第五話 浴衣・下駄・番傘
2015/4/20 修正
旅館の正面玄関にてミズキを待ちながら、唇へ指を置き考える素振りをして夜の出来事を思い出していた。
私の大切な本で文字と言葉を教えている最中に、突然ミズキの体から出る重く嫌な雰囲気に気づけば、完全に放心した姿があったのだ。そのまま倒れるように寝てしまったが、放心状態になる直前に確かに魔力を感じた。
微かではあったものの、問題は魔力の持たないミズキから感じ取れた事。この世界で魔力を所持していない者など聞いたこともなく、故に魔力の持たないミズキから、例えるなら何も入っていない容器から突如として水が湧き、そのまま容量を超えて溢れでたような……そう感じた。
しかしその正体を確かめるため魔術を使えば、跳ね返される始末。
ミズキと出会ってから寝込みを襲うような行為を幾度も繰り返しており、後ろめたさを感じてしまうが、それでも魔術を拒絶のように跳ね返されるのは少し傷つく。
だがこの拒絶はまるでミズキではなくミズキの中にいる得体のしれないナニカからの拒絶のように思え、女性らしくもなく「うむぅ」と唸ってしまう。
ウンウン唸って頭いっぱいにミズキの事を考えている間に、着替えを済ませたミズキが玄関までやってくる。
「すみません、お待たせしましたか?」
ここエルト街は雪原の中に建造されているのだが、街中には雪一つなく、寒くもなければむしろ熱いと言える不思議な空間であった。街道を行く人は皆夏を思わせるかのような薄着であり、異様にも感じられる。
これには訳があるのだが、しかし今そんなことはどうでもいい。重要なのはアリスの目に映るミズキの姿が浴衣であり、その一点に尽きる。
「イイ!」
「え、あ、はい。ありがとうございます?」
首元から見える鎖骨に胸の高鳴りを抑えきれない。彼自身が女性よりの華奢な体型である所が、余計に色っぽさを引き出しうぇへへへへへ。
「アリスさん……」
ミズキとしてもこの暑さの中背筋に冷たいものを感じざる負えなかった。
「コホン、それでは今日は武器探しとギルド登録です」
「わーぱちぱちぱち」
「ミズキさんデートですよデート!」
「美味しい物があるといいですね~」
苦笑しながらも乗ってくださるミズキに笑みを浮かべつつも、こちらからミズキの手を恋人のように指を絡ませて握る。
「はぐれちゃいますからねっ」
恥ずかしさを隠すように、笑いながらも「はい」と言ってくれる事に感謝する。私だって恥ずかしいのだ。
武器探しとギルド登録とは言ったものの、武器に関しては私の方で用意するつもりだった。
常に命を預ける物なのだから、遠慮させて妥協品を選ばせる事には絶対したくない。それに彼がガルナ村にて魔物と対峙する際扱っていた、玉鋼の片刃剣は業物ではあったが使い勝手が非情に難解であった。しかしそれでも無茶苦茶に使った形跡がなかったため、私が用意した獲物だとしても振り回されずに使ってもらえるだろうという思いもあった。
ちなみにあの剣は村を焼き払う際、共に業火の中へ消えてしまっている。
持ち主はわかっていたため、ミズキに無理を言って手放してもらったのだ。剣の主は受け継がれるべきだという考えもあるとは分かっていたが、あの剣はダメだ。
玉鋼の剣は「刀」として東洋より伝わりし物だが、材料が材料なため非情に高価だ。しかし装飾を施さなくても浮き出る刃紋の美しさ、そして鞘の無骨ながらの繊細さ。実用性としても装飾品としても一級の価値を放つため、この大陸では主に男性から女性へ求婚する際に用いられる武器として有名であった。
しかし実際に買おうと思えば値が張る。だがそれでもGを貯めて求婚する際に用いた彼には賞賛したいものだ。
あの剣は夫婦となった男女の死後、逝く先でも守れるようにと共に火葬するのが習わしであったのだ。だからこそミズキには手放して貰えて嬉しくもあった。
