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第二話 アリス・エルトナ

2015/4/19 修正

「ぐ……ぅ」

 息がままならなく、低い呻き声をあげてしまう。自分が今どんな状態でいるのか分からない。金縛りにあったかのように瞼を開けることも叶わず、手を動かそうにも動かそうとすれば、骨に刺さるような痛みを感じ断念する。

 動いてはいけない、そう考えれば考えるほどに体は逆の反応を起こしてしまい、眉間にしわを寄せる。


 小一時間そうしていたのだろうか。実際には数分程度の事なのだろうがとても長く感じる時間だった。恐る恐る目を開けば、そこには曇天と白い粉。

 感覚が麻痺でもしているのだろうか、頬に触れる粉には特に冷たいとも触れているとも感触はない。手先を動かすと微かに骨にしみるような痛みが入るが、我慢しグッと手と腰に力を込め寝転んでいる状態から起き上がる。


「白い」


 胸に手を当て、高鳴る鼓動を落ち着かせるように息を吐くと、白い吐息が漏れた。そのまま辺りを見回せば、そこは白一色の銀世界であった。

 雪――そう判断すれば忘れていた感覚も元に戻り、寒さを感じるようになる。

 

 ふと自分の姿を見やれば、布団へ入る直前の春服のままであり、寒波は服を通し肌へと直接届く。人は見知らぬ地へ追いやられれば状況を変えるため、緊張感により頭の回転は早くなると聞いたことがあるが、私は逆に極度の緊張で吐きそうだった。


「ほんっと……勘弁して欲しいなぁ」


 落ち着くために再び手を胸元へ当て強く息を吐き、微かに吸う。手首に巻かれた腕時計が視界に入ると少しだけではあるが冷静になれる。恐怖は強くとも今のままではいけない。この寒さの中に何もなく放り出されている今、その考えは必然であった。

 極寒の中でも冷や汗が額から出てくるが、それを拭うことなくザ、ザと音を立て足元へと今の位置の目印を強く残す。雪により次第に消えてしまうとしても、今の天候ならば。唇を噛み締めつつこの場を後にし、北と決めた方向へと歩を進める。

 元の位置からの距離を時間で計測するため、時計を確認しつつ歩みを続けていると、遠くに光が見えてくる。今は午前の9時回ったところであるが、曇天で薄暗さにより光をしっかりと確認できる。しかし遠近を比較するものがなにもないため距離が分からない。だが僅かな希望のようにも見える光へ足を早めて一直線に進むことにした。


 ***


「っ……はぁ、はぁ!?」


 しかし息絶やしつつも来たその光は希望など優しいものではなく、それは火事による赤い炎だった。

 数十ある家屋が焼け、聞こえないようにしていた甲高い悲鳴のような声も目の当たりにしてしまう。

 

 そこには醜悪な褐色の姿をした2mもの長身と豚のように脂肪を横に広げ、さながらモンスターと呼ぶしか言いようのないモノが、先端が燃えている棍棒を持って悪逆の限りを尽くしていたのだ。

 木造の家屋を破壊し、抵抗している者は嬲り殺されて血を流しながら地に伏せていた。

 見回せば性別が男ならば構わず殺され、老年の者も同じように為す術なく殺される。燃えている家屋にも血痕が付着しているのが見え、最早この村には生きている人はいないのではないか、その考えが頭をよぎった。

 

 悲鳴が聞こえる場所へ視線を移せば、若い女性やまだ少女といえる子供はモンスターに強姦されていた。だが、次第にだらんと体を横たえ既に息をしているかも怪しい。


「はは……やめろよ……俺に何ができるっていうんだよ」


 現実逃避をするかのように呟くが、もう限界であった。

 怖いなんて感情は存在せず、いや、その思考さえ拒否していたのかもしれない。自分になにか出来るわけでもない。なのに、傍に突き刺さっていた血の付着している鋼の剣を滑り落とさないよう、固く握りしめていた。


