第六話 ギルドの規約違反
2015/4/20 修正
カラン、カランと下駄の音が静寂の中響き渡る。周囲からは無遠慮な視線が突き刺さるものの、一回見ればまた何事もなかったかのようにまたいつも通りの喧騒が巻き戻る。
まだ数人がこちらを見やり、麦わら帽子を深く被ったアリスの四肢を舐め回すように視線を這わすが隣にいる男に気付き、今度は瑞樹に対して嫉妬や憎悪に満ちた視線を送る。
僅かに腕に絡みつくアリスの引きつけが強くなるが、気にせずギルド登録受付カウンターまで進み出る。
というかこの世界で最も強いと謳われる、ギルド十傑第二席を保持。
つまりはアリスに匹敵するのは1人しか存在しないというのに、この怯えは異様ではないだろうか。
受付にて受付嬢を待っていると、トタトタと軽快な音を立てながら、奥から赤髪で外に跳ねたポニーテールを揺らした女性が出てくる。
どうやらアリスに気付いたようで女性は目を見開く。
「―――――――?」
「――――――――」
アリスと受付嬢の会話が分からず、やはりどうしても疎外感を感じる。
アリスと出会わなければ誰とも意思疎通をまともに出来なかったのだろうか……ふとそんな『If』を考えてしまう。
だが『もしも』なんて考えていても仕方ない話だ。首を横に振るい2人の会話に耳を傾ける。たとえ分からなくても聞くことが大切なのだ。
少しずつ耳を慣らせば何もせずだた棒立ちしているよりもマシだ。
暫くすると私の方に樹皮紙が渡される。朝確認したギルドに加入する際、記入する用紙だろう。
上から順に名前、年齢、性別、使用武器全般、規約への同意の旨。ギルドの規約はかなりあるのだが守れなければ追放。モノによっては犯罪として見られ、それなりの処理が行われる。
覚えている限りでは極淵の探索に関しての誤情報をギルドへ売るということが一に重く、死罪となる。
他には冒険者同士で諍いを起こした場合、ギルドの信用を失わせる行動への賠償。これは幅広く、厳重注意から賠償金やれ無償奉仕など様々な措置が取られていた。
義務のような物はないがルールを守れなければ、ギルド側は手を下しに動きますと言った感じだ。
十傑入りすると緊急招集がされる場合もあるが、第一にここ一年で試行され始めたのが十傑であり、早々メンバーが変わることも無いだろうとアリスさんは言っていた。
加えて、第一席、第四席、第十席が大抵の場合、問題解決を図るため戦力は事足り、アリスさんはあまり出たことがないらしい。
しかし万が一も考えてアリスさんはギルド本山にて待機。場合によっては2-3月も縛られるらしいが……
緊急招集が行われる際は、魔物の活性化が主立った問題として挙げられるためギルド本山は無作為に冒険者を呼びつけ、十傑の撃ち漏らした魔物残党を駆除するのだが、参加する冒険者の数は少なくなく、人の集まり過ぎによって問題も起きやすい。
そのためギルドの受付嬢としてアリスさんは働く。
と言っても大抵裏業務を行って、表に出ている人が対処できない場合のみ出て行くそうだ。
何故本来冒険者であるはずのアリスが受付嬢に参加するかと言うと、どうやら元々手伝い程度に受付嬢の仕事を引き受けていたのだが、まだギルドはきちんとした機能をされておらずアリスさんの手際良さに本山がヘッドハンティング。
だが性格には受付嬢仕事をしなければ冒険者登録を取り消すという脅し。
仕方なく仕事を引き受けるが、このままではいけないと感じたらしい。
誰でも受付嬢の仕事を出来るようにマニュアル作成。
ギルドが今後一切脅しのような暴挙に出れないように弱みを握る。
更には冒険者全体のマナー向上のため規約自体も変更、新人冒険者用の公衆浴場整備やら、格安料理提供のため独自の流通経路確保やら。などなど、色々受付嬢としてやらかしていた時期があり、離れた後、様子見も兼ねて受付嬢の手伝いを未だ引き受けているらしい。
一応拒否権もあるようなので、仕事量が多くなっても通常通り出来るか心配なのだろう。
アリスが受付嬢仕事を離れてからまだ三年も経っていないようでは気持ちも分かるかもしれない。
更には十傑第二席の名は警鐘にもなり、街中で火事場泥棒などはお陰で起きることも無いようだ。
とまぁ、アリスさんの武勇伝の数々をメイドのミリアさんより聞いたのだが……それ故にどうして軽蔑の目をアリスに向ける人がいるのかが理解できない。
