第九話 北極淵01…逃走と願いと
「いっつぅ……」
目覚めると、体中に走る痛みに気が付く。
ああ、そういえば落ちたのかと思い出し、辺りを見回すとアリスが横たわっていた。まさか死んで……そんなことを考えてしまい、動かすだけで激痛が走る体に鞭を打ちアリスの元へと近づく。思わず体を揺さぶって呼び起こそうとしてしまうが、まずは脈を確かめてから、外傷がないか確認する。
「アリスさん!?アリスさん!!起きてください!」
怪我も見当たらなく、大丈夫だと確認してから呼びかけるのだが全く反応がない。どうすればいいのか途方にくれてしまうが、まず自分にできる事をしようと、ここが一体どこなのかを警戒しながら探ることにする。
「遺跡……か?」
見渡すと、かなり古く朽ちた建造物や石柱が建っていることが分かる。
そういえばなぜこんなに明るいのかと、上を見上げるとキノコだろうか?無数に生えており、発光して光源となっていたのだ。
天井には微かに空洞が見える。
「あそこから落ちてきたのか……っていうか番傘がない」
流石に魔物が襲ってきた時に丸腰ではまずい。地面を見回すと、アリスが握っていることに気づく。
なぜさっき気づかなかったのかと苦笑してしまうが、思ってた以上に取り乱していたのだろう。
取り敢えず取りに行こうとアリスの元へ戻ろうとした瞬間だった。
「っと、はっ……!」
地面から白い触手が飛び出し叩き付けられそうになるため、咄嗟に後ろへ下がる。
「おい……冗談だろ」
地面から飛び出した触手はあろうことかアリスの体に巻きつき、おもちゃでも見つけたようにゆらゆらと吊るす。苦悶に満ちた顔をしているが、それでも番傘を離さずに掴み続けるアリスがそこにはいた。
「どうすればいい、どうしたらアリスさんを助けられる」
4本の触手を見つめながら思い当たるのは、触手を撹乱させいつの間にか絡ませるというのだが、アリスが巻きつかれている触手があるため却下だ。
「勝ち目がない事はやりたくないんだけどなぁ」
恐らく剣の1本でもあれば無鉄砲に飛び込んでいただろうが、それは1%でも勝てると考えられるからだ。小数点以下の確率に賭けるなんてそんな真似は勘弁願いたい。
「遺跡を崩して巻き込ませる……か?」
しかしそれが実践できるか不安があったため、触手へ数歩近づく。
まずは敵となるものの情報を1つでも多く引き出させることが大切だ。
すぐに距離を取れるように慎重に進み、先程叩きつけられた場所まで来ると、2本の触手が反応、次に3本目の触手が反応しこちらに鞭をしならせるような動きをしながら迫る。
すぐに飛び退こうと考えるが、1つ賭として2歩だけ下がり足を止める。
「やっぱり動けないのか」
予想通りに目の前で数度地面を叩きつけたと思ったら、そのまま元の位置まで戻ってしまう。
……そしてそのまま何やら4本でアリスの体を弄り始める。
「あーもう!少しくらい待って!」
このままではまずいと考える暇もなく、触手の攻撃範囲に入り私へ攻撃を仕向ける。まずは番傘だけでもアリスの手から奪いわなければならないと、当たるスレスレで体を曲げ、かわしながら一直線に攻撃をしない触手へと走る。
「がッ、は……っ」
何とかアリスを捕まえている触手へ辿り着き、その触手を壁のように蹴りあげて番傘を手にしようとした瞬間、初期反応が遅かった触手によって思いっきり地面へと叩きつけられる。
幾らなんでも突然早くなりすぎだろうと、心のなかで悪態をつく。
吐き気を覚えながらも立ち上がると、ご丁寧に待っていたのか3本の触手が一斉に迫りだす。
「ぐ……ぅ!」
2本だけ攻撃をかわし、1本の触手にしがみつく。しかし反動は消えず体中が悲鳴を上げる。それでも歯を食いしばる思いでしがみつくが振り回され、手だけ離さずに掴んでいる状態になってしまう。
そして腕に限界が来て離しそうになりかけるが、意地で絶対離さないかというように、触手へ噛み付く。それにより今まで無い勢いで真上へと放り投げられる。
口の中が何やら唐辛子を含んだように激痛がするが、それでもこれから落ちる先に思いがけず口元を綻ばせる。
触手は4本あるが1本目はアリスを掴んでいて何もせず、2,3本目は触手の攻撃範囲へ入ると非情に素早く反応する。加えて4本目なのだが、2,3本目と比べて攻撃範囲に入った時の反応速度はないのだが、2,3本目と比べて非情にその後の動きが素早く、1本目へ近づこうとするだけで異様な反応速度を見せる。
で、だ。自分の噛み付いた触手は他の2本よりも素早く叩きつけてくる4本目。その3本目はかなり私を振り回したり噛み付かれたせいか、疲弊するように動かなくなっている。そして今落ちているのは1本目の触手。ここは1.2の攻撃範囲に入っていないようで全く動かない。
「反撃開始、だ!」