 体を地面スレスレまで落としてモンスターへ一直線に走る。

 恐怖をかき消すように声を上げたかった。しかしそんなことをしてしまえばモンスターは気付いてしまう。歯を食いしばり、目についたモンスターから体重を載せて斬りかかる。

 ――ほんっと馬鹿みたいだ――

 2体が地に倒れた所で気付いたのだろう。身を縮こませるような咆哮をモンスターは上げ何匹もこちらに向かってくる。犯していた女は投げ捨て、ただ邪魔をした瑞樹を排除しようと、それだけしかモンスターには存在していなかった。


 ああ。もう感情を抑えるのを我慢しなくていいのだ。


「あああああああああああああああ!!!!」

 雄叫びをあげならがらも、棍棒を避けモンスターを1対1体斬りつけていく。

 棍棒の先端が体を掠めるたびに動きを止めてしまいそうになる。

 それにモンスターの血へ触れると燃えるような痛みが走る。もうやめてしまいたい、逃げ出したい。そんな思いが湧き出ていた。


「とっ……」

 雪が火事の熱波により溶けだし、地面がぬかるみ足を滑らすが、それにより幸運なことに飛んできた謎の炎の玉を避ける事ができる。炎の玉は着弾とともに爆ぜ、私を包囲していたモンスターは何匹かそれにより焼かれ、息絶える。

 飛んできた方向へとモンスターを盾にしつつ進み、恐らくこのモンスターにはそこまでの知能はないのだろう、ただ相手は瑞樹が見えれば放つ、それだけだ。仲間に当たらないようにする考慮など一端もない。

 

 残り僅かというところまで進んだ所で、杖を構えていたモンスターは何やら組本を喋るように動かす。

「させねえよ!」

 モンスターの位置まで一気に飛び出し、頭から縦へ体重をかけ両断し、モンスターは絶命する。

 鋼でできている剣はまだ刃を欠けることなく使えていた。鋼は切れやすいが欠けやすいと聞いたことがあるが、モンスター自体が肉のみで骨が存在せず柔らかい故なのだろうか。


「まだいるのか……」

 未だ立ち続けるモンスターの残り数を数える。血の匂い、燃える家屋に巻き込まれた人の焼ける匂い、モンスターの焼ける匂いが混ざった異様な空気を吸っているせいで、感覚が麻痺しているのか。不思議と生き物を殺したことに忌避する事なくいるのだ。それに併せ、なぜこんな事をしているのかにも疑問を持たずにいた。

 どこかゲーム感覚でいる自分がいるのか、私はこの村の中生きている人がいかもしれない、そんな事だけを考えていた。

 こんな状況で生きている人間なんている筈もないのに、ただひたすら向かってくるモンスターを斬っていく。


 数十いた筈のモンスターは全て殺し終え、ふらふらする足取りで村を散策していたが、それもこの最後の一軒で終わってしまった。

 もう死屍しかいない村だと分かった時だった。背後からザッと残雪を踏む音が聞こえた。剣をいつでも振るえるよう警戒しつつも、背後へ振り向く。

「――――――――?」

「なんて言ってるか分からん……」


 振り向いた先には白のローブを羽織り、銀色の髪と藍色の目を持った少女が立っていた。

 透き通った髪は腰まで伸ばしているものの野暮ったさは感じさせず、藍色の目は綺麗だと感じた。恐らく同い年だろうか、背丈は同じ高さで見上げることも見下げることもなく、丁度目と目が合う位置であった。

 

 その少女は困惑か、疑問か、悲しみか、そう感じ取れる目をしながら話しかける。

 彼女もこちらの言葉が分からないようで、互いに首を傾げあってしまう。

 私には癖があり、落ち着かない時に胸元へ手を当てる。困ったときに首を傾げたり、指先と指先を合わせるといった事をしてしまうのだが、よくこれは女性っぽいとからかわれたりもしていた。

 その時は何も思っていなかったが、確かに少女の私と同じような癖を見れば女性らしいと考えさせられた。

 そんな事を考えていると、剣に目を向け悲しみと取れる表情をされてしまう。

「――――――」

「ん、剣を置いて欲しい?」


 警戒を解きつつも剣を地面へと突き刺す。これでも己の命を預けた剣だ、どうにも雪が解けて、ぬかるんでいる地面に置き汚すのは躊躇われた。思いが伝わったからだろうか、女性は笑顔になりこちらもつられて頬を緩めつつも首を傾げてしまう。やはり言葉が通じないのも不便なものだ。