閑話休題
「暑い……」
「今は火の月ですからね。どの街もこの暑さで逃げ場は街の外しかありませんよ」
「街中だけ違う温度ってどうなっているんですか……」
ミズキは流れる汗を拭いつつ、暑いのが苦手なのだろうか。げんなりした様子で聞かれる。
浴衣の隙間からもじんわりと汗をかいており、思わず口元を弧に描きかける。制汗魔術をかけずに浴衣をよこしたミリアに思わず親指を立てている自分がいた。
「各街には神様の恩恵が存在しているんですよ。昨日お話した月、光、火、風、水、土、時の7つの歴ではぞれぞれが特徴を持っているんです」
月魔の月は1日の光のない時間が多く、光の月はその逆になる。
火の月は今のような暑さが続き、風の月では空気がよく乾燥している。
水の月は雨や雪の日が多く、土の月は花々が色んな所に咲き誇る。恐らく土に変化が起こっているのだとは考えているのだが、これに関してはよく分かっていない。
「慌ただしい恩恵ですね」とミズキは苦笑しているが、実際には街の中央地だけがそうなっているだけで、他は彼の世界で言われる四季と何ら変わらない季節で回っているのだ。
街の外、街の内部、街の中央地。それぞれで寒さ暑さも変わるのだ、確かにそう考えると慌ただしいかもしれない。
ふと気候が変わるという意味では、同じような極淵の事を考える。
あそこは内部の状態が目まぐるしく変化し、煮えたぎるマグマが存在していたと思ったら次には凍える寒さの砂原やら沼地やら……立ち止まり続けただけでも命は消え去るであろう地獄のような――いや、地獄すら生易しいのかもしれない。挫けそうになりながらも進み続けた先にはあると願ってやまなかったキラキラと光る湖畔。
そして――
胸を突き刺され、倒れゆく自分の姿。
「アリスさん。武器屋、もうついたみたいですよ?」
「ぁ……そう、ですね」
自分が消えてしまう、そんな不安で押し潰されそうな感覚に陥り怖くなる。
きゅ……とミズキの腕にしがみつき、心を落ち着ける。
「おう、アリスお嬢、朝から見せてくれるねぇ。そこの色男、お嬢にはこんなむさい店じゃなくてもっと可愛らしいお店にでもつれてってやんなよ」
「あはは。綺麗な剣とか置いておきながら、店主さんもよくいいますね」
考え事をしていても足はしっかり目的の場所に進んでいたようで、無事バステラ工房に到着する。いつのまにかミズキと鍛冶師のバルトラが会話をしているが、何故バルトラが表に出ているのか……
それにミズキの体づくりを見て、剣を売れないとでも言いそうなものと考えていたが全然そのような素振りは見せず、むしろ嬉々として武器を選ばせている。
ミズキが自分の背丈以上の武器を軽く持ち上げているのを他所に、バステラ工房の主であるバルトラへ耳打ちする。
「何でバルトラさんが呼子をやっているんですか。あとお嬢っていうのやめてっていつもいってるじゃないですか」
「いやー気分って奴だよお嬢。なんでか今日だけは俺が見極めたいって奴が来る気がしてなぁ。アイツをみてピンと来たよ。あんなほっそい体してやがるのに、中身にやべぇのを飼っているな。まぁ勘だけどな!」
「はぁ、でもバルトラさんには申し訳ないですが、ここで武器を買うつもりは――」
「わーってるわーってる。どうせお嬢があいつに武器を用意するんだろう?あんな店の前でイチャイチャしてりゃ、命預けるもんに俺としても半端なもん持たせられねえ」
「バルトラさんの武器はどの街どの武器よりも仕事してます、そんな卑下をしないでください。バルトラさんの武器に信頼を寄せている冒険者達がいるのは確かなんですから」
「おう、ありがとよお嬢。でもまー師匠に未だ追いつかないのは事実だ。それでも俺の武器を選んでくれた奴らにとって絶対に最高の1本を作れるようになるつもりさ。だけどな、あいつを満足させられる武器は俺じゃきっと作れねえ……」
