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第9話 『フットサル』と書いて『代理戦争』と読むんです。(後編)

1.


 俺が駅の改札を出ると、市民病院行きのバスがちょうど出発するところだった。走って飛び乗る。座席に収まると、携帯に溜まった彼女からの心配に返事する気もおきず、呆然と街の雪景色を眺め続けた。

 急展開にいちはやく反応したのはゲンゾウ。手早く携帯で魅琴ちゃんとお母さんに連絡を取り、うちの3体を預かってもらう手はずを整えてくれた。躊躇する俺の背中を押してくれたのは、スミだった。

『もし試合が再開したら、スミがんばるから。行って』

 魅琴ちゃんのお弁当のおかげで余っていた俺用の昼飯を、新幹線の車中で食べた。こんな時に、でもこんな時だからと冷たい飯を無理やり喉の奥に詰め込んだ。

 病室の前に到着すると、お袋が妹(つまり俺にとっての叔母)に支えられて泣いていた。119番通報が早かったのが幸いして、親父は一命を取り留めたらしい。今後どうなるのかは、俺を待って医者から聞くことになっていた。

 兄貴はと聞くと、バイトで今日は来られないとのこと。俺もそういえばと思いだしてバイト先に電話した。シフトは店長が入ってなんとかするとの返事にほっとする。

 そして呼ばれた一室で病状の説明があった。取りあえず3日ほど経過措置で入院して様子見。安堵のため息をついた俺たちに、医者は告げた。

「まだ快方に向かっているわけではありません。予断を許さない状況ですので」

 再び泣き始めるお袋をかばいながら、入院の同意書にサインして、俺たちはいったん家に帰って、入院に必要な一切合財を準備して病院にとんぼ返り。そんなこんなで家の風呂に浸かれたのは夜9時過ぎ。病室に泊まると言って聞かないお袋を叔母と2人で説得していたら、こんな時間になってしまった。

 しばらくして風呂を出たことをお袋に声をかけた後、自分の部屋に戻る。掃除嫌いなお袋の性格が見事に反映された黴と埃臭い空気に閉口しながら窓を開け、また降り出した雪を眺めながら俺は携帯を手に持った。

 フットサルの大会はやはり延期になったとのこと。これで、疲れのリセットされた相手と戦わなければならなくなった。そのことに悄然としながら、みんなからのメールに返事を打ち続ける。

 クァンロン日本支部からもメールが届いていた。この間石松が言っていた、一連の事件に関する勧告だ。

『事件の状況に鑑み、

 1.ドラゴン1体のみ、もしくはドラゴン1体とブリーダー、オーナーのみでの

   夜間の外出を控えること。

 2.何者かにおびき出されていると思われるため、細心の注意を払うこと。

   不安な場合は迷わず警察に相談すること。

 3.やむを得ず夜間に外出する場合は、周囲に気を配り、異変を感じたら

   すぐ警察に通報できるよう準備しておくこと。               』

 ……何も具体的な話のない、勧告というより注意事項の伝達じゃん、これ。どこそこからの連絡には反応しないとか、もうちょっと踏み込んだ内容のが来ると思ってたのに。俺はクァンロンからのメールを閉じて本命に取り掛かろうとしたが、その魅琴ちゃんからのメールは、

『何時でもいいから、落ち着いたら電話ください』

 電話に出た魅琴ちゃんの声色に、安堵したかのような雰囲気を感じる。親父の病状のことを告げると、それとは違うと言われた。

『だって、心配だったから。ちゃんと新幹線に乗れたかな、とか、無事に着いたかな、とか』

 すまないね、頼りない男で。そう言うと、……何も返ってこない。はっ! この展開、前にウォルトランドで――

『ぐす……酷いよ、淳平君』

 慌てて平謝りを重ねて、ようやく機嫌を直してもらう。

『ごめんねわたしも。お父さんのこと、心配だよね、淳平君。なのに……』

 素直に受け入れて、話が親父のことに戻ったので、明日午前中にもう一度親父の見舞いをして、早ければ午後に東京に戻ることを伝えた。

『うん……あのね、淳平君』

「ん?」

『ごめんね……その、わたしのわがままに巻き込んじゃって』

 俺は笑って伝える。

「俺が君と一緒に住みたいって思ったから、お父さんとお母さんにそう言ったんだよ。……まあ、その前に魅琴ちゃんにめっさ見つめられてたけどな」

『うん……』いやなぜそこで黙る。

 その後たわいのない話をして、アマネたちに順番に替わってもらった。飯が豪華らしい。そりゃよーございましたね。

 電話が終わると俺は窓を閉めた。もう暖房を点ける気もおきず、布団にもぐりこむ。徐々に温まっていく布団の中で、魅琴ちゃんやアマネたちのことを考えているうちに、俺は眠りについた。


2.


