳三唱でしょうけど、もう少し私のことを慮ってはくれないかしら。
いや、確かに今のご時世親の言う通りに結婚するものですけど、少々急すぎはしないでしょうか。
初めてのお見合いから数日しかたっていませんのに。
そこからは、私をほっぽって2人で話を進めていきます。お父様はこの結婚話を整えるため忙しくしていたそうです。
くっ、すでに話が決まっていただなんて! 私に少しは言ってくれてもよいのではありませんか!
・・・・・・あぁ、この2人に話に私は入ることができませんのね。もう部屋に帰ってはだめでしょうか。
ある程度、話が落ち着いたところで、私が退室を願い出ようとしたのですけれど、
「ハトマン伯爵、すまないが、少し席をはずしてもらってもいいだろうか。カトリ―ナ嬢と2人だけで話したい」
「あぁ、そうですね。気が回らずすみませんな。ほら、カトリ―ナ。くれぐれも失礼のないようにね」
えっ、私を置いていくの!? 私ではなくてお父様がでて行っちゃうの!? 私を捨てないでくださいませ、お父様!
そんな願いが届くわけもなく、お父様はさっさと部屋を出て行ってしまいました。
・・・・・・・・気まずいわ。そしてなにより、こんな化け物といっしょにいるなんて、心を読まれでもしたら恐ろしいわ。あら、でも私の心なんて読んでも、何も大したことは考えておりませんから問題ないのでしょうか。
いや、そういう話ではないですわね。心を読まれるということがそもそも気持ち悪いんですもの。
「カトリ―ナ嬢、これから君とは長い付き合いになるのだから、話しておきたいことがある」
まさか、変な性癖でもございますの!? それなら、たとえ一晩でも付き合いきれませんわよ!
「いや、そうではない。君も知っているようだが、私は人の心を覗き見ることができる。もちろん常にそんなことをしているわけではないが、これから君の心を読むこともあるだろうから、そこは理解してもらいたい」
えっ、それ私に言ってもいいの!? 結婚しなきゃならないじゃない?
「君と結婚する予定なのだから、何も問題ないだろう」
それは、そうかもしれな・・・・・・って、えっ?
私、今何も言葉を発していないわよね?けれど返答があるって・・・・・・私の心を読んでいるの!?
「そうだ。前に会った時もずっと読んでいたけれどな」
なんですって!? 私の煩悩は漏れまくりだったの!?
あぁ、お嫁にいけないわ!
「君はちゃんと私がもらってあげるから、大丈夫だろう」
「だからと言って、あなたみたいな化け物との結婚はごめんですわ!!」
・・・・・・あ、言っちゃった。やばいどうしよ。侯爵家にとても失礼なことを言ってしまった。これはまずいぞ、まずすぎるぞ!
よしここは一旦冷静になりま
「いまさら、そんなこと言われても気にしたりはしない。それに前もずっと化け物だ悪魔だ言っていただろう」
ばれてたのかぁぁぁぁ!!!!
うなだれている私の手を取って侯爵様がひざまづいた。
「君の暴言と一人漫才はなかなかに面白かったぞ。貴族の令嬢にしておくのが勿体無いくらいだった。そんな君だからこそ結婚したいんだ。君みたいな愉快な女性はあまり貴族にはいないからな。
カトリ―ナ・ハトマン。君を幸せにすると私の名に誓おう。だから、どうか私と結婚してくださいませんか」
そう言う侯爵様は光り輝くような存在で。
この人さっきから失礼なことばかり言っているけど、最後の言葉はまるで、どこかの物語のような求婚だからか、イマイチ実感がわかない。急な展開すぎるし、この人の考えてることもよくわからないし。
まぁ、実際に物語の中って言えば物語の中なのだけれど。
これって、断れないよねぇ。だってハトマン家とベルマーン家では
「うちの方が上だからな」
そうそう、ってまた勝手に人の心読んでる。この悪魔。
「君になら、そう呼ばれることも甘んじて受け入れよう」
もしかして、この人Мだったの!? 今までのお見合い相手では罵りが足りなくて私と結婚するというの!?
「私はそのような趣味はない」
えー。でも、確かに私、あまり罵倒はしてなかったものね。
本当に私で良いの?後で悔やんでも知らないよ?まぁ、離縁したいというなら喜んで応えるし、慰謝料もちろんもらうけど。
「そんな心配はしなくてよい。妻は何人もいらないからな。」
それはつまり、妾を何人も作るってこと?まぁ、いいけど。それなら私も愛人作るまでだし。
「はぁ。私はそんなことはしない。私の女は君だけになるのだから、君も私以外の男はいらないだろう?」
いや、私は他にも欲s「い ら な い だ ろ う」
ちっ。というか、そもそも、
「私の心を読むなああぁぁぁぁぁ!!!」
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
最後の方は口調が荒くなっていたカトリ―ナだったが、侯爵様はそれでも彼女を望み、晴れて夫婦となったのであった。
彼女はカトリ―ナ・ベルマーン侯爵夫人になっても彼のことを化け物だ、恐ろしいだの言い続け、2人の間にもさまざまな嵐が訪れるのだが、
物語はハッピーエンドで終わるものである。
もっとも、その幸せな結末まではまだまだ遠いけれど。
この後正規のヒロインが現れて、侯爵様に「あなたは恐ろしくなんてないわ」なんて言ったり、
ライバル令嬢が出てきて、カトリ―ナが面倒くさがったり、
悪役令嬢が出てきて、侯爵様の愛人だと勘違いして自分も愛人をつくろうと画策したり、カトリ―ナが貶められそうになったり、
いろいろあるようです。
7/18
侯爵様の台詞が個人的にちょっと気持ち悪かったのと、彼の考えが不可解だという感想を鑑みて、台詞を追加しました