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第8話 『フットサル』と書いて『代理戦争』と読むんです。(前篇)

1.


「ていうか、あんた思いっきりチームメイトじゃないかぁ!!」

「ごふぉあぁっっ!!」

 アマネとリオのダブルラリアットを食らったゲンゾウが結構な距離を吹っ飛んでいき、コート脇の人工芝の上を滑っていく。

 ここは区営グラウンド。今回の区民フットサル大会は、ここに昨年増設された全面人工芝のフットサル場が会場だ。先週の土日がヒトの試合で、今日土曜日はドラゴン・フットサル幼体の部。朝も早よから曇り空の下、ドラゴンたちの熱戦が始まろうとしている。

 ドラゴンと付いたって、別にルールはヒトのそれと違うわけじゃない。飛翔してもよいとはいっても背や翼にボールを載せて運ぶのは反則であることくらいだ。

 ゲンゾウは痛む首をさすりながら戻ってきた。

「ほんと勘弁してくれよぉ。あれは奥様に言われて仕方なくやったんだってば~」

 弁解しきりのゲンゾウに、今度は言葉の槍が向けられる。

「お前ぇは悪ノリが過ぎんだよまったく。こないだもそれでモモちゃん泣かしてたじゃねぇか」

「うん、メグ的にもドン引き」

 ジョータローとメグの言葉が突き刺さったらしい。ゲンゾウは胸に手を当てバタンキューとわざわざ口にして倒れた。いやそこが悪ノリだっちゅうの。

 ジョータローは憎っくき――いやまあ今更サラサラなんだけど――石松が養育しているドラゴン。アマネより白い毛筋の多い黒い体毛を持っている、精悍な顔つきのドラゴンだ。

 メグは憎……くはないが、これまた今更な猿渡さんの養育している白い体毛のドラゴンだが、普段ヂャラヂャラ身に着けている様々なアクセサリーがないため別個体のような印象。彼女はややおっとりした風貌と口調に似合わず、意外と身体能力が高い。

 ちなみにこの2体、リオ情報によるとそれぞれ彼女と彼氏がいるそうで、そりゃ帰りづらいわなジョータロー。

「ま、まあほら、高城君のこともあるけど、怪我しないようにがんばって」と猿渡さんがハッパをかけ、

「いやいや、目指せ優勝賞金100万円だ!」

 と石松が無駄に高い目標をぶち上げる。どうも賞金をドラゴンで山分けする約束になっているようだが、

「ちょっと、慶介君! 無茶言わないでよ! メグが怪我したらどうするのよ!」

「大丈夫だって、なつめはほんと心配性だな」

 にらみあう2人。実は仲悪いのか? それを横目で見ながらジョータローが俺に囁く。

(最近ずっとこんな感じで、寄ると触るとケンカなんすよ。ほんと帰りづれぇのなんのって、参りますよ)

 ああ、そっちだったんだ。俺は続くジョータローの愚痴を聞き流しながら、会場をそれとなく見回す。確かメインスタンド真ん中らへんのD列にいるってメールで……いた!

 こちらに気付いたのか、元気に手を振る魅琴ちゃん。左右の動きにつれてマフラーも揺れている。

 その横にはお母さんと、この遠距離からでも明らかに渋面のお父さん。魅琴ちゃんを制止しようとして奥さんににらまれてる。俺も手を振り返し、お父さんの渋面がさらに濃くなるのを眺めていると、アナウンスが流れた。

《鰐ガ淵幼体学校Gチーム対モブ・ブラヴォーズの試合はAコートで9時30分開始予定です。選手は5分前までにAコートに集合してください。繰り返してお伝え……》

 お、いよいよ大会第1戦だ。ダメージから回復したゲンゾウが声を上げる。

「よぉーし、いっちょやったるぜぇ!」

 気勢を上げる俺たち。スミだけが小さく、消え入りそうな声で「おー……」と合わせていた。


2.