 翌朝、階下の騒がしさに目が覚めた俺は、生あくびを噛み殺しながら丹前を羽織り、下へと降りていった。朝飯はできているんだろうか、でもきっとそれどころじゃないだろうな。そう考えていた俺は、まだ続いている店での騒ぎに不安を感じてのぞいてみることにする。

 店、つまり両親で経営している甘味処の店内では、お袋と叔母がもみ合っていた。2人の間に割って入り話を聞くと、お袋が店を開けようとして叔母が止めているのだという。

「店は続けなくちゃならないんだよ! 昨日もお昼で臨時休業しちゃったし、このまま廃業なんてできないんだよ……」

 そういうと、お袋は泣き崩れてしまった。なんだろう、この動転っぷりは。

 何かある。俺の頭に点り始めた警戒信号は叔母にも搭載されていたらしい。2人で問いただすこと15分、俺と叔母はお袋の口から告げられた事実に愕然とした。

 親父とお袋は、年末に銀行から借金をしていた。そのお金で店を改装し、古ぼけてきた什器類も一新し、残金で厨房の機器も一部更新した。その矢先のこの事態だったのだ。

 いや、もう1つ、主に俺を襲った衝撃がある。来年4月に跡を継ぐため、兄貴がこの店に戻ってくるもんだとばかり思ってた。それがどうも、この期に及んで曖昧になってきているのというのだ。さらに問い詰めると、実際は一度も言質を取ったことがないという。この一連のリニューアルは、兄貴にUターンを促すためのダメ押しになると思っていたらしい。

「じゃあなにかい? 達平ちゃんがバイトだって言って来てないのは……」

 それにかこつけて知らぬ存ぜぬを決め込むつもりなのか。叔母の無言の問いかけに、お袋はまた泣き崩れてしまった。

 2階の部屋へ飛んで帰って携帯を引っ掴んだのは、むろん兄貴を問いただすため。俺の頭の中は沸騰していた。

 5回ほどリダイヤルののち、兄貴はたるそうに電話口にお出ましあそばされた。今回の顛末を改めて話す。帰ってきたのは、変わらずたるそうな兄貴のお言葉。

『なにいきり立ってんだ? お前。俺は店を継ぐなんて一言も言ってないんだぜ? そんなに店が大事なら、お前が継げよ。忙しいから、じゃあな』

 お忙しくも大あくびを残して、兄貴は一方的に電話を切りやがった。

 1階に戻る。店ではなく居間のほうから声がするので足取り重く向かうと、机の上に書類を乗せて、まだ涙が止まらないお袋と、目をつぶって黙り込む叔母がいた。

 書類に書かれた数字を見て愕然とする。よくもまあ(というほど俺も詳しいわけじゃないけど)こんなに貸してくれたもんだ、という金額がそこには載っていた。

「とりあえず、だんなさんの回復を待ちましょ。それしかないわ。淳平ちゃんだって大学があるんだし」

 叔母の一言を機に、時は動きだした。今日も臨時休業にして、午前中は親父の見舞い。俺は予定通り午後の電車で大学に戻ることになった。お土産を2つ持って。1つはバイト先の店長に。あと1つは魅琴ちゃん家に。

 夕刻、帰り着いた改札口で、魅琴ちゃんが白い息を手に吐き吐き待っていた。お父さんを振り切って来てくれたんだろう。そんな彼女に感謝しつつ、まずうちの売店から見繕ってきた甘物の土産を渡した。そこまでが限界。魅琴ちゃんの元気のよい声が耳を通り抜けていく。くそ。

 俺の変調に気付いたのだろう、首をかしげる魅琴ちゃん。そんな彼女に俺は倒れこんだ。少しぐらつきながらも抱きとめてくれた魅琴ちゃんの細い体に手を回して、でも彼女の顔なんてとても見ることができなくて。震える舌を無理やり動かして、俺は彼女の背後にある虚空に告げた。

「俺、大学を辞めることになりそうなんだ」って。


3.


