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第5話 『 Win 』と書いて『逢瀬』と読むんじゃ。

1.


 今朝も今朝とて目玉焼き。嗚呼目玉焼き。養鶏業者さん、アザース。

 今日は珍しく3体とも同時に起きてきて、テーブルに仲良くくっついて座っている……のだが、どうも様子がおかしい。

「どうしたアマネ? 食べないのか?」

 アマネの皿の上の食べ物が減っていないことに気付いた俺は声をかけたが、返事がない。代わりに聞こえてきたのはため息とごちそうさま。

 アマネの後ろ姿を見送るが、どうにも覇気がない。何か悪いものでも食わせちゃったかなと考えていると、彼女はそのまま散歩に行くと言って玄関を出ていってしまった。

 アマネの残した朝ごはんを仲良く分けて平らげてしまったリオとスミが、布巾で口を拭ってごちそうさまと手を合わせるのに付き合っていると、リオが俺に話しかけてきた。

「淳平、ちょっと相談があるんだけど」

 皿を片付けてからと答えてテーブルの上をきれいにした10分後、俺はリオの話を聞くことにした。3人分入れたコーヒーの香りが俺とドラゴンたちの間に漂うなか、リオの最初の一言はある意味朝のご挨拶だった。

「淳平ってさ、彼女いない歴イコール年齢だよね?」

「そんなことないぞ、高校のとき彼女いたし……ってなんだその不本意そうな顔はぁ!」

 顔をしかめるリオに向かって声を荒げる俺。そりゃ確かに、今のところその1人きりだけどさ。

「へえ、そうなんだ。淳平って、見た目も性格もいたってフツーだから、てっきり」

 非道いリオ非道い。スミがくすくす笑いながら打ち明けてくれた。

「あのね、アマネちゃんはクラスに好きな男の子がいるの。いろいろ話しかけてるんだけど、でも反応がいまいちなんだって」

 そこで、同じ男としてどういうことなのかを俺に教えてほしいのだそうだ。それ俺の彼女いない歴とどういう関係があるんだよ、まったく。俺は腕組みをしてしばらく考えたのち、ゆっくりと考えを述べた。

「そいつがほかに好きな子がいるとか、付き合ってるわけじゃないんだな? じゃあ、アマネのことをなんとも思ってないか、それとも脈はあるけど気恥ずかしいからクールを装ってるだけか。そんなところじゃないかな」

 俺の返答を聞いたリオが眉根を寄せた。ただでさえ威圧的な面構えなんだから止めろといっているのに、なかなか治そうとしない。困ったもんだ。

「面倒臭いわね、男って」

「そんなことないだろ、女の子だって」

 そんなに単純明快なら、どれだけの行き違いをなくすことができたか。俺の心の涙日記をあやうく開陳しそうになって慌ててごまかしていると、リオが真剣なまなざしで顔を近づけてきた。

「ねえ、淳平。何とかできない? 仲を取り持ってあげるとか」

 それは俺としてもやぶさかじゃないけど、その男の子の特徴などを聞いてみても心当たりがない。少なくともサークルのドラゴンじゃないな。こういうときに頼りになるのはゲンゾウだ。奴の顔は広く耳も聡い。

