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第一話 リズヴァルトオンライン

2015/4/15 修正

 カチリ。時計が針を刻むような音、どこからか静かにカチリ、カチリ、カチリと規則正しく音を刻み続ける。やがて長針と短針が12を示すであろう数字で重なりあう。それと同時にピアノを打鍵したような音が静かに響く。

「これはとてもとても昔のお話」

 何も無い空間へと少女の声が、静かすぎる故に否応なく響く。

 誰かへと語りかけるような口調と母が子へ慈しむような声で言葉を紡ぐ。

「誰よりも弱く儚く、だからこそ誰よりも強くあろうとした、そんな心が幼すぎた子の物語」



 人は脆く儚い。だが知恵を持ち狡猾に生きる。





 カタカタと眠気を抑えきれない瞼を閉じながらも、画面の相手と会話をするためキーボードを打ち続ける。背中側の棚に置いてある時計を見れば既に午前5時を回っており、外からは新聞を配達するバイクの音がヘッドフォンをしていても聞こえてきた。気を抜けば眠ってしまいそうな睡魔が迫っているが、再度パソコンの画面へ視線を戻す。そこには拠点としている石造りの家の中、会議用に設置してあるアンティーク系の机と椅子がセットとなった家具アイテムが5つ配置してあり、上座に座る中性的を思わせる男性キャラクターと、その横には街中用の服装をしている女性キャラクターがいた。


―ログ―

ヴェスタリア:君は本当に馬鹿だな

ユキ:つい

ヴェスタリア:ついじゃない

ユキ:暇だったからね!

ヴェスタリア:暇だったから明日私も入れて70人の集まれる時間を無視して、たった1人で大型アプデを走破する馬鹿がどこにいる

ユキ:ハーイ

ヴェスタリア:くずがッ


 今睡魔に負け眠りでもしたら、画面内でご丁寧に怒りエモーションとモーションを行っている、頭上にヴェスタリアと表示されたキャラクター。

 髪は栗色のアシメロング、目元は怒りでつり上がっているように見えるが、普段ならばどこか和らげな雰囲気を漂わす緑色の瞳をしたヴェスに、毎日小言を言われる事になるだろう。それだけは何としてでも避けたい。

 死んでおけとか屑とか散々言われているが、これでも信頼し合える仲だと自負しているのだ。あまりこの仲に亀裂を入れたくはない。


 ――ユキ。それが私の使うキャラクター。白髪ショートヘア、白いマフラーがよく目印にされる珍しい男性キャラ……だが瞳だけ見れば可愛い。紫色をした目はどこか遠くを見つめるような雰囲気があるが、よく見ればそれは綺麗な瞳で、まるで体が引きこまれそうになる錯覚があった。


ヴェスタリア:で、本当に何でこんなことしたの

ヴェスタリア:雪なら絶対70人全員が準備整うまで待つくらいするじゃない


 現実逃避気味に自慢の我が子を(主に瞳だが)見つめているとヴェスから非難がましく言葉が来る。

 前日3月16日。画面に映るMMORPG、つまりはネットゲームの1年前から期待されてきた大型アップデートが行われる日であった。大型アップデートの内容はダンジョンの100層以上の開放。リズヴァルトオンライン、通称Roと呼ばれる画面内の世界は、戦闘、ハウジング、おしゃれ、冒険。この4つが非情に豊富なコンテンツであったのだが、現状戦闘と冒険を担うダンジョンと呼ばれる地下へ潜る迷宮が攻略し尽くされ、プレイヤー達は更に階層を増えることを望んでいた。

 当然難易度はあがるであろうが、今以上の高性能な装備や物(レアアイテム)が期待できるのだ。楽しみにしないわけがない。


 当然ソロ(一人)で挑むのは無謀であり、大抵はPT(チーム)を組んで挑むのが一般的であった。そのため私は仲が比較的良好と思っていたヴェスタリア、赤狐、エルエッタ、ルーリアの4人を誘い、アップデート終了後にすぐ行こうと言っていた。ダンジョンの階層を進めればレアアイテムが見つかるだけではなく、ダンジョンにはランキングがありトップに最下層へ辿り着けば報酬も存在するのだ。

 しかし4人全員が当日は不在。1人でも進んでおこうかなと考えたものの、4人には呼びたい人がいたら呼んでいいよー。と声をかけておいたらいつの間にか70人もの大人数になっていたのだ。誰が仕切れると思ってるのかこの人数、いや仕切れるけどさ。

 幸いダンジョンではPTという仕切りでは8人が限界であるが、ドロップ自体は均等にチームとして組んでいれば行き渡るため、そんな大人数でも進行することが可能であった。それでも100人が限界だが。


 だが私がしたことは70人の一人として待たず、自らが誘っていた4人さえも置いていき最下層の200階層へソロで辿り着くという事をしたのだ。

 画面を見つめヴェスの続きの言葉はなく、仕方なく言葉を紡ぐ。


ユキ:今回のアプデさー


 ヴェスタリアとは3年前から知り合って、今ではリアル(現実)でも連絡を取り合う仲だ。180層付近に辿り着いた時にヴェスタリアともう1人リアルで連絡を取り合う仲のルーリアからは、「朝の6時頃Inするから作戦を立てるから起きていて」とメールが来ていた。そしていざ意気込んで早めにInしてみればアナウンスで――ユキさんがダンジョン最下層に到達いたしました!迷宮踏破の報酬としてユキさんは――とここで未だに途切れたままのアナウンスであったが、これだけでも十分であろう。裏切られたと思い至るには。