 土曜日。決戦の日のはずなのに、俺は布団から起き上がらずにいた。

 遠い。すべてが遠い。

 これでうちのチームが勝ったからって、なんになるんだ? 大学も途中退学して、ドラゴンの養育も辞めて、故郷に帰らなきゃいけない。その可能性は日々高まってるんだ。

 親父の病状は一進一退。もう急性期じゃないからとか言われて市民病院からは追い出され、改めて別の病院に入院している。

 お袋は店を長く休みにできないからって、あれから2日後には営業を開始した。今は叔母に手伝ってもらいながらやってるけど、あれから何かとナーバスなお袋プラス不慣れな叔母で店はきりきり舞い。叔母が毎日来られるわけではないためバイトを募集したそうだが、まだ誰も来ない。だから叔母が来ない日は臨時休業。

 これがお袋1人で切り盛りできるような閑古鳥さんウェルカムな店なら、そもそも銀行がお金を貸さないわけで、観光地に近いこともあってそれなりに繁盛しているんだ。子供のころはどこにも連れて行ってもらえないのと引き換えに、店に立てば即金でお小遣いがもらえて楽しかった。その店が、こんなにも重く俺にのしかかってくるなんて。

 こっちに帰ってきてから昨日まで、講義の合間に打てる手はすべて打った。学生課に行って授業料免除の申請の仕方を聞いて、クァンロン日本支部に状況を連絡して、大家さんに状況を説明して。

 学生課の答えは、『免除申請は来年度から。通るかどうかは申請内容次第です。でも、ドラゴンを養育してるんですよね?』。クァンロン日本支部の答えは、『養育費の増額は残念ながらできない。状況を見てまた相談に来てくれ』。大家さんも、『ごめんね。うちも余裕があるわけじゃないから』。

 ですよね。ですよね……

 取り合えず手元には、クァンロン日本支部が作ってくれたシミュレーション資料がある。今の俺の収入だとドラゴンを手放さないためには、バイトをさらに増やして、授業料の全額免除が通って、家賃や食費が値上がりしないことが条件となっている。正直、バイトをこれ以上増やしたらあいつらの面倒を見る時間がなくなって、本末転倒だ。

 あいつらとお別れ……成体化して巣立っていく日のことを思ったことはあっても、まさか俺の仕送りが打ち切られて、なんて。

 あいつらはいない。この1週間、坂崎家に泊まり込んでいる。『淳平君が動きやすいように』って魅琴ちゃんのお母さんは言ってくれたけど。

 親父がいよいよ復帰不可能となったら、俺に選択が突きつけられる。

 大学を辞めて実家を継ぐか。大学を辞めない代わりに仕送りを打ち切られて、ドラゴンたちを手放すか。

 答えの出ない堂々巡りのループに嵌っていた俺の耳に、携帯の着信音が届いた。魅琴ちゃんだ。今部屋にいるのかって? ああ、いるよ。そう答えた次の瞬間、玄関で聞き慣れた物音がした。

 カシュ。

 誰かが玄関の鍵を開けたのだ。そいつは続いてドアを開けようとして、チェーンロックに引っかかった。

(淳平君! 開けて! 淳平君!)魅琴ちゃん?

(魅琴さん、ちょっと退いてください)ゲンゾウ?

(こういう時は、この間エライさんに教えてもらった方法で……)何をする気だ?

「やあ」

 ビチッ!!

 あいつ、ドアを引っ張ってチェーンロックを破壊しやがった!

 驚いて布団から起き上がった俺の元へ、魅琴ちゃんがやってきた。

「これ、返すね」

 そういって差し出された合鍵。あの時渡した……

「淳平君、グラウンドへ行こ? 準決勝、勝ったんだよ」

 どうしてそれが、俺の行く理由になるの?

