第6話 『夢と現実の狭間』と書いて『進路』と読むんだからね!
1.
火曜日。真冬の気圧配置がどうとやらで寒い午後、俺はアマネたちの通うドラ幼へとやってきた。今日はリオの3者面談。この間アマネのそれを済ませたばかりなので、迷わず教室まで来られたのだが。
「淳平、遅い!」
眉根を寄せてにらむリオに俺は軽く弁解する。
「しょうがないだろ、バイトが押しちゃったんだよ」
先日ウォルトランドへ行くためにバイトのシフトを代わってもらったのだが、いつもの時間帯とは勝手がやや違い手間取ったのだ。落ち着いた表情で席を立って出迎えてくれた初老の男性教諭に謝りながら、俺はリオと並んで先生の対面に座った。
リオの成績を聞くと、学業は中の中、体育は上の下。問題行動は無し。ほっとする俺に先生が切り出してきた。
「それでですね、お父さん。高城さんの進路のことなんですが」
何度言われても"お父さん"と呼ばれるのは面はゆいが、ドラゴンには名字がないため学校では保護者たるブリーダーやオーナーのそれを当てることになる。だから俺は便宜上の父親というわけだ。先生が言うには、リオの希望する進路について意見を聞きたいとのこと。先生の差し出した進路希望のプリントを見た俺は、そこに『格闘家』という3文字を視認した。
「ちょっと漠然としすぎていてですね、その……」
非現実的というのを大人の言葉に変換すると"漠然"になるんだな。が、リオにはそれが分からないらしい。
「じゃあ、強い格闘家になりたい、で」
七夕の短冊じゃねぇと俺が脇にツッコミを入れると、リオは眉根を寄せて俺をにらむ。やめろっちゅうに。
その後も先生と話し合ったが、最終的に本人の希望を優先することになった。俺にはただ、先生の一言だけが耳に残った。
「このままだとお父さんもつらいでしょうに。お金の面とか」
帰りがけ、リオに呼び止められた。一緒に帰りたいと言う。いつものように飛んで帰らないのかと尋ねると、歩いて帰ると言ってそっぽを向かれた。
「おい、なんで向こう向いてんだよ」
「別に」とあさっての方向を向いたまま歩き続ける器用な赤毛ドラゴン。
「いやお前、そのままだと――」
「何よもう、うるさいわきゃっ!?」
不承不承振り向こうとしたが時すでに遅く、校門にぶつかり派手な音を出したあと咢を押さえてうずくまるリオ。気遣ってかがみこもうとした俺を手で制して、むん! と気合一発立ち上がり、なんてことないアピールにサムズアップしてくる。うん、頑丈でよろしい。でもな。
「鼻血、出てるぞ」
通りがかりの男子ドラゴン2人に笑われるおまけ付で、その赤毛と同じくらい真っ赤になって保健室に走り去るリオであった。
そういえば、リオと2人で帰るなんて久しぶりだな。俺は空を見上げながら思った。在日米軍のだろうか、翼下に白い星を付けたドラゴンが2体、かなりの高空を飛んでいくのを眺めていると、声をかけられた。
「淳平さん、さよ~なら」
猿渡さんとこのメグと、石松が養育しているジョータローが挨拶してきた。挨拶を返すと2体は校門を出て、並んで帰っていく。あいつら付き合ってるのか? 春だねぇ。真冬だけど。
なんとなくニヨニヨしていると、保健室で血止めをしてもらったリオが戻ってきた。そのまま、俺たちも並んで、木枯らしに逆らって歩きはじめる。
「あの、さ」
話の口火を切ったのはリオだった。
「淳平は、大人になったら何になりたかったの?」
「んー……かき氷屋、かな」
やけに具体的ね、と感心と呆れが混じったリオの感想に苦笑して、俺は説明した。
俺の実家は甘味処だ。夫婦で経営しているので俺は子供のころから家事を仕込まれたのだが、小学校4年になった時、バイトと称して店の手伝いにも駆り出されるようになった。そこで任されたのが、かき氷作りだった。