 大会は8チームを2リーグ4チームずつに分けてまず予選を行い、それぞれの上位2チームが決勝トーナメントに駒を進めることになる。試合は15分ハーフで前後半戦を行う。

 出場メンバーについては『サッカー人口の裾野を広げるため』というお題目により、現役サッカー部員やクラブ関係者は監督やコーチとして参加可能。それ以外のサッカー経験者は試合に2名のみ投入可能。

 "経験者"なんて、黙ってりゃわかんないだろうって? そこは各自の良識的な判断に任せられているが、そうでなくても経験者ってやつは『素人とは違うのだよ! 素人とは!』と叫び、なにかと違いを周囲に見せ付けたくなるもの。それに、広いようで狭いこの区のこと、元サッカー部のドラゴンなんてそれこそ最近の転入者でもない限り、なにかしら面が割れてる。

 というわけでこの区民大会は毎年、経験者が1体では華麗な連携で相手を翻弄することも難しく、3体抜き4体抜きなんて芸当はそもそもドラゴンにはできず(脚捌きなどボールコントロールの繊細さではヒトに譲る)、どことなく大味な試合展開になるようだ。今俺の眼の前で行われている試合もまさにそう。

 キーパー・ゲンゾウが相手の放ったシュートを無難にキャッチし、すぐ前に放る。それをリオがヘディングでさらに前へ流し、ジョータローが相手選手と競り合いながらドリブルで突破。相手の守りにも構わずシュートを放つ。相手の1人が足を出して弾いた球に別のドラゴンが反応し、大きく蹴り上げた。すると、

「やあぁぁぁっ!」

 いつの間にか飛び上がっていたアマネが、彼女に気付いて邪魔しに来た相手選手をかわしながら急降下してヘディングシュート! どうみても素人の相手キーパーが飛びつけるはずもなく、ボールはゴールに吸い込まれた。

「これで3-1、と。メグ的にはらくちんらくちん」

 うちの監督(鰐ガ淵幼学サッカー部員のドラゴン)が立てた戦略は、最大5試合戦うことになるため、6体の中で一番動きの鈍いスミには第1試合と第2試合フル出場してもらい、稚体時サッカー経験のある我がチームのエース・ジョータローの体力をできるだけ温存するというもの。そのためにもスミには頑張ってもらいたいのだが。

「ありゃりゃ、スミちゃんへたり込んじゃった」

 試合開始から10分過ぎて、早くもスミが交代サイン。その脇を相手の攻撃が邪魔されずに通り過ぎていき、そのままシュート。かっこよく横っ飛びしたゲンゾウの下をゴロでボールは転がり、3-2。

 メグと交代して戻ってきたスミの背中を撫でてやる。

「お疲れさん。このまま前半は休んで、後半からまた頼むな」

 だがスミは何も答えずスポーツドリンクをぶら下げたまま、うつむいて俺たちの集団から離れていってしまった。

「ねぇ、高城君」と猿渡さんは怪訝そう。

「スミちゃん、調子悪いの? 朝から物凄くテンション低いんじゃない?」

 ある意味あなたのせいです、と言いたいのをぐっとこらえて俺は答えた。

「魅琴ちゃんが泊まりに来た日からどうにもおかしくってさ」

 あの日以来、スミに何を言っても『別に』の一言で逃げられてしまうようになった。アマネやリオに相談をしたが、『ほっとけば? すぐ立ち直るよ』としか言わない。それでもと窓辺で丸くなっているスミのところへ行こうとした俺を止めて、リオが言った。

『淳平、あんたにその気がまったくなかったことはわかってる。でも、結果的にはスミを振ったことになっちゃってるんだから、火に油を注がないほうがいいと思うよ』

 俺は、ぐうの音も出なかった。

 "お兄ちゃん"って呼んでくれてたのは、相対的に見て俺のほうが年上だからじゃなかったんだ。こういうことってよくあるんだろうか。まさか養育日誌WEBには書けないし。

 考え込んでいる俺の目前で前半が終了。3-2でうちがリードしている。

 後半は一転して点の入らない、締まらない試合展開。こちらは大事な試合に備えてセーブしたから。あちらは経験者が軽い肉離れになったらしくリタイアして、素人のみの布陣で連携もくそもない放り込み戦術一本槍。終了間際に相手キーパーまで参加してのパワープレイを跳ね返してジョータローがカウンター、1点入れて4-2でノーサイド。まずは無難に1勝を上げた。