 その内少女はこちらへ無防備に寄ってくるため、つい焦ってしまう。

「ちょ、ちょっと、そんな無防備で来るとか馬鹿か」

 女性は言葉が伝わらないからだろうか、表情で意思を伝えるようにニコリとし、私の慌て様に大丈夫とでも伝えたのだろう。

 危なっかしい人だな、と考えつつもその少女に手を握られ、途端に焼け爛れていた手は元通りになる。そのまま少女は何かを手のひらに指先で描くように動かす。されるがままにして、なんとなく少女の瞳を見つめる。

 黒色ではない目が珍しいのもあるが、少女の瞳は吸い込まれてしまうような怖さを持ちながらも、とても綺麗なのだ。

 ずっと目を見つめていたのに気付いたのか、女性は気恥ずかしそうに頬を朱に染めながら、ぎこちない笑みを浮かべる。こちらもつられて同じように笑みを……こんなことを何度か繰り返しつつも、女性はずっと握って何かを描いていた瑞樹の手を離す。

「えっと、私の言葉、分かりますか?」

「ん、分かるよ」

 少女はよかった……と呟きながら言葉を紡ぐ。

「成功しなかったらあなたの体が溶けていましたので……」

「おいこら」

 聞き捨てならないことを言われた気がするが気のせいではないだろう。言葉を通わすだけだというのに、人の体に危険の高いことを何故しているのか。


「成功するにも心を開き合ってないといけないとか、そんなことが書かれていましたので心配でした」

「え、あ、あぁ」

 少女の言われたことに恥ずかしくなり顔を背けてしまう。少女は最初こそ不思議そうにしていたが自分の言った事の意味に気づいたようで、耳まで朱く染めながら俯いてしまう。こんなんでは全然話が進まないと思い、こちらから言葉を紡ぐ。

「えっと、あなたの名前聞いてもよろしいでしょうか?」

「あ、ひゃいっ……コホン、私アリス・エルトナと申します。この村の視察を任命された者でして、この村で何が起きたのかよろしければお聞きいたしたいのですが」


 やけに丁寧な言葉遣いだったため、視察とも言っていたし偉い人なのかなと考え、こちらも同じように事故紹介することにした。


「分かりました、私の名前は藤堂――いえ、ミズキ・トウドウと申します。と言ってもこの村に来たのは既に事が起きていた最中で、無鉄砲にも褐色肌をしたモノ共を落ちていた剣で倒して回ったに過ぎません。村全体を散策しましたが誰も……」

 そこまで言うと首を左右に振るった。投げ捨てられた女性は全員既に脈が止まっており、男性も老年の方も言わずもがな、村全てが死屍で埋まっている状態だった。

 アリスはそうですか……と落胆した声を出し、うっすらと涙を見せた。恐らく思い入れのある村、知人もいたのかもしれない。

 しかし見ず知らずのこちらから無闇に詮索するのは酷というものだろう。


「このままでは死肉に誘われ別の魔物が集まってきてしまいます、私の方で焼き払ってしまいますので、ついてきてください」

 アリスはこちらに落胆を気付かれないように気丈に振る舞うと、瑞樹が最初に向かっていた方向へと歩き出す。だからこそだろうか


「あの!」

「はい?」


 強く振る舞う人ほど心は脆い。私が言うべき事でもないとも考えたが、それは憚られた。


「どんな最期であろうとも、死後を見届けてくれる人が居ることは、きっと救いになると思うんです」

 嘘だ。死後の供養なんて結局は生きている者の、心の救いを作るためのものでしかない。


「だからアリスさんの想いは、苦しみも慈しみも、伝わるって。そう思うんです」

 私は人が目の前で死ぬことを何度か見たことがあるゆえに、死に鈍感だ。どこか死といった概念に近すぎる故に傍観しているところがある。だがそれを他人に押し付けるつもりはない。身近な人がいなくなって辛いという気持ちは、今まで普通であった事が突然抜け落ちるようなものだから。


 言葉に正解なんてものはない、だが人を救う選択肢はあってもいい。


 アリスは少し困ったような顔をしつつも、そのまま振り返り進んでいってしまった。

 だが縮こまった雰囲気に見えた背は、少しだけまっすぐになっていた気がした。







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