「うちに今あるような手回しのじゃなくって、業務用の電動のやつでさ、シャーって一気に削るんだ。途中でちょっと押さえたりして山盛りにしたそれにシロップかけてさ。で、俺がやってるって噂を聞きつけてクラスの奴らが店に来るんだよ」
もちろんサービス半分いいかっこ半分の親父の大盛り指令目当てでな。でも、楽しかった。
「こんなにみんなが笑顔になるなら、かき氷屋も悪くないなってマジで思ったものさ。夏以外の季節はどうすんだなんて考えなしで」
ここまで一気にしゃべってリオの顔を見ると、意外と真剣な顔をして聞いている。俺が見つめると、ゆっくりと前に向き直りながらリオはぽつりと言った。
「今は、何になりたいの?」
わからない、と正直に答えた。実家の甘味処は兄貴が継ぐ予定。親父の調子が芳しくないから、それも遠い未来でもないし。
「その点お前はいいよな、なりたいものがはっきりしててさ」と言って笑うと、リオは妙な表情になった。
泣き笑いしているようなその表情の真意を問う前に彼女から示された答え。
それは、ある意味で意表を突かれ、そしてその他大勢の意味で、考えることを無意識に避けてきた現実だった。
「ありがとね、淳平。私が格闘家になること、認めてくれて。でも……その、お金大丈夫なの?」
分からない。それもまた正直な答えだ。
ドラゴン新法の正式名称を憶えているだろうか? そう、『新時代における戦龍の養育に関する基本法』だ。戦龍、すなわち国防軍所属となるか、戦闘用生体兵器として輸出されるか。この2つの進路からドラゴンが外れた場合、オーナーはそれまでに国から支給された養育費を半額返還しなければならない。任官拒否した防大生が学費を返還するのと同じ理屈だ。半額なのは、養育者が自分で幼体を選べないためクァンロンにも責任が発生するという、分かったような分からないような理由から。
もちろん分割納付できるし利息もかからないが、何年も育てた場合は、成体まで育てればもらえる予定の報奨金を差し引いてもなかなかの金額になる。正直どうやって返していこうかなんて、就職もしていない学生身分では計画の立てようもない。
ブリーダーは儲かってるのかって? あちらは個人事業主。養育にかかったお金は確定申告で経費として申告できるし、親ドラゴンは老齢でない限り働いているので食費はかからないどころか、その子らの飯代までそれでまかなえることも多いらしい。軍に採用されればHDBからも報奨金が出るし。
ちなみに、スポーツ選手としてプロ契約するなどの契約金がドラゴンに支払われる場合は、1割から2割がブリーダーやオーナーに分配される仕組みもある。だが、全国大会3回戦レベルのリオでは、高額な契約金など望めそうもないのが現実。
「でもな、リオ。俺はお前の望んだ道を行けばいいと思ってるよ。格闘の才能はあるんだからさ。俺のことは心配しなくていいからな」
うん。一声だけうなずいて、リオは声を改めた。
「そういえば、前に言ってたフットサルの件なんだけど」
リオの話では、彼女らのチームが本大会に進むことが今日の試合での勝利で決定したらしい。
「へぇ、あんなメンバーの人数ギリギリでか。いろんな意味で凄いな」
ちなみにメンバーはリオ、アマネ、スミ、メグ、ゲンゾウ、そしてジョータロー。スミが正直賑やかしな点を考えても、大躍進……いやそれじゃ餓死者が出ちゃうな、大攻勢……も縁起が悪いな、などと下らないことを考えていた俺の視界の隅に映ったのは、
「あれ? 坂崎さん?」
30メートルほど向こう、大きなボストンバッグを抱えた坂崎さんが左手のマンションに入っていく姿だった。坂崎さん家ってここじゃないよな?
「うん、ていうか魅琴さん家は大豪邸だし」
だよなと相槌を打ちながら俺は首をかしげたが、メールで坂崎さんに問いただすのも気が引ける。
お年頃の女の子だし、お泊りの一つや二つしてるよな。なんとなく感じた寂しさと悔しさを胸に抱いて、俺はリオを促すと帰路に着いた。早めに夕飯を食べて、またバイトだ。
2.
