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第三話 雪原からの帰還

2015/4/19 修正

 ザク、ザク、積雪を1歩1歩踏み固めるように進んでいく。

 背中には外見よりも予想以上に、認めたくないが私よりも軽い青年……いや、少年だろうか。年を聞き忘れたのでわからないのだ。

 恐らく私よりも年下の子が意識をなくしたまま背負われている。

 触れて分かったことだがこの子は非情に肉付きが悪い。変わった材質の服からは華奢な体型だと感じていたのだが、触ってみれば服の下は骨かと思い戦慄する程であった。

 スラム街の子共だったとしても、選り好みせずに栄養価が高い芋や豆を食べさせられているためここまでは細くない。普通に見れば健康そうなのだが、どうしたらこんな体型になるというのか。

 

 雪を踏みしめつつも先ほどの事を報告するために思い出す。

 私アリス・エルトナがギルドのいざこざにより長い休暇を取らされ、市街には居づらかったため、生まれ育ったガルナ村へ帰還しようともう少しの事だった。

 ガルナ村からは曇天の中光が見え、不思議に思い足を早めれば、耳を塞ぎ込みたくなるような悲鳴。それに混じりこの村付近には点在しているはずのない、オークの叫び声。その声は自らを奮い立たせるようなものではなく、怒りや恐怖の混じった声であった。

 怖い――そんな思いを打ち消すように首を左右へ振るいながら、腰のローブ下に刺してある1冊の本と2本の短刀を確かめる。1本短刀を右手で引き抜き、逆手へ強く握りしめながら、鈍く光る刀身へと魔術言語を紡ぐ。

 それと同時に刀身に風が纏い、その様子を確認してからダンッと音を立て雪に埋もれる土さえ舞い散らせながら村の方向へと跳んだ。

 

 いざ村に辿り着けば、数十のオークが切り伏せられており、息を絶やしていた。

 警戒しつつも散策していると、あちこちに五体不満足な人々を見つけ、得も知れぬ気分になる。


「もう少しだけ、早ければ……」

 夢物語な話だと分かっていてもどうしようもないのだ。

 街で起こったことを引きずり、普段よりずっと足重く村への道を進んでいた。 そのせいで予定より数刻も到着に遅れたのが事実なのだから。


 涙をこらえつつ生きているものはいないか耳を澄ませる。解けた雪で濡れた地面、それに加え降り続ける雪により、燃えていたのであろう家屋は少しずつ火が沈静化していた。

 もはやその中生きている者はいないだろうと理解しているが、希望を捨てられず一軒一軒凝視しながら進んでいく。

 

 丁度自宅があった筈の場所についた時であった。

 目の前に少年が居ることに気づいた。オークの返り血を浴びたのであろう、服には黒い斑点が付着し、皮膚を晒している右手は少し焼け爛れていた。

 オークの血は少々特殊で、直接皮膚に血を浴びると高温を発し、皮膚を溶かすという厄介な性質を持っているのだ。戦う際はガンレットや甲冑など皮膚を表面に出さないことが常識であった。


 少年に声をかけようと1歩進み出た所、残っていた雪を踏んでしまい、気づかれ振り向かれる。

 こちらに対し威嚇しているつもりなのであろうが、剣を持つ手は震えており、その姿は懐かない猫を思わせた。


「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったの」

「――――――――」

 警戒を解いてもらうために話しかけたのだが、頭を抱えたくなる。少年が何を話しているのかが分からないのだ。言語であると分かるのだが、私の知る大陸全土で言語は共通であり、クラフィエス語以外に使う国など聞いたこともない。少年側も同じ考えでもしているのか、互いに困惑し首を傾げてしまう。


 うーむ、仕方ないということで左手を腰の本に手をおき、1つの魔術を試行することにする。少年のもとに近づこうと思ったが剣を警戒したまま置いてもらえない。

 この状況ならば仕方ないのであろうが、やはり信頼をされないというのはどこか心に刺さるものがある。


「もうちょっと心を開いてくれてもいいんですよ~」

 まるで子供をあやすように言うのもどうかと思ったが。


「――――――?」

 しかし少年はそんな私の心を汲んでくれたのか、あろうことか玉鋼の剣を地面に置くのではなく、数歩先の地面へ突き刺したのだ。

 この意味は誰だって知っているし憧れる。


 ――我が命預ける剣、賭して全幅の信頼を貴方へ――


 この世界では男性から女性へ求愛する際に行われる儀式……

 