 試合を終えて選手たちをねぎらい脇に引こうとした俺たちだったが、向かう先がやけに騒がしい。何事かと思っていたら、隣にいたうちの監督が騒ぎ始めた。

「おいゲンゾウ! あれ、アキラさんだよな?」

「え? だれそれ?」

「知らないのかよ! アキラさんだよ! 昔"HDリーグの四天王"って言われた! ヨコハメ・マリーゲルスとタテハメ・フリュノスが合併する時に7チームから誘われた人だよ!」

 うわあヒロシさんにヨシユキさん、ヒロゾウさんまでいる! 四天王揃い踏みだよおい、と騒ぐ監督。つかあれ、魅琴パパのチーム?

『うん、なんか、絶対にあの小増をギャフンと言わせてやる! って電話しまくってたけど』

 と魅琴ちゃんから返事が来た。

 ギャフンて。その死語な響きに一同大爆笑。つか、あの四天王さんたちは区民なのか? 重ねて魅琴ちゃんに聞いたら違うとのこと。コーチとして呼ぶ分には区民かどうか関係ないと区役所の担当者に確認のうえ、招聘したらしい。

 サッカー小僧にはたまらないらしく、ちっとも試合が始まらない。サインをもらいに、うちの監督まで走っていっちまった。

「そんなにすごいのかね、四天王って」

「それはもう、仏法の守護神ですもの。八部衆まで従えてるのよ?」

 突然横合いから声をかけられて振り向くと、魅琴ちゃんのお母さんだった。なんか俺のつぶやきに対する答えになってない気がしますが。

「高城さん、ちょっといいかしら?」

 お母さんに呼ばれて素直についていく俺。なんの用なんだろう?


3.


 着いたのは、メインスタンドのちょうど下にある会議室みたいなところ。そこにいたのは魅琴ちゃんだった。

「うふふ、この1週間、会ってないんでしょ? 今パパは自分のチームの試合に気を取られてるから」

 試合が終わるまでには戻りなさいね。魅琴ちゃんにそう言って部屋を出て行こうとしたお母さんが振り返って一言。

「ここは一応公共の場だから、あんまり激しいのはだめよ?」

 どうしてもって時は口にハンカチ咥えて、ね。うふふふと笑いながらお母さんは今度こそ出て行った。何を想定してるんだ、あの人は。魅琴ちゃんは真っ赤だ。

「んもぅ……こんな外から丸見えのとこでするわけないじゃない。ねぇ?」

 なんか、エロゲみたいなシチュエーションだな……

「淳平君? 淳平君!」

 痛ててててて! 思いっきり腕をつねられてしまった。妄想タイムを終わらせて、魅琴ちゃんと並んで座り、窓から外の試合を観戦する。繋いだ手は冷たくて、そして変わらず柔らかくてドキドキする。

 そう、あれから1週間、魅琴ちゃんは大学に来なかった。ためらった末、心配が勝って金曜の夜電話を掛けたら、講義の休講が重なったのもあるが、パパが付きまとってきて迷惑かけてもいけないからと言われた。なんでも理事会まで欠席して家にいたようで、改めて聞いても状況は変わっていないらしい。

「うん、この1週間ずっとケンカ。というか、無視しっぱなしだよ。玄関付近に近寄るだけでどこ行くんだってうるさいんだもん、困っちゃう」

 そういって眉をひそめる魅琴ちゃん。俺頑張るよ、って言えればかっこいいんだけど、あいにくの代理戦争ときたもんだ。その代理戦争相手、『ザ・ブリーダーズ』の試合が眼前で行われている。正直それは、俺を唖然とさせるものだった。