ただ一人極淵に向かっただけであろうに、それを打ち消すだけの冒険者に利になることをしているというのに「どうして」この一言に尽きた。
そんな事を考えていれば、どうやら無事に加入が出来た様子なのだが、アリスはその後突然出てきた受付嬢の女性陣に連れ去られるように、カウンター奥へ連れて行かれてしまい、私は手持ち無沙汰にギルドに併設されている飲食店のカウンター席に座っていた。
メニューらしき物はあるが読めないし、声をかけても言葉は通じないしで、運ばれてきた水をただ眺めながら待つしかなかった。
カランとロックの氷が音を立てた時であった。
「――――――」
「んぇ?」
突然肩に手を回されながら声をかけられたため、素っ頓狂な声をあげてしまう。
そこには大柄な男性がいたのだが、バストラさんのような気さくな雰囲気はなく、なんというか……言っては悪いが野蛮な感じだ。
下衆い笑みを浮かべながらあちこち触れてくる辺りに悪寒を覚え、辺りを見回すがなんとまぁこちらを見やりニヤニヤしているのが多数。
私はこれでも男なんだけどなぁと悪態を突きそうになるが、まさか男色家かと思いゾクリと背筋が冷える。
冒険者の信用ギルドの信用云々アリスは言っていたが、これには頭を抱えたくなる。
「離してもらえませんかねー」
「――――――――!」
明確にやめてくれと伝わるように肩に載せられていた手を払いのけると、男から怒り狂ったように怒涛を飛ばされ唾も飛ぶ。
男の息は甘ったるい酒の匂いがし、更に顔をしかめる。
お酒はずっと昔から存在し、神々への供え物として伝えられて来ているし、歴史上の英雄とされている者も酒を好んでいたのも少なからずいただろう。だからお酒を飲むなとかは言いはしない。
しかしこの男から出る酒の匂いには品がなく、加えて酒に振り回されてるようでため息が溢れる。人の飲み方に愚痴言うつもりはないが、もっと人を巻き込まない嗜み方をして欲しいと、まだ18で酒も飲める年ではない瑞樹であるのにそう思わざる負えなかった。
「がは!?」
したくてした訳ではないのだが、無視されたことに腹を建てたのであろう男は胸ぐらをつかむと、こちらを立ち上がらせて力を込めて顔面を殴りつけて来た。
ただ殴られた、それだけかと思ったら頬に走る痛みと同時に感じる浮遊感。
そして次にはガシャンとガラスの割れる音を立てたと思ったら背に燃えるような痛みが走る。
ゾクリとして、痛む体を無視し背中に手をやれば、果実酒だろうかベットリとした感触を合わせつつも見れば赤い液体が手についていた。
別に調理場に飛ばされ、火に触れ燃えているわけではないのかと安心する。
幼少時に熱湯を被ったことのある瑞樹にはトラウマのようにその痛みがリフレインされる。熱すぎる液体というのは意識的に触れなければ刺が刺さったような激痛が走り、しかしそれは永遠に続くものではないと、抜けばいいのだから痛みはすぐ引くとみやれば焼けただれる皮膚。次には必至にこれが何かと理解しようとして、熱いものに触れている故の激痛だと理解すればそれはようやく本物の痛みにかわる。
突拍子もなく火に触れたのではと、痛み=熱いと考えてしまうのは、この恐怖に寄るものであり、いつまでも消えない傷である肩の火傷痕が痛む。
しかし熱さ故の痛みでは無いとしても、背に刺さっているのは瓶の破片なのだ。出血により急速に遠退きそうになる意識を保ちつつも立ち上がり、自分を殴り飛ばした男へ視線を移す。
未だに余裕を持った顔をして何か喚いているが、どうでもいい。
「人に暴力振るうのは、同等以上の返しをされる覚悟のある人だけしか許されないのはわかってるよね」
ふらふらとした足取りで自分の座っていた席まで戻り、番傘を掴む。
急速に冷える体に重いと感じながらも、男を見やり一箇所を捉える。
周囲の野次馬は私がどこを狙っているのか理解し、止めに入ろうとするが遅い。未だ笑っている男へと腰を落として番傘を力の限り、先端を正確に突き出す。
「やめなさい!」
しかし後数ミリというところで番傘は止まる。
それでも番傘の先端は見えない風のようなものが纏っており、僅かに貫こうとしたものへ届きピシュっと音を立てる。
何をされたか、止められなければどうなっていたか理解した男は、尻餅をつき失禁とともに、同じ箇所から微かに赤い液体を漏らしながら酔いが覚めたように青ざめていた。
振り向けば、呼び止めた人物。アリスが額に手を当てながら疲れた表情をしていた。