 初めて会ったのにこんなことをされては、こちらも少年の事を信頼するしかないだろう……

 この人ならば、別にいいかなと思ったのもあるけど。


 今から行う魔術に眉を潜めながらも、スキップするように少年の元へ進み出る。少し慌てている所が可愛い物だ。


 近くへ来て分かったのだが、この少年と私はほぼ同じ背丈で、少年の方が少しだけ高いかな―という程度だった。

 よーし、と慌てている少年に安心してもらえるよう微笑むと少年の手を握る。男性らしく私よりも一回り大きいがやはり細い。しかしその手は、とても暖かかった。


 先に焼け爛れた箇所を回復魔術により癒してから、1つ魔法陣を指先で描いていく。

 ふと視線を感じ、視線を上げると彼はどこか私ではない誰かを見るような目をしながら、こちらと一寸違わず視線を合わせ続ける。

 男性というものは大抵私と会話していると、次第に四肢や胸元に視線を這わすものだった。しかし彼はずっとこちらの目を見続けるのだ。

 ……あまり私はこの藍色の瞳が好きではない。母も父も2つ下の妹も橙色をした瞳だったため、この瞳の色でお前は本当の子でないと子供時代にからかわれていた。ボロボロと涙を流しながら親や妹に告げた日から一切言われることはなくなったのだが、未だに引きずり続けている。トラウマと言うのは数十年得ても消えぬものなのだ。

 しかしずっと彼は私の目を見続ける。気恥ずかしさもありつい視線を逸らしてしまうが、不思議と嫌な気持ちではなく、どうしてか嬉々としている自分が居ることに驚いた。

 それから何度かそんな初恋が実ったような男女の行いを続けていると、ようやく1つの魔法陣が完成した。暖かかった彼の手が名残惜しいと感じながらも、手に魔力を込めてギュッと握ってから離す。少し不安な気持ちになりつつも成功を祈る。

「えっと、私の言葉、分かりますか?」

「ん、分かるよ」

 彼の声は女性に近いトーンであり、驚きを隠せなかった。喉の出っ張りを確認し、数回瞬きをした後、成功したことにまずは安堵する。

「成功しなかったらあなたの体が溶けていましたので……」

「おいこら」

「成功するにも心を開き合ってないといけないとか、そんなことが書かれていましたので心配でした」

「え、あ、あぁ」

 気が緩み言ってはならないことを滑らしてしまったのも仕方のない事である。

 2つの失言に気付き、顔を耳まで真っ赤にしてしまう。どこまで気が緩んでいるのか……悪循環のように恥ずかしくなってしまう。このままでは折角言葉を伝え合えるようにした意味がなくなってしまうと思ってもどう言葉を紡げばいいのか分からなくなってしまった。

 彼は気を聞かせてこちらへ言葉を促す。言葉遣いは少しずれている感じではあるが、紳士的な雰囲気であった。


 そして私はといえば名前を言うところで噛む。舌が痛い。しかしそれ以上に恥ずかしい。だがこんなところで堪えるわけには行かないのだ。ギルド受付をやっていただけあり根は図太い。いや普通より少しだけ太めなだけだ。


 少年――いや、ミズキの話では、村に来た時点で既に阿鼻叫喚の地獄だったようだ。私が走りだしてから時間はあまり経っていないはずなのに、魔物を全滅させる手際に驚く事になり、同時に悔しさが込み上げる。もう、誰も彼もがこの村を覚え続ける人は私以外にいないのだ。そして、私の帰る場所ももう……

 

 寂しいのか苦しいのか、頭の中がグチャグチャで訳が分からなくて、涙を流しそうになるが、今はその時ではないと堪える。このままでは血肉に誘われ、新たな魔物にここは荒らされてしまうだろう。墓さえ作れぬことに嫌気がさすがうやうや時間をとっている暇は無い。


