第八話 罪悪感と真意と
朝、目を開けると誰かに抱きしめられていることに気付き、体を強張らせる。しかしそれはミズキだと思い出し、そのまま身を預けた。
もう全てを放り出してこのまま彼の傍にいたい。そんな考えを抱いてしまう。しかしそれは彼が許しはしないだろう、何故かミズキは極端に私へ依存することを恐れている。私だけを見続けて欲しい、私だけしか頼らないで欲しい、私の事だけを思い続けて欲しい、そんな私の想いは歪んでいるのだろうか。
ふと昨日の出来事を思い出し、今の状態に罪悪感を覚える。ミズキの肩には抉られたような傷が未だ残っており、そしてそれは否定もできない私のせいであった。
彼に傷をつけたクァールは確かに極淵級の魔物に引けを取らない強さを誇っており、ボスがいる場合の統率力は熟練の冒険者といえども命落としかねない程である……が、十傑の内の一人を名乗る者ならば、いくら数十人を守り続けるという枷があろうともものの数秒で片付けることなど造作も無い。例えこの雪山と言う強力な魔術が使えない場所だとしてもだ。縮地と呼ばれる体術により距離を瞬間的に詰め、適当に拳へ魔術を付与したまま殴りつけるだけで終える。黒の魔術書を持つ私ならば、対象指定をして範囲内の魔物へ麻痺付与で動きを固定させたまま蹴り落としでもすればいい。
だが私はそれをしなかった。故意に手を抜きミズキが重症を負うことを望み、それを助けるように間に入り治療する。なんて浅ましい思考なのだろうか。思った以上にミズキさんは乱雑ながらもクァール相手に善戦し、クァールは血に反応するという教えてもいないことを見つけ出して利用さえする。
まるで戦いの最中に戦略を立てながら、自分の行動一つだけではなく、私の事も使えないかと考えていたのだ。もしかして私が手を抜いていたことは見抜かれていたのだろうか……そんな考えがふと頭をよぎる。嫌だ、彼には嫌われたくない、あぁ、私はいつからこんな厚かましい女になったのか。
公務執行の際に着用を義務付けられる、背に大きく漢字で二と書かれた黒い羽織は裏返して着ることで隠す。
いつの間にか起きていたのだろうか、ミズキに頭を撫でられていることに気づく。どうしたのだろうかと一瞬疑問に思うが、私の体は無意識に震えていたことに気づいた。私は親が子をあやすようにただ身を任せて撫でられ続ける。
あぁ……まるで彼が私に依存するのではなく、私が彼に依存して困らせているだけではないか……。どうしようもない気分になり、ただ止められない涙を零しながらミズキに甘えるように抱きしめられていた。
「もう、大丈夫ですか?」
テントを片付け、神龍のいる神域まで障壁を張るため道のりを探っていると、不意にミズキにそんな事を言われてしまい戸惑う。
「ふふ、私のことでしたら大丈夫ですよ」
だがミズキさんは少しだけ困ったような顔をする。大丈夫とか大丈夫じゃないとか、そんな言葉では表せない気持ちだが彼には心配させたくないし、罪悪感を気づかれたくなかった。少しだけ間を置くと、ミズキは渋々といったようにそうですか、と端的に呟き、寂しさを感じる。だがミズキの言葉は更に紡がれる。
「もし辛ければ、いつでも」
私ははい。と答えるだけでまた泣きそうになってしまう。ぶっきらぼうな言い方でも、私を否定しないでくれる言葉だけで、それだけで十分だった。
「なんーアリスかえ?」
暫く魔術の出し惜しみせず、障壁を魔物や自然災害だけではなく神獣も弾く対象に入れて、維持しながら進んでいる時だった。まさかあちら側から来るとは思っておらず身構えてしまう。
「お久しぶりです、フィリカ様」
「そうなーお前さんが4つの時だったから、17時振りになるのかのー」
「14です、フィリカ様」
「お、おぉ分かったから殺気おさめてくり」
「つい」
「つい、で何か仕出かされても困るえ……。さて、アリスと隣の男、ミズキといったかいな」
「あ、はい」
フィリカ・ノース様、この世界では神龍と呼ばれる女性がミズキへ近づいていく。事前に神龍は姿をどのようにも変えられると話しておくべきだったと、後悔する。
「えぇと、あなたは?」
「んむ、わっちの前で意識を保って尚会話できるとは、中々にやり手か、それとも愚鈍か」
ふと、普段とは違う雰囲気を持ったフィリカに疑念を抱く。そもそも何故神域から出てきたのか、それこそフィリカの収める北領域にオークが出現するような歪さえ、彼女たちが持ち場を離れるだけでありえてしまうのだから。
「でもちいとぬし様の存在、可哀想な」
「はぁ……」
ミズキに少しずつ近づくフィリカに危惧し、立ちふさがるようにミズキの前へ出る。
「フィリカ様、あなたは一体何をしているのか分かっているのですか」