夜10時。俺は今日の分の養育日誌を書き終わると、『送信』ボタンを押した。
養育日誌はWEB上で記述し、クァンロンの公式サイトにて関係者に公開されている。他のブリーダー(ほとんどいないが、たまに若いブリーダーが書きこんだりしている)やオーナーと交流できる掲示板やサークルの部屋などが具備されている。他のオーナーの養育日誌にコメントすることも可能だ。
俺の養育日誌は評価が低い。曰く「マニュアル無視がひどい」「栄養が足りていない and 偏っている」「手間をかけすぎ or 手抜きすぎ」などなど。
おっしゃる通りだとは思う。案外気付かない点も指摘してもらえて、改善できたことも多々あった。でもどうしようもない現実(部屋の間取りとか)はあるわけで、そういう手合いには最初律儀にコメント返ししていたがもう止めて、無難な定型文に変わってしまった。 だってみんな自分のことは棚に上げっぱなしなんだから。もしくは超完璧主義の人か。3体同時養育じゃなきゃこんなに悪目立ちすることもなかったんだろうな。
さて。俺は部屋をそっと見渡す。ドラゴンの寝息が3つ、ちゃんと聞こえるのを確認した俺は、カバンからDVD-ROMを取り出した。
ゲンゾウから学食で昼飯をおごる対価としてもらった、エッチな動画やアニメの詰まった一品だ。
なんでドラゴンがそんなもの扱ってるのかって? 奴曰く『ちょっとしたお小遣い稼ぎ』だそうで、ブツの出所は絶対に教えてくれない。
というか、犯罪スレスレじゃね、これ? 画質からすると、ネット動画のダウンロードじゃないことで同好の士たちの意見は一致している。ということは、個人的使用になるのか?
ま、そんなこたぁとりあえずどーでもいい。俺はスタンバイするとDVDを再生する。おっと、イヤホンを挿し忘れてたぜ、危ない危ない。やがて動画プレーヤー上にいかにもなメーカーのロゴが浮かび、そして――
くんずほぐれつする、2体のドラゴン。どこから分泌しているのか全身の体毛はお汁でてらてらに光り、そのボディラインを露わにしている。なるほど、こいつぁいやらしいな。あいつらが濡れた体を見られるのを嫌がるのもわかるってもんだ。…… …… ……あいつら? ドラゴン?
「~~~!!」
俺は、悶絶した。
「いやぁ、すみませんでしたねぇ」
翌日の大学、体育館脇にあるサークル棟。俺は悶絶から復帰直後にゲンゾウへのメールで猛抗議して、この寒空での密会再びと相成った。ゲンゾウは笑いながら本来のDVD-ROMを渡してくれた。
「で、どうでした?」
「いや、残念ながら俺には使えないな」
丁重にかつあっさりと伝えると、ゲンゾウはさらに笑った。
「ははは、そうですか。アマネさんたちには好評なんですけどねぇ」
なんでも、彼の家で時々観賞会が開かれるのだという。
「……おまえか」うちの子にイカガワシイもんを見せてるのは。
もらえるものをもらったら、あとは北風に抱かれて去るのみ。ゼミに行こうとした俺をゲンゾウが呼び止めた。手に1枚の写真を持って。
「これ、お詫びの印に」
何の気なしに受け取った俺の眼は、ちらと見たその写真に吸い寄せられてしまった。
夜、部屋の扉を少しだけ開けて隠し撮りしたらしきその写真には、桃色のソファが斜め後ろから写っていて、そしてそこに腰かけた坂崎さんも写っていた。
いや違う、なんと言うべきか、"腰かける"という表現はおかしい。かなり浅く座っていて、ソファの肘掛けに坂崎さんの白い生脚がかかっているんだ。……これ、もしかしてM字開脚してる? そしてソファと正対した液晶テレビに映っているアニメ、これは。
「その画面、見覚えがありますよね?」
とゲンゾウに囁かれるまでもなく、俺は思い出していた。この間のDVD-ROMに入ってたエロアニメじゃん!