「このままでは死肉に誘われ魔物が集まってきてしまいます、私の方で焼き払ってしまいますので、ついてきてください」

 ミズキは余計な詮索はせず私に同意してくれることがありがたかったが、胸は締め付けられたように苦しかった。私が彼の立場でもきっと言葉を迷ってしまうというのに――


 だから――


「あの!」


「はい?」

 彼が声をかけてくるとは思わず、ビクリとする。


「どんな最期であろうとも、死後を見届けてくれる人が居ることは、きっと救いになると思うんです」


 少しだけ苦い表情をしつつもそんな言葉を紡いでいく。見ているこちらが痛々しかった。彼の言葉、視線の先……まるで彼は自分自身の過去を見つめるかのような――


「だからアリスさんの想いは、苦しみも慈しみも、伝わるって。そう思うんです」


 言葉に正解はなくとも、きっと本心が伝わればそれは救いとして紡ぐ事ができるのかもしれない。

 ミズキの言葉が何も言わないで欲しかったと考えていたはずなのに、嬉しくもあった。


 その後村を見晴らせる高台へと歩き、魔術書を開いて村を跡形もなく焼きつくす。ガルナ村は失われ――私の故郷も失った瞬間だった。


「さ、て。ミズキさん。よろしければエルト街へ一緒に参りませんか?」

 本音を言ってしまうと戻りたくないのだが、この雪原にはそれ以外に行く場所など1つもない。強いて言えば村を超えたずっと先に、極淵がある程度だ。


「エルト街ですか?」

「えっ」

「え?」

「まさか極淵に行くつもりだったのでしょうか……? でしたら無理矢理にでも引き止めますよ」

 極淵は夢に溢れている。しかし、この雪原の先だけは私に怯えていた人を行かせるつもりは毛頭ない。生半可な気持ちで行く場所ではない、それはこの地で生きる者にとって共通認識なのだから。


 しかしどこかミズキは煮え切らないように私の言葉にさえ困惑している様子でこちらも困ってしまう。

「そもそも私、なんでここにいるのかわからないんですよね」


 乾いた笑い声をあげながらミズキはおかしなことを言い出した。

「ん、いえ、頭がおかしくなっているわけではないですので、可哀想な子を見る目は止めてもらえると……熱でもないのでおでこをくっつけなくても。飛び退くの早いですね」

「コホン、でしたら何故このような場所にいらっしゃるのですか?ここ世界の北端と言われる雪原には、先程のガルナ村、その先には北の極淵、私の指差す方向にはエルト街。それ以外にはなにもございませんよ。」

「よく村が存在できましたね……」

「それは決められた時期に街から商人が来ますからね。村の西には森もありますので、この環境下でも魔物以外の動植物が原生する森で、生計は整えられるのですよ」

「なるほど」

「ですからもう一度少し変えて問います、何故先ほどあの場所にいらしたのですか」

 キッと目を細めながらミズキを問いただす。


「信じていただけないかと思いますが、私はここではない場所にいたはずなのです。先ほどアリスさんが行った魔術と呼ばれるものや魔法と呼ばれるものは私のいた場所には存在しませんでした」

「ふ、むぅ」

「その、私のことを信じ切れなさそうでしたらここへ置いていってしまっても構いませんよ……疑わなければいけない人といることが辛いこととは身に沁みていますから」


 ミズキにここまで言わせておいて疑い続けるのは酷なものだろう。それ以上にまるでこちらを傷つけないように1つ1つの言葉を選ぶように言わせて、更には翻訳魔術の心を開いて魔力を通わせ合う。これで信じないほうがどうかしていると言うものだ。


「申し訳ありません」

「え?」

「あの村は私の故郷だったのです」

 だから腹を割って自分のことを話すべきであろう。彼は例え疑われても、真実を話してくださったのだから。


「正直気持ちの整理がつかずに、その思いをあなたへぶつけてしまいました。本来あの村周辺にはいないはずのオークがいた事で人為的な何かが動いていると疑わずにおれず」

 彼は私のことを信じて下さったのに、私は信じられなかった。

 それは恥ずべきことであった。


「いえ、そんな事情とはつゆ知らず。お顔をお上げください。この世界で訳も分からず、突然のあの状況に放り出されても、私が私でいわれるのはアリスさんがいてくださるお陰ですから」