『ああ、ハルト君ですよ。駅前に住んでるサラリーマンの人が養育者じゃなかったですかね?』

 そう言われても、やっぱりわからない。養育者とも知り合いじゃないしな。考え込む俺の様子をゲンゾウは電話越しに察知したようだ。

『リオちゃんとスミちゃんに頼まれごとされてるんですね? ……わかりました、ちょっといったん電話切らせてください。後でかけ直します』

 リオとスミに通話の内容を話した後、俺はふと思い立ったことを聞いてみることにする。

「そういえば、リオとスミはどうなんだ? その、誰か好きな奴がいるとかさ」

「そ、そんなこと淳平に関係ないじゃない! もう……」

 とリオが耳の内側を赤くして憤る。わかりやすいな、こいつは。スミが横でくすくす笑って、リオに腕をつねられている。

「こら、ケンカすんな。つうか、お父さんにもそうやってツンケンしてるのか? 聞かれるだろ、電話とかで」

 俺がそう言うと、リオに思いっきり不思議そうな顔をされた。

「ツンケンなんてしないよ。普通に話してるし。なんで?」

 ……ああそうか、こいつらもう親離れしてるんだった。そこらへんはドライというか、割り切り方がヒトとは違うんだよな。

「つか、なんで俺には関係ないんだよ」

「だって、養育者じゃん」

 そうつぶやいて、ぷいと横を向いてしまう赤毛ドラゴン。他人、ということなんだろうか。ちょっと寂しいと思った俺の顔色を読んだのか、スミが元気よく手を挙げた。

「はいっ! わたしはお兄ちゃんが好きです!」

 素直にお礼を言ったところで携帯が鳴った。ゲンゾウからだ。意外と速かったな。

『オッケーですよ、淳平さん! まさに Win-Win-Win です!』

 なんで Win が3つなのかは説明されなかったが、ゲンゾウの上げた成果に俺は驚愕したのだった。


2.


 千葉ホアン・ウォルトランド。ここは世界的に有名かつ希少なアメリカヨツユビクロネズミのつがい(全世界でワンペアしかいないという都市伝説があるくらいさ。ハハッ )が観察できる施設である。ほかにも、そのネズミに飼われている犬など珍しい生き物が放し飼いにされているだけではなく、大型アトラクションも多数取り揃えた一大アミューズメントパークだ。

 あの電話から1週間たった週末の朝、俺と3体のドラゴンは地下鉄を乗り継いで、このカップルと親子連れが何か憑りつかれたように集まるスポットへとやってきていた。

 快晴で意外と温かいためか入場希望のヒトやドラゴンでごった返すゲート。その付近を探すことしばらく、ようやくお目当ての待ち人を見つけた。

「おはよう! 3人とも今日は一段とかわいいね。あ、淳平さんもおはようございます! 相変わらずシックな恰好が似合いますねぇ」

 いつもの調子のゲンゾウと、胸の前で小さく手を振ってにこやかに微笑む坂崎さん。そして――

「あ、ハ、ハルト君! お、おはよ……」

 地下鉄に乗っていた時のハイテンションはどこへやら、すっかり借りてきたドラゴンのようにおとなしくなってしまったアマネのあいさつに、ハルトはごにょごにょとあいさつらしきものを返して下を向いてしまった。大丈夫かこいつ。

 ゲンゾウは、ウォルトランド運営会社の株主優待パスポートを坂崎さんにお願いして確保してもらいながら、ハルトにアマネとのデートの約束を取り付けていたのだ。所要時間わずか5分。ゲンゾウ、恐ろしい子……

 ゲートをくぐったところで、ゲンゾウはあらかじめ打ち合わせ通りリオとスミに声をかけて、3体で離れて行った。ゲンゾウに負けず劣らずテンションの高いリオとスミの声を見送っていると、ついと俺の左袖をつまむ者これあり。見れば坂崎さんが頬を桃色に染めて俺を見上げてきてる。