 赤茶色の毛を短く刈り込んだドラゴンが主力のようだが、彼を起点にパスを組み立てて連携ができている。プロが試合で見せるようにはいかないもののなかなかに効果的で、相手チームの守備を崩してシュートまで行くことにたびたび成功している。得点板を見ると、現在3-0でリード。

 相手チームもこぼれ玉を拾ってはカウンターを行うのだが、赤茶ドラゴンが駆けつけてたちまちボールを奪い取ってしまう。相手チームの経験者らしきドラゴンとのマッチアップはそれなりにてこずるようだが、その間に駆け戻った全員がゴール前でタイトなゾーンディフェンスを敷いて、それ以上ボールが進入するのを許さない。

 そのコート脇から上がる声に眼をやると、四天王さんたちが選手に声をかけて細かい修正をしているのが見えた。それにしても動きが違う。

「うん、この4日くらい、毎晩集まって練習してたわ。フィールドの選手1人にコーチが1人付いて指示を出してるみたいなの」

 このチームに唯一弱点があるとしたら、控えが1人もいないことか。魅琴ちゃん曰く、もう1人いた経験者のドラゴンが成体化してしまい出場できなくなってしまったとのこと。

 そういう時のために代わりの補充が認められていると思うんだけど、それがどうもうまくいかず今日に到るんだそうな。

 パパ、人望ないから。魅琴ちゃんは苦々しげに言ったあと、ちょっとおどけた表情で俺のほうを見た。

「不束者のパパと娘ですが、よろしくね。淳平君」

 前半部分のお人のことがとても返事に困る俺など関係無しに試合は進み、終わった。6-1。終盤、さすがに動きが鈍くなった『ザ・ブリーダーズ』選手の間隙を縫って経験者のドラゴンがミドルシュート。ゴールポストが弾くのまで想定内だったらしく、経験者が自分で詰めて再び強烈なシュートを叩き込み、一矢を報いていた。

 あ、いけね。試合が終わるまでに魅琴ちゃんを帰らせなきゃいけなかったんだ! 慌てる俺の手を捕まえて魅琴ちゃんが持たせてくれたのは、熊だの河馬だのついたかわいい絵柄のナフキンに包まれた逸物。

「え、弁当……俺にくれるの?」

 驚き半分嬉しさ半分の俺の首に手を回して、彼女の顔が近づく。

 ん。

「じゃあ、またね」

 そう言って魅琴ちゃんはスキップしながら部屋を出ていった。うちのチームとブリーダーズとの試合がすぐ始まる。俺も行かなきゃ。

 だが、ピッチサイドに戻った俺を待っていたのは惨憺たる戦場だった。

 スミが完全にやさぐれて、しくしく泣いている。それを猿渡さんが慰めてくれていたが、コート脇でそんなことされてたら気が散るのだろう、メンバーにどうにも集中力がない。

 しかも、向こう側のライン際でギャンギャンやってるのはなんだと監督に聞いたら、

「ジョータローの彼女2人とメグちゃんの彼氏っすよ。ほら、あいつら同居してるじゃないすか。そのことで揉めてるみたいなんすよ」

 またこんな時にややこしい奴らが……ああもう、ジョータローとメグが完全にケンカのほうに気ぃ取られてるし!

 例の赤茶ドラゴン――タケヒロがこちらを舐めてかかったのか、独りよがりにドリブルを仕掛けて失敗し続けたのが不幸中の幸い。試合は0-4で負けてしまった。


4.