 聞けば、ミズキの世界では人の死は一生に数回あるかないかで、動物でさえ死ぬ事はおろか殺す事は罪に問われる、そんな世界であったらしい。

 なればこそ余計にこの世界では命軽くやりとりが行われ、未だに彼が剣を持つ手を震わしているのにも納得がいくというものだった。


 しかし心配事が出てきてしまった。


「証明書が、ないんですよねぇ」

「証明書……ですか?」

 この世界には生まれた瞬間から神から賜るものがある。それは特殊な水晶に手をかざせば自動で読み込まれるものであるのだが、ミズキにそんなものが備わっているとは考えられなかった。

 楽観しているのかミズキはどうにかなるでしょうと言っているものの、そんなに証明書は軽い物ではない。

 証明が出来ない即ち、生の証を取られているということ。

 ここではそんな者は重犯罪を犯した者でしかありえない。つまりこのままではミズキは犯罪者。しかも市民ではなく奴隷として一生――


「ミズキさん、今からちょっと痛いことをしましょうか」

 我が魔術書は便利なものだ。世界に20としか無い太古の魔術武器(ロストウェポン)なだけあり、この世界の一端へ触れることさえ容易に出来てしまう。


「痛いのはちょっと」

 ミズキは笑っているが仕方ない。仕方ないから素早く雪降る雪原のまっただ中で脱がせる。小さい悲鳴も可愛い。ふふ。 

 

 そして冒頭へ戻る。


 ミズキには少し眠って貰い。血液を少量採血。そして私の血と唾液、それに魔力を液体化させているものを混ぜてから再びミズキの中に戻す。

 感覚を大分麻痺させているお陰で、ミズキは顔をしかめるだけであったが、普通であれば死に至るほどの激痛が伴う行いであった。

 魔力というものは血流にも存在し、それを無理やり相手へ送れば毒にしかならない。ましてや自分の魔力でない物を口内摂取ではなく血流へ送るなど……唾液を混ぜるという行為には少し背徳感を感じる。


 このまま雪原で足を止めていては耐寒性のローブを着ていても厳しいものがあるため、ミズキを背負いながら街へ向かう。彼が重い場合は魔術で軽量化すれば良いと考えていたがその必要はなかった。軽いのだ。

 ミズキの食生活に不安を覚えつつも、ようやくエルト街の門前についたことに安堵し、ドッと疲労感が増す。

 エルト街からガルナ村は通常であれば1日かけて行くものだ。それを往復8時間。常に魔術を行使し速度を早め、更に足場が不安定な積雪の中を歩くのだ。精神的にも体力的にも辛い。


「アリスか?」

「む――」

 今一番聞きたくなかった声が聞こえ顔をしかめる。

「くっはははは!今更どの顔をして戻ってきた!しかも背には男か!?」

防音(シャウト)

 今相手にしているのは面倒なので、反射的に数時間だけ声を掛けてきた男へと声が誰にも届かなくなる魔術を行使する。更に何も音が聞こえなくなるおまけ付きだ。

 人間とは何も伝えられない、何も聞こえないといった異常を突然きたすと――目の前の男、アズデル・グライブはバタリと糸が切れたように倒れた。

 その内門番兵が介抱するであろう。うむ。


「あーアリス様、もうお戻りになられたので」

 見知った門番兵は倒れた男を一瞥しながらも声をかけてくる。見捨てられたかアズデル。


「今からガルナ村の報告をしたい、それとこの男を春風亭に送ってくれ。私が証人になるよ」

「承りました。ちなみにこの男との関係はお聞きしても?」

「夫かな」

 血を交わせ血縁関係に無理矢理させたので証明書はできたものの、弟とも兄とも言うのはどうにも気が引けた。恐らくミズキは私と暫く離れて行動することはできもしないと踏みいっそ夫妻の関係と明言しておくほうが自然であった。

 門兵は驚きつつも微笑ましいような余計な感情を送ってきたが無視を決め込む。


「それじゃあ後は頼んだよ。私はギルドへ行く」

「はい、お気をつけて」

 ミズキが名残惜しくなり、困惑する門兵を他所にミズキの額へ口づけをする。重い筈であった足取りは軽くなり、早くミズキの元へ戻りたいと言う思い強く、足早にギルドと呼ばれる国に認められし独立機関、冒険者組合の建物へ急ぐのであった。

 

 



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