「あ、ああ。俺たちも行こうか。じゃハルト君、アマネをよろしくね」

 その言葉に耳の内側を真っ赤にしてうつむくアマネとハルトは、なんとなく微妙な距離を保ちながらも連れだって大型アトラクションのエリアへ向かっていった。

「大丈夫かな、あいつら。まあいいか。どっか行きたいところある? 坂崎さん」

「えっと、じゃあ、まずあそこに行きたい」と彼女が指さしたのは、彼方にそびえる城だった。

「えーと、シンダー・キャッスルだっけ? じゃ、行こっか」

 こくんとうなずいた坂崎さんを連れて俺は歩き出した。坂崎さんの、俺の袖をつまんだままの右手がちょっと可愛い。

「えと、た、高城君は前にも来たことあるの? ここ」

「ん? ないよ。俺、大学入るまでは福井に住んでたし」

 そういえば付き合ってた子と、行こうって話してたっけな。その前に振られちゃったけど。

 坂崎さんはどうなのかと俺が問うと、彼女は家族としか来たことがないと言われた。意外だな。

「坂崎さんなら、男とかと来てそうなのに」と言った俺を軽くにらむ坂崎さん。

「……遊んでるように、見える?」

「あ、いや、その、坂崎さんかわいいから彼氏とかと来たことがあるのかな、って思っただけで、その……」

 にらむその目つきは変わらないまま、桃色だった坂崎さんの柔らかそうな頬が熟したように赤くなる。

「……男の人とお付き合いしたこと、ないから……」

 またやっちゃった。そういえばモトカノのときも、こんな感じでしゃべりすぎちゃって嫌われたんだった。俺は立ち止まると坂崎さんのほうを向いて頭を下げ謝った。

「え、ちょ、ちょっと、そんな……」

 坂崎さんが慌てて手を振る。別に怒っているわけではないらしいが、気分は害しただろうな。だって顔、真っ赤だし。

「ほんとごめん! お詫びに何かリクエストがあったら聞くから」

 俺の重ねての謝罪にびっくりした顔の坂崎さんは、たっぷり10秒は考え込んだのち、ためらいがちに切り出してきた。

「じゃ、じゃあ……手」

「え?」

「だ、だってほら、みんな……」

 彼女の視線に促されて周りを見回すと、いるわいるわリア充ども。道のど真ん中に突っ立って会話している俺たちを邪魔くさそうに避けながら、幸せそうなドラゴンどもやヒトどもが手をつないで歩いていく。どいつもこいつも……手?

「そ、それでいいなら、うん」

 俺が差し出した左手を、坂崎さんはそっと握ってきた。うわ、柔らけぇ。えぇい鎮まれ俺の心臓よ!

 自制もむなしくバクバクしっぱなしのハートを抱えたまま、そこはかとなく嬉しそうな坂崎さんに半ば引っ張られるように、俺は灰被りの待つ城へと向かったのであった。



 いくつかアトラクションを体験した後、昼食を早めに摂る。アマネに現状を聞こうとメールしてみたが、なしのつぶて。ほんと大丈夫だろうか。携帯の画面をにらむ俺を見て坂崎さんが笑った。

「高城君って、ほんと一生懸命だね。アマネちゃんたち、幸せだろうなぁ」

「そうなのかな? いっつも『ご飯が少ない、肉が足りない』ってブーブー言ってるよ?」

 そんなのささいなことだよ、とまた笑う彼女。こんなにいっぱい坂崎さんの笑顔を見るのって、初めてな気がする。

「キョウスケはね、いつも寂しそうなの。パパ、厳しいことしか言わないから……」

 キョウスケとは、先日センターで見たあのドラゴンのことだろう。確かに親父さんの仏頂面に合わせるように、彼も無表情だったな。

 もっと褒めてあげればいいのに。そう坂崎さんは言い、寂しげに顔を曇らせる。輝くような笑顔から一転したその憂いに満ちた表情に、思わずドキッとする俺。いかんいかん、俺には猿渡さんという脳内ステディがいるんだ。というか、今日のことをどうやって口止めしてもらおうか。俺が考えあぐねていると坂崎さんの携帯が鳴った。画面をちらと見た坂崎さんがクスと笑って電話に出る。

「あ、なつめちゃん? ……うん、今高城君とお昼食べてるところ」

 いきなりばれた!?

 坂崎さんはなにやら照れ照れしながら猿渡さんとしばらく話した後電話を切った。そしてお冷やをぐいと飲み干した後、俺を見つめてきた。

「あの……わたしの顔に何か付いてる?」

 はっ! いかんいかん、猿渡さんにばれた衝撃で、坂崎さんのこと凝視しちゃってたぜ。俺は照れと落胆を隠すために、通話の間に運ばれてきたハンバーグステーキをうつむき加減でパクつく。パクつく。

 ……もういいかな、と顔を上げたら、今度は俺が凝視される番だった。坂崎さんの表情は今日一番の真剣さ。うう、気まずい。

 そのまま黙すること数秒、坂崎さんも自分の前に置かれたオムライスに匙を入れて食べ始めた。結局会話が再開されることはなかった。



 昼食後に1つアトラクションを回った後で、俺と坂崎さんはベンチに腰かけていた。坂崎さんの顔をちらと見やると、レストランでの硬化した表情のまま。

 うう、俺、またやっちまったのか? 額の嫌な汗を拭った俺の耳に、背後から聞きなれた声が聞こえてきた。

「アマネちゃん、はいこれ」

「あ、ありがとう」

 アマネとハルトだ。俺と坂崎さんが思わず顔を見合わせ、2人してそっと後ろを振り返ると、ベンチの後ろ、生垣の向こうにドラゴンの後頭部が2つ飛び出ていた。ソフトクリームでも食べているような音を混ぜながら、2人の会話は朝に比べて大分スムーズになったようで。