落ちながらもアリスの腰から短刀を引き抜き、先程よりも動きの鈍い4本目が迫ってきた所を叩き斬る。そのまま同じように1本目を斬りアリスを受け止め、抱えたまま2.3の触手から離るように距離を取る。
しかし範囲外だと思っていた場所まで触手は伸び始め、追ってくる事に焦る。
できればあまりここから離れたくはないのだが、流石にアリスを安全かどうかもわからない場所において戦うのも難しいと考え、急いでここから離れ、岩穴となっている場所へと走った。
***
だが、その先はまるで地獄のような場所であった。休める場所などどこにもなく、数歩進んだだけでも魔物が襲い来る。
アリスの手から番傘を離してもらい、何度も攻撃を受け流しながらひたすら走るが、魔物の攻撃は止まるどころか激しさを増すばかり。何とかアリスだけには攻撃が当たらないようにしながら走れば走るだけ体中に傷は増え、戻ろうにも背後へ振り向けば地面はふつふつと湧くマグマ溜まりとなっており、私を追って来ていた魔物は悲鳴を上げながら溶け出していた。
「くそ!!」
足を止めれば確実に死。前へ進めば進むだけ激しさが増す魔物の攻撃。一体どちらを選べば楽になれるというのだろうか。
どれだけ走ったのだろうか。意識を失いそうになるのを堪えながらも、道なりに進んだ先。そこは強風が吹き荒れ、暗闇に覆い尽くされた崖であった。
「ははっ……なんだよ、それ」
背後を見やれば、未だ留まらず流れ出る赤いマグマ。前方には断崖絶壁。
これで絶望するなという方が無理だ。
思わず泣きそうになるが、歯を食いしばり崖下に視線を落とす。抱えているアリスは未だ意識を取り戻さず、小さな吐息を立てている。
自分は一体どうしたらいいのか。何もわからない、一体何を間違えたというのか。
「たまには、0%以下に賭けてみるのも悪くないって事かな」
頼むから、私は、俺はどうなってもいいから、アリスだけでも助かるようにと祈りを込めて宙へと体を投げる。
まるで大嫌いなジェットコースターの急降下する浮遊感を味わいながら、アリスをこれでもかというくらいに強く抱きしめ真っ逆さまに落ちていく。
ああ、どうせ死ぬなら一瞬の出来事であって欲しい――
そんな馬鹿な考えをしていた時であった。永遠に暗闇が続くかと思われていた穴は、急激に周囲が明るくなる。
あまりに突然のことで、目がついて行けず視界を失ってしまう。
次には一切の息をすることができなくなってしまう。
「ゴボ……!? ガホ……!」
冷たい、息ができない、苦しい。
落ちる瞬間に見えた光が水の反射、そして飛び込んだ先が水の中と分かり、急いで水面へ這い上がろうとする。しかしアリスがいる。
思った以上に深みに入っており、上へ這い上がるのは非情に困難であり、息も吐き出してしまっているため、次第に意識が遠のいていく。
――このままじゃ――
途切れ途切れになる意識に鞭打ち、真下へ向かって可能な限りの光熱を持った火炎魔術を紡ぐ。
――紡げ、紡げ、海底に眠りし炎の大地――
――フレイムグラブ……!――
急激に熱された水は体積を増し、間欠泉のようにミズキ達を上へ上へと押し上げた。
だがこれだけではまだダメだ。また落ちて溺れていくのが関の山。大量の水を気道に入れてしまい、焼けるような喉の痛みを感じながらも、次の思索を即座に行う。
過去に一人のために150という人数を相手取り策を幾度と無く興じたことのあるミズキに取って、数秒で考える時間など十分だった。
――紡げ、紡げ……!――
「シャボン、クロック……!」
間欠泉により飛び散った水は動きを非情に鈍くさせ、まるでゼラチン質のような弾力感を持ってミズキを迎え入れた。
体中に倦怠感が走り、これが魔力切れを知らせる物だと想い出す。
急ぎ間欠泉から、先に見えた地面へと降りて行く。
「ゴホッ、ゴホッ」
喉に走る痛みに手を口に寄せれば、それは赤い血であった。水で気道を傷つけすぎたか、それとも触手を噛みちぎった時の血が、毒だったのか。
だがどんなことはどうでもいいと、アリスを横たえさせる。
息はしていることに安堵するが、体が急激に冷えていくことを悟る。
周囲を見渡しても、雪積もった草原と湖畔が広がるだけであり、焚き火のような物は出来ない。どうすればいいのか迷っていると、アリスのマントだけは濡れていないことに気がつく。
眉間を抑え、アリスに一言だけ謝罪をしてから、濡れているアリスの服を全て脱がせてしまう。
それと同じように自分も同じように脱ぎ捨て、アリスと肌と肌を合わせ、羽織で2人になって包まる。
濡れたものを着続けるよりは暖まるだろうが、やはり罪悪感を感じてしまう。
アリスの体温は非情に低く、このままで本当に大丈夫なのか、考えさせられる。しかし今この状態のアリスを動かすことも、置いて行くことも躊躇われるため、選択肢など端から存在などしなかった。
瑞樹には、ここから脱出することが出来るのかと不安になりながらも、ただただアリスが目覚めてくれることを祈ることしか出来なかった。