「みんな、淳平君のために戦ってくれてるんだよ?」

 そして彼女は話してくれた。俺が情けなくも萎れて帰ってきたあの晩のことを。

………

……

 家に戻ってきて、ついにこらえきれなくなって嗚咽を漏らし始めた魅琴ちゃん。それに気付いたアマネたちがわけを聞き出して、坂崎家は大騒動になった。

 したり顔で何やら言おうとしたところを奥さんににらまれて、沈黙する魅琴父。

 その奥さんはしばらく考え込んだ後、魅琴ちゃんが持っていた俺からの土産に目を止めると、それを受け取って夫とともに奥へと消えた。

 ゲンゾウがジョータローたちに通報している傍らで、おろおろするばかりのアマネたち3体。

 それから20分くらい経った頃、坂崎家にジョータロー、メグ、そして監督がやってきた。そしてジョータローの開口一番は、

「いや、良かった良かった」

「あぁ? 魅琴さんがこんなに泣きじゃくってるそばで、良かっただとぉ?!」

 普段温厚なゲンゾウがキレて詰め寄るのを手で制して、ジョータローは言った。

「良かったじゃねえか。目標が明確に決まってよぉ」

 怪訝な顔をする一同を一眺めすると、ジョータローは腰に手を当てて語りだした。

「なんだよ、誰も考えなしかよ。俺たちが戦うモチベーションができたって言ってんだよ。

 いいか? 今週末の大会で優勝して賞金をゲットすりゃあいいんじゃねぇか。約束だと、監督も入れて7体で賞金山分けだろ? 100万円を7体で分けて、アマネちゃんたちは合計……えーと」

「42万円。メグ的には端数の2万円も足しちゃってよし」

「お、おう。サンキューな。それだけありゃあよ、大学の授業料ってのがいくらか知らねぇけどよ、あそこの家賃と食費何カ月分かにはなるじゃねぇか」

 それを聞いたアマネたちの目つきが変わった。さらにジョータローは続ける。

「淳平さんと別れるの、嫌なんだろ? だったら戦って、勝とうぜ!」

 メグが監督のほうを向いて言った。

「何か、プランを考えてきたんだよね? 教えて。でもメグたち、サッカー部員みたいにはできないよ?」

 監督は頷いて、

「うん、それはわかってる。でもあと2試合、全員で動き回って敵にプレスをかけなきゃいけない。タケヒロ対策のシフトも。できる?」

 即断。眼に涙を溜めながらスミが立ち上がって言った。

「やる。お兄ちゃんとまだ別れたくない」

 アマネとリオも頷きあう。ゲンゾウが声を上げた。

「よし! じゃあアマネちゃんたちはもうしばらくここで合宿だね! 淳平さん、多分今週は自分のことで手一杯だろうし」

 アマネやリオが、さすがにあと6日間あまりご厄介になるのはと躊躇しているところに、魅琴ちゃんのお母さんが顔を出した。

「私はいいわよ。もらえるものはもらったし」

 その母が手にしているのは、さっきの土産の包み紙。怪訝そうな一同の表情を意に介さず、彼女は続けた。

「練習するためのグラウンドが必要ね。魅琴、明日朝一で予約に行きなさい」

 それから、と母は娘に言った。

「金曜日まで、高城さんとの接触禁止。アマネちゃんたちもね」

 湧き上がる抗議の声にお母さんは反論する。

「この事態を切り抜ける方策を、高城さん自身で探してもらわなきゃだめよ。44万円なんて結構な額でも、しょせんアブク銭。それが尽きた時にどうするの? こんなときこそ、今までの自分の生活を見直すいい機会になるの。アマネちゃんやリオちゃん、スミちゃんたちもね」

 こうして、毎日放課後の練習が始まった。相手にプレスをかける練習とタケヒロ対策。そしてもう1つ、監督発案のオプションの。

……

………

「そろそろ決勝戦が始まるわ。連日の特訓のせいもあって、みんな疲れてる。だから淳平君が行って、成り行きを自分で見届けに来たってみんなに示してほしいの。それがみんなの力になるの。

 だから選んで、淳平君」

 説明を聞きながら思わず立ち上がっていた俺に向かって、魅琴ちゃんは言った。

「わたしにもう一度、その鍵をくれる? それとも、さっきみたいにフテ寝する?」

 開けっ放しの玄関からの逆光でもわかるくらい、魅琴ちゃんの眼は厳しく、綺麗で、そして涙に濡れていた。

 ごめんな。そんな眼をさせるような俺で。

「行こう」

 魅琴ちゃんの手に合鍵を握らせると、俺はフル回転で支度を始めた。


4.