「いんやむしろアリス、主こそのわかっているのかえ」
フィリアの意味深な言い方、それにミズキに言った可哀想という言葉の意味に理解しかね、何故わからないと言われているようで悔しかった。
「この男、世界に拒絶されてるえ」
「っ……」
「本気でわかっていなかったのかえ……そねえなので巫女も十傑も名乗るのはおこがましいわ」
「ぅ……っく」
私は何をしているのか、無力感で俯いてしまう。治癒魔術が効きづらい時点で考えるべきだったのだ、世界に拒絶されているということはすなわち、この世界から嫌われて不干渉な存在だということ。今のまま何もしなければ、その内ミズキは世界から追い出されるように魂ごと存在をかき消される。そうなればミズキの事など誰も記憶することなく。ミズキがいたという証拠さえ全て消えてしまう。
「まぁ持ち場を離れたのはこっちも悪かったね。神獣が側近以外残らず消えちまったから、本来いるはずのない者共が出現しだして動かざる負えなかったん」
「でしたら村へ現れたオークは」
「あれはわっちが離れたせいじゃないの。神獣が残らず消えおったせいでここの半ば神域していた空間があやふやになりおって、その歪から湧きでたものどもじゃ」
「歪、ですか?」
「んむ、魔物とは魔術を使った後の魔法の残渣が集まって出来たものなん。残渣が集まる場所は必ず一定になっておっての、それに残渣だけではなく周囲の魔力素が合わさってようやく魔物という一個体が生まれる。つまり周囲の魔力素が東西南北それぞれ違うから魔物は西に北の者が存在せぬように、北には西のものは存在せぬ」
しかし、とフィリカは紡ぐ
「その魔力素へ影響を与えているものが消失、変異などすれば……そんな固定などぽいっだの」
ミズキさんは納得したが、フィリカが言ったことはそんな簡単なことではない。魔力素へ影響させるものが消失、変異など普通ありえないのだ。それこそ徹底して傍観を決めていた者達だからこそ余計に。
「んあー、そうじゃミズキとやら、少し5歩程後ろへ下がってもらえるかえ」
「ん、はい」
神獣が消えた原因は予想が付いているのかと聞こうか迷っていた矢先、フィリカがミズキに何やら指示し出す。
「フィリカ様、なにをなさって」
「ミズキ、そのまま左へ7歩じゃな」
「はぁ」
無視をされてなんなのかと思ったが、考えるのも面倒でミズキの傍に寄りにいく。あまり離れていたくない。
「この色ボケが」
フィリカに理不尽な事を言われ、文句でも言おうと振り向くとそこには、琥珀色の瞳に葉のような紋様が入った目をこちらへ向けるフィリカがいた。
ゾクリとフィリカへ抱いていた疑念に気づき、ミズキの元へ縮地で寄ろうとするが壁のような物に阻まれる。
「ふざけた真似を――!」
全力で何層にも連なる壁を叩き割り、ミズキへ駆け寄ろうとするが遅い。瞬間で目の前に出現したフィリカに警戒し、番傘を構えようとするがダメだ、お願いだから逃げて。ミズキの背後は断崖絶壁。しかしフィリカを相手取る位ならまだ落ちたほうが命助かる見込みがある。
「やめて――――――!!!」
ありったけの声量で叫ぶが、たかが数十歩程度な距離なのにミズキの元には声も届かない。
「少年」
「死ぬつもりはありませんよ」
「ふむ……残念じゃの」
フィリカはその言葉と同時に掌打を打ち出すし、ミズキの胸板に空洞を作る。そのままミズキは足をふらつかせながら崖へと落ちていく。
無我夢中だった。フィリカに目もくれず崖から飛び出し、ミズキを抱き締めながら山の頂から落ちる。短刀を抜き壁へと突き刺すが、壁は岩肌などではなく、ただの積雪で落ちる勢いは止まらない。肌につく氷に鬱陶しく感じながらも、落ちる先が地面ではなく、積もった雪であれば……ただただ願うしかなかった。
迫り来る地面に恐怖しながらもミズキを上へと抱き抱えて、私が下敷きになるようにする。ふと下へ視線を送れば、絶望するしかなかった。
北極淵――通称氷の大空洞。これでは……無事生きても助かる見込みなんて無いのも同然だった。
だが諦めてなるものかと、せめてミズキだけでも生きられるようにと、ポッカリと空いた胸の空洞を治療していく。効果は薄くとも、黒の魔術書を解読すればいくらでもやりようがあった。
大気中の対象者の直径100m範囲の魔力を奪い全快させる……
せめて死ぬならばミズキに看取られながら逝きたいなぁと可笑しな考えを抱きながら詠唱を唱える。
「全ての罪を癒やし赦せ……ホーリーシール!」
唱えると同時に意識が瞬発的に飛ぶ。しかしすぐに持ち直し空洞がなくなっていることに安堵する。そしてそれと同時に辺りが暗闇となり、北極淵に入ったのだと理解する。
――どうか生きて2人で出れますように――
そう願ってアリスは意識を手放した。