そして坂崎さんの、切なげに眼を細めながらも蕩けた表情。肘から先はソファに隠れて写ってないけど、どーみても手を前に持っていってるようにしか見えない。あの柔らかくて小さな白い手を。
「こ、これ、坂崎さんは何をしてるの?」
あえて確認する俺の問いに答えず、ゲンゾウは笑って顔を近づけてきた。
「このアニメ、魅琴さんの最近のお気に入りでしてね」
ふぅん、と相槌を打ちながら話の筋を思い出す俺。たしか、主人公とヒロインは高校の学生寮に住んでてなかなか一線を踏み越える機会がなかったんだけど、ヒロインが寮を出て、引っ越してきた母親と2人住まいを始めるんだ。で、彼女の部屋に主人公が通ううちに辛抱たまらなくなっちゃうんだよな。
「そうそう、魅琴さんてばセリフを暗記しちゃって独り芝居してるんですよ、これ」
セリフの一部は変えて、ですよ。ゲンゾウの意味ありげな笑いが怖くもあり、知りたくもあり。俺はゲンゾウに続きを促した。いったいどこを変えてるのかって。
「そりゃもちろん、主人公がヒロインの名前を呼ぶとき、えーと、佳織でしたっけ? そこは魅琴に変えて。それから、ヒロインが主人公をコタロウって呼ぶとこをじゅん――」
「ゲンゾウ、何してるの? そこで」
坂崎さんの声。我が身は凍りついた。さすがのゲンゾウも慌てて振り返り、俺をかばう。その間に俺はDVDと写真をカバンにねじ込んだ。
「あ、高城君! これ見て、このニュース!」
坂崎さんが持ってきたボストンバッグからタブレットを取り出してニュースサイトを開く。一瞬見えた壁紙、この間ウォルトランドで一緒に撮ったツーショットだった気がするが、さっきの写真の件で動転気味の俺はうまく切り出すことができず、そのままのぞきこんだニュースに釘付けになった。
『重体のドラゴン 搬送先の病院で死亡:ドラゴン連続襲撃事件』
彼女が襲われたのは3日前。そう、俺たちがウォルトランドに行ったあの日の夜、しかもあの近くで襲われたのだ。一緒にいたブリーダーの女性は未だ意識不明の重体。パレードを見終わって帰るヒトとドラゴンの波の中にいたことが、目撃証言からわかっている。だが、彼女らがなぜその流れから外れて、人気のない裏路地に行ったのかはわからない。ブリーダーの携帯が見つかっていないことから、何者かに呼び出されたのかもしれないのだ。
これで連続襲撃(この事件で失踪から襲撃に切り替わった)は5件目。共通しているのは、夜9時以降に目撃者のいないところで犯行が行われたこと。以前の4件と比べて違う点は、ドラゴンが消息不明になっていないこと。
「どうしたの? 魅琴ちゃん」
麗しい声がした方を向くと、愛しの猿渡さんと石松がこっちにやってくるところだった。寒さに身をすくめ、温かそうなピンクのマフラーに顔をうずめる猿渡さんが小動物みたいでかわいい。
そのまま先ほど来の事件のことについて4人で話をする。石松の話では、クァンロンがなにやら警告とか勧告を出すらしい。
「なんなんだろうね? 犯行声明も出てないし、ブキミだな、もう」
猿渡さんの困ったような悲しそうな表情に俺もせつなくなって、彼女に励ましの声をかけようとした。だがその時、俺の左袖をぐいと引っ張る者これあり。
「高城君! ゼミ始まっちゃうよ、行こ!」
なぜか眉を逆立てた坂崎さんの勢いに飲まれたまま、俺は名残惜しくもサークル棟を後にした。楽しげに手を振るゲンゾウ。なんなんだ、いったい。
3.
夜9時。バイトの帰りに立ち寄ったコンビニで、例によって廃棄済みのお弁当をもらった。近所の道路工事を当て込んで大目に発注したら、作業員が下水管をぶち抜いちゃったせいでてんやわんや。誰も買いに来ず当てが外れたらしい。
豪華かつ多量の弁当を原付の荷台に積んで走ることしばし、見覚えのある背中に追いついた。道場帰りのリオだ。弁当の山に歓喜する赤毛ドラゴンと並んで帰る。あとはあの角を曲がるだけというところで、突然黒い影がリオに向かって突っ込んできた!
「危ないっ!」
俺が叫ぶのと、リオが迎撃の構えを取るのと、どちらが早かったか。襲撃者に対して左半身の姿勢をとったリオは突き出された襲撃者の手を右手で払って受け流し、そのまま流れるような動作で左肘を相手に向かって突き出す。勢い付けて突っ込んできた襲撃者は止まるに止まれず、リオの左肘は相手の喉元らしき箇所に入った!