 ゲンゾウを先に飛び立たせて急いだグラウンドへの道すがら、コミュニティバスの車内は人もまばらで、おかげで俺は彼女とのひと時を手を繋いで時々見つめあうことで過ごせた。

「そういえば、さ――」

 行程半ばほどでの俺の切り出しに、小首をかしげる魅琴ちゃん。

「なんで、俺なんだ? いや、こんなこと聞くなよって思うかもしれないけどさ」

 んー、と少し考える素振りをして、彼女は応えた。

「大学に入った時からずっと、何かあったときに必ずそばにいてくれたのが淳平君だから、だよ」

 そんな憶え、全くありませんが。

「私が傘忘れて雨に降られた時、傘貸してくれたことは? ゼミでグループ組む時あぶれた私を誘ってくれたことは? サークルに入るかどうか迷ってた時に、背中を押してくれたことは? 全部、淳平君なんだよ?」

 あれもこれもそれも、と数々の俺の行いを挙げていく魅琴ちゃん。いくつかは思い出したけど、それ、ほんとに俺なのかってものもある。言おうか言うまいか悩んでいると、脇腹をつねられた。ばれたかな?

「ふんだ、どうせ置き換わってるんでしょ? わたしがなつめちゃんに」

 そっちか。いや、気まずい状況に変わりはないんだけど。魅琴ちゃんを恐る恐る見ると、彼女は少し拗ねて、それからくるりと変わって上気した顔で宣言した。

「でも、もうそれはいいの。これからいっぱい淳平君と思い出作って、全部塗り潰しちゃうから」

 なつめちゃんの顔も声も思い出せないくらい。そう言ってにっこり笑う俺の彼女。分かったとうなずいた4分後、バスはグラウンドの停留所に到着した。



 決勝戦は前半を終了して、なんと0-0。うちのメンバーは皆座り込んではいるものの、目の光は生き生きとしている。

 対照的に向こうはやや険悪な雰囲気。タケヒロが地面のペットボトルを蹴り上げ、アキラにたしなめられている。メグによると、うちの対策が功を奏して、彼は自由に動けなかったらしい。ラフプレーが次第に目立ち始め、前半終了間際にはイエローカードまでもらっていた。

 コート脇に近づくと、俺達に気が付いたドラゴンたちに、手を繋いできたことを冷やかされた。それもつかの間、レフェリーの笛が鳴り響く。動き始めたドラゴンたちを呼び止めて、俺は頭を下げた。

「俺の問題にみんなを巻き込んじゃってごめん。よろしくお願いします」

 ドラゴンたちはちょっとだけ目を見張ると、にっと笑ってセンターサークルに向かっていった。

 やがて笛が鳴り、決勝戦後半開始。こちらのメンバーはジョータロー、ゲンゾウ、メグ、アマネ、リオ。キーパーはリオが務めるようだ。相手は相変わらずタケヒロのワントップ。そのワントップの猛攻が始まった。

 タケヒロのシュートは明らかにヤバイ。経験者って、ボールを蹴る音が明らかに違うよね? そのいい音が立て続けに響き、そのたびに心臓がキュッと縮む。そのたびに前線から駆け戻ったジョータローやゲンゾウが体を張ってシュートをブロックし、防ぎきれないやつはリオが飛びつく。

 下がってボールをもらいドリブルするタケヒロに、ジョータローが絡んで時間を稼いでいる間に残りのメンバーがパスの出所を塞ぐ作戦がはまって、なかなかシュートまで持ち込ませない。そのかわりこちらもトラップの精度がいまいちで、こぼれ球を相手選手に拾われて攻められたりして、センターライン付近でボールが行ったり来たりする接戦になった。

 あちらのコーチボックスを見ると、アキラ以外の元HDリーガーがいない。魅琴ちゃんに聞くと、四天王さんたちは先週のあの1日だけという契約だったらしく、キョウスケとタケヒロに声をかけた手前、アキラが手弁当で今日の監督として来ているらしい。相手の守備ブロックが先週の試合と比べて動きが鈍いのはそのせいなのか。ほんと人望ないんだな、あの人。

 それにしても、見ていて胸が痛い。特に相手がシュートを打つと、心臓がキュッとなるのは相変わらず。手を繋いで横にいる魅琴ちゃんを見ると、彼女も同じようだ。俺の視線に気がついてお互い苦笑いしているうちにメグが手を挙げ交代のサイン。ちょうどボールがサイドに出たため、メグ out、スミ in 。そのスミを狙ってドリブルを仕掛けるタケヒロだが、アマネがうまくカバーして突破までさせず、またタケヒロがいらいらしだした。後半、あいつはまだ1本もシュートを打てていないからな。

 一方こちらの攻撃はさっぱり。やはりこちらも蹴り上げてアマネの急降下頼みで、ポストに嫌われたりキーパーキョウスケの真正面だったりと、どうにも決まらない。

 このままだと延長戦、下手するとPKか。うう、心臓が持たない。俺がそう思って空いているほうの手で胸を押さえ始めた後半14分過ぎ。目先を変えようとしたのかドリブルで攻め上がったジョータローが、お返しとばかりマッチアップしてきたタケヒロにボールを奪われてしまった!