「朝、ごめんな。どういう顔していいのかわからなくてさ」

「ううん。うちこそ……ごめん、急にこんなことになっちゃって」

 などと言い訳を始めるアマネ。自分の意思でデートが決まったわけじゃないみたいなことを言っている。

(もー、なんでそんなこと言うかな)

(だよな、せっかく相手も打ち解けてきてんのに)

 声をひそめて俺たちは愚痴る。必然的に背をかがめ、顔と身を寄せ合ってすることになるわけで。

( ! )

 坂崎さんと俺、どっちがより赤いんだろ。そんなベタな状況に俺たちが陥っていることなど知るはずもなく、アマネとハルトの会話は続く。

「アマネちゃんは、こういうところ初めて?」

「うん。うちは広島じゃったし、ブリーダーの人もそんな余裕ない人らじゃったし。ハルト君はずっと東京だっけ?」

 ハルトは鼻の頭を掻きながら照れくさそうに言った。

「うん。けど、ここに来たのは初めてなんだ。……ん、ありがと」

 アマネが何か食べ物を手渡したらしい。ばりばりと小気味いい音を立てて噛み砕いている。

「そうか……あ! もうこんな時間! 行こ、ハルト君!」

 アマネはやおら立ち上がると、ハルトの手を引っ張った。まだモゴモゴやっているハルトと手に手を取って、ジェットコースターのほうへ向かった。いかん、置いていかれる!

(行くぞ、坂崎さん!)

 俺もアマネに倣って駆け出した。坂崎さんも遅れずについてきてくれる。よしよし。

「あ、あ、あのっ! 高城君、高城君!」

(しーっ! 大声出さないで! 気付かれちゃうじゃん!)

(た、高城君、その……手、痛い……)

 言われて気付いた。俺、坂崎さんの手首を握り締めて走ってたんだ。そりゃ遅れないよな坂崎さん。ていうか、軽く拉致? これ。

 俺は彼女に聞いてみた。もう手を握っちゃだめかって。

 途端に真っ赤になって顔をぶんぶん振る坂崎さん。そして彼女は走りながら切り出した。

「できればちゃんと握ってほしい」って。

 俺は彼女の望みどおりにした。やっぱ柔らかいな。

「そういえば、ありがとな」

 アマネたちを尾行しながらの、俺の突然思い出しての感謝に目をパチクリさせる坂崎さん。その表情がなんだかおかしくて笑うと、とたんに膨れて手を握り締めてきた。痛いっす、爪立てられて。

「ここのパスポートだよ。株主優待、お父さんのなんだろ?」

 坂崎さんは腑に落ちて爪を立てるのを止め、柔らかく笑い始めた。

「いいの。パパ、毎年使わないで仕舞いっぱなしだから」

 てことは『家族で来た』ってのは昔のことなんだろうか。気なしに聞こうとしたが止めた。さっき踏み込んで怒らせたばかりだし。もうちょっと、このはにかみ込みの笑顔を見ていたいし。

 アマネたちはジェットコースターに乗るようだ。どうしようか迷ったが、彼女たちとやや離れて列に並んだ。そのまま何気ない世間話をしばらくして、坂崎さんにはお兄さんがいること、その兄にブリーダーを継がせようとするお父さんとうまくいっていないこと、おかげで坂崎さんのほうにお父さんの期待がかかってきていて迷惑していることがわかった。

 俺も身の上話を少々した。俺にも兄がいて金沢の大学に通ってること、親父の体調が芳しくないこと、だから仕送りが少なくて養育がちょっと大変なこと。

「高城君は、アマネちゃんたちの養育が終わったらどうするの? お代わりするの?」

 俺は首を振った。たぶん金銭的に無理だから。そういうと、坂崎さんは下を向いてしまった。あれ? 俺また何かやっちゃった?

「高城君、もしよかったら、パパの……」

 そこから先をもにょもにょと口ごもり、真っ赤になってまた下を向いてしまった坂崎さん。今のセリフのどこに、そんなに赤面する要素があるんだろ?


3.