 だからこそ伝えなければならない、このアップデートで起こったことを。


ユキ:システムの欄に1個コマンド増えてるから確認してみぃ


 流石に0時から5時。たった5時間で100階層から200階層。1PCでは限界があったため5PC、つまりは独立して存在している5人のキャラクターを操作して踏破したわけだが体が非常に重い。

 攻略サイトに載せれるだけの試行錯誤を1人でやっただけある。それ以上に体力的にも精神的にも限界だというのは、この濃い5時間を振り返れば明白であった。

 180層付近であまりの辛さと1人という寂しさで泣きそうになっていたが、ヴェスタリアとルーリアの連絡で、どうしてかInできないという旨が伝えられたため、意地になって突き進んだのだ。

 再びログの存在する画面端へ視線を戻せば、ヴェスが発言していることに安堵する。人と話すことは例え顔を合わせずとも、どんな言葉も相手にとって本心が伝わらなければ傷つける事もあり得るのだ、緊張しないはずがない。ヴェスはいかにも怒ってます!な動きを解除し今度は不思議そうな動きへ移行させた。


ヴェスタリア:Reincarnation?

ユキ:うむ。あとヴェス、リアとアカとエルにもそれ確認させておいてくれー

ヴェスタリア:ちょっと

ヴェスタリア:まだ肝心なこと聞いてない

ユキ:メールで送っといたわーんじゃぁねるですのんー


 眠気と言うのは人間の3大欲求と言われるだけあり、耐えれるものでもないのだ。言うが易し、ユキ――いや、そのキャラクターを操作する藤堂瑞樹(とうどうみずき)は敷いてある布団へと、椅子から離れダイブした。そしてまどろみへ旅立ってゆく。

 その間思い浮かべたことは、ああ……間に合ってよかった。の一言であった。起動させたままの画面には、Mailと表示され以下の文章が書かれていた。


 『このたびユキ様には我がリズウァルト・オンライン挑戦権が与えられました。ダンジョン60層開放により最下層となる200層を開放致しました。つきまして挑戦の内容は、ユキ様単独にて全プレイヤーのオフライン解除時刻となる午前6時前に到達、又守護する者を討伐がクリア条件となります。クリアされた暁にはユキ様を除いた4名の自動キャラクターデリート機能解除、およびメリークリスマã。万が一失敗致しました場合、ヴェスタリア「坂月恵利(さかづきえり)様」赤狐「久藤織音(くどうしおね)様」エルエッタ「椎名茜(しいなあかね)様」ルーリア「椎名明希(しいなあき)様」4名のアカウントデリート及びリズヴァルト・オンラインにて発言権が最もある5名を同上と致します。それではご検討をお祈りして早々。

 注記:棄権されし場合も失敗となります。』


 普段ならば午後4時には既に開放されるハズのメンテナンスが、ヴェスタリアとルーリアにリアルで連絡を取り確認を行えば自分だけしかオンラインになることが許されていなかった。その時点でMail内容の真偽を確かめる前に体が動いていた。

 文字化けの部分が怪しいと感じるがそれ以上に失敗、もしくは棄権の部分を考えれば取るに足らない裁量だったのだ。ゲーム程度に、そう思う者もいるだろうが、それでもユキとしてこのゲームには思い入れが強すぎた。顔を合わせず嘘をいくらでも並べる事が可能な世界でも、楽しかったのだ。それだけで十分必至になれる材料だった。

 ユキは別段トッププレイヤーに並べられることは稀にあれど、本人はそうは感じていなかった。ただ誰もが適当な情報しか仕入れず、戦略もまともに練らず、諦めの早い人が多い世界。そんな中ひたすら使えるものは使ってやると、情報を吟味、検証、1人1人の性格を考慮し、指示を出せる故の戦略。課金性が強い物でもいくらでも上りつめることが出来たのだ。だからこそ諦める言葉を知らずに嫌い、今のユキがある。

 ヴェスタリアを合わせた4名、それに併せ発言権のある5名だってすぐに思い当たる。同じイベンテーターとしてお世話になったことがある、同じダンジョン踏破者として何度もふざけ合いながらも競いあった、もっと情報を利用できないかと話し合い運営さえ動かし新たなシステムを独立させた、絵を描くのが好きだからと同じ気持を持つ者を集めるためにゲーム内で絵を存在出来るようにした、同じように妬まれ根も葉もない噂を流され傷ついたからこそ、手を取り合い人を大勢を動かした。

 たかがゲーム、それでも人の営みが確かに存在したのだった。


 ――だがもうユキにはいらないものになってしまうだろう……

 パリ……と放電するかのような音を立てながらMailの文字化け内容が鮮明になってゆく。「メリークリスマã」長く意味をなさなかった文字列は少しずつであるが収束する。時計が午前6時を周り、朝鳥鳴く頃にようやく意味を成す文字へと変わる。

 『藤堂瑞樹の死』





 

20**/03/23 **:**

――高校3年を卒業し終えた藤堂瑞樹さんが死後6日経った状態で発見。死因は心臓麻痺。藤堂さんは進学を控えており――



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