「戻って! 戻って! スミちゃんは時間稼いで!」

 監督の指示もかすれ声。タケヒロのドリブルの正面、スミが一瞬縮こまって、それから猛然とタケヒロに向かっていく。

 軽くかわすつもりがしぶとく粘られ、タケヒロの進撃が止まった。駆け寄ったゲンゾウがボールを奪って、それをまた奪いに来たタケヒロをかわすためにゲンゾウはボールをスミにパス。その時――

「きゃああ!!」

 タケヒロが、トラップミスをしたボールに追いついたスミの踵付近を蹴り上げてしまった。悲鳴を上げて倒れ、蹴られた足を押さえて動かないスミ。激怒したアマネたちがタケヒロに詰め寄るのを押さえた審判が、彼にイエローカードを提示。2枚目をもらって、肩を落として退場していくタケヒロと入れ替わりにピッチに急行した救護班がスミを運び出してきた。

「魅琴ちゃん、ごめん」

 俺の断りに彼女がうなずくのを待たずに、スミの傍らに駆け寄って人工芝に膝を突く。呼びかけると、スミは目を開けて俺を見つめてきた。

「お兄ちゃん……」

 ありがとな。いや、ごめんな。そう言って俺がスミの頭を撫でていると、代わって入ったメグの大声がピッチから聞こえた。

「さあみんな、行くよ!」

 時間はすでにロスタイム。ジョータローの間接フリーキックで試合開始。ポーンとサイドチェンジしたジョータローのパスを、メグがトラップして足下にボールを収める。何やってんだ、早くしないと延長戦になっちまうのに。

「ジョータロー!」

 しばらく溜めて、メグが思いっきり蹴り上げたボールはコートを斜めに横断してまたサイドチェンジ。ヘディングでクリアーしようとした相手選手の飛翔はわずかに届かず、少しずれたがボールは敵陣へ上がっていたジョータローの胸元に届いた。そのジョータローがちらと上を見上げた先。そこにはアマネがいつの間にか飛び上がり、高く高く飛翔していた。宙返りして急降下を開始! 向かってきた相手をフェイントでかわしたジョータローがセンタリング!

「ゴールとボールの間に入れ!」

 アキラの指示が飛び、相手選手が走る。壁が間に合いそう。いや、それにしてもあのセンタリング、ちょっと低すぎる。ああやっぱり、アマネの頭に合わない――

「リオちゃん、行っけぇぇぇ!!」

 傍らのスミの大声と、メグの叫び声がハモった。声援の向かう相手、リオが目いっぱいの羽ばたきで、自陣ゴール前からの長い距離を使って信じられないほどのスピードで敵ゴールめがけてかっ飛んでいく。両腕を前でバツの字に組んで。……ってお前それ、ドラゴンロケットじゃん! そのままだと怒涛のハンドだぞ、おい!

「うぅぅりゃあああああっ!!」

 敵ペナルティエリア上空でリオが翼を捻じ曲げ、尻尾でバランスを取りながら斜めに回転した。目一杯伸ばした右足の踵を使ってボールを地面に蹴りつける! 回転で削がれながらも飛翔の勢いを乗せたボールはキーパー・キョウスケの横で弾んでゴールの天辺に突き刺さった。

 ゴールに駆け寄った相手選手がボールをセンターサークルに戻そうとするも、2歩走ったところでノーサイドの笛。

 やった! やってくれた! 優勝だ!

 その実感をかみ締める間もなく、歓喜のあまり俺をベアハッグしてくるスミ。苦しい……と思ったのもつかの間、抱擁から解放された俺のすぐ傍には、魅琴ちゃんがいた。

「はい、魅琴さん」

 スミが、泣いているのか笑っているのかわからない顔で俺を彼女のほうに押し出す。

 俺と魅琴ちゃんはしばらく見つめあったのち、涙でくしゃくしゃの顔をした魅琴ちゃんが先に動いて、俺はあの日の夕方とは逆に彼女をしっかりと抱きとめた。

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