 昼休憩になって、がやがやとメインスタンドに上がっていく俺たち。アマネたちドラゴンは学校の仲間を見つけたらしく、別行動をとろうとしていたので弁当を渡してやる。

「アマネちゃんたち、ほんとになんにも家事しないんだね」

 とメグが不思議そう。だって飼い主殿がと言い訳を始めたアマネにジョータローが、

「ハルトと暮らすようになったらどうすんだよ。まさか淳平さん引き連れて行く気か?」

 そんなところまで話が進んでる……わきゃないな。アマネが真っ赤になって押し黙ってしまったのを眺めつつ、あれ? リオがいない。

 辺りを見回す俺に、メグが黙ってスタンドの裏を指さした。なるほどなるほど。そういうことね。

 さ、俺も飯……なんですか皆さん? 俺の手元を見つめてアチャーという顔をしだしたが、何が何やら。

「ささ、スミ、行くよー」

 また泣き出したスミを引っ張って、ドラゴンたちは仲間のところへ行った。

「高城君って、実はドSだったんだねぇ」

「うん、酷過ぎるな」

 意味の分からぬことをほざきながらいそいそとシートに並んで座り、2人分の弁当を広げだす同棲生物ども。ふんだ、もうお前らには敗けないゼ! 見よ! 俺にはこの魅琴ちゃん特製ランチ――

 ごめんな、スミ。俺は石松の隣に大人しく座ると弁当を開いて甘々の卵焼きを頬張った。

 黙々と味わいながら食べ続けること15分。お腹いっぱいになった俺は、なんのかんのと言いながらいちゃいちゃしている2人の姿に胸焼けさせられて、席を立った。幸せそうな猿渡さんを見るのは、やっぱりまだちょっとつらい。

 腹ごなしに散歩と自分に言い訳をしてぷらぷら歩く。朝方よりさらに黒さを増した曇り空に不安を思えながらうろついているうちに、俺はスタンド裏に来た。ん? 聞き覚えのある声がする。……リオだ。

 そっとのぞくと、リオと一緒に芝生に座っているのは暗灰色の毛並みのドラゴン。魅琴ちゃんのお父さんが養育しているドラゴンだよな、あれ。さっきの試合はキーパーをやってたはず。

「ふう、やっとお腹一杯になった」

 とリオは満足そう。そりゃそうだ、お前ら3体は俺の倍の量で弁当こさえてるんだから。

 彼は羨ましそうだ。リオがわけを聞くと、魅琴ちゃんのお父さんはもちろん、お母さんも作ってくれないという。

「ふーん、でもキョウスケ君の家って、お肉一杯食べられるんじゃないの? ゲンゾウがそう言ってたよ?」

「ゲンゾウは、ね」とキョウスケは苦笑いして言う。

「魅琴さんがお小遣いで食べさせてくれるんだ。俺はスタイル維持とかであんま食べさせてもらってないし」

「そ、そうなんだ……でも、あれだけ動けるんだから、キョウスケ君、やっぱすごいよ」

 リオが耳を赤くしながらキョウスケを褒めた。なにやらキョウスケが盛大に照れてそっぽ向いて、言ったリオまで赤くなってうつむいて。

 しばらくしてリオのほうに向き直ったキョウスケは、

「ごめんな。本当は俺も魅琴さんに協力したいんだけど、さ」と切り出した。

「うん、しようがないよ」

 と慰めるリオ。その後の2人の会話を聞くと、どうやらキョウスケとタケヒロはあのアキラに見込まれて、軍への奉職ができなかった場合クラブに勧誘されているらしい。

 リオが、むん! と立ち上がって言った。

「でも、今度はもう負けないわ。淳平のこともあるけど、わたしが負けるの、嫌だから」

 おう、とキョウスケも立ち上がって答える。そのままパチンとお互いの手を打ち合わせて、笑って。2体は別れていった。俺は危うく見つかるところだったけど、どうにかトイレに駆け込んでやり過ごした。


5.


 午後。大会は進む。

 第4試合の『ソノタ・アルファーズ』対『モブ・ブラヴォーズ』戦はアルファーズが4-0で勝って勝ち点3。その次の試合で、ブリーダーズはブラヴォーズに3-2で勝利。やはり後半に選手の体力が切れたため、タケヒロ以外が前に上がらないという戦術を選択して、観客席からのブーイングを味方につけたブラヴォーズの猛攻を2点で切り抜けた。

 これでブリーダーズが勝ち点9で決勝トーナメント進出。うちとアルファーズが勝ち点3で並び、得失点差がそれぞれゼロとマイナス2のため、うちは1点差で勝っても直接対決の勝利により2位抜けできる。