「ぐぇっ!!」
カエルが潰れたような声を出して吹き飛ぶ襲撃者。そりゃ喉に入ったもんな、そういう声も出るわな。
「淳平! ぼーっとしてないでその刃物確保して!」
怒られた。はいはいと生返事して、俺たちが曲がろうとした道とは反対側に吹き飛んだ出刃包丁を拾いに行こうとした俺の目の前に、そいつらはいた。
以前見かけた、あの痩せた男らしきヒト。街灯の向こうでフードを目深にかぶり、両手をだらんと下げてこちらに正対している。そしてその後ろ脇に控えているドラゴンが1体。黒い体毛を短く刈り込んだその体つきは絞り込まれていて、色と相まって鋼のような印象。俺が目を見張りながらも警戒心から構えると、フードはゆらりと右手を挙げた。その人差し指が、俺を指している。
「!!」
黒いドラゴンが無言のまま動き出そうとしたその時、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。それを潮にフードとドラゴンはすうっと後ろに下がり、まもなく路地の闇に溶け込んだ。
その後事情聴取を受けて、家に帰り着いたのは11時少し前。アマネとスミは起きて待っていてくれた。賞味期限切れであることをなんとか警察官に隠しおおせたコンビニ弁当に舌鼓を打つリオと2人で捕り物談。まだまだ興奮冷めやらぬリオたちだったが、明日も学校だからと就寝を促したとき、電話が鳴った。近くにいてコードレス受話器を取ったスミがすぐにリオに取り次ぐ。どうやらリオの父親かららしい。
こんな時間に珍しいなと思いながら養育日誌をつけるためパソコンを起動した俺は、モニターを見てすぐに合点がいった。ポータルサイトに掲載されているニュースのトップが、リオの通り魔逮捕ネタだったのだ。と同時に俺の携帯も鳴りはじめる。3つほど来たメールの返事に追われていると、リオが近づいてきて受話器を差し出した。
『どうもごぶさたをしています、リオの父です』
いつもながら穏やかそうな声色のリオの父親。前に話をしたのは2週間ほど前か。あのときもだが、今回の通話も当たり障りのない会話のキャッチボールに終わった。というか終らせた。もう3体は寝る時間だから。
「いいなあ、リオちゃんはお電話が掛かってきて。スミなんかいつお話したかもうわかんないよ、パパやママと」
歯を磨きながらやさぐれるスミ。たしかにスミの両親とはほとんど話をしたことがない。親離れ子離れがいいのがドラゴンの特徴の1つであり、スミのような甘えん坊さんは珍しい。
「自分から掛けてみりゃあいいじゃないか、おとんやおかんに」とアマネがこれまた歯を磨きながらアドバイスしたが、スミは渋い顔。
「前に電話したら、もうお前はうちの子じゃないんだからかけてくるなって……」
歯ブラシをくわえたまま、ついに涙がスミの眼に溜まり始めた。しまったとばかりアワアワし始めるアマネ。この家に来てからというもの、アマネの不用意な一言に過敏に反応したスミが泣くという年中行事だ。そしてそういう時のシメは、もちろんこの方。
「こらっアマネっ! スミを泣かすなぁ!」
リオのドラゴンロケットが――おお、文字通りのドラゴンロケットだな――アマネの首に炸裂!
また明日、下の住人に謝っとかないとな。あ、そういえば先月引っ越したんだっけ、同級生の女の子と一緒に住むとか言って。じゃあ謝罪先は大家さんだな。適当なところで幕引きして寝かしつけないとと思いながら、パソコンをキッチンの机に運ぶ俺であった。
20分ほどで騒ぎは静まり、ドラゴンたちは寝た。
キッチンの灯りを消してモニターのみが光を発する前に座り込んで、俺はもらったDVDではなく、あの写真を飽かず眺め続けていた。
いい表情だな。坂崎さん。こんな顔するんだな、こういう時、坂崎さんって。普段涼やかな表情が多いから、余計にそそられる。坂崎さん。
外はいつの間にか風がやんで、どこからか猫の鳴き声が聞こえる。