 それにしてもハルトはよく食べるな。およそ2時間、アマネたちを尾行して坂崎さんと下した結論だった。

「うわ、またホットドッグ買ったぞ」

「わたしたちが見てるだけで4本目だよね?」

 もしかして普段ほとんど食べさせてもらってないんだろうか。そのくらいの勢いで移動ルート沿いの屋台を総なめにしている。そしてそれをなんら咎めることなく、にこにこしながら眺めているアマネ。

(いいのかそれで? あんまり会話してないじゃん)

 俺のつぶやきに坂崎さんが何かを言おうとして、考え込んでしまった。どうしたのと聞くと、

「もしかして、成体化が始まるんじゃないかな……?」

 成体化の絶対条件がなにであるかは、ドラゴンにもわからない。個体差がありすぎるのだ。

 大幅な体形変化に対応するため、直前に爆食すること。

 感情が異様に高ぶると、その直後に始まる場合が多いこと。

 そのくらいしかポイントがない。

 確かに目の前のハルトはものすごい食いっぷりだけど、普段の食欲を知らないからなあ。

 2人して立ち止まって考え込んで。その構図に気が付いてお互いに吹き出して。そんなことをしているうちにタイムアップ。もう夕方だ。俺たちはわざと迂回して出口へ向かった。

 ゲンゾウ組はまだ来ていなかったので、俺はアマネに近づくと声をかけた。アマネは楽しめたようでなにより。俺の冷やかしにまんざらでもなさそうだから、あれはあれで一応仲が深まったんだろうな。

「アマネちゃん、その……今日はありがと。楽しかった」

 とハルトが照れながらアマネに話しかけてきた。いつもの冷静沈着な表情を取り繕おうとして失敗し、アセアセしだしたアマネにかまわず、のぼせたかのような表情のハルトは畳み掛ける。

「あの、その、また来週末、どこかに行かない? 今度は、2人で」

 うわ、こいつ、周りにいる俺たち無視かよ。と冷やかそうとしたら、上着の背中を思いっきり引っ張られた。

(んもぅ、高城君。邪魔しちゃダメぇ!)

 口調と裏腹に坂崎さんも眼をキラキラさせて、俺をたしなめてくる。ほんと、女の子ってコイバナ好きだよな。さあ、アマネの選択は! ……聞くまでないか。

「う、うん! えと、その、不束者でしゅが」

 アマネが噛んだ。吹き出すのを必死にこらえてあさってのほうを向いた俺。また怒られるかと思ったら、

(くくくく……)

 坂崎さんも必死にこらえてるじゃん! それを見た俺はもう限界。爆笑してしまった。すごい速さでにらんで俺の胸をぽかりと拳でぶったところで彼女にも限界が来て、細い肩をゆすって笑い出した。俺もつられてまた笑う。

 その時。

「ハルト君、どうしたん?」

 アマネの切迫した声に驚いてハルトのほうを見ると、うずくまって丸くなっている。

(もしかして、食べすぎでお腹が痛いのか?)

 養育者から預かってる大事なドラゴン、腹痛で帰したらまずい。俺がアマネともども近寄って気遣おうとしたその時、ハルトの身体が発光し始めた。最初薄かった光はすぐに濃さを増し、全身からまばゆい光が発せられるようになるまで5秒とかからなかった。

「成体化だわ!」

 坂崎さんの言葉に愕然として眺めるだけの俺。アマネも同様に固まっている。

 やがて、ハルトは起き上がると直立した。光の中、ハルトの身体が形を変えていく。咢はより先鋭になり、後頭部は大きく盛り上がった。腕と脚は伸びるとともにより人型に近いフォルムに変形。尻尾は逆に太く、平らになって安定性を重視するほうに振った形状に。

「"ガンナー"だ……」

 俺は誰にともなくつぶやく。周囲にいたヒトやドラゴンがあるいは騒ぎ、あるいは祝福の言葉を投げかけるなか、ハルトは成体となった。


4.


 アマネの恋は、いきなり遠距離恋愛という試練を迎えた。

 成体となったドラゴンは、当然のことながら幼体学校を即時卒業となる。週明けの仕事を休んでセンターにハルトを連れて行った養育者さんから、長野にある軍の訓練校入りと決まった旨連絡があったのだ。

 お祝いの言葉を述べて電話を切り、俺はアマネにそのことを伝えた。アマネは目を閉じてしばらく黙した後、口を開いた。

「ありがとう、飼い主殿。どうなるかわからないけど、がんばってみる」

 俺にはただ、アマネの背中をなぜてやることしかできなかった。

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