 その試合、前半はお互い早い時間に1点ずつ取り合ってハーフタイムを迎える。

 後半5分過ぎ、相手のクリアミスをメグが拾ってそのままミドルシュートし、ゴールキーパーが弾いたボールがゴールインして勝ち越し。

 その2分後にジョータローのファールで与えた間接フリーキックからシュートを浴びるが、キーパーゲンゾウが身を投げ出して弾く。それを拾ってセンターライン付近でボールを取ったり取られたりの後、リオのセンタリングにアマネがまたも急降下してのヘディングシュートが決まって3-1。

 以後ロスタイムまで相手の波状攻撃をしのぎ切ったうちのチームが決勝トーナメント進出を決めた。

 2位通過のため、Bリーグの1位と準決勝を戦って、それに勝てば、いよいよ『ザ・ブリーダーズ』との決勝戦ということになる。

 ここで30分ほど休憩の時間があるはずが、やけに運営側は進行を急いでいる。天気が心配らしいのだが、こちらはそれどころじゃない。

 まず、スタンドでまだにらみあっているあのややこしいカレシカノジョたちを何とかさせるべく、ジョータローとメグを放った。さっきのファインセーブで脇腹を強打したゲンゾウは、医務室で治療を受けに行かせた。うちの3体は休息。この機会にスミに話しかけようとしてリオににらまれる。

(淳平、止めなさいって。これ以上スミが萎れたら、あたしたちはともかくメグやジョータローのヤル気に響くから!)

 うう、一言声をかけたいだけなのに、スミの丸くなったままの背中は完全に俺を拒絶している。それでもと声をかけようとして、声が出ない。チームの勝利を優先したいから? 俺が魅琴ちゃんと一緒に暮らしたいから? それでスミを犠牲にするのか、俺?

 そうやって逡巡しているうちに放ったメンツも戻ってきて、いよいよ決勝トーナメントの準決勝の時間がやってきた。監督が声を張り上げる。

「みんな、相手も俺たちと同じくらい疲れてる! 前半はゴール前を固めて敵にボールを回させるんだ! ボールを取ったら大きく縦パスを出して敵を走らせる――」

 ピチャン。

 俺の鼻の頭にかかった飛沫はたちまち数と勢いを増して、頭に肩に人工芝に、そして、ドラゴンに。

「きゃーっ!!」「うわぁーっ!」

 天気は持たなかった。ついに降り出して激しくなりだした雨に、ドラゴンたちの悲鳴が交差する。

 なにも雨に濡れるくらいで、って思うだろ? 俺も昔そう思ったことがある。あれは真夏の昼下がり、アマネと2人で帰宅途中に入道雲がむっくむく。土砂降りになってまさに神速で雨宿りへとダッシュしたアマネに聞いてみたのだ。答えは、

「外で突然服が透け始める。透明になるまで止まらない。こう言えばわかるか、飼い主殿?」

 なるほど、君らが大きめのタオルを常備している理由もわかったよ。当時そう答えた記憶がある。

 ドラゴンのみで軍隊を構成できない理由。それがこの『水に濡れるのを極度に嫌う』習性だ。素材技術の進歩で雨中活動に支障の少ない雨具が登場したのは、つい10年ほど前のこと。それとて"支障が少ない"だけで、これが戦闘中に破れると士気が著しく低下するため戦力として計算しづらい、と以前読んだミリタリー関係の雑誌には書いてあった。

 ちなみに、水辺に棲む種のドラゴンは当然水濡れを気にしない。だから陸棲種からは『慎みのない奴ら』、逆に水棲種にとって陸棲種は『気取った奴ら』だそうな。

 俺たちヒトはいったんスタンドに引き上げ、ドラゴンたちは更衣室や会議室で入念に体を乾かしてから合流してきた。

「止まないですねぇ。延期になったら来週でしたっけ?」

 ゲンゾウがくやしそうだ。それに俺が答えようとした時、携帯が鳴った。通話ボタンを押してそれを耳にあてた俺は、そこからお袋の声を聞いた。

「倒れた? 親父が?」

 電話の向こうのお袋は泣いていた。

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