ミズキへ顔を向けるバルトラは悔しそうであった。今の自分の持ちうる技術、これから先会得していく経験、鉱物。どんなに先を見越しても、ミズキにとって最高の物になる武器が作れるといった確信ができなかったためだ。
その内ミズキは何も持たず、こちらへ戻ってくる。
「どうでしたか?なにかしっくりと来るものはありましたでしょうか」
「いえ……用意していただいたのはどれもいいものばかりと分かるのですが、どうにも軽くて」
ミズキは申し訳無さそうにバルトラへ頭を下げる。バルトラは豪快に笑いながら、店員を呼びつけて店番を任せ、そのまま工房へと戻っていった。
ミズキを見ても挫けず、恐らく言ったことを実現するためにまた工房に篭もるのであろう。
きっとあの人はもっとこれから腕を上げるだろうと感慨深くなる。
「さて、ミズキさん。武器なのですが私の方で用意させて頂いてもよろしいでしょうか」
「アリスさんが作るんですか?」
「ええ、こう見えても鍛冶も嗜んでおりますのよ」
「鍛冶は嗜むものなのでしょうか……」
適当な雑談をしつつも、店員の方にバルトラへのお礼を言伝をお願いし、ギルドへと足を向かわせる。
ギルドは謂わばどこにも縛られない独立機関。場合によっては国より命を受けることもあるが、一年に一度あるか微妙なところだ。
皆怒ってるだろうなぁとか誰に蔑まれるかなぁと気が重くなり、ミズキに体を寄せる。少しだけ暑いが、それ以上に幸せだからいいのだ。
途中寄り道をして甘食や串肉を買い食いをする。デートのようでこういうのも乙なものだ。
途中、土産物屋で大きめな、麦と藁で丁寧に編まれた帽子があったのでミズキに買って来て貰い、顔を隠すように深く被る。これで大抵の人には私の顔を隠せるだろう。
もう少しでギルド、というところでようやく目当てのものがあったため、それを購入してから魔力を少しだけ通す。
「少しアリスさんには大きくないですか?」
「大丈夫です。これはミズキさんへのプレゼントですから」
渡したのは番傘。少し長く大きめで、朱塗りされている。申し訳無さそうにしつつも、受け取って貰えて嬉しい限りだ。
「やっぱり似合いますねぇ」
「アリスさんが本当に日本をしらないのか疑問に感じます」
「日本のイメージで教えられたのとそっくりでしたので、みてみたくなったんです。浴衣、下駄、和傘。こうしてみると風情がありますね」
「お話したものの、自分のいた場所でも手に入れるには高価で、こうして着るのは初めてですけどね」
「ふふ、とてもお似合いです」
「ははは、ありがとうございます」
整備された街道ではカランカランと下駄の音が鳴り、不思議と心地の良い音だと思った。
ふと番傘に目をやれば、渡した時よりも個の存在感が増していた。これならばしっかりと武器になりえるだろう。
番傘へ送り込んだ魔力は保持しておいたミズキの血液と混合したもので、私でも結果どうなるかは分からない。剣を持たせたほうが見栄えはいいのだろうが、どうにも彼には剣に拒絶されているような雰囲気があり、いっそ暗器で存在していたと言われる番傘に試しで武器としての概念を与えた所、見事に合致。
見たところ突くもよし、斬るもよし、魔術を行使する媒体にするもよし、本来の役目を果たすもよし、異様なものへと変化し始めていた。
だがやはり番傘を剣代わりに使うというのはどうにも可笑しく、首を傾げてしまう。その内私の方で剣を打ち、渡せるようにしようと考えるが……
ふと番傘をもう一度見れば、何やら歴戦の剣のような風格を醸し出していた。
私でもあんな武器だと振り回されそうだなぁと思いかけるが、世界の一端に触れる黒の魔術書以上になりえるものを作ったということに恐怖する。
自分の信じる道に正しく使って欲しいなぁと、ギルド入り口まで到着し立ち止まったミズキを見つめながら、思うのだった。