顔を見せないようにするための麦わら帽子は既に被っておらず、代わりにのように他の受付嬢にはないバッジを胸元に、加えて慌てて羽織ったのだろうか、少しずれている黒い羽織、ニと金糸で書かれた物をつけていた。
周囲の冒険者はアリスがいることにどよめいている。
「ミズキさん、冒険者同士の争いは今のところ、例え正当防衛としても両者に責任があるとみなされると、そう、お伝えしましたよね?」
確実に怒っている。だがここで引くことはどうしてもしたくない。
「ふざけた規則ですね全く」
「それには同意いたしますが、守っていただけなければ私共としても困る一途です。そのためにギルド加入者には、どんな状況でも連絡をとれる恩恵があるのですから」
そうは言っても穴だらけな恩恵だと思う。脅されでもすれば連絡をさせないとか簡単に出来てしまいそうだが。
「それに今のミズキさんの行動を止めなければ、確実にそこのお方は死んでいたでしょう。そうなればミズキさんはよくて投獄、悪くて極刑。お願いですから私のいない所でそんな真似はなさらないでください」
後ろを見やり、件の男へ視線を送れば軽く悲鳴を送られた。ため息しか出るものがない。背から血が変わらず流れでており、背中には冷たい痛みが走る。
少しの間でも長く感じられる数分、アリスと睨み合っていたが「これでいい」そう思い折れることにする。
順従な人間としてアリスの隣などいたくはなかった。
「とりあえず私はどうすればいいのでしょうか」
意識が途切れ途切れになりつつ睨むのをやめると、アリスはバッと片手をあげ、それと同時に、先ほど登録の際出てきた受付嬢が男を拘束した。
アリスさんはこちらに近づいてくると、いつかと同じようにふっと私の頭を体へ寄せた。
眠たいと思いつつも迷惑をかけて申し訳ないと告げると、アリスさんは回復魔術を施行しながら、耳元で次はないですよ?と囁く声で釘を差す。
「できればもう少し優しい言葉を……」
しかしそんな言葉にアリスは冷ややかな視線を送るだけ。
回復し終えたのか私から離れ、周りに聞こえる声で「第二応接室で話します」と告げた。
***
「――と、本山と連絡を取った結果、件の問題は私に一任されましたので、ミズキさんには私と共に無償奉仕として1つ依頼を受けていただきます」
「随分軽いのですね……」
「そういうことは依頼内容を確認してから言ってください。内容を確認せずに請け負うなど愚の骨頂です」
「う、むぅ」
受付嬢のドレスを着たアリスは仕事モードで、例え私でも甘く処分するつもりはないようだ。口調も厳しくたじろいでしまう。
だがアリスの言うことは正論であり反発するのもおかしなことだった。
場が悪そうに頬をかいていると、アリスさんは机を挟んで向かい合う形でいたのだが、スッとゆっくりと立ち上がり席を移動する。
私の隣に寄りかかるように座ると、耳元へ顔を寄せて囁くような甘い声で『揉み消してもいいんですよ。』と言ってくる。
アリスへ視線を送れば、トロンとした表情をしており思わずゾクリとする。
「やめておきます……」
「残念です」
心底残念そうな顔をされてしまう。
早まる鼓動を落ち着けるように胸元へ手を置き落ち着かせる。
アリスはそのままの状態で依頼内容を口頭で述べる。
依頼は北ガルナ村を襲った魔物、オークが進んできたであろう北極淵付近の霊峰の調査。
まだギルド加入仕立ての、しかも初日からの問題を起こす者に対する依頼ではないだろうが、アリスさんの考えとしてはそれにより私の信頼度の回復……なのだろうか。この人はどうにも思っていることは分かりやすいのだが、考えてることは深い闇を探るようで全く見えない。
「目的地へは今から向かえば夜になってしまいますし、それにただの雪山ではなく神獣が襲ってくる可能性のある霊峰です。しっかりと準備してから向かいましょう」
「雪山で戦闘ですか……雪崩や足場悪く高所から落ちるなんて事もありそうですね」
「はい、ですからミズキさんには私の言うことには絶対聞いて頂きますよ」
ただでさえ危険な登山に、視界も足場も酷ければ、いつ自然の脅威が襲い来るかわからない場所だ。何かアクシデントがあれば死に直結するような雪のおまけ付き。
まともな雪山用の登山靴のようにまともな装備がないこの世界で一体どうなるのか……アリスがいたとしても不安は隠しきれなかった。




